42 貴族の子供
結局、お茶会講習での事故については誰に対しても特に何の罰則も与えられなかった。でも不正をしようとした正規生には減点が課せられたらしい。と言うのも準生徒の私達に無いから知らなかったけど正規生にとってあの講習は履修点が貰える物だったそうだ。
履修点は大学の単位に似て非なる物で消費出来る。例えば舞踏会の大半は夜に行われる事が多いけどそれ以外は日中に行われる物も多い。参加すれば当然アカデメイアの授業に出られず欠席する事になる。そこでこの履修点を学業用金票として消費する事で免除資格や卒業資格が得られるのだ。
これがないとアカデメイアに所属して王都で暮らしながら授業に一切出ず社交界にしか参加しない、と言う制度悪用をする者が現れる。元々アカデメイアは社交界の為に設立された経緯があるけど便利に使う為の制度じゃない。
「――だからあの正規生は点数稼ぎがしたかったみたいよ?」
セシリアがそう言うのを聞いて私はちょっと感心していた。
あの裁定から三日が過ぎて既に処分は終わっている。準生徒の私達は当然一切お咎め無しだ。実際何も悪い事はしてないし準生徒の立場だと講習は単なる体験会の意味しかない。準生徒の目的は学業と言うより上流階級の意識を表に出さない訓練が主体だから履修点なんて貰えないし当然制度の対象外だ。
今日は昼過ぎから教導寮の私の部屋にセシリアとルーシーが来ている。これは彼女達が自分から遊びに来た訳じゃなくて私が招待したからだ。遊びに来て、と言っただけなんだけど。
だけどセシリアは兎も角、ルーシーは元気がない。時折顔を覆っては俯いてあーうー言っているのが聞こえる。
「だけど……どしたの、ルーシー?」
「……あ、あうう……」
だけどルーシーは顔を上げようとしない。それで私が困っているとセシリアが苦笑しながら代わりに答えた。
「……あー……まあ、ルーシーの気持ちは分かるよ。私だって一日位はずっと悩んでたからね……」
「……ん? 悩む、って何を?」
「そりゃまあ、貴族の態度をマリーに見せちゃった、って言うのが……ああっ、ちょい待って! 私もまだ完全に立ち直れてないかも! く、くぉおおおッ……!」
そう言うとセシリアもテーブルに突っ伏して頭を抱え始めてしまった。まあ、あのお婆ちゃん先生の目論見通りになってる気はする。散々貴族の権威を使おうとして全部空振りにされたみたいな物だし。きっとまともな感覚を持つ貴族程こんな風に羞恥心とか色々刺激されて思い悩むんだろうなあ。
それでどうしようかと思っていると涙目になったルーシーが顔を上げて縋る様に尋ねてくる。
「……ま、マリー……?」
「ん? なぁに、ルーシー?」
「……マリーは私の事、嫌いになってない?」
「え、なんで嫌いになるの?」
「だって私、酷い事一杯言っちゃったよ? それに無関係なエマって男爵家のお姉さんにも酷い事言っちゃったし……」
んー、普段だとこんな感じで如何にも貴族、って言動じゃないんだよね。なのにどうしてあの時はあんな風になっちゃったんだろう?
「んー……二人共、どうしてあの時、いきなり貴族全開になっちゃったの? いつもの二人ならこんな風に落ち着いてるのに」
だけど尋ねてもルーシーは居心地が悪そうにしているだけで答えてくれない。それでしばらくするとセシリアがため息を吐いて代わりに答えた。
「……私らって結局まだ子供だからさ。自分が正しいと思う事を普通に言っても絶対聞いて貰えないんだよ。それで『貴族らしく振る舞えないと話を聞く価値も無い』みたいに親から教えられてるからさ。だから主張する時は自然と貴族らしく振る舞う癖がついてるんだよ。ただ、もう、あの時は……物凄く頭に血が昇ってて……あ、あ、ああっ!」
「……う……私も……ううっ……」
そう言って二人は再びテーブルの上に突っ伏してしまった。
……いや、まあ、そう言う意味で言うと私なんて貴族らしい振る舞い自体がよく分かってなかったし。そもそも公爵家にダメ出し出来る相手なんて王家しかいないし。それでも結局親戚だから余り強く言われない。両親が何か負い目を背負っていて私自身貴族らしさ以前に生き延びる事重視だったから作法とか最低限しか教えられてないもんなあ。
でも……なるほどねえ。確かに子供が子供らしく言っても貴族は話を聞いてくれないって言うのはあるのかも。私は公爵家って事もあるけどうち自体がどうも他の貴族家とかなり違ってる気もするし、もしかしたらそう言う貴族の教育って普通なのかも知れない。
だけど悪役令嬢が公爵家出身が多いのってそう言うのも関係あるのかも。だって自由奔放で好き放題だし王家以外に楯突く相手もいないもんね。実際生きてみるとそうでも無いんだけどうちの場合は英雄一族って事もあるし何より私が虚弱過ぎて周囲も過保護気味なんだよね。それも現在進行形で。
そんな風に感慨深く思っていると隣の部屋の扉がノックされてそこからリオンが入ってきた。手には大きなお皿を持っていてその上にはクッキーとかお菓子が一杯載せられている。どうやらこれから取り分けてデコレーションするみたいだ。
「……何だか色々大変だったみたいだね」
「あ、リオン。うん、そうなのよ」
「まあでもセシリアとルーシーが頑張ってくれたみたいで少し安心した。流石にあの現場に僕が行くとかなり不自然だし」
「でも凄かったよ。女の子の空気が。あの中に入ってこれる男の子なんて絶対いないと思う。場違い感が大変な事になるね」
「まあ、そうだろうね。それでリゼ、右手の怪我は大丈夫?」
「え、うん。まだ少し痛いけど大分腫れは引いたかな?」
「でもまだ無理はしちゃダメ――って、え、二人共、何?」
そこで突然リオンが戸惑った声に変わる。それで私も何かと思って振り返るとセシリアとルーシーの二人が顔を上げて私とリオンをまじまじと見つめているのが見えた。
何て言うのかな。スーン、って感じ? って言ってもよく分かんないか。両目を見開いて頬を赤く染めながら驚愕が浮かんだ顔で凄い表情になりながら二人は私とリオンを見ている。
「……え、なんで隣の部屋からリオンくんがっ⁉︎」
「――がっ⁉︎」
「え……いや、リゼも怪我してるし……食堂の厨房を借りて簡単なお菓子を作ってきたんだけど?」
「……え、でもなんで、隣の部屋からッ⁉︎」
「――らッ⁉︎」
「いや、そりゃあ……部屋の前で正規生っぽい女の人が延々扉の前で悩んでたから入って来れなくて。だから仕方なく自分の部屋から入ってきたんだけど……?」
なんかセシリアが言った事をルーシーがおうむ返しに言ってるだけ、みたいな変な感じになってる。リオンも勢いに押されてよく分からないまま答えてる感じ。そんな様子を眺めていると今度はセシリアとルーシーが部屋の隅に移動して私に向かって手招きしている。それで近付くと円陣を組まされた。
(――ちょ、マリー、聞いてないんですけどぉーっ⁉︎)
「……え? ああ、リオン?」
(――と、隣の扉ってキッチンじゃなかったのぉーっ⁉︎」
「え、うん、そだよ? 共用のキッチンになってるね。キッチンを挟んでその向こう側がリオンの部屋になってるんだよ」
と、そこでリオンが私に尋ねてくる。
「それでリゼ、もうお湯を沸かし始めてるけど……」
「あ、そっか。二人ともちょっと待っててね」
そう言うと私は部屋の扉に向かって歩いていった。その後ろでセシリアとルーシーはボソボソと何か話しているけど何を話しているのかまでは聞こえない。
(――これってもう、こいつら完全に夫婦じゃねーか!)
(――ちっちゃくて可愛いのに凄い早さで大人の階段駆け上がってるよっ! もう追い付けないっ、振り切られるうっ!)
(――これが……これが公爵令嬢だと言うのかあっ!)
(――なんかもう超越し過ぎて訳分かんないよっ!)
(――公爵令嬢、大人感すげぇ……)
(――公爵令嬢、恐るべしだよ……)
そんな不穏当なやり取りをしているだなんて露知らず。私は扉に近付くとおもむろに開いた。するとそこには戸惑い顔のエマさんが立っている。もしかして今までずっと躊躇して扉をノック出来なかったのかな。少し顔が青褪めている様にも見える。
「いらっしゃい、エマさん」
「……あ、あの、こ、こんにちは……」
「ちょうど準備終わった処だし良かったです」
「え、あの……でも本当に? 私なんてお邪魔しても構わないのでしょうか……?」
「うん、良いんだよ。私から招待したんだし。それにちゃんとお話しておかないとね。禍根は残さない方が良いでしょ?」
そう言って私はエマさんを部屋の中に引き入れる。そうやって衝立を回り込むと彼女の姿を見た二人が固まるのが見えた。