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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
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52 叔母様の兄上様

「……ねえリオン、次の夏季休暇だけど――」


 夏季休暇を目前に控えて今回は帰省するかどうか相談しようと思って隣のリオンの部屋に行ったら、知らない人がいた。


 焦げた茶色の髪に精悍な顔立ちで捲ったシャツの袖から凄く太い腕が伸びている。お父様やアーサー叔父様よりも大きくて肩幅も凄い。だけど痩せていてまるで大型の肉食獣だ。そんな男の人がリオンのベッドに腰掛けている。


 当然、人見知りの激しい私は声が出せなかった。それ処か身体がすくんですぐ後ろに扉があるのに動けない。そんな私に男の人が顔を上げて視線を向ける。


「……ん? なんだ?」


 その男の人は立ち上がると私に近付いてくる。怖い怖い怖い怖い、あ、だめだこれ、これって気絶する奴……。


 そんな時、廊下に続く扉がかちゃりと音を立てて開く。そこにはリオンがいて私と男の人を見ると呆れた様子になった。


「――アベル伯父さん、剣技場の使用許可が出たよ……って何してるんだよ。リゼ、大丈夫? ひっくり返らないでね?」

「…………」


 自分で選べるならひっくり返ったりせんわ! でもそんな時突然強張っていた身体から力が抜ける。そのまま床の上にぺたりと座り込んでしまう。だけど立ちあがろうにも膝に力が入らない。リオンはそんな私に近付くとしゃがんで尋ねる。


「リゼ、本当に大丈夫?」


 だけど私は首を小さく横に振る。そんな私達を見ると男の人は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「あ、悪りぃ……でもそうか、この子がマリールイーゼか」

「……伯父さん、犬や猫に触ろうとする時みたいに気軽に威圧すんなよな。リゼは身体が弱い女の子なんだからさ」


「……別に威圧してるつもりなんて無ぇよ。ただちょっと集中すると相手が動かなくなるだけで……」

「だからそれを止めろっつってんだろ?」


 そう言うとリオンはいきなり私を横抱きに抱え上げた。いわゆるお姫様抱っこで普段なら私もそこに驚いたかも知れないけど今はそれ処じゃない。彼は私を自分のベッドに座らせる。


「……リゼ、目を閉じて深呼吸して。ゆっくりで良いから」


 言われるまま深呼吸するとやっと肌が痺れるみたいな感覚が戻ってくる。最後に息を吐き出すとやっと声が漏れた。


「……はぁ……あ、声出た……」

「なんかごめん。伯父さんは集中すると相手を威圧しちゃうんだよ。よく野良猫や野良犬に構おうとしてやっちゃんだ」


 今のって私が萎縮して動けなくなったんじゃなくて威圧されてたって事? と言うか威圧? なんか話としては聞いた事があるけど威圧されるとこんな感じなの? と言うかこれってもしかして英雄の魔法とかそう言う物?


 だけどそんな私の顔を見るとリオンは苦笑する。


「あー、別に英雄の魔法じゃないよ。どっちかと言うと戦士が使う遠当てとか、そう言う名前の技だった筈だよ」

「……せ、戦士の技って……そんなの私、使われたの……?」


 そして今もまだ呆然とする私に男の人は肩を竦めて笑った。


「だから本当に悪かったって。別に使おうとして使った訳じゃねぇんだよ。ほら、犬とか猫って構おうとすると逃げちまうだろ? それで捕まえるのに自然と使っちまうんだよ」

「……私、犬とか猫とおんなじ扱いだったのね……」


 だけどそうぼやいて私はやっと気がついた。そういえばリオンはこの人をアベル伯父さんって呼んでた筈だ。それって確か何処かで聞いた事がある気がする。それであんぐりしながら見上げているとリオンが苦笑して教えてくれた。


「ああ、リゼは初めて会ったよね? アベル伯父さんは母さんのお兄さんだよ。うちの父さんと一緒にイースラフトの王様に仕えてる。ネイサンとエドに修行をつけてくれてた人だよ」


 そして男の人――アベル伯父様は人懐っこい顔で笑う。


「本当にすまなかったな嬢ちゃん。俺の名はアベル。これでもイースラフトで現役の英雄をやってる。まあ親戚のおっさんだと思って仲良くしてやってくれ」

「え……って、りんごのシャーベットをくれた人……?」


「随分前の事を覚えてるんだな。そうだ、ありゃあ俺が手に入れてアーサーに持たせた物だ。気に入ってくれたか?」

「あ、はい。有難うございました。凄く美味しかったです」


「おう。また見繕って来てやるから楽しみにしてろよ?」


 そう言って伯父様は私の頭をごしごし撫でた。なんだか不思議だ。全然似てないのに叔母様そっくりな気がする。それにリオンもまるで仲の良いお兄さんを相手にしてるみたいだ。


「――けど伯父さんも来るのがいきなり過ぎるんだよ。なんでこんな突然来たのさ?」

「そりゃリオン、お前が帰ってこないからだろ? 一年も音沙汰無しで陛下に様子を見て来いって言われりゃあ、そりゃあ俺だって仕方なく来るさ。それにロディの奴もこっちに来たまま帰ってねえし……ったく家と亭主放っぽって何やってんだか」


 そんなやり取りを聞いていて私は何だか申し訳ない気持ちになってくる。だって叔母様がこっちに来たのは私の所為だしリオンが帰省しないのもずっと私と一緒にいてくれる為だ。


 そんな考えが顔に出てしまっていたのか、伯父様は私を見るとニヤッと笑う。


「なぁに、別に何も問題ねえさ。逆に嬢ちゃんには感謝してる位だしな? だから気にせず好きに連れ回して構わんぜ?」

「……え? 私、何かしましたっけ……?」


「ああ、してくれてる。嬢ちゃんのおかげでやる気を出した奴がいるからな。だから自分の所為とか考えんな。自分のお陰だって思って踏ん反り返ってりゃ良いんだよ」


 だけどそれを聞いて今度はリオンが頬を赤くする。


「だから何言ってんだよ! それより行くんなら早く剣技場に行こうよ! 二人だって待ってるんだからさ!」

「ああ、だな――嬢ちゃんも一緒に観に来るか?」


 そう言われて私は頷いた。


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