05 悪役予定は超虚弱
結局、叔母様に連れられた私は二〇日以上を掛けてやっとアレクトーの本家へと辿り着いた。普通なら一〇日位で着く筈だったけど私の体力が保たなかった為だ。馬車に揺られるだけなのにまさかここまで辛いとは思わなかった。
と言うか到着した時の事を覚えていない。身体が辛くて眠っていたからそのまま部屋に運ばれたらしい。目が醒めてからも少し食べてすぐ眠ってしまう。とても起きていられない。結局到着してから一ヶ月は殆ど記憶が無かった。
更に少し起きていられる様になっても身体を起こすのが億劫で起きられない。叔母様が手伝ってくれて何とか起きるものの全身がきしむ様に疲れる。どうやら叔母様は私が眠っている間も膝や腕を動かしてくれていたらしく関節が痛む事は余り無かったけれどそれでも大変だった。
こんな感じで結局、家を出発してから普通に歩けるまで三ヶ月近く掛かった。我ながら自分の身体のポンコツさ加減には驚かされる。少し身体が弱い程度だと思っていたら致命的に弱過ぎていつ死んでもおかしくない。
こんな状態からよくもまあ主人公に嫌がらせなんてする余裕があったなあ――だけどこんな経験をしたから恋愛に心血を注いだのかも知れない。少なくとも彼女はこんな状態から普通に生きられるまで頑張った。その結果が全て悲壮的な最期になってしまうのが居た堪れないけれど。
そして歩ける様になったとは言っても単に自力で歩けるだけでずっと微熱のまま、私はやっぱり寝かされていた。
「――あら? ルイーゼ、今日は起きているのね?」
「……あ、クローディア叔母様……」
「ほら、違うでしょ? 言い直し!」
「……えと……ローディ叔母さん……」
「よろしい。大分顔色も良くなったわね。だけどクレメンティア――義姉さんが今まで連れていくのに反対した理由を思い知らされたわ。まさか一〇日の道のりに倍以上掛かって到着しても二ヶ月以上身動きが取れなくなるとはね。もし早くに連れてきていたらルイーゼは今頃命を落としていたかも知れない。そう思うと本当にゾッとするわ」
そう言ってクローディア――ローディ叔母様は楽しそうに笑う。言ってる内容は洒落にならないけどきっと来る時に言ってたお母様の元から私を引き離さなかった事情に対する暴言の謝罪も含まれているんだろう。
そしてここに到着してから叔母様は自分の事をローディと呼ぶ様に言った。他にもアウディやディアと言う愛称があるらしい。それに叔母様ではなく砕けた呼び方をする様に、と言われた。これはお母様やお父様に対する呼び方が義姉さん、義兄さんと言うのを思い出して納得した。
それに寝込む私の面倒を見てくれたのは全部叔母様だけでメイドらしい人の姿はない。うちはメイドの人が数人いたけれどここには一切いないらしい。私の身体を拭く為のお湯も全て叔母様が一人で運んでいるし私を起こして拭いてくれるのも叔母様だ。まるで公爵家らしくない。
そして私自身、自分が死ぬかも知れない事に焦る気持ちがなくなっていた。これは焦っていないのではなく単純に疲弊し過ぎて焦る余裕が無いだけだ。一年後に死ぬと言うのも過ぎた時間を考えれば下手をすれば半年と少し位しか残っていないのかも知れない。
「……あの、叔母様、わたし……」
「叔母様じゃなくて叔母さんね?」
「え、えっと……」
「大丈夫よ、ルイーゼ。今まで飲ませた薬湯はこの辺りでしか採れない珍しい薬草で作った物よ。胸が少しスッとする感じだったでしょ? あれは魔力の抑制効果があるの」
「……え、魔力?」
「そうよ。この土地でしか育たない特殊な薬草で日持ちもしないから外に持ち出せないの。だからアレクトーはこの土地にずっと住んでいるのよ。まあ今はうちとルイーゼのアレクトーの二家しか無いんだけどね?」
叔母様の言葉に私は咄嗟に言葉を返せなかった。と言うのも魔力――「魔法」なんて今までこの世界で生きてきて触れた事すら無かったからだ。この世界には魔法がある事は知っているけど身近で見る機会は一度も無かった。
余程変な顔をしていたんだろう。黙り込んだ私に叔母様は苦笑混じりに首を傾げる。
「ルイーゼは魔法を見た事がないんでしょう?」
「……え、はい……」
「それにはアレクトーが関係しているの。アレクトーには他人が使う魔法は一切効かない。攻撃魔法だけじゃなくて回復魔法も効かないし近くにいても発動しない。勿論個人差はあるけどね? だから王家は身近に置きたがるのよ」
――そ、そうだったのかあ……。
記憶を思い出してからは私もここが魔法のある世界だと言う事は知っている。だけど思い出す前でも魔法の存在を意識した事は一切無かった。何せ私はまだ四歳で家の敷地から出た事が無かったし他人が使う処も見た事がない。
それに道理で回復魔法を私に使わなかった訳だ。使わないのではなくて使えない。効果がないから意味がない。だけどそれだけじゃ『英雄一族』と呼ばれるには弱い気がする。
「……じゃあ叔母様、私はこれからも魔法を見る事はないんですね……」
もしかしたら残念そうに聞こえたかも知れない。だって異世界と認識する場所で特別な力があるのに自分では使えないならそれは無いのと同じだ。だけど叔母様は首を横に振った。
「そんな事はないわよ? さっきも言ったけどアレクトーの魔力は普通とは違うだけで魔法自体は使えるから」
「え、使えるんですか?」
「使えるわよ? 但し普通の魔法とは違って身体強化とか表に現れない物ばかりだけどね。まさか魔法を無力化するだけで英雄一族だなんて呼ばれる筈が無いでしょう?」
叔母様の言葉で何となく想像した。英雄は戦うからこそ英雄と呼ばれる人達で必ず最前線に立つ存在だ。魔法が効かず仲間の支援を受けられないととても危険だけど自力で何とか出来るならこれ以上強い個人は存在しない。
そんな英雄一族が王家の血縁者になっている。例えば私のお父様はグレートリーフ王国で国王陛下の側近で常に王様の隣に控えている。叔母様の旦那さんも同じく公爵家できっと王族の隣で今は戦う事なく働いている筈だ。
それにお父様やお兄様は物凄く強いらしい。見た事は無いけれど家族の団欒で少しだけ聞いた事がある。二人とも相手がいない位強くて仕方なく親子で修行しているって。
普通過ぎて気付かなかったけどそれって王国の中で並び立つ者がいない位に強いって事だ。魔法が通用しないのに自分は魔法を使える、その上剣術も優れてるってまさに英雄そのものなんじゃないかなって思う。
「まあ兎に角、ルイーゼは身体が魔力に負けてしまわない様に先ず身体を鍛えないとね。クレメンティア義姉さんに会いたいんでしょう? なら一緒に頑張りましょうね?」
そう言われて私は素直に頷いた。