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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
イースラフト編(17歳〜)
327/369

327 荒療治

 アレクサンドラ様の情報は大きく分けて二つだった。


 一つ目は三つの派閥について。内二つはエミリエにとって死なずに済む思想の集団で、その二つの内一つは私にとって最悪だった。


 旧王党派はエミリエを傀儡にして過去の体制を継続する物できっと結婚とかも全部他人に決められる。恐らくシルヴァンとの婚約も破棄するつもりだろう。死なずに済むだけでろくな人生じゃない。それに英雄を作る事を考えていたのもこの旧王党派で貴族の支持も一番多い。これはきっと王女の暗殺を許容出来ない保守的な貴族が最も多いからだろう。


 逆に新王家派はエミリエを暗殺して新しい王家を作る革新的な思想を持っている。当然エミリエは邪魔だから排除を考えている。だけど王族を手に掛ける目的から余り貴族に支持されていない。これは旧王党派が一番多い理由と同じく王家の排除を許容出来ない貴族が多い為だ。但し他の二派閥はエミリエを生かす必要があるのに対してこの派閥だけは命を奪おうとしている。だから少数派でも危険で無視出来ない。


 新女王派はエミリエを女王として従来の王家を継続する派閥だ。当然エミリエの命は守られる。従来の王家に一番近い正統派で女王となったエミリエが王国の舵取りをする事になる。臣下団はこれまでの王相手と同じで女王を助けるべく動くだろう。一番まともな派閥かも知れないけどその筆頭は元王妃のマリーアンジュ――ベアトリス先輩だ。


 私を道具として使おうとする旧王党派と敵対するって意味で新女王派は助かるしエミリエ姫にとっても一番良く聞こえる。まさかベアトリス先輩がそんな風に行動するとは思ってなかったし。アレクサンドラ様もどうやら新女王派らしい。まあエミリエ姫のお婆様だし当然だ。


 二つ目は新女王派が旧王党派に対して武装対立する事。これは純粋に私にとってメリットしか無い。王族を傀儡にすると言う事は臣下の貴族達が望む様に国政を動かすって事だ。エミリエ姫を守りたいアレクサンドラ様達も新女王派以外に選択肢が無い。何故旧王党派が最大規模なのかと言うとどうやら崩御したディミトリ王やその兄王子は良い王族じゃなかったらしい。まあ戦争を仕掛けたりしてたしね。それで王家を傀儡にする事もやぶさかでは無い、みたいな状況になっているそうだ。


 旧王党派はディミトリ王の治世のまま王家を利用する方針、新女王派はこれまで通りだけどエミリエ姫を真っ当な女王にして国を建て直すと言う目的がある。


 今回セシリア達が参加した舞踏会も結局情報収集が目的で派閥に加わっていない貴族が多く参加していたらしい。道理でグレートリーフから来たセシリア達に興味を持っていた訳だ。


 そしてそれら全部を聞いた上でアレクサンドラ様から私が陥っている状況について詳細を尋ねられた。男性恐怖症みたいな状態になっていて男子とまともに顔を合わせられない。頭では分かっていても殆ど反射的に身体が反応してしまう。今の処同じ女子相手なら平気だけど知らない女性相手なら同じ症状が出てしまうかも知れない。少なくともアレクサンドラ様は平気だからきっと異性に対する恐怖なんだと思う。


「――そうか、概ね事情は理解した。マリールイーゼ殿、一度私に任せて貰えないだろうか? 何、悪い様にはしないよ。まあこうなった理由は私にもあるし、何とかしてやりたいからね」

「えっ? これ、何とかなるんですか?」


 私の話を聞くとアレクサンドラ様が突然そんな事を言い出した。フランク先生ならまた違ったのかも知れないけど今の処クラリスもハーブティを淹れる程度で治療までは出来ない。魔眼は相手の思考を読むだけで無意識に反応してしまう事には効果が無いからだ。


 それに私自身、今の状態は物凄く不味いと思っている。これは男子に守って貰う為にって意味じゃない。今まで何度も助けてくれたリオンを怖がっている自分が辛くて仕方がないからだ。それで藁にも縋る気持ちで尋ねるとアレクサンドラ様は真面目な顔で答える。


「断言は出来ない。だがどうやらお前様は異性に恐れを抱いてしまっているのだろう? そして現状が不味い事も理解している。確かに今襲われると足を引っ張ってしまう可能性が高いからね。辛いかも知れないが無理をしてでも元の状態まで戻す必要があると思うがどうだい?」


 そんな風に言われたら私だってもう覚悟を決めるしかない。今の状態は本当に嫌だ。リオンだけじゃなくて助けようとしてくれる男子の皆にだって申し訳が無さ過ぎる。それで私が頷くとアレクサンドラ様は笑って『よし、分かった』と言うと準備の為に部屋を出て行った。



 周囲が真っ暗な中で私は目を覚ました。どうやら眠ってしまっていたらしい。アレクサンドラ様が来た時点で夜だったし待たされている内にちょっと横になった時に寝落ちしたみたいだ。


 だけど窓の外は真っ暗で部屋の中も見えない。基本的にこの世界では夜は眠る時間で遅くまで起きていても余り意味がない。女子会でお泊まり会をしても相手の顔を見ながら会話なんて無理だ。特に今日みたいに星明かりも月明かりも無い夜は皆すぐに眠ってしまう。


 そんな暗闇の中でベッド脇に誰かが腰掛けている気配を感じた。暗闇の中で静かな呼吸音と僅かな体温を感じる。ドラグナンの迎賓館は各自ベッドが準備されているからクラリスやコレットじゃない筈だ。じゃあ一体誰が――そう思って私は上半身を起こすと小さく尋ねた。


「……誰かいるの?」

「……リゼ。起きたの?」


 そこで聞き慣れた声が返ってくる。これはリオンだ。だけどその瞬間軽いパニックに陥る。え、もしかして寝顔をずっと見られてた? でもこんな真っ暗な中で顔なんて見えない筈だ。それにリオンはこんな風に病気とか倒れた時以外には寝ている処に入ってきたりしない。全身が強張ってその場に固まってしまう。喉が引き攣って声が出せない。


「……ああ、話さなくて良いから。前に声が出なくなった時も無理に話そうとして大変だっただろ? 今日は少しだけ話しとこうと思って」


 それで一旦声を出そうとするのを止める。不思議とたったそれだけで随分楽になった。呼吸も苦しく無い。ただ、それでもやっぱり胸の奥に重い鉄球か何かが詰まってるみたいな感じがする。指先も何だか痺れた感じで動かせるもののまるで自分の身体じゃないみたいだ。


「……僕はさ。リゼが嫌なら何もしないから」

「…………」


「リゼが危機感を抱くのも分かるし仕方ないと思ってる。アレクトー家にはリゼしか女の子がいないしあんな話を聞いてまともでいられる方がおかしいんだよ。だからリゼは苦しまなくて良い。何かあれば僕が絶対守るし心配しなくて良いよ。だから……僕を信じて欲しいな?」


 そんな風に申し訳なさそうに言うリオン。だけどそれを聞いて私はもう泣きそうだった。リオンはやっぱり私を大事に思ってくれる。なのに私はまるで信じてないみたいなのが苦しい。リオンを前にしてもこんな風に身構えて、声も出せず全身が強張るのが悔しくて堪らない。


「……これだけはちゃんと言っておきたかったんだ。じゃあ、僕はもう行くよ。ごめんね、寝てる処に勝手に部屋に入って」


 そう言って立ちあがろうとする気配を感じる。それで私は思わず手を伸ばしていた。リオンの袖を恐々指先で摘む。それだけで手が震えて声が出せない。伝えたい事が一杯あるのに何も言えない。それがもどかしくて辛くて仕方がない。身体も強張ってそれ以上動けない。


「……リゼ……」


 リオンの驚いた声が聞こえる。だけど私は何も答えられない。袖を指先で摘むだけでそれ以上何も出来ない。俯いたまま全身が強張って彫像みたいに固まったままだ。そんな私をリオンはそっと抱き締めた。


 それで身体が余計に固まる。だけどリオンはそんな私を抱き寄せるだけでそれ以上何もしない。まるでお父様やお母様、お兄様が私にそうするみたいに。ただくっついてじっとしているだけなのに最初はガチガチだった身体から力が抜けていく。どれだけ長い間そうしていたのか分からないけどいつしか私はリオンの背中に腕を回していた。


「……有難う、リオン……」

「……リゼ?」


「それとごめんね。リオンを信じてなかった訳じゃないの。ただ怖くて身体が竦んじゃったんだと思う。リオンは絶対私に酷い事をしないって分かってたのにね。きっとそう言う事をされるかも知れないって感じて男の子が怖くなってたのかも。でもリオンはそんな事しないもんね」

「……うっ……ま、まあ……そうだよ、僕はそんな事しないよ?」


 一瞬リオンの声が上擦った気がする。でもこうしてくっついているとリオンの匂いがする。体温が伝わってきて凄く落ち着く。このままずっとこうしていたい気分だ。何て言うか……安心感が半端ない。


 だけどそんな時間も長くは続かない。私が完全に落ち着いたのを見てリオンは私から身体を離すと頭を撫でて言った。


「……リゼ。もう、大丈夫そう?」

「……うん。多分大丈夫だと思う」


「そうか、良かった。それじゃあそろそろ夜も遅いし今日は眠った方が良いよ。僕も部屋に戻る事にする」

「……あっ……」


 そう言ってリオンが私から離れる。だけど名残惜しくて私は思わず声をあげてしまった。それでリオンは不思議そうに尋ねてくる。


「……ん? どうしたの、リゼ?」

「え……えっと……その、何でも無いよ……」


 真っ暗で顔も見えないのに頬が熱くなる。きっとリオンにだって私の今の顔は見えない筈だ。なのに何故か恥ずかしい様な寂しい様な不思議な感覚に囚われる。リオンが離れただけで少し落ち着かない。


 それでも無理を言う事なんて出来ない。今までも私はリオンに色々助けて貰ってきたし我儘は言えない。


「それじゃあリゼ……また明日。お休み」

「……うん。お休み、リオン……」


 そう言ってリオンは部屋を出て行った。私はベッドの上に倒れ込むとしばらくの間眠れなかった。だけどきっともう平気だ。明日からは皆と今まで通り普通に接する事が出来る。これも全部リオンのお陰だ。


 だけど――私はこの時エミリエ姫のお婆様、アレクサンドラ様が言った事を完全に忘れていた。任せて欲しいと言われて待たされて眠りこけてしまった事も。あの人が一体何をしようとしていたのか、それを知るのは翌日、目が覚めた後になってからだった。


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