56 本当の力
「――リオン、君だって英雄一族なら分かるだろう? 僕達は正しい事をしなきゃいけない。なのにマリールイーゼはそれをせずに間違った事に使った。ならそれを止めるのが身内であり兄である僕の役目だ。どうしてそれが理解出来ない?」
お兄様はリオンを諭す様に言う。だけどリオンは何も答えずお兄様に近付いていく。手に持った剣を無造作に振るうとお兄様の構えた剣とぶつかってがひん、と大きな音が響いた。
「――英雄だから正しくないとダメとか、バカなのか?」
「……なんだって?」
「肩書きは後からついてくる物だよ。英雄だから正しくないといけないだなんてある訳がないだろ?」
そう言ってリオンは再び無造作に剣を振るう。それは力任せで雑な攻撃だ。剣術の体裁すら取っていない。まるで拾った棒切れを振り回す子供の様で当然お兄様は難なく受け止める。
「ダメに決まってるだろう! 英雄は正義の執行者だからこそ英雄と呼ばれる! そんな事も知らないのか、君は!」
「……うるさいな。もうどうでもいいよ、そんなの」
レオボルトお兄様は受けるだけで自分から攻撃をしようとはしない。ただ無造作に振るわれるリオンの剣を受け流しながら何かを見極める様に彼を見つめている。やがてため息を吐くとリオンを睨んだ。
「……リオン、君には英雄について教えてやらなきゃいけないみたいだね。仕方ない、これも勉強だ。多少痛い思いをする事になるだろうけど僕を恨まないでくれよ?」
そう言うとそこで初めてお兄様は剣を構える。これまではただ受け止めて流すだけだったのが自分からも攻撃をすると宣言したみたいだった。
だけどそこで剣技場に数人が駆け付けてくる。それはアベル伯父様とクローディア叔母様、それとジョナサン、エドガーの四人だった。床に座り込んだ私を見るなりエドガーが慌てて駆け寄ってくる。
「リールー! どうしたの! 何があったんだ!」
「ちょっとルイーゼ⁉︎ しっかりしなさい!」
そう言って叔母様は私の肩を揺する。だけど私は返事ひとつ返さなかった。だって答えた処でもう意味なんてないし。声を出す気力も湧いてこない。そんな私の前にしゃがんで見つめると伯父様は私の頬を打った。
痛い。頬がじんじんする――だけどそれだけだ。
「……ダメだな。全部諦めちまったって顔だな、これは」
「え……兄さん、諦めたって何をよ!」
「戦場でこうなった奴を俺は沢山見てきたからな。こうなるともうお荷物にしかならん。嬢ちゃんがこうなってリオンが勝負を挑んでるって事は……この原因はレオボルト、って処か」
そして叔母様に抱かれながら私はリオンを眺めていた。舞台ではお兄様とリオンが戦っている。伯父様達が見ている中でお兄様は剣を振りながらリオンに向かって言った。
「全く英雄家の人間が愚かしいな! マリールイーゼを庇うと言う事はリオン、君も悪の片棒を担ぐのと同じだと言う事が何故分からない!」
だけどお兄様がそう言った瞬間、ジョナサンとエドガー、それに叔母様と伯父様が僅かに顔を歪める。
「……これが……レオボルト兄さんの魔法、なのか……」
「……なんか……気持ち悪い……何だこれ……」
そんな中でジョナサンとエドガーが不快そうに呟く。それを聞いて伯父様は苦笑すると二人に向かって独り言ちる様に答えた。
「……これがレオボルトの英雄魔法、『英雄殺し』だ。普通は通常魔法を阻害するだけだがこいつは英雄魔法も阻害する完全魔法阻害だ。不快に感じるのは俺らが阻害に慣れてねえからだよ。餓鬼の頃はあいつ自身嫌がってた力なんだけどな……けどあいつが英雄殺しを切り札に使ったってのはヤバいな……」
「ちょ、兄さん! 不味いんなら止めに入ってよ! 魔法を止められたらリオンに勝ち目なんてないでしょ⁉︎」
叔母様が伯父様に向かって訴える。だけど伯父様はきょとんとした顔になって首を傾げた。
「……はあ? ローディ、謙虚なのはご立派だけどな。自分の子をそんな風に過小評価するのはちょっとどうかと思うぞ?」
「え、何言ってんのよ、兄さん!」
「あのな――ってお前、もしかして分かってねえのか?」
「え……何が、よ?」
それで伯父様は目を細くして笑った。
「……ローディ、リオンがアーサーの剣を受け流したのはいつだ?」
「えっ? ええと、ルイーゼが来る前だから……五歳になってすぐだったかしら……」
「それで疑問に思わなかったのか? アーサーは確かに良い歳のおっさんだが近衛騎士団長を務めるおっさんだぞ?」
「でも……それは相手の狙いを見る力があったから……」
「あのな。例え相手の狙いが分かったとして騎士団長の剣技を五歳の餓鬼がどうやっていなせるんだ? そんなもん、例え分かってても五歳の力で何とか出来る訳がねーだろうが?」
「…………」
「相手の感情を読めるなんぞオマケなんだよ。リオンの魔法はもっと別だ。最初は相手の技を複製するのかと思ったがあいつの戦い方には自分の技も混ざってる。となれば後は一つ――」
「……じゃあ……リオンの、あの子の力って一体何なの?」
叔母様は私にしがみつく様に抱きながら尋ねる。アベル伯父様は舞台の上でお兄様の攻撃を亀の様に受け止めているリオンを見て歯を剥いて笑った。
「――恐らくだがリオンの本当の力は『経験喰らい』だ。相手が経験した戦いや積み重ねた研鑽を丸ごと喰らって自分の物にする。困った事にこれは永続でな? つまり――決め手に魔法を阻害した処でもう遅い。レオボルトが逆立ちしたってリオンにゃ絶対勝てねえよ。戦闘能力だけで言やあ魔王と呼ばれた俺達のご先祖様、始祖シャザリオンをとっくに超えちまってると思うぜ?」
それで絶句する叔母様。だけど代わりに立って舞台を見ていたジョナサンが衝撃を受けた顔に変わる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ伯父上! じゃあリオンの相手を俺とエドにだけさせていたのは……」
「ん? そりゃジョナサン、お前……現役の英雄が十歳そこらの甥っ子相手に勝てねえだなんて洒落で済まねえだろ?」
「お、伯父上ひでぇ!」
「いやまあそれにな? 俺に勝ったとなりゃあリオンもまともな人生送れなくなるからよ? ま、苦肉の策って奴だわな?」
「ひ、酷いよ伯父さん! じゃあ僕がリオンと勝負しても絶対に勝てないって分かっていたのに勝負させたの⁉︎」
「……いや、エド、お前……十六歳が十二歳の嬢ちゃんと同級で入学ってどうなんだ? そっちの方がむしろ不安になるわ」
そして伯父様は言葉を失った叔母様に話し掛けた。
「――だからローディ、安心して応援してやれや。お前の息子が嬢ちゃんの為に身体張ってんだろ? なら母親としては黙って見守ってやるってのが筋なんじゃねえか?」
「……兄さん……」
それで再び伯父様は舞台に視線を向ける。だけど丁度、二人の戦う気配が変わった。それまで剣を振っていたお兄様は僅かに肩で息をしている。それを前にリオンは何やらぶつぶつと呟いていて、流石に不審に感じたお兄様が手を止めたのだ。
「…………」
「何だ? リオン、君はさっきから何を呟いている?」
「……く、あく、悪、悪悪悪っ! さっきからお前、ふざけてんのか⁉︎ いちいち相手を悪者にしないと戦えねぇのかよ!」
「……いや……君は何を……言ってる?」
「それにさっきからリゼを一方的に悪人みたいに決め付けてるんじゃねぇぞ! このクソ野郎が!」
これまでのリオンとは明らかに違う。言葉遣いも乱暴になっていて、お兄様はその様子に反応出来ずにいるみたいだ。だけどそれを見ていたジョナサンとエドガーが伯父様に文句を言うのも忘れて呆然としながら呟く。
「……リオンの奴、ブチギレてる……よな、エド?」
「……未だかつて見た事がない位、切れ散らかしてるね……」
そして伯父様も真顔に変わる。
「これは……レオボルト、生きて戻れねえかも知れねえな」
「に、兄さん、今すぐ二人を止めて頂戴!」
「バカ野郎、んな事すりゃあ俺の強さも速攻喰われてもう完全に誰も止められなくなるだろうが!」
そんな風に誰も介入出来ず見守るしかない中で。リオンがお兄様に向かって突進していくのが見えた。