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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
43/315

43 泡沫貴族

 テーブルは今、凄い緊張感に包まれていた。二人並んで座るセシリアとルーシーは俯いて膝の上で手を握りしめているし、かたやエマさんも恐縮し過ぎてちょっと顔が青い。


 キッチンの扉を開いたままで私とリオンはお茶を淹れる準備をしていた。だけど三人は完全に固まったまま動かない。流石に心配になったのかリオンが私に耳打ちしてくる。


「……リゼ、放っといていいの、あれ?」

「いいの。こう言うのって自分で解決しなきゃ意味ないし」


「でも三人共、随分長い間固まって動かないよ?」

「それでも仲裁されるより自分で言わなきゃ。それに……」


「それに……何?」

「……エマさん正規生の三年生だから。このまま何も無ければ顔を合わせる事もないまま終わっちゃうの。そう言う何となく解決しないまま終わるのって私、すっごく嫌なんだよね」


「……ああ、それは確かにちょっと気持ち悪いね」


 そう言いながらリオンは出したカップとティーポットに沸かしたお湯を注いでいく。これはお茶を淹れる時に普通に注ぐとお湯が冷めてしまうからそれを避ける為だ。そうやって注いだお湯が出来るだけ冷めない様にする。お茶ってお湯の温度で渋味やエグ味が出るから湯温を維持するのが大事なのよ。


 その間に私は乾燥させた野苺の実とジャムを取り出した。このジャムは一度お茶に使った野苺を潰して蜂蜜で煮込んだ物だ。この世界では砂糖は特に貴重な医薬品で胡椒や生姜以上に高いし、そもそも入手自体が困難だ。だから甘味は基本的に果物や蜂蜜でジャムにすれば保存が効く様になる。


 先に古いのから使わないと――そんな事を考えながら陶器の器を見ているとルーシーが私を見ている事に気付いた。まるで助けを求める様に今にも泣きそうな表情だ。それで私は笑って頷く。一瞬ルーシーは絶望した様に俯いてしまう。だけどすぐに顔を上げて立ち上がるとエマさんに頭を下げた。


「あ……あの! エマさん、この前はごめんなさい!」

「……え? えっと……?」


「エマさんも責任を背負うべきだ、みたいな事を言っちゃって本当にごめんなさい! 私、あの時マリーが怪我してたなんて全然知らなくて、凄く酷い事を言っちゃった、から……」


 ルーシーの声はか細くなってそのまま黙ってしまう。俯いた横顔には激しい後悔が浮かんでいる。結局俯いたまま無言で椅子に座ってしまう。だけどそんな彼女をしばらく無言で見つめるとエマさんは真面目な顔で口を開いた。


「……いいえ。どうか謝らないでください」

「……え……」


「あの時、ルーシーさん、の仰った事は当然です。実はあの後テレーズ先生から念押しをされたんですよ?」

「……あのお婆ちゃんの先生?」


「私が許されたのはここがアカデメイアだから。これがもし違えば私の家は褫爵(ちしゃく)となってもおかしくはありませんでした。マリールイーゼ様とアカデメイアだから大目に見て頂けただけで、本来なら処刑されてもおかしく無いんです」


「え……えと……ちしゃく……?」

褫爵(ちしゃく)と言うのは爵位を剥奪される事です。簡単に言うと貴族ではなくなるって事です。ルーシー様は泡沫貴族と言う呼び方をご存知ありませんか?」


「……少しだけ……聞いた事ある、かも……」

「それは爵位の最底辺でいつ消えてもおかしくない貴族と言う意味の蔑称です。この国に子爵家は多いですが男爵家はその四倍以上あるんです。叙勲された爵位を持たない騎士を含めるとそれ以上ですね」


「…………」

「そんな泡沫貴族の私が公爵家の姫君に命を救われて、その上代わりに怪我まで負わせたんです。普通なら責任を取って処刑されて当然です。ですからルーシー様は間違っておられません」


 それを聞いて俯いたままルーシーの目元からぽろぽろと涙が落ちるのが見えた。聞いていた私も背筋が冷たくなる。公爵家の娘だとそんな大事になると思って無かったから。


 きっとルーシーは処罰によって目の前にいるお姉さんが殺される事までは考えていなかったんだと思う。だって私達はまだ十二歳程度の子供で人の命を左右するなんて考えられない。


 ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返しながら泣きじゃくるルーシーの背中を撫でながらセシリアも少し落ち込んだ様子で呟くのが聞こえる。


「……私も浅はかだったよ。知ってるつもりで権威の怖さをちゃんと分かってなかった。権威を持ち出せばそれは公式の話になるからもう引っ込められないんだね。例え嫌な奴だって私も処刑までして欲しく無い。道理でマリーは権威を使いたがらない訳だよ。自分の一言で誰かが死ぬのなんて嫌だもの……」


 そんなセシリアの言葉を聞きながら私はキッチンで野苺を入れたポットにお湯を注いで蓋を乗せる。そのまま考え込んでしまった。


 やっぱり権威って怖い。私がそれを使わずに済んでいたのは使い方を知らなかったのもあるけど周囲で守ってくれる人達がいてくれたからだ。もし私が癇癪を起こして公爵家令嬢として何かを言ってしまえばきっともう取り返しがつかない。今までだって結局運が良かっただけだ。そう考えるだけでゾッとする。今回だってテレーズ先生がああして逸らしてくれなかったら最悪の展開もあり得た筈だ。


「――リゼ。そろそろじゃないかな?」

「……え? え、何が?」


 そう言ってリオンが私の肩を叩く。だけど一瞬何の事を言ってるのか分からなくてすぐに反応出来なかった。


「お茶、そろそろ良いんじゃない?」

「あ、そっか……お茶、淹れてたんだっけ……」


「それにタイミングも丁度良いと思うよ? お茶って言うのは皆で楽しく飲む物だからね。後味が悪いまま終わればどんなに禍根が消えても後悔は残る物だから。ならここからはリゼの腕の見せ処じゃない? 自分の淹れるお茶、自信あるんだろ?」


 全く、リオンは本当に色々良く見てるなあ。この気配り上手さんめ。だけどそんな風に言われたら私だって気合いを入れるしかない。このどうしようもなく重くなった空気を私の淹れたお茶で払拭してやる。


「……当然でしょ。叔母様直伝の上に特別製だからね!」

「あ、でもポットは僕が持っていく。結構重いしリゼは右手を怪我してるしね。落としたりしたらそれこそ台無しだから」


「む、むう……まあいいわ。んじゃ私はジャム持っていく!」

「うん。リゼがお茶を淹れてる間にお菓子も持っていくよ」


 それで私は陶器製のジャム瓶とスプーンだけを持って壊滅的に空気が重くなったテーブルへと近づいていった。


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