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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
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46 王女の帰還

 食堂での会合から一〇日程が過ぎた頃、私とリオン、セシリアとルーシーに捕まったエマさんは再び食堂に向かって廊下を歩いていた。今回の目的はエマさんに関する事で、要するに目を付けられている私達とずっと一緒にいるのはマズいからどうすれば良いかを皆で相談する為だ。


「……なんだかルーシーは随分エマさんに懐いてるね。まるで小さい女の子になっちゃったみたいだ」


 先頭を歩くリオンが振り返って目を細める。ルーシーはエマさんとくっついて一番後ろを雑談しながら歩いている。そんな様子にセシリアは苦笑すると私に話してきた。


「……実はルーシーって元はああ言う感じじゃなかったんだよね」

「ん? ああいう感じ、って……前みたいな妹っぽくも無かったって事?」


「うん。キュイス家って厳しい家でね。初めて会った頃のルーシーは誰にも頼ろうとしない子だったの。何ていうか甘える事が許されない、みたいな感じ?」

「え……セシリアとルーシーが会ったのって何歳位の時?」


「ええと……確か七歳か八歳の頃、だったかな? まあうちは辺境伯家で割と大らかな家だったし弟と妹がいるからね。でも叔母様は兎も角、キュイスの叔父様は一人っ子のルーシーには凄く厳しかったんだ。それで見てられなくて私が姉貴分みたいになったんだよね。お陰で私の喋り方も変になっちゃった」


 そう言うとセシリアは少し困った様に笑った。


 でも確かに言われてみるとセシリアの話し方は少し独特で優しい言い回しと乱暴な言い回しが混ざっている。それでも違和感を覚えないのはそれだけ長い間そんな喋り方で過ごしてきたって事なんだと思う。私も女の子らしくないとは言われるけど何方かと言うと貴族令嬢らしくないって意味であって幼い女の子みたいだと言われるからちょっと意味が違うんだろうな。


「だけど……お姉ちゃん役だったセシリアは寂しいね」

「ん? ああ、そんな事はないよ。喋り方だって弟や妹がいるからそんな変わらないし。うちは貴族とは言っても辺境だから頭領って方が近いんだよね。侍女もいるけど王都と違って貴族令嬢は来ないから騎士家から来てくれる子ばっかなんだよ」


 そう言うとセシリアは明るい調子で笑った。


 騎士家と言うのは叙勲された騎士の家で叙爵を受けてはいないから貴族としての爵位を持っていない。だから騎士として功績を上げて先ず男爵家にならないと貴族扱いして貰えない。


 以前エマさんが言っていた『泡沫貴族』にはこの騎士家も含まれている。基本的に貴族家の家督は普通長男が継ぐから次男以降、男兄弟は騎士に叙勲されるだけ。例えばリオンやエドガーも長男のジョナサンが家督を継げば叙勲を受けて騎士を拝命する事になる。但し二人共英雄家出身だから騎士団長や近衛騎士になる可能性が高いとは思うんだけど公爵家と同等には扱われない。結婚しても独立は出来ず公爵家に所属したままになるんじゃないかな。そうでなくても騎士は一代限りの貴族だから子に継承されない。それよりかは幾分マシな待遇の筈だ。


 それに比べると貴族家の娘は基本的に貴族家に嫁ぐから余り心配する事が無い。うちみたいな少し特殊な公爵家とは違って普通の貴族はそうやって上流に近付こうとする。まるで売り物の花の様に娘を育てるし本人もそれが当然だと思っている。


 そして私が少し落ち込みながら歩いていると私の顔を覗き込んでセシリアが尋ねてきた。


「――ん? どしたの、ルイちゃん? 暗い顔して?」

「え? ああ……きっとルーシーはさ。セシリアと会えたから今みたいになれたんだろうなって思って……」


「私と会ったから……今みたいに?」

「だってあの時泣く程後悔してエマさんに謝ってたのってセシリアがルーシーに貴族の付き合い方以外を教えてあげてたからだと思う。あの時はエマさんだったけどもし権威の先にセシリアがいたら、とかルーシーは考えてたんじゃないかな」


「え……私?」

「ほら、あの時セシリアも言ってたじゃん。権威は公式な出来事にしちゃう、って。一度出せばもう取り消せないって。それって貴族の上下に関係ないもの。ちょっとした喧嘩でも意地になっちゃえばもう、取り返しが付かないって事でしょ?」


「……そんな事、私言ってたっけ?」

「言ってたよ。私の初めてのお茶会だったらしいあの時にね」


――そう……私はあの時、セシリアが呟いたあの一言でそれを思い知らされた。そしてすっかり忘れていたアンジェリン姫との勝負。あれは私が貴族として公式に王女に勝負を挑んだから起きた事だと気付かされてしまった。私が公式に挑んだ形になったから王女も公式に受けたんだ、って。


 この世界の決闘は自分の主張を通す為に行われる裁判の代用みたいな物だ。規模が大きければ王様が出てくるし議会だって立ち上げられるけど個人規模だと決闘で済ませる。そんな瑣末な事に労力を使う訳にはいかないからだ。そして自分と相手が求める物をお互いに宣誓する。あの時私はリオンを渡したくなくて宣誓してしまったから王女も受けて答えた形になった。


 そりゃ私、正規生の人達に嫌われて当然だ。特に貴族令嬢に敬愛されるアンジェリン姫に決闘を申し込んで勝ったんだから。あの時は自分が被害者側だと思っていたし正規生に嫌われる理由も分からなかったけど引き金を引いたのは私で……私は自分でも気付かない内に権威を使っていた。その事に今更気付かされて結構ショックだった。


「……もー、ルイちゃんってば、嬉しい事言ってくれるねー」

「え、セシリア?」


 本気で落ち込み始めていると突然セシリアが私に抱きついてくる。口調はいつもの茶化した言い回しだけど表情は少し寂しそうな、ほっとした様子にも見える。


「……でもそっか。私はあの子の役に立てたのか……」

「……むぐ……」


 でも私は小さいから自然と顔がセシリアの胸に埋められる形になってしまう。いつもならルーシーがくっついているからこんな風に完全に抱き竦められる事なんて一度も無かったんだけど。


 てか――思ってたより胸がでかいな、こいつ。結構真面目に悩んでいたのに軽いショックで自分が落ち込んでいた事も何処かに飛んでしまった。と言うかこれで同じ十二歳? まさか、あの時アンジェリン姫が言ってた事って本当だったの?


「あー、ずるーい! それも私のなのー!」

「……ちょ、ルウちゃん、引っ張らないで……」


 ご機嫌でエマさんにくっついていたルーシーが頬を膨らませて近付いてくる。当然腕を掴まれたエマさんも引きずられる形で私達の処までやってくる形になった。だけどそこでルーシーが厭らしい笑みを浮かべて私に言ってくる。


「……ルイちゃん、シルちゃんのおっぱい大きいでしょ?」


 だけどそれが聞こえたらしくエマさんとセシリアの二人は声を上げて反応する。


「……えっ?」

「……なっ?」


「だけどそれも私のなんだからね! シルちゃんのおっぱいはふにふにした感じ。エマお姉ちゃんのはふかふかした感じ!」


「……えっ……え、私の、おっぱ、い……?」

「な、ルーシーあんた、もしかしてその為にいっつも私にくっついてたの⁉︎ と言うかエマさんにくっついてるのもその為か!」


「うん、そだよ? だって私、お母様にこんな風に抱っこして貰ったのって物凄く小さい頃だけだったから。シルちゃんのおっぱいは私が育てた! だからそれも私の物!」

「これはお前のモンじゃなくて私自身のモンだ!」


 あれーおかしいなー良い話がどっか行ったー。と言うか結構真面目に苦悩してたのにそれも完全に、一緒に飛んで行ってしまった。まさかルーシーが甘えてたのって胸だったとは思ってなかった。


「あ、あの! ルウちゃん、おっぱいおっぱい言うのは貴婦人として余り良く無いです! おっぱいの話はもっと人がいない処で静かにする物です!」


 エマさんも真っ赤になっておっぱい連呼し始める。ああもうなんか私に一番縁が無い物の話が繰り広げられている。幼い頃からの愛情への飢えを滲ませてくる所為でルーシーにも微妙に突っ込み難い。何これ、一体どうするの?


 そこで一番前を歩いていたリオンが若干顔を引き攣らせて振り返る。もう食堂の前で流石に人が多い場所は不味い。


「……あの、女性が余り胸の話を往来でするのはかなり良くないと思うんで、止めてくれると助かります」


 それでエマさんとセシリアの顔が真っ赤に染まって俯いてしまう。そんな二人の間でルーシーはぶら下がる様に腕を抱いて物凄くご機嫌だ。


 だけどリオンは私達を見つめたまま動かない。真剣な表情のままだ。まさかリオンもおっぱいの話に参加したかったとか?


 でも違った。彼は私にだけ聞こえる小さな声で呟いた。


「それより――リゼ、こっち。あの人が来てる」

「え、あの人? って……」


 それで私はリオンに近付いて食堂の入り口から中を見る。準生徒がいつも集まる隅のテーブルに誰かがいる。それも一人じゃなくて、二人――その内の一人はシルヴァンだ。


 そしてもう一人は長い金髪の女性で丁度柱の影になってはっきり見えないし後ろ姿で誰なのかよく分からない。だけど品の良さそうな振る舞いと繊細そうな首筋が見える。人って動きにその人らしさが現れる物だ。優雅だけど慎ましやかな雰囲気が漂っていて今まで見た事が無い人だ。それで首を傾げているとリオンが複雑そうな顔で私の耳元で囁く。


「……リゼ。だいぶ印象が変わってるから分からないかも知れないけど……あれはあの人、アンジェリン王女だ」

「え……え、うそ!」


 それで私はその場に凍りつく。だけどそんな私達に気付いたシルヴァンが挨拶する様に手を上げるのが見えた。


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