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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
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44 初めての、お茶会だった物

「――さあ! 折角だし今日は私が淹れたお茶を出すよ!」


 私が明るい調子でそう言うとテーブルに着いていた三人が顔を上げる。ルーシーは泣き腫らした顔で目元がまだ赤い。だけど私の方を見た途端に慌ててセシリアの腕に抱きついて隠れてしまう。それで首を傾げるとセシリアが苦笑した。


「あー……ほら、ルーシーは男の子に泣いた顔を見られたくないんだよ。そう言うのって物凄く恥ずかしいから」

「えー……そうなの? 私、小さい頃から泣き顔なんて何度も見られてるんだけどな。そんなに恥ずかしい物なの?」


「……マリーはそう言う常識欠けてる事多いよね。普通泣き顔を見られるのって貴婦人にとって死ぬ程恥ずかしい事だよ?」

「そうなんだ……エマさん、そう言う物なの?」


 こう言う時は年長のお姉さんに聞く方が良い。だって私達は相当世間知らずみたいだし常識を語った処でいまいち信用出来ない。だから聞いたんだけどエマさんは私の後ろに立っているリオンをじっと見つめたまま口を開いている。


「あ、あの……貴方は確か、さっき廊下ですれ違った……」

「ん? ああ、初めまして。僕はリオンと言います。さっきはお姉さん――エマさんが扉の前で悩んでたから入れなかったんだよ。それで仕方なく隣の自分の部屋から入ったんだけどさ」


「え? えと……隣の、自分の……部屋?」

「うん。そこの扉が共用のキッチンになってて、その向こう側に僕の部屋があるんだよ。ここは教導官の寮なんだけど全部の部屋が二部屋の間に共用キッチンって構造らしいよ?」


「え? ええ? ええと……え、ええーっ……!」


 エマさんは私とリオンを交互に見た後、口元を押さえて俯いてしまった。何が恥ずかしいのか首筋から耳まで真っ赤に染まっている。なんか貴婦人って恥ずかしがらないといけない場面が多過ぎて正直よく分からない。その癖ドレスとか胸元が大きく開いてたり背中丸出しだったりするんだよね。そっちの方がよっぽど恥ずかしいと私は思うんだけど。


 だけどセシリアは「うぇー」って感じのげんなりした表情で呆れた声を漏らす。


「……普通はこう言う反応なんだよ……リオンくんもそう思うよね? なんか平気みたいな顔してるけどさ?」

「僕は……なんかもう慣れた。リゼと一緒にいるとこう言う事が多過ぎて、いちいち驚いたりしてたら身が保たないから」


「え、ちょっと待って? それって何だか私だけ変な子みたいじゃない。私が変なんじゃなくて皆がおかしいんだよ」


「あーはいはい。リゼ、それよりお茶」

「あ、うん……けど、なんか納得出来ないなー……」


 それで私は四つのティーソーサーの上にそれぞれティーカップをテーブルに置いて持っていたジャムを投入する。好みがあるからそれぞれティースプーンに二杯ずつ。そこにリオンが持ってきてくれたポットからお茶を注ぎ込んだ。


「……あれ? マリー、なんかこのお茶珍しいね? これってどう言うお茶なの? 薄っすら赤いし良い香りもするけど」

「ええとね、野苺を使ったハーブティ。ジャムは野苺に薔薇の花びらを混ぜて蜂蜜で煮詰めてあるの。ジャムにお湯を入れるだけでも美味しいんだけど今回はちゃんと淹れてみたよ」


「へぇ……ジャムって事は甘いのかな?」

「うん。でも好みもあるし好きに混ぜて。足りなければジャムはあるから。混ぜないとちょっと酸っぱいから気を付けてね」


 そしてリオンがキッチンの方に行くとそれまでセシリアの影に隠れていたルーシーがカップの中を混ぜて口をつける。


「……なんか、甘くて美味しい……」

「そうだね。ポムドロっぽい風味がちょっとあるかな?」


 セシリアの言ったポムドロってトマトの事だ。野苺は採れる量が少ないけど甘味と酸っぱさがある。シトリン――レモンの果汁をジャムには少し加えてある。全部叔母様に教えて貰った作り方だ。だけど例え美味しくても三杯以上は飲まない様にと言われている。ハーブティーって普通のお茶と違って薬用でもあるからだそうだ。


「これね、美肌効果とかあって女の子にお薦めらしいよ?」


「え、そうなの⁉︎」

「……美味しい……」


 ルーシーはお茶の中のジャムをスプーンで掬ってもぐもぐと食べているみたいだ。そしてエマさんは少し緊張した様子でじっとカップを見つめていた。


「エマさんも飲んでみて。多分美味しいと思うから」

「あの……マリールイーゼ様、それじゃあ戴きますね」


「あ、それとエマさん?」

「え……はい、何でしょうか?」


「今度から敬語禁止ね? だってエマさんの方が年上なんだし私達が偉そうなのは良くないでしょ? ほら、アカデメイアの規則にも違反する事になっちゃうと思うし」

「……え、でも……」


 エマさんはそこで少し躊躇する。だけど少しだけ考えるとため息をついて顔を上げた。そして私の顔を見つめる。


「……わかりました――わかったわ、ルイちゃん。それじゃあ戴きます……あ、戴きますって敬語じゃないからね?」


 それを聞いて私は思わず笑ってしまった。


 このお姉さん、凄く真面目だなあ。こう言う人って今まで私の周囲にいなかったタイプだ。素朴だし凄く気を使ってはいるけど言う事は言う、みたいな感じ。さっきもルーシーに謝罪されてたのに物怖じせずに凄くはっきり答えてたし。


 それに「ルイ」なんて呼ばれたのも初めてだ。どう言う略し方なのか分からないけどちょっと新鮮だ。それで何の気は無しに呟いた。


「……だけど『ルイ』って不思議な感じ……」

「あ、ごめんなさい。母方の祖母がこう言う呼び方をする人だったから。私は短いからそのままエマだったんですけどね?」


 そしてそんな私達を――っていうかエマさんをルーシーとセシリアは期待に満ちた目で見つめている。それに気付いたエマさんは首を傾げた。


「えっと……何かしら?」

「ねえねえ、私らは?」


「……えっ?」

「ほら、呼び方。なんかマリーだけずるい」


「あ、ええと……じゃあ……ルウちゃんと、シルちゃん」


「おお……そんな呼ばれ方、初めてだー……新鮮ー」

「……ルウ……えへへ……ちょっと良いかも……」


 そして二人はお互いにシルちゃん、ルウちゃんと呼び合ってはしゃいでいる。どうもエマさんの愛称の付け方って二文字でつけてるみたいだ。それが歳の離れた小さな女の子に付ける愛称の古い作法だとは知らなかったけど。


 だけど随分空気も和やかになって良かった。そう思っていると不意にキッチンの方からリオンの呼ぶ声が聞こえてくる。


「――リゼ、ちょっとごめん」

「え、何? 今いくよ」


 それで私が席を外すと三人はいきなりコソコソ話し始めた。


「あの……シルちゃん、ルウちゃん。あの二人って一体どういう関係なの? 部屋が中で繋がってるとか普通じゃないし」

「えっ? うーん……エマさんはどう思う?」


「んー……何だか熟成された老夫婦、みたいな雰囲気を醸し出してる気はするんだけど……」

「……だよねー。まあリオン君は明らかにマリー――ルイの事が好きだと思うよ。最近はお互いに相手は自分の物、みたいに言ってるし。あれで付き合ってない方がそれこそ嘘でしょ」


「……えへへぇー……ルウもそう思うー」

「……ルウ、なんでちっちゃい子みたいになってんの?」

「えー、なんとなくー?」


 こんな感じで私の知らない処で話が広がっていた。


 結局その後、お茶と一緒にリオンが作ってくれたお菓子を食べてから今回はお開きになった。最後にリオンが準備してくれたお土産とそれぞれジャムの入った小瓶を手渡す。


「これ、お土産のジャムね。お湯を入れたらさっきのお茶になるから、傷まない内に早めに使ってね。それとこっちはリオンから。さっき食べたお菓子を包んでくれたみたい」


 だけどそう言って手渡すとセシリアとルーシー、それにエマさんまで凄く複雑そうな顔に変わる。


「……リオン君、マジやばくね? 女の子が好きそうな可愛いお菓子を自作出来て、それもめちゃくちゃ美味しいとか……」

「……男の子なのにこんな綺麗で美味しいの作れるってルウも聞いた事ない……リオン君って実は女の子じゃないの?」


「……あ、あは、あはははは……」


 幸運な事にリオンは自分の部屋に戻っている。まあリオンがここにいたら二人共こんな事はとても言えないとは思うけど。そしてエマさんは真剣な顔になって呟いた。


「……でもまさか、彼がこんなに綺麗で美味しいクッキーを作れるだなんて思いませんでした……こんなの作られると女の子として立場がないですね……これは私も修行しないと……」


 うん、やっぱりエマさんは凄く真面目だ。それにどうも普段から丁寧に話す癖があるみたい。私よりもよっぽどお嬢様に見える。だけど……リオンは小さい頃からずっとあの叔母様の家事を手伝ってたからなあ。ジャムだけじゃなくて野苺の処理だってかなり手伝って貰ってる。私でも多分、と言うか絶対にリオンにはお料理で勝てないと思う。


 そして帰り際にエマさんは私に頭を下げてきた。


「……ルイちゃん。素敵なお茶会にご招待してくれて、本当にありがとう。とっても美味しかったし楽しかったです」


 だけどそれを聞いてセシリアとルーシーはその場で凍りついた様に固まった。


「……え……これがお茶会、って、いうの……?」

「え、だってルウ達……お茶飲んでお菓子食べてただけだよ?」


 そんな二人の呆然とした言葉を聞いてエマさんは苦笑する。


「ええと……お茶会って親交を深めたりする物よ? こうやって集まって一緒にお茶を飲んで、お菓子を食べて、仲良くお話をするの。それにこうしてお土産まで貰ってるし……お茶会の中でもかなり上等な部類に入ると思うんだけど……?」


 だけど私はと言えば……そんなエマさんの説明にとても耐えられなかった。その場で膝から崩れ落ちると両手を床に着いて項垂れる。


「……そんなの……考えて、なかった……」


 私は単に先日の講習でちゃんとお茶を飲めなかったからその穴埋めに出したつもりだった。まあアレって私の所為と言えなくもない訳だし? それに今回はエマさんと二人に和解して欲しかったからそのお茶受けにお茶を準備しただけの話だ――そう、お茶だけに。


 まさかこれがあの夢にまで見たお茶会だったとは思ってもいなかった。まあ、確かに? セシリアとルーシーはキャッキャウフフしてた気がしないでもないけど? でも二人はいつもこんな感じだし?


「……えーと……ルイちゃん、どんまい!」

「次があるよルイちゃん、どんまい!」

「ええと……ルイちゃん、どんまい……です」


 こうして――私の人生初のお茶会だったらしい物は自分が気付く前に終わっていたのだった。この後皆が帰ってから隣の部屋のリオンに問い詰めに行ったら、


「――ん? その為のお茶会だったんでしょ? だから僕もわざわざお菓子を作ったんだし。そうじゃないと作ったりなんてしないよ?」


 ……そう言われて私は更にダメージを負っただけだった。リオンは最初からお茶会だったと思ってたらしい。でも……気付いてたんなら教えて欲しかったよ……。


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