54 お兄様の来訪
結局アベル伯父様とエドガー、ジョナサンの三人はアカデメイアの空いている教導寮の部屋を使う事になった。
アベル伯父様はイースラフト王国の現英雄で本来なら国賓待遇にしなきゃいけないけど今回はお忍びと言う事もあって王宮で持て成す訳にもいかない。特に今回はリオンの様子見が目的と言う事でアカデメイアで部屋が準備されたらしい。
だけどアベル伯父様は私のお父様やアーサー叔父様とは性格が全然違う。お父様やアーサー叔父様は英雄一族の当主だけど二人は貴族らしく落ち着いた振る舞いをする。それと比べるとアベル伯父様は貴族らしくない。かと言って平民に見えるかと言うとそれも違う。口調は少し乱暴だけど所作はかなり洗練されていて前に会った王様より王様に見える。それに凄い筋肉でどれ位の年齢がよく分からないんだよね。
「――ああ、アベル伯父さんは確か今年で四十九歳だよ?」
「え、嘘⁉︎ お父様よりも歳上⁉︎ もっとお若いと思ってた」
「母さんが今年三十五だから凄く歳の離れた兄妹だよね」
「……十四歳差かあ……でもそれなら私とレオボルトお兄様も十一歳離れてるし。似た感じなのかもね?」
私とリオンは二人で剣技場に来ていた。アベル叔父様が来てからリオンは毎日ここでジョナサンやエドガーと戦う練習をしている。それで私も休暇前で特にやる事がなくて何と無く一緒についてくる様になっていた。
戦いは嫌いだけど木剣同士が当たる音は好きだ。静かな剣技場に響く音は何だか心地良い。特にリオン達が打ち合っているとまるで音楽を聞いてるみたい。一定のリズムを刻むみたいで聞いていて飽きない。たんたんたたん、たんたたん――それはまるでダンスのステップみたいにも聞こえる。
「けど伯父さんも兄さん達も今日は遅いな――それでリゼ、もう明後日には休暇だけど今回はどうするの?」
二人で剣技場の隅で座っているとリオンが尋ねてくる。剣技場に人が全然いないのはその所為なのかも。まあ国賓クラスの伯父様がお忍びで来ているからアカデメイアも生徒と顔を合わせない様にしてるのかも知れないけど。
「んー……私、お母様に色々教えて貰いたいんだよね」
「教えて欲しいって……何を?」
「ほら、アンジェリンお姉ちゃんが凄かったってリオンにも話したでしょ? それで私もあんな風に争わず綺麗に収められたら良いなと思って。私、そう言うやり方知らないから」
この前アンジェリン姫が見せてくれた角を立てずに綺麗に収めるのは本当に凄いと思った。だけど今の私にはどうやっても真似出来る気がしない。あんな風に事を荒立てずに終わらせられたらきっと死ぬ可能性もかなり抑えられる筈だ。だって私が孤立していく原因はきっとこの人見知りも関係してると思うし人間関係に波風を立てない方法は知っておいても損はない。
そんな私の言葉にリオンは苦笑する。
「あー……まあ確かにそうだね。リゼって人見知りの癖に結構短気だし。そう言うスキルは磨いておいた方が良いかもね」
「……くっ……悪かったわね、短気で……」
「まあでもさ。こうやってシルヴァン達とも上手く付き合えてる訳だし仲良く成れただろ? きっともうリゼの話を聞かずに責めるみたいな事はしないと思うんだよな」
「えっ? リオン、そんな事まで考えてくれてたの?」
「当たり前だろ? 僕も最初は警戒してたけどあいつらはそんな悪い奴らじゃない。黙ってたけどリゼが魔王って陰口を叩かれてるのも本当に怒ってたんだよ。色々調べるのだって僕が言った訳じゃない。あれはシルヴァンやバスティアン、ヒューゴが自発的に動いてくれてたんだよ」
「……そう、だったんだ……」
それはちょっと意外な話だった。だって調べてくれてるのは知ってたけどリオンが中心になってると思ってたから。
知識がある私はアカデメイアに入学してからシルヴァン達を徹底的に避けるつもりでいた。だけどそこでアンジェリン姫やエマさんと出会って色々な繋がりも出来た。今じゃ皆、私にとって家族と同じ大切な人達だ。ならやっぱり波風を立てずに穏やかに解決する方法を使える様になった方が良い。
「……まあでもリゼって外面だけは良いからなあ。黙って微笑んでいればこれ以上無いって位理想的な美少女だとは思うんだけど、実際はかなり違うもんなあ」
「……悪かったわね。中身がダメダメで……」
「ダメじゃない。リゼがそんな素直で子供みたいな性格だったから好意を持ってくれた人もいる筈だよ。リゼは自分を低く見過ぎだ。持ち過ぎてもダメだけど多少は自信持って良いよ?」
リオンは笑顔でそんな事を言う。今までも妙に持ち上げてくれる事があったけどここまで言われると少し恥ずかしい。それで私が言葉に詰まってしまった時、剣技場の入り口で誰か人が来た様に見えた。それに気付いた私達はホッと息を吐く。
「……あ、やっと伯父様達、来たのかな?」
だけど姿を現したのは伯父様やお兄ちゃん達じゃなくて以前お世話になったお婆ちゃん先生のテレーズ先生だった。彼女は私の姿を見つけると笑顔で頭を下げる。
「――ああ、やっぱりこちらでしたか。リオン様が使用許可の手続きをされていらっしゃったのでもしかしたらご一緒ではと思ったのですが正解でしたね」
「……え、テレーズ先生?」
「マリールイーゼ様にお客様ですよ」
そう言って先生に続いて入り口に人の姿が現れる。それは私のお兄様、レオボルトお兄様だった。
「それではレオボルト様。私はこれで失礼致しますわね」
「感謝します、テレーズ女史。とても助かりました」
「いえいえ。それでは私はこれにて失礼致します」
そう言って出ていくテレーズ先生にお兄様は頭を下げる。どうやら先生とは知り合いだったみたいだ。まあお兄様もこのアカデメイア卒業生だし面識があったのかも知れない。
私は立ち上がると小走りに駆け寄っていく。リオンも私に続いてついてくる。そんな私達をレオボルトお兄様は見つめる。
「お兄様、お久しぶりです! 何かあったの?」
考えてみたらお兄様を見たのはあの鬼ごっこ勝負の時以来でそれも話すらしてなかった。それもあの時は倒れちゃったから心配させちゃったかも知れない。それで私が笑顔で尋ねるけどお兄様の表情は余り明るくはない。
「……久しぶりだね、マリールイーゼ」
「えっ……えっと……レオボルトお兄様?」
「それとリオン君も。だけどすまないがマリールイーゼに話があるんだ。だから部外者の君は席を外してくれないか?」
「えっ……お兄様?」
そこで私は凄い違和感を覚える。それにリオンに向かって部外者だなんていつものお兄様ならそんな言い方は絶対にしない筈だ。だってリオンは親戚だし身内と言って良い相手だもの。
肌が粟立つ感覚に不安になって思わず振り返る。リオンは私の顔を見て少し考えると首を横に振った。
「……嫌ですよ。大体この場所の利用申請をしたのは僕ですし席を外せと言うのは筋違いじゃないですか? それに伯父さんもそろそろ来る頃です。伯父さんや兄さん達もリゼと会う約束をしてますから僕は立ち会う権利があると思います」
「……なら仕方ない。マリールイーゼ、一緒に来るんだ」
だけどリオンは私の前に立ち塞がると私の腕を掴もうとしたお兄様を制して見上げる。
「ダメですよ。さっきも言ったでしょう? リゼは伯父さんと会う約束をしてるんですから。先約がこちらである以上、勝手にリゼを連れ出されても困ります。話があると言うのなら今ここで僕が立ち合いの元でしてください。それが筋でしょう?」
リオンにそう言われてお兄様は彼と私を見ると苦虫を噛んだ様な顔に変わる。そして忌々しそうに呟くのが聞こえた。
「……そう返すと言う事は、間違ってなかったのか……」
「間違ってなかった? 貴方は何を言ってるんです?」
「えと……お兄様……?」
だけどお兄様は何も答えない。そうしてしばらく黙り込んだ後、厳しい顔になってリオンの後にいる私に告げた。
「――マリールイーゼがリオンを従えてアカデメイアの正規生を脅していると多数の請願書が僕の元に届いている。この様子ならどうやら間違っていなかった様だ。お前はそれが公爵家の娘として恥ずべき行為だとは思わないのか、マリールイーゼ」
そんなお兄様の断定する言葉に、私は目の前が真っ暗になった様な気がした。