353 確信めいた物
「――リールー! やっと起き上がれる様になったんだね!」
お昼を過ぎて太陽が斜めになった頃、エドガーはやってきた。クラリスは案内をしただけですぐに席を外してしまった。きっと私がエドガーの英雄魔法について聞きたい事があると気付いたからだろう。魔眼があるとは言ってもやっぱりクラリスは物凄く賢い気の回る女の子だ。
「うん、なんとかね。でも心配させちゃってごめんね」
「大丈夫だよ。リールーが元気になるのが一番だから」
そう言ってエドガーは小さい女の子にするみたいに私を抱き寄せる。だけどそうしてすぐに首を傾げた。
「……処でリールー……何だかちょっと大人っぽくなった?」
「え? そうなのかなあ?」
「うん。何と言うか雰囲気が全然違う。身体付きも変わったみたいだ」
でもそう言われて私は上目遣いにエドガーを睨んだ。
「……そう言えばエドの英雄魔法って私の身体のサイズまで分かるの?」
「ん? ああ、そう言うのは分からないよ。分からないって言うか相手が隠したい事、特に異性に対する秘密なんかは凄く分かりにくいんだ。本人が自覚してない事なら全然簡単なんだよ。例えばこの前のフランク先生に魔眼がある事は分かる。序列があって辿り着くのに大変だけどね?」
「え……そう言う物なんだ、エドの鑑定って?」
「それ程便利じゃないんだ。でも戦っている時は相手も戦闘に集中してるからね。そう言う抵抗がないから分かり易いんだ。まあ無理やり見る事も出来るけどかなり手間だよ?」
それはちょっと意外って言うか、問答無用で相手の情報を知る事が出来る物だとばかり思ってた。だけど確かにそれなら叔母様の回復魔法についても全然分からなくて当然だ。だって叔母様は絶対に言わないしお兄様も秘密にしてる。身内に対してそこまで覗き見ようとはしないんだろう。
「……そっか。それでちょっと聞きたいんだけど……」
「うん。クラリスちゃんからもそう聞いてる。それで何を知りたいの?」
「私、診察を受けた時の事が曖昧なんだけど……あの時私を見て、病気や異常が全然なかったって言ってた様に覚えてるんだけどそうだったの?」
「ああ……あの時リールーはぼんやりしてたからね。うん、リールーには異常が見当たらなかった。今、見ても構わないかな?」
「うん、いいよ。見て」
そう言うとエドガーはじっと私を見つめる。薄い光がエドガーの目に浮かぶのが見える。こうして使う時にちゃんと見るのは初めてだ。でも少ししてからエドガーから光が消えると少し困った様子で笑った。
「――うん。あの時と全く同じだね。前回見た時と今見た情報は全く変わってないよ。違うのは体調位かな? だけど前回より少しマシだね」
「……そっか。それで病気とか異常がないって言うのは確実なのね?」
「それは間違いない。あの時のリールーには精神的に余裕がなかったけど今は随分マシになってる。あの時は今にも糸が切れそうに見えたからね」
それを聞いてちょっぴり納得していた。確かにあの時、意識は朦朧としてたけど精神的に追い詰められて諦める寸前だった。もう自分は死ぬんだって殆ど諦めかけてた……と思う。痛みって言うのは本当に怖い。痛みが大き過ぎると生きているより死んだ方が楽だって思えてしまう。こうして思い返してみても今回は今まで経験した中で一番キツかった。精神的に追い詰められるより肉体的な、物理的な痛みは心を挫くのに充分過ぎる。
「だけど……ごめんね。お見舞いに来なくて」
「え? ああ……まあ私も全然覚えてないし。エドが来てくれても多分、全然分からなかったと思うよ。リオンもそんな事言ってたし」
「そっか。でもあの時、リオンや叔母上が相当追い詰められてて顔を出さない方が良いと思ったんだ。クラリスちゃんはピリピリはしてなかったけど物凄く怖がってた。それは英雄魔法を使わなくてもすぐ分かったから」
「……そっか。私、本当に皆に迷惑を掛けちゃったんだね……」
「そうだね。まあリールーはそう言う運命みたいだから皆だってある程度理解はしてると思うよ?」
「え……運命って……そんな事、皆も知ってるって言うの?」
「そりゃそうだろ? だって普通の貴族令嬢はこんなに大変な目に何度も遭ったりしない。こんなに連続して色々あれば誰だって警戒する。今までリールーは何度死にそうになった? 僕が知る限り、僕の家に来た頃からもう死にそうだったって聞いてるし実際に倒れたのも見てるからね」
あー……そう言われてみればそんな気もする。小さい頃から熱を出して寝込む事も多かったしダンスで倒れた事もあった。別に特別な力で運命が分かるんじゃなくて不運過ぎるって意味で理解されてるのね。でも――
「――でも、多分もう大丈夫な気がする。皆に心配させずに済むかも」
「……ん? 何、そう言うのが視えたの?」
「ううん。そう言うんじゃなくて……何となくだけど。まだはっきりとは言えないけど、今までみたいに大変な事はもう起きない気がするの」
私が胸を押さえながらそう言うとエドガーはにっこり笑う。小さかった頃みたいに私の頭に手を置いて優しく髪を撫でる。
「……そうだね。僕もそうなれば良いと思ってる。そろそろリールーも幸せになって良い筈だ。何せ普通の女の子が経験しない様な大変な目に何度も遭ってる。将来起きる筈だった不幸を先に受けたと思えば良いよ」
「……うん……」
「それにリオンだけじゃない。僕やネイサンもそれを望んでる。きっとアンジェリン姫とエマさんもね? 勿論父さんや母さん、ライオネル陛下、それアベル伯父さんやセドリック叔父さん、クレメンティア叔母さん、それとレオ義兄さんも」
「……そだね……」
「だから……リールーは幸せになる事だけ考えれば良い。リオンのお嫁さんになってくれるんだろ? そうなれば本当に僕の妹だよ。まあその前に僕も結婚しろって父さんと母さんからせっつかれそうだけどね?」
そう言うとエドガーは子供の頃みたいに悪戯っぽく笑う。私に過保護で物凄く甘やかそうとしてくれた時みたいに。
「……エドガー、有難う。私もまだまだ頑張るよ」
「うん。リールーは身体は弱くても心は強いからね。だからそう言う意味では心配してないよ。後は思う通りにすれば良いさ」
そう言うとエドガーは部屋から出て行く。この後、フランク先生と会う先約があったらしい。きっとその前に会いに来てくれたんだと思う。だってエドガーは私にとっても甘くて本当の妹みたいに扱ってくれるから。
「……有難う、エド兄ちゃん……」
私が小さく呟くとエドガーは一度だけ振り返って部屋を出て行った。




