表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
イースラフト編(17歳〜)
313/337

313 想定外の英雄魔法

 エミリエ姫の元へ向かうと館は静かだった。いつも皆と一緒に訪れる時は結構華やかで騒がしいのに今日は静まり返っている。侍女の人達がいない訳じゃないけれど何処か重い空気が漂っていた。


 いつも案内してくれる侍女で確か名前はパオラと言った筈だ。彼女が先導していつも訪れる部屋に通される。そこでテーブルに着いて待っているとエミリエ姫がやってきた。


「……あ……マリールイーゼ様、どうされたのですか?」

「エミ。何だか皆の様子が変なんだけど何かあったの?」


「いいえ。皆さんがいらっしゃらない時はこんな感じですよ?」


 だけどそう言うエミリエ姫の様子も何処かおかしい。前回会った時はシルヴァンに凄い勢いで懐いていた筈だ。それにシルヴァンと会う前に話した時とも違う。最初だってもっと明るい印象の女の子だった。


「……そう言えば……今日はシルヴァンは?」

「えっ? 今日はいらっしゃっていません」


「そっか。もし会いたいなら今からでも呼んであげようか?」

「……えっ? ええと……いいえ。呼んで下さらなくて結構です」


 それで私は凄い違和感を覚える。シルヴァンを呼べばきっとあの時みたいに恋する少女っぽくパッと明るい表情になって喜んでくれると思っていたのに全然そんな風には見えない。


 そして視線を感じて顔を向ける。そこにはあの侍女、パオラがじっと私の顔を見つめている。何か変だ、何処かおかしい――そう思っていると突然私の左目が紫色に染まった。これは私の英雄魔法だ。危険な時に勝手に反応して発動する。だけど視界の中ではいつも見える筈の先行する残像が見えない。普段と変わらない視界の中でマティスとセシルの二人が私の顔を見て緊張した顔で立ち上がるのが見えるだけだ。そして実際に二人が残像に追いついて私とエミリエ姫を庇う様に構えた時、初めて少し驚いた様にパオラが声を上げるのが聞こえてきた。


「――マリールイーゼ様は……本当に英雄一族だったのですね……」

「……ええと……パオラ、さん?」


 だけど彼女は何も答えない。ただ、私の隣に座っているエミリエ姫の方をじっと見つめて微笑む。


「……エミリエ様。お国の為に……死んで戴けますか?」

「……えっ……パオラ? それは……ああ、そうなのね……」


 エミリエ姫は一瞬驚いた顔に変わる。だけどすぐに悲しそうな顔になって俯いてしまった。そのやり取りを聞いてセシルが咄嗟にエミリエ姫を庇う様に二人の間に立ち塞がる。


 だけどパオラはそれ以上動こうとしなかった。それで身構えていたセシルの顔に戸惑いが浮かぶ。


「……貴方はエミリエ姫を殺すつもり、なんですか?」

「はい、そうです。私はクレバロイのパオラ。もし何かあった時にエミリエ姫の命を奪う役割を与えられた者です。さあ、どうされますか?」


「……させませんよ。そんな事、絶対許しません!」


 そう言ってセシルは剣を構える。だけどそれでもパオラは動こうとはしない。それで奇妙な膠着状態が続いた後で突然パオラが頭を垂れた。


「……そうですか。残念ですが無関係な者に手を出す事は許可されてはおりません。特にイースラフトとグレートリーフの関係者には国の都合で絶対に手を出してはならぬと言い含められておりますので」

「……えっ? それは……どう言う事ですか?」


「ですからどうぞ、私をお捕らえ下さい。処刑なり投獄なり尋問なり何なりと。国賓であるエミリエ姫の暗殺を目論んだのですから当然です」


 そこで私の英雄魔法『紫炎』が突然途切れる。紫色に染まった左目の視界が元の色に戻る。だけどこんなのは初めてだ。今までは相手がどう動くのか予測して見えたのに今回は全く動く気配がなかった。それが不思議で思わず左手の指先で自分の目元に触れる。そのまま視線をエミリエ姫に向けると今にも泣き出しそうな顔で俯いている。


「……エミ、大丈夫?」

「……はい……でも……パオラがまさか、そうだったなんて……」


 侍女のパオラは既にマティスとセシルの手で後ろ手に拘束されて床の上に座っている。だけど抵抗する気配が全くない。それに何処か嬉しそうに笑っている様にも見える。それで私は彼女に近付くと尋ねた。


「貴方、パオラさんって……実はエミを殺す気、無かったでしょ?」

「…………」


 それを聞いて今も警戒を解いていなかったマティスとセシルが驚いた顔に変わる。


「え⁉︎ ちょっとマリー、それって……どう言う事なの⁉︎」

「マリーにはそんな事が分かるんですか⁉︎」


「あ、うん。そう言えば言って無かったっけ。私の英雄魔法は相手が動く前に全部分かっちゃうんだよ。その人、パオラさんは最初からずっと動こうとしてなかったの。それに考えてみたら私達がここに来た時他の侍女の人達は驚いてたのにこの人だけ驚いてなかったんだよね?」


「……え……それって……どう言う事?」


 マティスが首を傾げる。それで私はパオラに向かって私が何となく思った事を言った。


「貴方――私達がエミを庇うって信じてたでしょ? だから最初から捕まえられる前提で全部ぶっちゃけたのね。もしエミを庇わなければ殺すつもりだったのかも知れないけど。でないと私の英雄魔法が発動する筈がないからね?」

「…………」


「さっき貴方、自分で『尋問しても良い』って言ったんだからちゃんと私の質問に答えて頂戴。ほら、どうなのよ?」


 私が問い詰めるとそれまで目を伏せて俯いていたパオラの口元が苦笑するみたいに歪んだ。


「……本当に英雄一族とは恐ろしい……そんな事まで全て分かってしまうだなんて……我が国がそんな存在を相手に勝てる訳がない……」


 パオラの言ったその一言が全ての答えだった。だけど私が聞きたいのはそんな言葉じゃない。テーブルの方を見るとエミリエ姫は今にも泣き出しそうな顔のままで俯いている。


「……そんなの当然でしょ? 国内でゴタゴタが起きる時点でもう英雄がいてもいなくても勝てる筈がないのよ。貴方はエミを――エミリエ姫を殺したくなかった。だから都合良くやってきた私達を利用して自分が捕まる様に仕向けたんでしょ? それ位きちんと答えなさい!」

「……はい。仰る通りです、英雄令嬢……マリールイーゼ様……」


 ちょい待ち、私ってドラグナンでそんな風に呼ばれてるの? だけどまあそれは置いといて。取り敢えず今のエミリエ姫に一番聞かせたい一言を引き出せた事にホッとする。王女の方を見るとそこでは今も泣き出しそうなまま顔をあげて目を見開くエミリエ姫が見える。涙をポロポロと溢しながら彼女は捕らえられた侍女に近寄ると抱きついた。


「……パオラ……ありがとう……本当にありがとう……」

「……申し訳ありません、エミリエ姫……」


 そこでかちんと言う剣を鞘にしまう音が聞こえる。それで横を見るとセシルが複雑そうな顔で立っているのが見えた。だけどマティスはその隣で真っ青な顔でしゃがみ込んでしまっている。


「……あれ? どしたの、マティス?」

「ちょ……ちょっと待って? さっきその人、クレバロイって……」


「え、うん。確かドラグナンで暮らす民族の一つだっけ?」


 だけどそう答えるとマティスはへなへなと床に座り込んでしまった。真っ青な顔のまま絞り出す様に呟く。


「……クレバロイって……超有名な、女だけの戦闘部族じゃないの……そ、そんなの相手に普通に戦ってたら、絶対勝てなかったわよ……」

「え? あ、そうなんだ? そう言えばリオンもそんな事を前に言ってた気がするけど……まあ大丈夫だったし良かったじゃない?」


「ちょ! 英雄一族の人と比べないで! て言うかなんでセシルは全然平気なのよ⁉︎ あんただってクレバロイ知ってるでしょ⁉︎」

「あー……まあほら、僕はリオンさんやヒューゴさんに色々修行付けて貰ってるし。それに勝てない相手に負けない事を想定してるから……」


「と言うか! クレバロイから恐れられるマリーってどうなのよ⁉︎」

「……えー。そう言われても……」


 ぶっちゃけ私にとっては自分以外の全員が遥かに強い相手な訳でそれが例え戦闘民族と言われても多分私はレミやアラン相手でも勝てないだろうからなあ。正直に言うとクレリアとマリエにも勝てる気がしない。


 結局腰が抜けて立てなくなったマティスにセシルが手を貸したものの、マティス自身は悔しさで落ち込み始める。そうしてその場は決着したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ