59 胸の痛み
目が覚めると外は薄っすらと暗くなっていた。あれからどれ位寝てたんだろう。確か昼過ぎ位に剣技場に行って、そこから帰ってきたから三、四時間位だろうか。そうやって夕方の空を眺めていると、不意に声を掛けられた。
「――マリールイーゼ様、起きられましたか?」
驚いて顔を向けるとそこにはあのお婆ちゃん先生のテレーズ先生がいた。その隣にはリオンもいる。
「……ごめんリゼ、夏季休暇で専任侍医の先生がいなくて。代わりにテレーズ先生に来て貰ったんだ」
そう言えば剣技場にお兄様を案内してきたのはテレーズ先生だった筈だ。侍医の先生が見つからなかったからそれでテレーズ先生を呼びにいった、って事なんだと思う。
「それで今回、アカデメイアの外部から私の知人のお医者様をお呼びしたのですが診察を受けてくださいますか?」
勿論断る理由なんてない。小さい頃だってよく診察を受けていたし叔母様の処に行ってからは叔母様がお医者様みたいな物だったしね。それで私が頷くと廊下から年配のお医者さんらしい人が入ってくる。だけどその人に見覚えがあった。
「――お久しぶりですね、マリールイーゼ様。四歳の頃まで診察していたフランク・デュトワです。流石に随分経っておりますしもう覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」
それはうちの主治医のフランク先生だった。まだ叔母様の家に行く前、四歳までよく診察してくれた品が良くて優しいお爺ちゃんのお医者さんだ。まさかテレーズ先生の知り合いだとは思わなかったけど。それで首を横に振るとフランク先生は嬉しそうに笑う。そうやってすぐに診察が始まった。
簡単な物で昔診て貰った時と余り変わらない。喉を確認したり心音をチェックする。そうして一通り診察が終わるとフランク先生はテレーズ先生に話し始めた。
「……ふむ。身体は何処も異常ありませんな。以前診察した時と比べても随分良い状態です。それにお風邪を召されている訳でも無い様ですし喉も異常はありません」
「……それでは……」
「ええ。お話を伺った上ではやはり心因性のエイフォニアかと思われます。ただ、ずっとこの状態ではなかったと言う事ですから生活している内に治る事が多い物でもあります。令嬢の方には比較的よくある症状ですので深刻にならなくても良いかと思われます」
「……そうですか……感謝致しますわ、フランク医師」
そしてテレーズ先生はすぐに廊下への扉を開くとそこで待っていたらしい女の人に話し始める。
「――ええ、アンナ。それと奥方のクレメンティア夫人にもアカデメイアから馬車を出してお呼びしなさい――そうよ、公爵様にはテレーズ・カルティエが取り急ぎとお伝えなさい」
そして戻ってくるとテレーズ先生は私に微笑み掛けた。
「……マリールイーゼ様。今、お父上とお母上を呼びに行かせました。すぐにいらっしゃる筈です。本来なら準生徒は休暇で実家に帰る事が殆どなのです。それがこうして体調を崩されてしまいましたから、どうぞお了承下さいな?」
だけどそう言われた途端に胸が苦しくなる。だけど確かに準生徒はまだ社交界デビューはしてないし休暇中もアカデメイアに残る意味は無い。前回の冬季休暇だってお母様が家にいないから残っただけだし。だけど何だか変な感じだ。お母様が来ると聞いただけで凄い不安感に襲われた。それに……エイフォニアって一体何だろう?
だけどそんな疑問も全部、両親が揃った処ですぐに分かった。