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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
イースラフト編(17歳〜)
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321 二人の約束

 イースラフトを出て数日。早速私は体調を崩していた。他の皆は元気で私だけが不調だ。本当に足を引っ張ってるだけな気がする。それで気が滅入っていると丁度レイモンドと交代になったリオンに御者台に入る様に呼ばれた。


 新しい馬車は御者台とワゴンの間に扉がついている。旧型と比べても余裕がある大きさの扉だ。それでリオンの隣に座ると見える風景と軽く吹き込む風で少し頭がさっぱりする。


「――多分だけどさ。リゼは風景が余り見えないワゴンにいると体調が崩れ易いんじゃないかって思うよ。御者台は外の風が入るから少し寒いけど流れる風景も見えるし。ワゴンだと自分が何処にいるか分からないのが原因かも知れないね?」

「……うん。そうかも……」


 そう答えながら私は昔、叔母様の家から実家へ戻った時の事を思い出していた。あの時も結構な時間馬車に揺られていたけどここまで体調が悪くならなかったのは外がよく見える馬車だったからかも。小さなワゴンの馬車で割と揺れたけど窓も開けられたし。


「……外が見えて、風が入るって結構重要なのかもね」


 まだ少し本調子じゃなくて気怠そうに私が答えるとリオンが膝に掛けていた毛布を私にも被せてくれる。座る座椅子はほんのり暖かいし風防も付いていて直接風が当たらないから新鮮な空気だけが入ってくる。


 乗り心地が良ければ体調を崩さないって訳じゃなんだなあ――そんな事を考える。これまで身体がしんどくて考えられなかった頭に少し余裕が生まれてくる。それでしばらくすると私はリオンに話し掛けた。


「……ねえ、リオン?」

「うん? 何?」


「……ドラグナンって今、どうなってるんだろうね?」

「多分、荒れてはいないと思う。舞踏会を開く余裕はあるんだから貴族もちゃんと仕事はしてる。きっと平民は割と普通に暮らしているとは思うよ? 問題なのは対立してる貴族の派閥だ。王妃になったベアトリスって先輩は多分保守派だろうね。エミリエ姫を王家の代表にして王国を建て直すつもりだと思う。もし襲ってくるとすれば革新派だよ」


 襲ってくる――そんな物騒な言葉なのに何故か安心する。きっと私は今の緩んだ空気が怖いんだと思う。でもリオンはいつもと変わらず危険を意識したままだ。それで私は小さく笑うとリオンに切り出した。


「……あのね。実は今回の事、お母様にばれてたの」

「うん? ああ……あの伯母さんならきっと気付いただろうね」


「……驚かないの?」

「特には。それに僕も母さんには説明して来た」


「え……反対、されなかったの?」

「当然されたよ? でも最後は納得してくれた」


「……そっか……」


 そう答えると私は黙り込んだ。まだ身体が少し辛い。さっきに比べて随分楽になったけどまだまだ本調子じゃない。頭も働いてくれない。


 でも……そうか、リオンはちゃんと叔母様に話したんだ。私みたいに成り行き任せでお母様が理解してくれたみたいじゃなくて自分から説明して叔母様を説得したんだ。そう思うと憂鬱になる。折角皆のお陰で立ち直れた筈なのに自分がどれだけダメなのかを思い知らされる。それで何も言えず黙っていると不意にワゴンに続く扉が開かれる。


「――ルイちゃん、今日はまだ何も食べてないでしょ? スープを温めたから飲んで。それとリオン君の分もあるよ?」


 そう言って現れたのはマリエルだ。陶器製のコップに厚手の布を巻いた物を手渡してくれる。それをリオンに渡すと片手で馬車を操りながら器用に口をつける。だけど私はまだ体調が思わしくなくて匂いの強い物は飲めそうにない。


「……ありがと、マリエル。でもごめんね、ちょっとまだ匂いの強い物は食べられないかも」

「そっか。でも何か食べるか飲むかしておいた方が良いよ?」


「んじゃあ……お湯ってある?」

「ん、分かった。ちょっと待ってね?」


 マリエルは私からコップを受け取ると数言ワゴンの誰かと話して別のコップを差し出す。中は湯気の立ち上るお湯――いわゆる白湯だ。一口付けて少しだけ飲み込むと、そこでリオンがマリエルに声を掛けた。


「……マリエル。ちょっと話しときたい事があるんだけど」

「ん? 分かったよ。んじゃあルイちゃんの隣に座るね」


 そう言ってマリエルは毛布の中に身体を滑り込ませる。私の身体にくっつくと凄く暖かい。マリエルは少し体温が高いみたいだ。それでくっついてぼんやりしていると不意にリオンの声が聞こえてくる。


「――マリエル。一応君には話しとくよ。もし何かあったらリゼを守って欲しい。もしかしたら僕はエミリエ姫を守らなきゃダメになる可能性もある。その時はリゼと一緒にいてくれないかな?」

「……えっ? それって……何か危ない事が起きるって事?」


「その可能性が高い。ドラグナンで狙われるのは先ずエミリエ姫。それと僕、リゼの三人だ。エミリエ姫は守ろうとする勢力もいるけど僕とリゼはドラグナンから見れば敵の英雄一族だ。イースラフトの式典で僕とリゼの事が伝わってるだろうから色気を出す奴もいるかも知れない」

「……リオン君はどうしてそれを私に頼むの? リオン君なら自分でルイちゃんを守れる筈でしょ?」


「エミリエ姫も守らなきゃダメだからだ。もし彼女を見捨てたら自分が助かってもきっとリゼは悲しむ。だから両方守らなきゃダメなんだよ」

「…………」


「多分他の皆は襲われても傷付けられない。ドラグナンもまだ今はイースラフトを敵にしたくない筈だし一つ離れたグレートリーフまで敵にすれば滅亡確定だ。ヒューゴとセシリアは戦う気だけど多分相手の方から避ける筈だよ。ならエミリエ姫の奪還か、リゼを狙ってくる筈だ」

「……どうしてルイちゃんが狙われると思うの?」


「……以前から不思議だったんだよ。どうして僕もいるのにリゼばかり狙うのかって。確かに戦えない女の子だけど公爵家令嬢を狙うだなんて無謀過ぎる。守りも多いし僕の方が一人で狙い易い筈だ。なのに今までリゼだけを狙ってる。幾らベアトリスが命令したとしても不自然過ぎたんだよ。それに暗殺から誘拐に目的も変わってきてる。絶対変だ」


 聞こえてきたリオンの言葉は確かに以前から疑問だった。だけど今は身体がしんどくて頭がまともに回らない。マリエルから伝わる温かさが心地よくて考えられない。この処体調が悪くてまともに寝られなかったしもう限界だ。


「……分かった。ルイちゃんの事は任せて。リオン君がいなかったら私がちゃんと守るから」

「ありがとう。その時は頼むよ」


 最後にそんな言葉が聞こえて来て、私はそのまま眠ってしまった。


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