表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
39/368

39 悪意

 お茶会の講習で私は材料を準備するのにちょっと手間取っていた。と言うのも欲しい物が全然足りていなかったからだ。


 こう言う寒空の下でお茶を飲むのなら身体があったまる物が欲しい。叔母様の処でよく飲んでいた紅茶に生姜を入れた物があって飲んだ後に身体がぽかぽかする。流石にお茶の葉っぱは準備された物を使わないと不味い気がするけど追加で入れる分には問題ない筈だ。


 だけど残念ながら生姜は置いてなかった。実は生姜って物凄い高級食材だから普通に考えればアカデメイアの講習で出せる訳がない。胡椒と同じで少量でも家畜一頭分の値段がするらしいし。


 だけど叔母様の家では普通に栽培していた。私が叔母様の家に預けられた理由はイースラフトの叔母様の暮らす辺りは温暖で年中暖かい事も関係している。生姜は寒冷地では腐り易くて余り適していない。


 うちは定期的に生姜を入手していてアカデメイアに入った後でも少しだけ届けて貰っている。これは公爵家だから許される贅沢だけど本当に少しだけだし元々体調を崩し易い私が風邪をひかない様に家族が配慮してくれた物だ。それに余り長期間の保存が出来ない物だから使った方が無駄にならなくて良い。

 それで私が自室に生姜を取りに行って戻った時だった。


「――ですから困るんですのよ!」


 それは正規生の貴族令嬢の声で私達準生徒が陣取っていた慎ましやかなテーブルの辺りから聞こえる。それで急いで戻ってみると正規生が数人、私のいたテーブルを囲んでいる。そこにセシリアとルーシーがいた。何か文句を言われているみたいだけど教導官の先生の姿が見えない。どうやら先生が席を外している時を狙って絡んできたみたいだった。


 だけどセシリアは辺境伯家出身だから荒事には慣れているみたいでうっすら笑みを浮かべて余裕の様子で答える。


「何が困るって言うんです?」

「決まっているでしょう! あの公爵家の娘を連れてこの講習に参加している事です!」


「へえ? 彼女が参加したら一体何に困るんです?」

「そりゃあ……怪我をしても魔法で治せないし、彼女がいるだけでとても迷惑しているんですわ!」


「怪我ですか。私はお茶会は初めてですけどお茶会って怪我をする様な危険な物なんですか?」

「そ、それは……やけどしたり、そう言う怪我をする事だってあるんです! そんな時に治療出来ないと困るでしょう!」


 それを聞いて私は他のテーブルを見た。騒ぎになって正規生の先輩達が何事かと集まっている所為で誰も見ていないけれど一部のテーブルでお茶の準備自体が全然進んでいない。普段から魔法を使わずにお茶を淹れていれば分かるけどお湯を沸かす作業で手間取っているのが分かる。それでピンときた。


 これ、先生に隠れて魔法でやっちゃおうとしたんだ。だけど私がいると魔法が使えない。でもちょっと変だ。私は自室まで生姜を取りに戻っていた。確かに寮はここからでも見えるすぐの場所にあるけど私の無効化ってこんな処まで届くの?


 そして私達のテーブルを見るとちゃんと準備されていてお湯もちゃんと沸かしている。他のテーブルと比べても恐ろしく手際が良い。流石セシリア、火の扱いについては普段から野営で慣れているみたいで私より遥かに効率的かも知れない。


 それで私が近付こうとしたらセシリアの後ろで震えていたルーシーが私を見つけて小さく首を横に振るのが見えた。きっと私に出てくるなって言ってるんだと思う。


――ああ、そうか。何だか分かっちゃった。


 私を魔王と呼んでいるのはきっと、殆ど女生徒だ。リオンが訂正出来なかったのは相手が女性だから。男性同士なら強い口調で嗜める事も出来るけど相手が異性だとそうは行かない。


 例えば男に女が何を言っても『男の世界も分からない癖に』と思われて口では愛想良くても受け入れない。それと同じで男から言われても女は『何も分かっていない癖に』と考えるし表面上は穏やかにやり過ごしても受け入れない物だ。


 まして私達は準生徒で十五歳から十八歳の正規生から見れば世の中が分かっていない子供だ。特にアカデメイアでは権威の乱用が禁止されているから例え準生徒が高位貴族だろうと相手は基本的に見下している。実際にセシリアは辺境伯令嬢なのにあんな風に言われる。それもこれも全部私達が子供だからだ。


 きっと二人は私を守ろうとしてくれている。私に悪評が立っている事を二人は知っている。だからとても良くしようとしてくれるし今日みたいに誘ってくれたりする。心細いから、だなんて嘘をついてまで。きっと二人が準備した手際を見る限り、お茶だって普通に淹れられる。そこまでしてくれている。


 あー、だめだ。二人が私を友人として助けてくれるのを無駄にしちゃうかも知れない。だけど私にとっても彼女らは友人だし、それを見過ごす事なんて絶対に出来ない。それで私は覚悟を決めると二人に向かって一歩踏み出した。


「――あら、どうしたの? 一体何事です?」

「ま、マリー、どうして!」


 私が笑顔で言うとルーシーが驚いた声を上げる。セシリアも何も言わないけど顔を歪めている。ああ、やっぱり。二人は私を庇おうとしてくれていた。だけどそれに甘えられない。


「それで先輩、何か御用ですか? どうやら私に何か言いたい事がお有りの様でしたけれど?」


 そう言って私は正規生の先輩を見上げて微笑んだ。これはお母様や叔母様が教えてくれた方法だ。貴婦人は何事にも笑顔で答える。醜く感情を剥き出しにしてはならない。そうすれば例え相手が王様だろうと圧倒出来る。先日、お忍びでやってきたアレックス王は明らかにお母様と叔母様を恐れていた。ならば二人のお母様の娘である私が同じ事をやれない筈がない。


「……っ、大体貴女の力がおかしいのよ。姫殿下に恥をかかせておいて、よくもまあこんな場所に出て来られた物だわ?」

「あら、妙ですね?」


「……何がよ?」

「ここ、アカデメイアでは権威を振るう事が禁止されているのに貴女はアンジェリンお姉様の名を利用するのですか?」


 そう言って私は首を傾げながら満面の笑みを浮かべた。すると相手の正規生は何も言い返せずたたらを踏んで一歩下がる。


 いやー……あの勝負の時は世間体で王女と仲良しって事にして模範試合って扱いだったけど体面って大事だね……まさかこんな風に利用出来るとは。本っ当に私ってまだまだ世間を知らないガキンチョなんだなーって思い知らされる。だけどここからどうしよう。勢いだけで完全ノープランなんだよね。


 だけどそんな時、相手の女性が小さく呟くのが聞こえた。


「……この、魔王の癖に……」


 それが私の中で何かのスイッチを押した。きっと私にとってそれは口にしてはいけない言葉だ。それは私の家族を貶める、私を大事にしてくれる人達を罵倒する言葉だから。


「そう……魔王ですか。貴女は魔王と言う呼び名を見下す為に使っていらっしゃるけれど、真実をご存知なのかしら?」

「えっ……真実……?」


「魔王とは恐れられる存在でしょう? そして私を魔王と仰るのなら、その覚悟もお有りだと言う事で宜しいのですね?」

「……えっ……か、覚悟、って……」


「……私を魔王と呼ぶと言う事は、貴女は私と完全に敵対するおつもりなのでしょう? 大丈夫、ご安心下さいな? 戦場に於いては大人も子供も関係ありません。当然家の権威も無関係ですからアカデメイアの規則にも全く反しませんよ?」

「……ひ、ひぃ……」


 その瞬間、私の視界が薄い紫色に染まった。相手の正規生も怯えた顔になって悲鳴を上げる。それで私は我に返った。


 これは……不味い。落ち着け私。どうも自分で思っていた以上に私は怒り心頭だったらしい。感情的に力を使っちゃダメだってこの前それで痛い目に遭ったでしょ。きっと今、目元に紫の光が出ている筈だ……ひっひっふー、ひっひっふー。


 だけどそんな時、薄紫の視界の端でテーブルに手を着こうとした正規生のお姉さんの姿が見えた。その先には火種のポットが置いてある。だけどその事に気付いてない。そのまま手を着けば酷い火傷で下手をすれば命に関わる――と言うか絶対に命に関わるのが分かる。だって私の魔法はそこまで視えるから。


 そこからはもう半ば反射的に動いていた。ポットに置こうとする直前にそのお姉さんの左手を掴む。一瞬だけ自分の右手の甲がポットに掠って鋭い痛みが走る。だけど構わずに思い切り引っ張って自分の身体を軸に、ダンスの要領でお姉さんをテーブルから引き離した。


「……お姉さん……怪我とか、してない?」

「え……え? 怪我? え、私?」


 お姉さんは目を何度も瞬かせて私の顔を見つめる。だけど私の甲が当たったポットが倒れてテーブルの上に焼けた石炭が転がるとすぐに燃え始めた。そこでやっと火種のポットに手を置こうとしていた事に気付いたらしく顔が真っ青に変わる。


 火が付いた事で周囲の正規生達も離れてちょっとした騒ぎになり始める。そこでやっと騒ぎに気付いた教導官の先生達が慌てた様子で駆けつけてきた。


「何事です――た、大変、火を消さないと!」

「テレーズ師、ダメです! 魔法が発動しません!」


「アンナ、砂壺があるでしょう! それを使いなさい!」

「は、はい!」


 こうして完全に燃える前に教導官の先生達の手で火は消されたけれど生徒達はテーブルに近づく事を許されなかった。結局そんな感じでお茶会の講習は中止になってしまったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ