33 お母様、超怖い
目が覚めると私は医務室のベッドに寝かされていた。流石に以前程長い時間気を失っていた訳じゃなかったみたいだ。天井を見て何度か目を瞬かせる。そこですぐ脇から声が聞こえた。
「――ルイーゼ! もう、何て無茶をするの!」
「……え……叔母様? それに……お母様?」
顔を向けるとそこには叔母様とお母様がいる。だけど少し怒った顔の叔母様より先にお母様が横たわる私に被さる様に抱きついてきた。
「……ルイーゼ、無事で良かった……」
「……お母様……」
だけど答えながら私は目を閉じていた。目の奥が痛いし頭の芯にも鈍痛を感じる。貧血で倒れた時はいつもこうだ。血の気が引いた痛みって凄い脱力感を伴う物だ。横になっていても首筋や肩に痛みがあって余り起きていたくない感じだ。だけど叔母様は怒った顔のまま腕を組んでいる。
「……ルイーゼ、貴女……最初から目一杯『英雄の魔法』を使ったでしょう? もう薬湯も飲んでいないし魔力の抑えだって効かないのに、あんな無茶をすれば倒れて当然よ?」
だけどそんな声に私に抱きついていたお母様が反応する。横たわった私の身体を離して叔母様を振り返った。
「……クローディア、英雄の魔法って……どう言う事?」
「ああ……ええとね、義姉さん。ルイーゼは英雄の魔法が使えるのよ。多分身体が魔力に負けていたんだと思う。小さい頃に身体が弱かったのはきっとその所為ね」
「え、だけど女の子が使える事はほぼ無いんじゃないの?」
「普通はそうなんだけど……でも命に関わる経験とか恐怖心で覚醒する事もあるのよ。ただ、ルイーゼの魔力は普通より高いから……病弱な事に恐怖を抱いていた可能性もあるわね?」
そう言うと叔母様は私を見て笑った。多分叔母様は私が将来を知っている事を黙ってくれている。まさか私が家を出た頃に自分が死ぬ将来を知っていたなんてお母様に知られたくない。それで私も口裏を合わせてお母様に笑って言った。
「……お母様が見てくれてたし私はもう大丈夫って見せたくて張り切り過ぎちゃったのかも? ごめんなさい、お母様」
「そうだったの……でももう無茶はしないで頂戴。ルイーゼが元気に育ってくれればお母様はもうそれで充分なんですからね?」
「うん……これからは気を付けるね?」
そう言って私は力無く笑った。もちろんそんなの嘘だし精神的にも結構参っている。自分がどれだけ意地汚い人間なのかを自覚したばかりで気が滅入ってくる。だけどそれをお母様や叔母様に知られたくない。二人共私が尊敬する大好きな人で失望させたくない。だけど言えずに黙っている自分にも嫌気がさしてくる。正直に言うとこの時点で心が折れそうだった。
だけどそんな時、医務室の扉がノックされる。叔母様が扉を開くとそこにはアンジェリン姫が立っていた。お母様と叔母様を見た途端に王女の顔色がさっと青褪める。
「――あ……クレメンティア叔母様……それにリオン君のお母様ですね。失礼します、私はアンジェリン・マリア・アレックス・オー・グランリーフェンです。この度は大変ご迷惑をお掛けする事となり申し訳ございませんでした」
きっと他国所属の叔母様がいるからだろう。アンジェリンはきちんと自分の名前を名乗った。
グランリーフェン――グランドリーフ王国のアレックスとマリアの娘、アンジェリンと言う意味の名前でこの国では女児に母親の名前が付く。私の名前についているアルというのは王族に連なる者を指す付属詞で公爵家を表す名だ。だから私の名を正式に言うとマリールイーゼ・アル=クレメンティア・セドリック・オー・アレクトー。これはリオンの家も似ていてエルと言うのがイースラフトでは同じ意味を持っている。但しリオンは男の子だから叔母様の名は入らず叔父様が元王族なのでリオン・エル=アーサー・オー・アレクトー。もし叔父様ではなくて叔母様が王族出身だったらリオン・アーサー・エル・オー・アレクトーとなっていた筈だ。
さて、王女が先に自分の正式な名前を告げたと言う事は王族として正式に謝罪した事になる。普通、王族が誰かに謝罪する事なんてないから相当レアな状況だ。まあでも勝負の結果私が勝った訳だからそうでもないのかな? だけど真剣だったアンジェリン姫が私に近づくと拗ねた様に頬を膨らませた。
「だけど……もう、マリーちゃんってば!」
「え……ええと……はい?」
「どうしてこんな大事な事、最初に言ってくれないのよ!」
えーと……英雄の魔法の事? それとも身体が弱かった事? だとしても話す事なんて出来ないし言う暇だって無かった。それより今は正直身体が辛い。まだ体力が回復してなくて辛うじて起きているだけだ。実際は目を開けてるのも辛いんだけど。と言うかこの人、子供みたいな拗ねた怒り方するんだな。喚かれて少しうるさいと思いながら頭がちゃんと働いてくれない。
「先に言ってくれてたら私だってリオン君と婚約だなんて考えなかったわ! だってマリーちゃんがリオン君を好――」
だけどアンジェリンが何かを言い掛けた処で突然手が伸びてきて口元が塞がれる。それで彼女が勢いよく振り返るとそこに立っていたのは満面に笑顔のお母様だった。
「……アンジェリン。ちょっと黙りましょうか?」
「え……え、お、叔母様……?」
「貴女、今何を口にしようとしたのかしら?」
「え、それは……マリーちゃんが、リオン君の事を、好……」
「あら、それはいけないわね。兄上はきちんと教育をしていらっしゃらないのかしら。アンジェリン、貴女は王女である前に一人の貴婦人として振る舞えなければなりません。なのに何故それが出来ていないのかしら? その様な無粋な真似は貴婦人にあるまじき失態よ? これは由々しき事態だわ?」
「え、あの……クレメンティア叔母さ――ひぃ……」
なんか……おかあさま、ちょうこわい。今、王女の悲鳴が聞こえた気がするけどお母様の声はいつもと同じく穏やかでとても静かだ。だけどその分有無を言わせない気配が漂っている。
だけどそれが私の限界だった。痛みを伴う眠気に身体が耐えられない。きつい貧血の後はいつもこうだ。身体の芯から体温が抜け落ちていく感覚にとても抗えない。きっと気を失う様に眠るってこう言う感じなんだと思う。眠いから眠るんじゃなくて気が遠くなる感じの眠り方だ。
「――ルイーゼ、ゆっくりお休みなさい。アンジェリンの事は私に任せて、貴女は早く元気になってね」
そんなお母様の声と頬に柔らかい指先が触れる感覚が曖昧に感じられる。だけどそのまま私の意識はストンと落ちた。