06 リオンとの出会い
叔母様の元で私は先ず身体を鍛える事になった。とは言っても何も厳しい修行をする訳ではなくて単に家の近くを叔母様と一緒に散歩するだけだ。それにもし途中で疲れて歩けなくなっても無理に私を歩かせようとしない。叔母様に抱き上げられて散歩が続く。見た事の無い自然の風景を見ながら叔母様が話してくれる話はどれも面白かった。
それ以外にはあの薬湯を日に二回、朝晩に一度ずつ飲む位だけど果物を摺り下ろした果汁が混ぜられていて苦くもないしむしろ美味しくてとても修行とは思えない。初日はそんな感じで辛さより珍しさ、楽しさの方が大きかった。
そうして二日程が過ぎて三日目。部屋に迎えに来た叔母様と一緒に小さな男の子がいる事に気付いた。私と同じか少し年上くらいでとても可愛らしい顔立ちをしている。
「……母さん……この子、誰?」
「この子は遠い親戚のマリールイーゼよ。身体が弱いからここで一緒に暮らす事になったのよ。ルイーゼって呼んであげてちょうだい――ルイーゼ、この子は私の息子で一番下の子のリオンよ。歳はルイーゼの丁度一つ上ね」
そう言われて私は押し黙ってしまった。何と言うか男の子が怖い。特に記憶を思い出してからは同じ年頃の男の子を避けたい気持ちが強くなっている。何せ悪役令嬢の彼女にとって知り合った同年代の男子は皆主人公側に味方してしまうから、警戒心と言うより怖い気持ちの方が強い。
私がスカートの上で手を強く握りしめて固まっていると男の子――リオンは叔母様を見上げて首を傾げた。
「……母さん。この子、僕を怖がってる?」
「ああ……ルイーゼは歳の離れたお兄ちゃんしかいないし同じ位の歳の男の子は初めてだからね。リオン、優しくしてあげるのよ? 虐めたりしちゃダメだからね?」
けれどそう言われて少年は頬を膨らませる。
「僕は虐めたりなんてしないよ! ええと……リゼ、僕の名前はリオンです。よろしくね――母さん、散歩に行くんでしょう? なら僕も一緒に行くよ。長い事馬車に乗っていたからちょっと身体を動かしたいし」
そう言うとリオンは私を見て手を差し出した。だけど私は身が竦んでしまって動けない。いつかこの子も私を責める様になるのかと思うと怖くて手を掴めない。流石にそんな私の様子に叔母様は首を傾げる。大丈夫、叔母様の子供だから――だけどそう分かっていても恐怖は簡単には消えてくれない。
それで私が唇を噛んで俯いていると不意にリオンが何か良い事を思いついた様に声を上げた。
「……あ、そうか。じゃあ手を繋がなくても良いからこの木剣を掴んでよ。そしたら僕が引っ張って行ってあげる」
「……え……」
そう言われて顔を少し上げると狭まった視界の中に木で出来た剣の柄が見える。表面は磨かれてツルツルしていて柄には真新しい布が綺麗に巻き付けられている。
「大丈夫だよ。柄の布は新しいのを巻き直して貰ったからちっとも汚くない。もう血も付いてないから平気だよ?」
それで何とか手を動かしてぎこちなく柄を指で摘む。その瞬間突風が吹いた様な感覚を感じて思わず顔を上げた。
目の前にリオンの顔が見える。何かショックを受けた様な表情で辛そうに私の顔を見つめている。だけどすぐに彼は優しい顔になるとゆっくりした口調で私に話し掛けた。
「……リゼ、大丈夫。僕達は従兄妹なんだから僕が守ってあげる。もしリゼが間違った事をして皆から嫌いだと言われても僕だけは嫌いにはならずにずっと味方でいてあげる。だって僕はリゼのお兄ちゃんだから。だから怖がらないで、もっと頼ってほしいな?」
そんな優しい言葉に思わず涙が溢れてしまう。どうして会ったばかりのリオンが私にそんな事を言ってくれたのか分からない。だけどそれは誰も味方になってくれなくなる事を知っている私にとって一番欲しかった言葉だ。
堰を切ったように涙が次々溢れてくる。必死に声を押し殺して涙を堪えようとしても止まってくれない。その場にうずくまって泣く私にリオンが「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と何度も繰り返しながら頭を撫でてくれる。
そうやって涙が止まるまでリオンは私を慰め続けた。