04 忘れて消えたくない
出発するまでの間、私はお母様と沢山お話しした。
私は長生き出来ないと言われていた事や外部の教師を雇う予定もなくてお母様がずっと私の勉強を見てくれるつもりだった事なんかも初めて聞かされた。
そして私は後ろ髪を引かれながら叔母様の馬車に乗って家を後にした。どうこう言ってもやっぱり自分の家を離れるのは寂しい事だ。優しかった両親や兄としばらくの間お別れだと思うとそれだけで気持ちが沈んでいく。
「――大丈夫、ルイーゼ?」
「……大丈夫です、叔母様……」
家を出て一、二時間か過ぎた頃。叔母様に尋ねられて私は何とかそう答えていた。目を開いているのが辛い。全身が怠くて仕方がない。馬車に酔ったのかとも思ったけれど吐きそうとかそう言う感じが全くない。
結局叔母様は御者に言って馬車を止めると、私を抱いて外へと連れ出した。頬に当たる風が気持ち良い。そうやっていつしか私は眠りこんでしまった。
次に目が醒めた時も同じ場所のままで少し大きな石に腰掛けながら叔母様は私の顔を覗き込む。
「……ルイーゼ、起きた? もう大丈夫?」
「……私、どれくらい寝てましたか?」
「それ程時間は経ってないわ。それに顔色も随分マシになったわね。義姉さん達が甘やかした所為かと思ったけれどそうじゃなかったのね。これは心配して当然だわ」
叔母様は真剣な顔でそう言う。だけどその意味が分からなくて私が首を傾げていると私の視線に気付いた叔母様は少し躊躇った後で大きく息を吐き出した。
「……マリールイーゼ。これは貴方には聞かせた事が無い話だけど、落ち着いて聞いてね。貴方は……身体が弱くて五歳まで生きられないって言われていたのよ」
「……え……」
「きっと藁にもすがる思いだったんでしょうね。だから義姉さん――クレメンティアは『マリー』と『ルイーゼ』の二つの名を与えた。その上でアレクトー本家にも頼ったの。私はもっと早く預かるべきだと言ったけれど状態が落ち着いていたからね。母親から引き離すのは酷だし私も様子見に留めていたのよ」
叔母様の話はとても信じられなかった。だって悪役令嬢マリールイーゼのそんな過去設定を私は知らない。ゲームで語られたなんて話も聞いた事がない。公爵家が英雄一族とは聞いたけどクローディアなんてキャラが登場した話は全く知らない。悪役令嬢にそんなバックボーンがあったらもっと話題になっている筈なのに聞いた事すら無かった。
いや、それより――今は私がマリールイーゼだ。日本にいた頃の記憶がない私にとって生きる今が現実だ。優しいお父様とお母様、お兄様がいて私だけが死んでいなくなるのは寂しくて怖い。それにお母様は私が叔母様の家に行く事が決まってから家を離れるまでずっと離そうとせず抱き続けてくれた。あれは本気で大事にしてくれていた。
「……叔母様……私、あと一年で死んじゃうの……?」
頭の中で色んな事がぐるぐる回る。ゲームの記憶なんてその中には交じっていない。あるのはただ、家族との幸せな思い出だけだ。なのに猶予が全く無い。貴族学校に入るまで処か来年の今頃には私はいないのかも知れない。
死ぬのが怖いのは痛いとか苦しいとか、そう言う事だと思っていた。だけどそうじゃ無い。大事な人達ともう二度と会えなくなる――それが辛くて悲しくて、とても怖い。
――ああそうか、だから私は死にたく無いんだ。
胸が苦しくて涙が止まらない。家族を思うだけで次から次に雫があふれてくる。日本にいた自分を思い出せないのと同じで死ねば大好きな家族を忘れるのかも知れない。
それが寂しい。辛い。悲しい。そして……とても怖い。
泣いてしまってまともに声が出せない私を、だけど叔母様は励ます様に笑うとしっかりと抱き寄せてくれる。
「……大丈夫よ、ルイーゼ。その為に私が、アレクトー家が動いたのだから。クレメンティアに――大好きなお母様とまた会える為に一緒に行くのよ。だから頑張りなさい」
その言葉に私は何度も頷く事しか出来なかった。