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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
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45 貴族令嬢の習性

 まだ寒さが残る中、それでもだいぶと暖かくなって帰省した正規生達も戻ってきた。アカデメイアは後期に突入して授業も再開されている。準生徒はアンジェリン王女を除いて全員が居残り組だったから特に日常が変わった感じはしない。


 結局、あの事故以来表立って私を『魔王』と呼ぶ人はいなくなった。まあ陰口みたいな感じで広がっていたんだけどそれも余り出回らなくなった、って意味だ。それについてはバスティアンがずっと調べてくれていた。彼は侯爵家の人間でそれなりの人脈があるらしい。そうやって助けてくれるのは本当にありがたい事だった。


 公爵(デューク)侯爵(マーキス)は実は決定的に違っていて、私やリオンの公爵家は王家に協力して国政を進めていく事にある。元々王家の親戚筋だからリオンや私のお父様達は王様に協力している。特にうちは英雄一族という事もあって他国との折衝役で表舞台に立つ事が多いそうだ。だから国としての顔役に近くて国民全体からの人気も高い。実際にレオボルトお兄様は物凄く人気で、特に女性に大好評らしい。


 対するバスティアンの侯爵家は実質的な内政が中心だ。勿論大まかな部分は王様が決めるけどそれを現実的に実施する役目を担っている。彼が辺境伯家のヒューゴと仲が良いのは国内の治安維持も侯爵家の管轄だからだ。ヒューゴの家が鎮護する地域のボードレール伯爵家にも子供はいるけど女の子でまだ幼いらしい。ヒューゴの性格から見て同じ男の子で歳も近いバスティアンと交流が多いのもそれが関係してるのかも。


 まあそんな訳だから国内の貴族にとって公爵家は王族に近い高嶺の花で実質的な政治に携わる侯爵家が直接の上司って言う感覚があるのかも知れない。だから乙女ゲームに登場する攻略対象の男子達って王子様を筆頭に上流貴族だけで固まって行動する事が多いのも実は理にかなっているのかもね。


「――ただ、マリーさんの魔王呼びは表立って無くなっただけで呼ぶ人がいなくなった訳じゃありません。特に今期の準生徒は仲が良い事がもう知られてますから。僕の処にも余り情報が降りてこないんですよね……」


 食堂の目立たない隅の席で集まっている中、バスティアンが声を潜ませて言った。この隅の席は丁度柱の影になっていて私達準生徒が集まる定番になっている。但し今回は準生徒以外にもう一人、正規生のエマさんが一緒にいた。


 どうやらルーシーが見つけて連れてきたみたいでエマさんの腕にしがみつくみたいに抱きついている。だけどエマさん自身はやっぱり顔は青褪めているし笑顔も若干引き攣っている。


「あ、あの……私、ここに一緒にいて良いんでしょうか……」

「いいよ! エマお姉ちゃんも一緒で!」


「あ、あの、ええと……だけど……」

「いいの! エマお姉ちゃんも居て!」


 ルーシー、エマさんに異様に懐いてるなあ。あの事後お茶会発覚以降もセシリアと一緒によく絡んでるらしい。だけどエマさんにすればここにいるのは緊張しそう。だって全員上流貴族の子供しかいないし王族のシルヴァンまでいるんだから。


 だけど私はバスティアンに聞きたい事があった。と言うのもあの事故で気付いた事があったからだ。


「えっとね、バスティアン。ちょっと聞きたいんだけど」

「はい、マリーさん。何ですか?」


「私を魔王って言ってるの、殆ど女性じゃないの?」

「……えっ? あー……えっと……まあ……」


 だけどバスティアンは曖昧に答えた。何ていうか歯に物が挟まった感じで歯切れが悪い。それでセシリアが眉を寄せて彼を問い詰めようとした。


「……バスティアン。あんたはっきりしなさいよね?」

「……いやまあ、そうではある……んですけど……」


「そうだけど……何よ?」


 そして彼は俯いて長い息を吐き出した。顔を上げると目が座ってる様に見える。


「……要するにですね。令嬢達からはまともな情報が集まらなかったんですよ。だから明言出来ないんですけど、どう見ても悪評の出所は令嬢だと僕は確信している、って事です」

「……はぁ? だからアンタ、一体何言ってんのよ?」


 だけどセシリアがそう言って首を傾げるとバスティアンは眼鏡を指三つでクイッと上げる。一度だけ深呼吸してから彼はまるで鬱憤をぶちまける様に少し早口で捲し立てた。


「……毎回毎回毎回毎回、話を聞きに行けば絶対複数人で集まって、どんな話でも絶対恋愛話になるんですよ。と言うか恋愛の話なんかしてないのになんで正規生の令嬢ってそう言う話にしかならないんですかね? あれはダメだ、話が通じません。セシリア、ルーシー、君達はどうか今のままでいて下さい。多少考えが足りなくても話が通じないよりかは遥かにマシです」


「……もしかして私ら、バカにされてる?」

「本気で言ってるんです!」


「……えっ……あ、そう……なんかごめん……」


 勢いに負けて思わず謝ってしまうセシリア。そこは割と怒っても大丈夫だと思うんだけど。でもそんなバスティアンを擁護するみたいにヒューゴが頷いた。


「確かにバスティアンの言う通りだ。俺も一緒だったが正規生の令嬢は必ず三人以上だった。シルヴァン様も一緒だと相手は四、五人になる。一人に絞って話し掛けても必ず近くにいる他の令嬢が集まってきていつの間にか囲まれている。あれは何と言うか、ちょっとした恐怖を感じる位だった」


 それを聞いて全員が黙り込んでしまう。だけどそんな中エマさんが苦笑してバスティアンとヒューゴの二人に笑い掛けた。


「まあ。それは余程触れたくない話だったんでしょうね。ですからバスティアン君もヒューゴ君も余り気にしなくても大丈夫ですよ。貴族の娘は例え歳の差があっても基本的に男性を相手にする時は一対一を避ける物ですからね」


 だけどそれを聞いてシルヴァンが口を開く。


「ルースロット嬢――じゃなかった、ええと……エマさん、それはどう言う事ですか?」

「……えっ? どう言う事、と申しますと?」


「一対一を避ける、と言うのは分かります。王家の人間も異性を相手に一対一で会うのは避ける様に言われてますから。でも触れたくない話題、だなんてどうして分かるんです?」


 それを聞いて私は以前、シルヴァンが図書館で慌てて逃げるみたいに出ていった事を思い出していた。あれってそんな理由があったから? 隣のリオンも同じ事を考えたのか私の方を見て少し笑っている様に見える。


「……シルヴァンが前に図書館で私と二人きりになった時、慌てて出て行ったのってそう言う理由があったの?」

「え、いや……あれはそう言う感じじゃなくて……」


「え、だってシルヴァン、リオンが来た時に物凄く慌てて逃げるみたいに出ていったじゃない? あれってそうだから、じゃないの? ってあれ? 皆、どしたの?」


 だけど私がそう尋ねた瞬間、周囲の皆が一斉にシルヴァンに同情的に変わった。なんだか逆に私の方が責められてる気分になってちょっと聞き辛い。それで黙っているとエマさんが苦笑して教えてくれた。


「あのね、ルイちゃん。肉親や親戚は大丈夫なのよ。そうじゃなくて、貴族の女の子は男の子と一対一でお話をするとすぐに噂になっちゃうの。だからそれを避ける為に特に親しくなくても意中の相手で無い限り、無実を証明出来る様にすぐに集まる無言の協定みたいな物があるのよ」

「……えっ? そんなルールがあるの?」


「だからほら、そう言う人間関係なんかについてもお茶会で話して情報を共有するのよ――だからね、バスティアン君とヒューゴ君。貴族の女の子は相手の男の子と同じ人数で会う事なんて絶対にしないのよ。その男の子がもし、他の上位貴族の子が気にしてる相手なら問題になっちゃうでしょ?」


「え……でも僕達、まだ子供ですよ? なあ、ヒューゴ?」

「うむ。エマさん、俺達とは年齢差があり過ぎるだろう?」


「二人共自分の立場を自覚してね? 逆に近寄った目的が何かと言えば(くみ)し易いからだと思われるでしょう? 歳上の自分達がそんな相手と噂になれば悪女――まあ悪く言う人も大勢いるって事なのよ。女の子の世界って色々怖いからね?」


「……それは……考えた事もありませんでした。そんな理由で令嬢達はいつも大勢で集まってきてたんですか……」

「俺も……全く気付いていなかった。だからいつもこちらの人数より多く集まっていたのか……」


 エマさんの話に二人は本当に驚いた顔で考え込んでいる。そしてエマさんはシルヴァンに向かって続けた。


「それと――シルヴァン様。先程のお話ですが、触れたくないと分かるのは簡単です。男性は女が恋愛談義に興じればそれ以上深く追求してこないからですよ」

「……えっ? そうなんですか?」


「はい。つまり恋愛談義にさえしてしまえば大抵の話題を変えられる、と言う事です。うやむやにしたい時に貴族の娘がよく使う手段です。例えば関わりたくなかったり、誰が言っていたか明言したくなかったり。それを一番簡単で確実に誤魔化せるのが恋愛に関する話題なんですよ」


「え、それってエマさんもよく使うって事?」


 何となく疑問に思って私はエマさんに尋ねてみる。だけど彼女は俯くと恥ずかしそうに小さな声で答えた。


「え。あ、いえ……その、私はそう言うお話がちょっと苦手なので……ですからそう言う誤魔化し方は、特には……」


 まあそれっぽい感じはするよね。真面目なお姉さんみたいだし恋愛に関しては凄く奥手な気がするし。だけどそんなエマさんの指摘を聞いていた男子達は一様にぶつぶつ呟いている。


「……本当に怖いですね、女性って……」

「俺もそう思う……確かに色恋の話にされると殆ど何も口出し出来なくなるからな……実に巧妙で的確な戦術だ……」


「まあ、女性が怖い事について僕は何も言う事はない。それは事実だからな。リオン、君だってそう思うだろう?」

「いや……シルヴァン、僕は結構前からそう思ってる。リゼが色々と教えてくれたからね。なんだかもう、アカデメイアに入学した理由が女の子の怖さを知る事だった気までしてる」


 いや、私だってびっくりだよ。だって私、女の子の世界にそんなに詳しい訳じゃないし。元々セシリアやルーシーと出会うまでは同性の友達すらいなかったんだから。


 だけどそこでシルヴァンが顔を上げる。


「――そうだ、マリー。怖いと言えば君とリオンの母上から通達が出てる。姉上がもうすぐアカデメイアに復学するそうだ」


 ちょっとまて。今こいつ、「怖い」からお母様と叔母様を連想したのか? それとも姉上――アンジェリン姫? ちょっとその辺りについては問い質したい気がする。


「そっか――誰が怖いかは別で聞くとして、分かった」

「え。ちょ、マリー、なんで怒ってる感じなんだ⁉︎ と言うかマリー、なんだか君、母上に似てきてないか⁉︎ その笑顔が滅茶苦茶怖いんだけど⁉︎」


 そしてシルヴァンはリオンに救いを求める様に顔を向ける。だけどリオンはシルヴァンの肩に手を乗せると、とっても良い笑顔で爽やかに答えた。


「……シルヴァンがんばれ。応援してる」

「え、ちょ、リオン!」


「……マリーさん、怖い」

「……こう言う時のマリー様はとても怖い」


 いつの間にかバスティアンとヒューゴも他人事の様に呟いている。そしてそんな男子達を見てセシリアがため息をついた。


「……ほんと、男ってバカばっかよね。エマさんもそう思うでしょ?」

「あ、あはは……まあ、ノーコメントで……」


「――えへへ、エマ、おねーちゃん!」


 そして最後にルーシーの甘える声が響いたのだった。


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