41 見えない部分が大事
「――さて。以上の事からベアトリス・ボーシャン子爵令嬢達複数生徒が魔法での不正が行えず、マリールイーゼ様のお力を疎ましく考えて馬鹿な行動に出た事が判明しております」
意外な事にあの講習での責任者だったテレーズ先生は聞き取り調査の結果を包み隠さず話してくれた。
「え、ですけど……私達、全部聞いてしまってよかったんですか?」
私がそう尋ねるとテレーズ先生ははっきりと頷く。
「構いません。今回の事故で負傷を負ったのはマリールイーゼ様、唯お一人ですから。被害者ならば全ての結果を知る権利があると私は考えております。勿論これは貴女様が公爵家令嬢である事は一切関係ございません。当然の権利と言う事です」
……なんか凄いな、この先生。普通はこう言う調査結果って生徒には絶対公開しない物だと思うんだけど。でも理由がはっきりしていて誠実な感じは凄くする。そんな風に思っていると次にテレーズ先生は私の前にやって来て頭を下げた。
「先ずはマリールイーゼ様に謝罪を。この度の事故は私共教導官が目を離した際に起きました。それに生徒への指導が正しく行われていなかった事も原因の一つです。ですからもし処罰をお望みならば担当官の私にも課して頂きたく存じます」
すると横にいたセシリアが立ち上がる。
「そのベアトリス某を放校処分に処す事を要求します。あの者はアレクトー公爵家マリールイーゼ様に対して明らかな敵対意思を見せました。その様な者をのさばらせておく訳には参りません。我がフーディン辺境伯家の名に於いて国家の反逆者を直ちに処断する事を求めさせて頂きます」
そしてその隣に座っていたルーシーも立ち上がる。
「それとそちらのエマ・ルースロットも何かしら断罪を受ける必要がありますわよね? なにせマリールイーゼ様がお怪我された直接の原因です。如何様な罰であろうと受け入れる覚悟がお有りかと思われますわ?」
と言うかルーシーもいつものルーシーじゃないみたい。物凄く冷酷というか、冷徹な感じでちょっと怖い。そして二人の言い分にエマさんは顔を青くしたまま俯いている。それを黙って見ていた私にテレーズ先生は尋ねてきた。
「確かに仰る通り、その処分もご尤もかと存じますが……マリールイーゼ様?」
「……え、はい……?」
「マリールイーゼ様はその様な処置をお望みですか? もしお望みでしたらその様に致しますが?」
それは……ちょっと流石に過剰処置だと思う。望んでいるかと言われると望んでいない。だから私は首を横に振った。
「いいえ。特に求めてません。厳重注意くらいで済ませて良いと思ってます」
「それは……どう言った理由からそう思われたのですか?」
「だってアカデメイアは権威の誇示は禁止でしょう? ならその理念は徹頭徹尾貫くべきです。それにさっきからテレーズ先生も私を様付けで呼ばれてますけど私みたいな子供にそれはちょっと大袈裟過ぎるんじゃ無いですか?」
それを聞いてセシリアとルーシーが顔色を変える。
「でもそれは! 幾ら何でも甘すぎるかと!」
「そうですわ! 明白な敵性行為は処罰しないと!」
だけどそんな二人を見て私は笑って見せた。
「セシリア、ルーシー。二人共ありがとね?」
「……えっ?」
「だって私が怪我をしてたって知ってから二人共顔色が変わったもんね。本気で怒ってくれてたんだよね。本当に有難う」
「…………」
「だけどエマさんはああしないと本当に危なかったんだよ。具体的にいうと左手の指先から手首のすぐ上まで酷い火傷になってたと思う。それで皮膚がぐちゅぐちゅになって病気になるの。そのまま寝たきりになって割と早くに身体の中まで酷い事になって死んじゃってたと思うよ?」
私がそう言うと二人は流石に黙り込んだ。これは別に適当な事を言ってる訳じゃない。それを知る事こそが私だけの魔法に出来る事だからだ。
正確に言うとエマ・ルースロットを助けなかった場合、彼女は大火傷の結果敗血症を発症していた。火傷した部分が感染症を引き起こして最後には内臓疾患にまで進行して命を落とす。それは彼女を助ける時点で視えていた事だし私もちょっと怪我をしちゃったけど後悔はしてない。
確かにこの世界には魔法があって、私やリオンが近くにいなければ回復させる事が出来るかも知れない。だけど細菌や病原菌を活性化させる可能性の方が高い。回復魔法はそこまで都合が良い物じゃない。人間には在来菌も沢山あって大雑把に活性化するとまずい物も多い。
「……マリーはどうして、そんな事を知ってるの……?」
「え? あー、まあ、ほら……うちって英雄一族でもあるじゃない? そう言う風になったって話も沢山伝わってるんだよ」
「……そうなんだ……?」
英雄の魔法については話せないから思い付きで答えるしかなかったんだけど、どうやら無理やりでも納得してくれたらしい。セシリアとルーシーは少し声の勢いが弱くなった。だけど今度はエマさんが泣き始めてしまう。
「で、でも! 公爵家の姫君に私が怪我を負わせてしまったのは事実です! やはり私は罰を受けるべきでは!」
……なんかもう嫌になってきた。だからアカデメイアは権威禁止って言ってるじゃん? なんで皆、結局権威主義に走るの?
だけどそこでぐっと言葉を飲み込んで、私はさっきセシリアとルーシーに話した事を思い出しながら答えていた。
「エマさん。身分が低い貴族が上位貴族を守るのは当然なの?」
「はい! それはとても当然です!」
「じゃあ上位貴族は自分の配下に示さなくても良いの?」
「……えっ? 示す……ですか?」
「うん。うちはお父様が英雄の直系で王様に仕えてるんだけど、お父様はきっと戦になれば真っ先に先頭に立って戦うのね?」
「えっと……はい……」
「だけどお父様が大事だから守らないと、って言ってその下の兵士の人達が無駄に戦って死んでいくのは正しいの? その人達が死なない為にお父様は真っ先に戦うと思うんだけど?」
「…………」
何となくで言ってただけなんだけど、自分が何を言いたいのかちょっと分かってきた気がする。それで私は自分の中にあった物をかき集めるとそれを言葉にした。
「――だからさ。私がちょっと怪我をするだけで済むんならエマさんが生きてる方が良いんだよ。皆、私を偉い公爵令嬢のお姫様みたいに扱うけどさ、じゃあ私は皆を助けちゃダメなの?」
「え、でも、それは……公爵家の方ですし……」
「んな訳ないでしょ。被害を小さく出来るんなら私がやっても良いじゃない? 私のお父様は皆を守る英雄なのに、大事な人だからって逆に皆に守られて戦えないならそれは英雄じゃないもの。そんな英雄、一体何の為にいる英雄なのよ?」
一生懸命考えて言ってもこの程度です。ごめんね、あんまり頭がよくなくて。だけど私の考えだとこれが精一杯なんです。
だけどそんなやり取りを黙って聞いていたテレーズ先生は私を見てにっこり笑うと拍手をし始めて私は驚いて身体をビクッと震わせた。
「――そのお歳で素晴らしいですわ、マリールイーゼ様。それを『王は民を守り、民は王に傅く』と言うのです。王は民を守るからこそ王であり、そんな王だからこそ民は讃えて傅くのです。守られるだけの民でもいけませんし傅かれるだけの王でもいけません。互いに役割を担う事が肝要なのです」
「え……あ、はい……それはどうも、です……」
「それではもう一度お尋ねしますわね。マリールイーゼ様は今回の件に対してどの様な処置をお望みですか?」
「え、ええと……取り敢えず厳重注意で。先生達からすれば不正は処罰対象でしょうけど、私が怪我したのは別件ですし特に咎める事は無いと思います」
「……では、エマ・ルースロットさんに関しては?」
「特に無いです……怪我しなくて良かったね、位にしか思ってませんし……」
「……そうですか、分かりました――」
そしてテレーズ先生は立ち上がると全員に向かって告げる。
「――では、貴女方のご意見を参考に、教導官側は裁定を行いたく思います。あくまで貴女方のご意見はご意見でしかありません。アカデメイアの裁定に大きく関与しないと宣言します」
「……え?」
「……へ?」
「……はい?」
それを聞いて私以外の三人は呆然とした顔に変わるとそれぞれ声を上げて黙り込んでしまった。
って言うか……この先生、結構えげつない手段を使うなあ。わざわざ私を様付けしたり煽りまくったのってきっと今回の事件の根っこにアカデメイアで蔓延してる特権階級意識があるからだ。その膿を吐き出させた後で「はい、参考にさせて貰いますね」で終わったら拍子抜けする。そして散々偉そうな事を言ってしまったと気付かされてしまう。
特権を使ったつもりで話していたのに実は決定権がありませんでした、はいお疲れ様……ってもし自分がやられていたら羞恥心で悶絶してしばらく立ち直れなくなる気がする。
きっとこの先生って事情聴取をした生徒全員に似た事をしてるんだと思う。相当怖いお婆ちゃんだ。
それにこの様子ならあの講習で席を外したのも実は隠れて生徒達の動向を確認していた可能性の方が高い。何よりテーブルで火が出てから駆けつけてきた筈なのに私を名指しして文句を言ってきた正規生の特定が早過ぎるんだよね。と言う事は調査したんじゃなくて最初から全部見ていて知っていた、って言うのが本当の話なんじゃないかなあ。
そう結論付けて私がジト目で見ていると視線に気付いたテレーズ先生はウインクして唇の前に人差し指を立てて楽しそうに笑って言った。
「――淑女とは、見えない部分こそが肝要なのですよ?」
……うわ、やっぱり。なんだか悪戯が成功したみたいに嬉しそうだ。なんかこの先生も怖いよ。
だけど私の身の回りにいる大人の女性って皆こんな人ばっかりな気がする。お母様もそうだし叔母様だってそうだ。まあ公爵家で上手くやるには必要な事かもしれないけど、このテレーズ先生って言うお婆ちゃんも似た様な気配がするんだよね。
両手で顔を覆って動かない三人を眺めてちょっと可哀想だと同情しながら。まあ、取り敢えず……うん……私、下手な事を言わなくて本当に良かった。