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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
イースラフト編(17歳〜)
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329 ドラグナンの英雄

「――あれ? マリー、もう大丈夫なの?」

「――マリー、男子いるけど平気?」


 皆が続々と食堂に集まって来る中、私の顔を見るたびに誰もが心配そうに声を掛けてくる。でも平気だと答えながらテーブルの陰では隣に座るリオンに手をずっと握って貰っていた。


 流石にあんな状態になって一晩で完全に元に戻る筈がない。それでも随分マシだ。動悸もないし呼吸が苦しくなる事もない。平衡感覚が無くなる事もなく普通に席に座っていられる。依存症と言われた時はかなり酷い状態だと思ったけど頼れる相手がいれば問題ない。もしかしたらリオンじゃなくて他の女子にくっついていれば平気なのかも知れないけど苦しくなるのが怖くてとても試す気にはなれなかった。


 そして十四人全員が集まった処でアレクサンドラ様が声を掛ける。


「――さて、私はエミリエの祖母でアレクサンドラ・ロシュフォールと言う。ドラグナンで侯爵をしている。現在、王都ドラグニアで起きている事を簡単に説明させて貰おう」


 でもそれを聞いた途端その場にいたほぼ全員が驚いた顔に変わる。


「え? 今、祖母って言った?」

「嘘、この人がエミリエ姫のお婆様? え、お母様じゃなくて?」


「いや、確かエミリエ姫のお母様ってソフィー王妃だった筈ですよ?」

「……一体、お幾つ位なんだろうか。随分とお身体を鍛えられていらっしゃるのは分かるんだが……」


 まあそうだよね。ロシュフォール侯爵家に出掛けたレイモンド、コレット、私とリオンとクラリスは驚き済みだけどそうじゃない皆は今回が初顔合わせだ。そして不思議そうな顔でマリエルが手を上げる。


「あの、アレクサンドラさんって今、お幾つなんですか?」

「うむ? 私は今年で七十三歳だ」


「え、マジで⁉︎ 全然お婆さんに見えないんですけど!」

「国外の者からは良く言われる。我らクレバロイは肉体の成長が早く、老化は緩やかなのだよ。でないとずっと戦えないからね」


 失礼だからと諌める隙もなくマリエルの質問に答えるアレクサンドラ様。と言うかクレバロイって身体特徴があるから余り実年齢に拘っていない気がする。外見も普通の人間で自然と『お婆ちゃんだ』って言い方をするのかも知れない。外見がエルフならそうじゃないのかも。だけどそれで再び騒つく皆にエミリエ姫のお婆様は三つの派閥について説明すると現在起きている状況を説明し始める。


「――さて、現在この王都ドラグニアで派閥抗争が発生している。新女王派と旧王党派の二大勢力による武力衝突だ。どうやら何方かがここを目指して進軍したらしい。目的は恐らくエミリエかマリールイーゼ殿の確保だろう。いずれにせよ彼らに捕まる事は避けたい。そこで君達には王都を脱出してイースラフトまで退避して貰うべきだと考えている」


 そう言うと侍女の服装をした女性が地図らしき物を持ってアレクサンドラ様に手渡す。イースラフトで捕縛された侍女、パオラさんと同じ意匠の侍女服だ。クレバロイ族の服なのか元々迎賓館にいた侍女とは特徴が違う。それに気付いたのかバスティアンが挙手して尋ねた。


「あの、アレクサンドラ女史。貴方は何方の派閥に所属されていらっしゃるんでしょうか?」

「うむ? 私は新女王派寄りだが所属はしていないよ。エミリエを守る為に近いだけで接触はしていない。それがどうしたシェーファー殿?」


「そうですか……いえ、派閥の一つと共闘出来れば敵対する相手の数を抑える事が出来るのでは、と思ったんですが……」

「それは止めた方が良いな。諸君らはイースラフトとグレートリーフの人間だから下手にドラグナンの勢力と接触しない方が良い。協力した事実を挙げて何か要求されても困る。ならば付かず離れずで利用する事だけを考えた方が良いだろうね。恐らく相手もそう考える筈だ」


「……そうですか、分かりました。確かに仰る通りです。僕らは何の権限も持っていませんし命を救ったと何か要求されても困りますから」

「察しが良くて助かる。だが状況も詳しく分かっていない。配下の者に調べさせようにも既に戦闘が発生している。現在私の手元には非戦闘員しかいない。今はこの建物の各所を監視する位しか出来んのだ」


 そしてアレクサンドラ様は地図を開いて説明を始める。この迎賓館のある場所は国外からの滞在者を受け入れる外交区画で王都のほぼ中心に位置している。これは国外大使を危険から守る為だけど逆に言えば簡単には脱出出来ないと言う事でもある。確かにあのシェーファー家の馬車なら突っ切る事が出来るかも知れないけど戦闘中の中を抜けて行くには馬がやられるとお終いだ。それこそ立ち往生して捕まる事になる。それで結論が出ず静かになった食堂で私は遠慮がちに尋ねた。


「……あの、アレクサンドラ様?」

「ああ、私の事はサーシャで良い。長ったらしい名前では呼ぶのに大変だろう? それで――何だ、マリールイーゼ殿?」


「……なら、私の事もマリーかルイーゼって呼んで下さい。皆もそう呼んでますし」

「……ふむ、分かった。それでマリー殿、何だろうか?」


「えっと、どうしてサーシャ様は私達を助けてくれるんですか? 確かにエミ――エミリエ姫を助ける為に来ましたけど私達は結局他国の人間です。それならエミリエ姫だけを守って脱出すれば簡単でしょう?」


 だけど私がそう尋ねるとアレクサンドラ様はシルヴァンの隣に座っているエミリエ姫をじっと見つめる。少し考えると苦笑して答えた。


「……エミリエは私とヴィンスの娘、ソフィーの忘れ形見なのだ。だが私達はソフィーを守ってやれなかった。王家に嫁げば例え親であろうと娘を守る事は出来ないのだ。そして孫のエミリエまで母親と状況に陥りつつある。我ら祖父母の元に一度は戻ったがあのディミトリが王となり政略結婚の道具に他国に売り飛ばそうとした。その意味ではあの元王妃マリーアンジュも信用していない。孫を可愛がってくれた様だがね?」


 マリーアンジュの名前が出た途端食堂は緊張に包まれる。そんな気配に首を竦めながら彼女はエミリエ姫の隣にいるシルヴァンを見た。


「――だがエミリエは随分懐いている。シルヴァン王子、お主は我が孫を妻にすると宣言した。それもエミリエを守る為だろう? 仮にも敵国の姫を妻にして守ろうとしてくれたのだ。それに侍女に付けたパオラも処刑しないとイースラフト王から連絡を受けている。彼女はソフィーの侍女だった娘で身内を人質にされて随分苦しんでいたらしい。それらをきちんと守れなかった私の落ち度でもある。確かにかつては敵として戦ったが刃を交えた相手だからこそ余程信用が出来るのだ。それが貴殿らを手助けする一番大きな理由だよ」


 それを聞いたシルヴァンも苦笑している。隣のエミリエ姫はまだ意味がよく分かっていないみたいだ。だけどそう言ってシルヴァンとエミリエ姫を見て笑う女侯爵の気持ちが少し分かった気がした。


 やっぱりリオンが言った通りアベル伯父様に似てる。それにこの人、ただの兵士とかそう言う感じじゃない。何方かと言えば将軍みたいな偉い立場の人って印象だ。多分刃を交えた相手ってアベル伯父様なんだと思う。女性なのに侯爵なのはきっとこの国の英雄だからだ。うちみたいな特別な力を持った英雄家があるから英雄として見られない。ドラグナンにもちゃんといるのに英雄として扱われないなんて酷い話だ。


 きっとこの人は娘を――エミリエ姫のお母様、ソフィー様を守れなかった事を後悔している。エミリエ姫が生まれてすぐに亡くなったらしいけど実際は違ったのかも知れない。このドラグナンって国は思っていた以上に陰謀渦巻く国だ。でなきゃ今回みたいな事にはなってない。


 そして誰もが黙りこくる中、不意に侍女の人がやってくる。


「――サーシャ様」

「……うむ? 何だ?」


「その、冒険者(ハンター)を名乗る者がマリールイーゼ様かリオン様と会わせて欲しいとやって来ているのですが……」

「冒険者? 今回の抗争には貴族しか関わっていない筈だが……それにマリー殿とリオン殿を名指しか? ここにいる事を何故知っている?」


「訛りに少し癖があるのでドラグナンの人間では無い様なのです」

「ふむ……そうだな、どうやって所在を知ったのかを聞きたい。取り敢えず全員がいる事を知らせる必要はないだろう。入り口に近い小さな部屋を準備してそこへ通せ。それで――リオン殿、同席して貰えるか?」


 そう言われてリオンは席から立ち上がる。それで私も同じく立ち上がるとアレクサンドラ様が見咎める目付きに変わる。だけど私がしっかりリオンと手を繋いでいるのを見ると苦笑した。だってほら、今リオンと離れると私、例の発作が出そうだし。それなら一緒に行って名指しした人と会った方が良さそうだし。置いて行かれてまた倒れる位ならついて行った方が全然マシだ。


「……分かった。ではお二人に共に来て頂こう。もしかするとお二人の知人かも知れんしな。それに冒険者なら金で働いてくれる筈だ。上手くいけば今、街中がどうなっているのか情報を得られるかも知れん」


 アレクサンドラ様がそう言うと侍女の人は食堂を出て行く。少ししてから再び戻って来ると玄関脇にある使用人の部屋に通した事を告げられて、アレクサンドラ様を先頭に私とリオンはその後ろを付いて行った。


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