364 作戦会議?
あれから少しして私とクラリスは行き詰まってしまった。要するに生徒会に参加するメンバーが集められなかった為だ。というのも私もクラリスもびっくりする位に人伝手が無い。となると相談出来る人に相談する以外選択肢は無かった。
早速友人達に声を掛けて集まって貰う。食堂――はあれから随分行って無いし他の生徒もいる手前、まだ生徒会の話を聞かれたくない。そこで私の部屋に集まって貰う事になった。
当日集まってくれたのはマリエル、レイモンド、コレット、マティス、セシルの五人だ。私とクラリスを入れて七人。本当ならリオンにも助けて欲しかったけどこの事を話すと『自分は役に立たない』と言って何処かに行ってしまっている。何だかあの話をしてからリオンは色々と一人で動いてるみたいだ。だけど詳しい事を話してくれない。それが少し心苦しいけど今は兎に角クラリスの生徒会を本稼働させる方が優先だ。
「――それでルイちゃん、相談って何?」
開口一番にマリエルが尋ねてくる。それで説明しようとした時に一緒にいたレイモンドが集まったメンバーを見て首を傾げた。
「あの……マリー様。リオン様と、例の四人は来てないんですか?」
「ああ、えっとね。ヒューゴとセシリア、バスティアンとルーシーは今、実家に戻ってるんだよ。ほら、前のドラグナンの時に全員アカデメイアから学票が出たでしょ? それで授業に出なくても良くなったから」
「……ああ、あれですか。そう言えば自分やコレットももう卒業まで特に何も考える事が無くなって楽になりましたが……」
「まああの四人は結婚が決まってるからね。舞踏会とかに参加して地元の貴族に顔見せする必要があるみたい。でも皆もダンス講習とドラグナンの分で卒業まで授業に出る必要は無いんでしょ?」
私の質問にレイモンドはコレットと顔を見合わせて苦笑する。そんな中でそれまで私を無言で見つめていたマティスが座った目で呟いた。
「……処でマリーさん……」
「うん? 何、どしたのマティス?」
「……それ、シャールで隠してるけど……胸、大きくなってない?」
「……え……ええと、その……」
シャールと言うのは日本で言うショールの事だ。肩から掛けて着る物で胸元が見えない様にしている。これは以前リオンが私から目を背けた事の対策だ。今は部屋着じゃないけど制服の上着を着るのもちょっと不自然で代わりに羽織っていたんだけど。でも誤魔化そうとしたらマリエルが。
「――あー、マティちゃん。今はもうルイちゃん、おっぱいが超でっかくなってるよ?」
「……な、なんですって⁉︎」
「だからもうルイちゃん、こっち側なんだよねー」
こ、こっち側って何だよ! 折角誤魔化そうとしてるのに余計な事を言って波風立てないでマリエル!
だけどマティスは立ち上がるとすごい勢いで近付いてくる。引き攣った顔で私を見下ろすと低い声で呟いた。
「……それ、脱いで」
「え? あの、マティス?」
「いいからそれ脱いで」
「……は、はい……」
反論を許さない勢いに押されてシャールを脱ぐとマティスの視線が私の胸に突き刺さる。そしてテーブルに手を付くとマティスは呟いた。
「……それ、どうやったの?」
「え? ど、どうやった、って……?」
「そんなに胸がすぐ大きくなる訳ないでしょ!」
「い、いや、そんな事言われても……」
「それって何か薬とか秘術でも使ったんじゃないの⁉︎」
ああ、テレーズ先生……先生が仰った通りでした。身内からも言われる位に胸って重要なのね。まあ気持ちは分からなくはないけど私の場合大人の身体に成長しなかった事が悩みの種だった訳で、胸がない事はおまけでしか無かった。実際に胸が無かった私を知っている分、余計に大きくなった理由について疑われ方が激しい。もしマティスに私が何か薬を使ったと言えばきっと信じて同じ物を服用しかねない。
「……ええとね、マティス……」
「何?」
「これ、胸が大きくなったんじゃないのよ」
「うん? それは……どう言う事?」
「実はね、マティス……私、大体十三、四歳位の状態で今まで身体の成長が止まってたんだよ。それが倒れた時に戻ったみたいなんだよね」
「えっ? 確かに倒れたって聞いてたけど……じゃあ面会謝絶だったのはそれも関係してたって事?」
「あー……そうなのかなあ? でもそれで原因を調べようと思って王様に相談してこれからその調査をして貰うつもりなんだよ」
「……そうだったの……でも今まで身体が成長してなかったって……もしかしてそれって英雄の魔法が原因なの?」
「それが分かんないから調べて貰うんだよ」
「……そっか……」
私が答えるとマティスは一旦冷静になったみたいだ。だけどそこで今度は別の理由で落ち込み始める。
「……という事は……」
「……うん?」
「……マリーさん、元々そっち側だったって事なのね……」
だから……こっち側とかそっち側とか何よ? マリエルもマティスも何を言ってるのか分からない。そしてコレットやレイモンドもそんなやり取りを聞いて驚いて私を見つめている。セシルなんて俯いて私の方を見ようともしない。まるでリオンを見てるみたいな感じだ。
そしてそんな私達の処へクラリスがお茶を淹れてやってくる。皆が固まっている中、彼女は首を傾げると話し始めた。
「ええと……皆さん、集まって下さって有り難うございます。今回集まっていただいたのは私が生徒会と言う新しい生徒組織で代表者をする事になったんですが、その役員を集める方法がなくて……それで相談に乗って戴きたいと思ったからなんです」
その一言でやっと我に返った皆が戸惑いながらもなんとか答える。最初に声を出したのはコレットだ。
「えっ……えっと……クラリスちゃん? 生徒会って何です?」
「ええと、生徒側から教導官の先生と同じくアカデメイアに改善提案を出す事が出来る取り組みです。それで最初の会長が私になったんですけれどその構成員を自分で集めなきゃいけなくて。コレットお姉ちゃん、何か方法ってないでしょうか?」
「えっ……でも私も同じ学年の人しかお付き合いがありませんし……それにお嬢様――マリーさんと一緒に行動する様になってからちょっぴり避けられてる感じがするんですよね……」
そんなコレットに続いてやっと立ち直ったマティスがセシルと一緒に苦笑しながら頷く。
「そうね。そう言えば私とセシルもマリーさん達と一緒にいる様になってからあからさまに避けられる様になったかも。以前はセシルに近付こうとする女子生徒が多かったのに最近はもう全く近寄ろうとしないし」
「そうですね。マティスと僕も同じ学年にしか知人がいません。アカデメイアって基本的に同じ学年で集まり易いみたいです。授業には他の学年も集まりますけど大体同じ学年で固まってますし。クラリスさん、その構成員って多分、卒業する生徒からは選べないんですよね?」
「はい、セシルお兄ちゃん。皆さんが在籍する今年一杯は準備期間で実際は来年、皆さんが卒業した後から二年間が任期になります。三年生は授業で学票集め、四年生は社交界に参加したり奉公先探しをするみたいです」
そう言えばエマさんやカーラさん、ソレイユさんも四年生になってから凄く忙しそうにしてた気がする。アカデメイアは卒業しないと卒業実績が得られないから皆必死だ。入学は割と簡単なのに卒業する為にはちゃんと頑張らなきゃいけない。そう言う点では日本とは真逆だ。
基本的に四年生で進路を決める為に授業に出る暇がない。それでも卒業する為には学票が必要になる。普通の生徒は入学してから進級する為以上に必要な学票を稼いで卒業の為に備える。更にそこから捻出して社交界や舞踏会に参加しなきゃいけない。そんな中から新しく生徒会なんて作れば当然その皺寄せが行く。だからテレーズ先生は報酬を出す事にしたんだ。
だけど皆も私と同じで後輩達との接点がない。私達が卒業した後にまだ残っている生徒自体知り合いにいない。全員にとって唯一の後輩みたいな存在がクラリスしかいない。それで全員が考え込んでウンウン唸っていると不意にレイモンドが口を開いた。
「――あの、ちょっと思ったんですが……」
「ん? どしたの、レイモンド?」
「マリー様の集団って、考えてみたら恐ろしい面子が揃ってますよね?」
「え、恐ろしいって……何処が?」
「いや、どうして他の生徒が余り関わってこないのかと思って考えてみると、マリー様の友人関係って貴族社会が完成してるんですよ」
「……貴族社会が完成って……どう言う事なの?」
「だって……上は王族から下は男爵まで全部揃ってるじゃないですか」
え、あれ? そう言われてみるとそんな気もする。王族はシルヴァンがいるしアンジェリン姫だってそうだ。その次に公爵家の私とリオンがいるし侯爵家のバスティアン、辺境伯家のヒューゴとセシリア。伯爵家のルーシーもいる。コレットは子爵家だし男爵家はクラリス、それにマティスとセシルも今は男爵家だけど元は騎士爵家の子供だ。更にマリエルも男爵家な上に元平民って立場だったし、王政国家の全立場が勢揃いしている。
「……あ、あれ? でもそれで怖いってどう言う事なの?」
「そりゃあ……マリー様が原因ですね」
「え、なんで私が原因なの⁉︎」
「だって一番ざっくばらんとしてますし。階級社会を無視した交友関係を築いてるじゃないですか。大体そうじゃないとこんな風に男爵家や子爵家の友人達もいませんし集まってませんよ? それに自分だって隣国ですが侯爵家の人間です。そりゃあそんな集団の中に混ざろうとする勇気のある一般生徒なんていないんじゃないですかね?」
ぐはぁっ……残り一年になって初めて明かされる事実。そっか、そりゃ生徒の皆さんも距離を置いてる訳だよ。アカデメイア側が危険視する理由もきっとそう言う事だ。以前テレーズ先生からそんな事を言われたけれどまさかそんな原因があっただなんて私、全く気付いてなかった。
「……で、でも……ほら、別に私が原因って訳じゃ……」
「何を言ってるんですか。上下関係なく分け隔てない付き合いをしている筆頭がマリー様ですから。だからこの集団自体マリー様を中心に集まって出来た組織みたいな物でしょう?」
『……あー……』
そこで全員から納得した声が上がる。そしてマティスを筆頭にこそこそと話し合う声が聞こえてくる。
「……そう言われるとそうよね……」
「確かにルイちゃんとつるむ様になって声掛けられなくなったかも?」
「自分は元々孤立してますが……コレットはどうだ?」
「そう言えば……最近同学年の人に構われなくなってますね……」
「ええと、僕は女の子に声を掛けられなくなって凄く助かってますよ?」
ちょっと待って、それじゃあ今の状況って全部私の所為って事? それは何だかちょっと諸悪の根源みたいで不味い気がする。それで慌てて私はクラリスに尋ねた。
「え、ちょ、クラリス⁉︎ クラリスにもお友達っているよね⁉︎」
だけどクラリスの返事は――私を救ってはくれなかった。
「……あの、お姉ちゃん。お姉ちゃんは私が特待生でアカデメイアに入学した事を忘れてませんか?」
「えっ? でもほら、それでもお友達位は……」
「ええと……私から見ると今の在校生って全員歳上なんですよ。ですからお友達なんてまともに出来ません。それに普段からお話してる相手がお姉ちゃんのお友達な事が多いので多分、歳上と関わってる生徒だと思われてると思います。つまり私は変に関わると不味い生徒って事ですね」
げふうっ……そ、そうだった……クラリスって私より四歳も歳下で原則同級生がいない。だって私達が卒業した後でやっと本来の一年生と同じ歳になる訳だし準生徒と立場的には殆ど変わらない。アカデメイアの授業って学年に関係なく参加出来る方式だから疑問にも思われない。という事はクラリス自身、歳上の生徒達から『アカデメイアで関わると不味い集団に所属する何だか小さい子』と言う認識をされているに違いない。
――ああっ、何これ……私、知らない処で悪役令嬢っぽかった……!
まさかアカデメイア内で最大規模の集団になっていて、私がその頂点に君臨している事になってただなんて思わないよ。元々私自身、他の生徒と関わらない様にしてたから気付かなかったけど相手の生徒達からも関わるとヤバい女王様みたいに思われてただなんて予想してなかった。
「……ま、まあ……お姉ちゃん、方法を考えていきましょう……?」
机に突っ伏して項垂れる私の髪を撫でながら苦笑するクラリスが慰める様に呟いた。




