35 魔王爆誕
あれからシルヴァン達が様子を見に来る様になった。
叔母様の言う通り、私は相当無茶をしたらしい。体調が完全に戻らなくて自室で横になっていると同期生の皆が頻繁にやってきて話をする。そんな中で特にセシリアとルーシーは私にとって初めて出来た女の子の友達……と言えるかも知れない。
「――いやでも本当にね。あの時のマリーは凄かったよ。まさか正規生三人を相手にあんな大立ち回りするんだもの。ルーシーもびっくりして声も出せなくなってたんだよね?」
「うん……あれはほんと凄かった。目からバチバチって火花が出て紫色に光ってるんだもん。先輩の人達も凄く驚いて怖い顔をしてたし観客席が静か過ぎてちょっと怖かったもん」
フーディン辺境伯家のセシリア、キュイス伯爵家のルーシーはまるで姉妹みたいだ。セシリアがお姉さんでルーシーは少し甘えん坊な妹って感じかな? セシリアはポニーテール、ルーシーはツーテールのお揃いの髪型だ。二人は親同士の付き合いもあって幼い頃から良く会っていたらしい。
「……そうかなあ? 特別凄くは無いと思うけど……」
だけど私はそう返すのが精一杯だった。だって今まで男の子を相手に話す事はあっても同性相手はお母様と叔母様以外には会話自体した事がない。持ち前の人見知りが全力運転だ。
「そんな事ないってば。マリーは充分凄いから!」
「うん、私も凄いと思う。もし私だったらあんなの、出ろって言われても絶対無理だし……」
「そだね。ルーシーも気が弱いけどマリーは公爵家の令嬢だしアンジェリン姫殿下相手に勝負って時点で厳しいよね」
「……うん……そんなのもう、絶対に無理……」
そう言って二人は私をフォローしてくれる。だけど……何て言うんだろうか。ちょっと違和感を感じる。
二人共最初は私をマリールイーゼ様って呼んでいた。リオンが『同年代の子を相手にするつもりにしてあげて』と言ってくれなかったらきっと今も二人は様付けで呼んでいた筈だ。
そう言うぎこちなさって言うんだろうか。だけどそれよりも二人はあの勝負の話しかしてこない。そりゃあ打ち解けるにもお互いに趣味も何も知らない訳で会話の材料自体がなくて話題がないから仕方ないんだけど何処か無理をしてる感じがする。
だけどそんな疑問は割とすぐに解ける事になった。と言うのもリオンやシルヴァン達が様子を見に来たからだ。
「――リゼ。明日には日常生活に復帰出来るんだよね?」
「え、うん。微熱も落ち着いてきたし……」
「そうか……じゃあ先に話しておくよ」
「……え、何を?」
「……実は今、アカデメイア中でリゼの酷い悪評が出回ってるんだよ。シルヴァンやバスティアン、それにヒューゴと一緒に調べたり訂正して回ってたんだけど完全には無理だった」
「え、悪評? どうして? それにどんなの?」
私が尋ねるとリオンは怒った様子で黙ってしまう。そんな彼の隣にいたシルヴァンが申し訳なさそうに頭を下げた。
「……本当にすまない。これも全部姉上の所為だ。色んな理由があるんだけどやっぱりあの紫色の火花が衝撃的過ぎて大半の正規生達が萎縮してる。マリーが凄過ぎたんだ」
そして今度はシルヴァンが黙ってしまう。リオンと王子が苦虫を噛み潰したみたいな顔になっているのを見てその後ろにいたバスティアンがメガネを指で持ち上げて続けた。
「……先ず、僕が調べた処だとマリーさんが卑怯だって言う意見が殆どでした。あの火花は明らかに魔法や特別な力だろうと思われてますから。アレクトー家の他者の魔法を無効化する力を利用して自分だけ魔法を使った、って声が特に多いですね」
「あー……それはまあ、本当の事だし仕方ないのかも……」
思わず苦笑してしまう。実際、私やリオン、アレクトー家の存在はそれ以外の人達にとっては脅威的だ。だって英雄一族の特徴で特別な力、魔法を無い状態にしてしまうから。まあ実際どれくらい無効化するのか分からないけど王族と勝負をすれば絶対に避けられない非難なのかも知れない。
だけどそれまで不機嫌そうに黙っていたヒューゴが鋭い目付きを少し和らげて私に話し掛けてきた。
「――そんな事はない。俺はリオンが言い返すのを聞いてその通りだと思った。マリー様は何も悪くない。大体準生徒一人を相手に正規生が三人掛かりの時点で魔法の有無なんて問題にはならない。終わった後で倒れる様な身体が弱い十二歳の少女を相手に正規生三年の十七歳が三人掛かりだ。どちらが卑怯かと言えば王女の方だろう。あいつらはそれが分かっていない」
正直ちょっと驚いた。だってこれまでヒューゴがこんなに話すのを見た事がない。てっきり無口キャラだと思っていたけどそうでもなかったらしい。
だけど私は何とも恥ずかしくなってシーツを目元まであげて顔を隠してしまう。それを勘違いしたのかポニーテールのセシリアが心配そうな顔に変わる。
「え、大丈夫、マリー?」
「……同級生に面と向かって『少女』って表現されるの、なんか凄く恥ずかしい……」
「えっ、そこ?」
「……そっちなのか……」
「……そう来ますか……」
「……なんだかすまない」
リオンを筆頭に男子達が一斉に呆れた顔に変わる。だって目の前の同じ年頃の女の子を相手に『少女』と表現する事なんて普通は無いじゃない? そりゃ恥ずかしいですよ。大人が言うならまあ確かに私は少女だからそうでも無いと思うけど口語として同い年に使われると何とも言えないむず痒さがある。
だけどこれではっきりした。セシリアもルーシーも、それにリオンやシルヴァン達も私を誹謗中傷から守ろうとしてくれてたんだ。恥ずかしいと言うのもどちらかと言えばどう反応して良いか分からないから……だってこんなの初めてで凄く嬉しいんだけど、なんだか気恥ずかしい。
「まあ……リゼが気にしてないのなら別に良いよ。それに多分リゼの印象が病弱可憐な美少女だったからその反動も大きいんだと思う。まあ仇名みたいな物もついちゃったけどさ」
「――え、仇名? ちょっと待って。その仇名ってどんなの?」
だけどリオンの言葉に私は一気に冷静さを取り戻した。だって仇名って気になるじゃない? まさかここに来て『悪の令嬢』みたいな呼び方されてたらどうしよう。だってそんな風に呼ばれていたら嫌なフラグが立ってしまう気がする。
だけど私がハラハラしながらそう尋ねるとリオン達男子一同は顔を見合わせて同時に口を開いた。
「「「「……魔王」」」」
「な、なぁんだ良かった……そっか、まお――魔王⁉︎」
「うん。リゼは今、『魔王マリールイーゼ』って呼ばれてる」
正直私は自分の耳を疑った。え、魔王? 私そんな風に先輩達から呼ばれてるの? まだ十二歳の準生徒の段階で? いやいや、待て私。確かあの仕掛け絵本の魔王って魔法の王って意味で邪悪じゃなかった筈だ。
「え、それって……魔法のお姫様、的な意味で?」
「ううん。邪悪な方の意味で」
僅かな希望で尋ねてみたら、速攻リオンに砕かれた。
あっれー……おかしいな。魔王ってなんだか悪役令嬢を一足飛びしてない? 物凄く悪化してる気がする。と言うか私、別に誰かに危害を加えた訳じゃないよね? 逃げ回っただけでどうしてそこまで恐れられる事になってるの? なんで邪悪の階段登る、って感じになってるの?
両手で顔を覆いながら軽い絶望感に打ちひしがれていると男子達が他人事の様にうんうんと頷き合っている。
「まあ、紫の火花と言うか、紫の炎みたいなのがマリーの目元で光ってるのが見えたからね。あれは知らない者が見れば多分相当恐ろしい印象を持たれてしまうんじゃないかな。何て言うか闇っぽくて」
「……実際僕もマリーさんのあの姿には背筋がぞくっとしましたよ……あ、凄いって意味ですけど」
「確かにマリー様は特に何もしてないが、それだけあの場にいた全員を圧倒したって事なんだろうな」
シルヴァン、バスティアン、ヒューゴがそれぞれ好き放題に自分の感想を述べて最後にリオンががっくりとため息を吐く。
「まあ……リゼは心配しなくて良いよ。もし何かしてくる様なら僕が実力で排除するから。リゼは僕の物、だからね?」
くっそお、これってリオンの意趣返しなの? だけど何て言うかもう、本当に衝撃が大き過ぎて言葉が出てこない。と言うか私、これからアカデメイアに在学する間はずっと魔王って呼ばれ続ける事になるの? と言うかこれ、本気で不味い気がする。
本気で悶える私をシーツの上から抱きしめてセシリアとルーシーの二人が励ます様に言う。
「大丈夫よ、マリーの事は私達が全力で守るから!」
「うん! 私も怖いけど、頑張ってマリーを守るね!」
「……あ、あはは、あは、あは……はぁ……」
もう乾いた笑いしか出て来ない。そっかー、こう言う形で準生徒が団結しちゃったかー。
だけどこれ、下手したらマリエルが入学してきたら全員が団結した状態のまま私を排除する流れに繋がったりはしないよね?
くっ……これがゲームの強制力――っていやいや、強制も何もこれ、全部普通に理由があってこうなってる訳だし。言わば全部自業自得、リオンが言う通り勝手に思い悩んで自己嫌悪に突っ走った結果がこれですよ。ちょっともう泣きそうです。今度からは悪い方に考え過ぎない様に気を付けよう……。