311 怖い恋心
リオンが修行を始めてからしばらくすると私達はイースラフト王国の王都へ戻ってきた。元々リオンは魔弾を使えたみたいで修行らしい修行を必要としなかったからだ。
リオンの『魔弾』はマリエルとは別の意味で結構とんでもない使い方が出来る物だ。複数を一斉に撃つ事は出来ないけど一つだけを出して思った通りに飛ばす事が出来る。勿論それだけでもお父様達の度肝を抜く話なのに、更にリオンが言った事はお父様を完全に絶句させた。
「――なんだと⁉︎ リオンはそんな事が出来るのか⁉︎」
「ええ、出来ますけど……勿論全体の動きを把握は出来ませんけど数人位なら。だからリゼが危ない時は大まかに分かります。でもこれってうちの一族なら全員出来る事じゃないんですか?」
リオンが出来ると言ったのは魔法妨害範囲の中で目標の人物の動きを把握出来ると言う物だ。それはお父様の英雄魔法でも可能だけど流石にお父様みたいに範囲内の全体を見渡せないらしい。お父様は頭痛を堪えるみたいな顔で叔母様に尋ねた。
「……これは完全に予想外だ。まさか英雄一族の魔法妨害にそんな意味があったとはな。英雄の弱点を研究させない為だったが、それがまさか英雄魔法の意味を見失う原因になっていたとは思わなかった。クローディア、もしかしてアベル殿はこの事をご存知なのか?」
「……どうかしら? 兄さんの英雄魔法は元々魔力を撃ち出す物だから知っていたかも知れないわね。魔法妨害が魔力領域だったなんてね?」
そう言うと部屋の中にいるお父様、お母様、それにアーサー伯父様と叔母様はため息を吐いた。
これは以前私も思った事があるけど英雄一族の使う英雄魔法って名前こそ『魔法』と言う割に実際は超能力みたいだ。テレーズ先生の補佐をしているアンナ先生も言ってたけど英雄の弱点を知られない為に国全体で研究も禁止されている。だけど一族の中でも全員が同じ能力じゃないから感覚的過ぎて自分達の使う『英雄魔法』について話す事が無い。
これは私も同じで使える英雄魔法について自分でもどう言う物なのか理解出来ていない。英雄魔法自体がブラックボックスで全員感覚だけで使っている。弱点を見つけさせない為に抑制した筈がアレクトー家でも各自の感覚に頼り過ぎてどう言う物なのか相談すらしていなかった。
重苦しい沈黙の中で再びリオンが口を開く。
「――多分、アベル伯父さんは知ってると思うよ? だって僕に魔弾の使い方を教えたのは伯父さんだし。まあだから余り使いたくなかったと言うのもあるけど、教えられる人が知らない訳はないと思います」
そしてそんなリオンの隣で肩に手を乗せるとお兄様も頷いた。
「僕は範囲内に干渉する英雄魔法だから何となく分かるよ、リオン」
「……レオボルト義兄さん……」
「多分妨害はオマケで実際は魔力を展開してるんだと思う。英雄一族の魔力が領域に満たされているから他の人は魔法を構築出来ない。特に僕の場合は英雄魔法すら無効化出来たからね。大量の水中で幾ら水を形にしても紛れてしまうのと同じだ。でもだから魔弾みたいに単純な魔力を撃ち出す技は使えてしまう。勿論普通程度の魔力なら勢いが殺されてまともに魔弾も使えないけど領域展開出来る大量の魔力を持つアレクトー家の人間なら魔弾も出せる――父上、そう言う事だと思いますよ?」
お兄様の説明にお父様とアーサー叔父様は顔を見合わせると頭を項垂れてしまった。一体どうなるかと思っているとお父様がぼやく。
「――分かった。マリオという少年は徘徊していただけの普通の少年でリオンが仕方なく魔弾を使ったと言う事だな。しかしまさかそんな話でこんな大事になると思っていなかった。これは陛下に相談して英雄魔法に関して研究をして貰った方が良いかも知れないな、アーサー殿?」
「ええ、そうですね。弱点を見つけさせない筈が逆に英雄一族の弱点を作り出してしまう可能性が高い。制限は必要でしょうが魔法研究者達に調べて貰った方が良いかも知れません。こちらでも早速兄王陛下に打診してみます。恐らくグレートリーフにも話が行くと思いますが」
「では――奇妙な少年の件に関しては一応解決した事としよう。しかしもう少し早く話して欲しかった。ルイーゼの癖でも感染ったのか?」
「……え……あー、いやあ……まあ、その……」
「まあ構わんよ。だがお陰で大きな問題も露呈したしな。ドラグナンと今後も争うかどうかは分からんが……打てる手は一つでも多く確保しておきたい。どうなるかはシルヴァンとエミリエ姫次第だが……」
こんな感じで心配だった一族会議は何とか無事に終わったのだった。
*
さて、王都に戻って会議を終えた私とリオンは早速シルヴァンとエミリエ姫がいる国賓館に向かう事になった。取り敢えずこれでマリエルの問題は無くなったし後はシルヴァンとエミリエ姫がどうなったかだ。
こっちに戻ってきてクラリスとマリエル、レイモンドは先にエミリエ姫の元に向かっている。早速館に到着して侍女の人に大広間に通されると中から何やら揉める声が聞こえてくる。マリエルとルーシー、それにセシリアの声だ。扉を慌てて開くと三人が真剣に話し合っていた。
「――だーかーら、そう言うのじゃ無いって! 流されるって言うよりあんまり断らない感じだよ?」
「えー、でもルウちゃん、それにしてはリオン君に迫られても断れない筈なのにそう言う感じじゃないじゃん?」
「まあまあ、ルーシーもマリエルも一旦落ち着こうよ?」
「なら……そう言うセシリアはどう思ってるのさ?」
「え、私? んーそうだなあ……マリーって流されるとか断れないって言うより『諦めて渋々了承する』感じかなあ? ほら、あの子って元々世話焼きな処あるし面倒見も良いから受け入れたみたいに見えるんじゃないの? この前のダンス講習とかもそれで受けたみたいだしね?」
「……おー、セシリアよく見てるぅー!」
「……んーでも私はルイちゃんには流される子でいて欲しい……」
慌てて扉から入ったものの、そんなやり取りが聞こえてきて私は床に膝をつくとそのまま項垂れてしまった。
――って、私の話かい! それも私が流され体質かどうかで議論してたみたいだし! なんでそう言う人の心を抉る話題で盛り上がるかなあ!
それでも何とか立ち直ろうと部屋を見ると少し離れたテーブルでクラリスとコレット、マティスとセシルが座って苦笑しながらお茶を戴いているのが見える。更に奥、部屋の隅っこでは居心地悪そうにバスティアンとヒューゴ、それにレイモンドが無言でお茶を飲んでいた。どうやら三人の勢いについていけなくてそれぞれ傍観を決め込んでいたらしい。
「……いやあ、リゼは本当に……皆から愛されてるねえ……」
「愛されてるのコレ⁉︎ なんかお茶請けにされてる気がするけど⁉︎」
リオンが苦笑しながら言いにくそうに呟く。と言うか人様のお宅に上がってする話題かコレ? 通されて廊下を歩いてる時に侍女の皆さんが笑ってたのってこれの所為じゃないの? 何だか全身から嫌な汗が吹き出すのを感じる。てかマリエル、最後に言ってた『流され体質でいて欲しい』って一体何の目的があンのよ? それに何で向こうで言ってた話をこう簡単に喋っちゃうかなあ! 口止めしてなかったけどさ!
それでも肩で息をしながらも何とか立ち直ろうとする。部屋の中を見回してみると目的の二人の姿が見えない。それで息を整えると私はジト目で睨みながらマリエル達三人に何とか尋ねた。
「……あの……三人共……」
「あ、ルイちゃんいらっしゃーい! 丁度ルイちゃんの話で三人で盛り上がってた処だよ!」
「恥ずかしいから私の話で盛り上がるのやめてってば! それよりシルヴァンとエミ――エミリエ姫はどうしたの?」
だけど私がそう尋ねた途端、三人はそれぞれ三者三様に反応した。マリエルはニヤニヤしてるしセシリアは苦笑している。ルーシーなんてやさぐれた感じで笑っている。それで訳が分からず目を瞬かせていると苦笑したセシリアが話してくれた。
「あー、えっとね。マリー達がリオン君の実家に行ってる間に二人共、物凄く仲良くなったのよ」
「え……そうなの?」
「ほら、エミリ姫ってお兄さん達が色々アレだった所為か、シルヴァンみたいに優しいお兄ちゃんに憧れてたらしくてね? それにシルヴァンも弟妹がいなかったから凄く可愛がっててさ?」
「あー……そう言えばあの二人、そう言う相性は確かに良いかも……」
「それでまあ、ベッタリになっちゃったのよ。最近は皆で一緒に来てもシルヴァンといつも一緒に何処かに行っちゃって、帰る時にシルヴァンが合流するだけなの。なんかもう恋で盲目になってる感じかな?」
「……そっか。でもまさかエミがそこまでシルヴァンを好きになるとは思ってなかったなあ……」
だけど私がそう言うとルーシーは不貞腐れた顔に変わる。どうもエミリエ姫の事を余程気に入っていたみたいで悪態をついた。
「……ったく、エミリちんを横から掻っ攫っていくとかシルヴァンも良い度胸してるよね! 大体何よあれ、物凄く理解のあるお兄さんぶっててさ? 人前でいちゃつきやがって!」
「……いや、ルーシー……あんた、バスティアンと一緒の時は似た感じじゃん。なんで自分は良くてシルヴァンはダメなのよ……」
「セシリア、私は節度は守るよ! あそこまでベタベタしてない!」
「……あのー……ベッドに裸で潜り込んで私の処に転がり込んで来たのって誰だっけ……?」
「それは言わないでマリー! 若さ故の過ちって奴だから!」
「……いやあ……エミってあの時のルーシーより幼いんだけど……」
「ともかく! シルヴァンが上手くいってるのが気に入らないのよ!」
なんか酷い罵倒だなあ。でもまあシルヴァンってちょっと道化っぽく振る舞う事が多かったし真面目な処って余り見せてないのかも。実際は結構とんでもない事を考えるし今回のエミリエ姫の件だってシルヴァンが動かなかったらどうしようもなくなってたのが現実だ。
そうしているとシルヴァンとエミリエ姫が戻ってくる。エミリエ姫はシルヴァンの腕に抱きついて歳相応に見える。きっと今まではこんな風に純粋に甘えられる相手がいなかったんだろうな。だけどこうなると気になる問題は一つだけだ。
「……それでシルヴァン。エミに何もしてないでしょうね?」
「えっ? 何って……ああっ! 当然何もしてない! 当然だろ⁉︎」
私が尋ねるとシルヴァンは一瞬何の事か分からない様子だった。だけどすぐに察すると必死の形相で否定する。それでも恋愛事ってそう言う事があり得るから厄介だ。ルーシーだって全裸でベッドに入ったし。
だけどそんな私の疑う視線を見てリオンがシルヴァンを擁護する。
「まあまあ。シルヴァンはそんな事をしないよ。僕が保証する」
「……リオン……やっぱお前は僕の味方でいてくれるんだな……!」
でも残念ながら私は根拠のない擁護は信じない。友情とかを盾にして庇った結果、実はやってましたとかリオンが傷付く事になる。ここは一つ、きっちり言質を取っておかないと。
「……リオンはどうしてシルヴァンが何もしてないって思うの?」
「ん? そりゃ決まってるだろ? シルヴァンにそんな事が出来る度胸は無いからだよ。そんな度胸があればとっくの昔にアンジェリン姉さんに抵抗してる。原則シルヴァンは奥手で女の子に夢見がちなんだよ」
「あー……成程ねえ。今までで一番納得したわ……」
だけどそう言うと今度はシルヴァンが反論を始める。
「ひ、酷い! リオン酷いよ! 僕ら親友だろ?」
「いや……じゃあシルヴァンは八歳の女の子に手を出した証明をして欲しかったのか?」
「えっ……いや、そう言う訳じゃないんだけど……」
「なら素直に頷いておいた方がいいよ? 変なプライドを取るのか、それとも下手な事をしたって言いたいのか、一体どっちなんだよ?」
「……ううっ……」
だけどそんな二人のやり取りを聞いていたエミリエ姫がシルヴァンに縋る様に話し掛ける。目がキラキラしていて夢見る少女みたいだ。
「……シルヴァン様、私……何をされても構いません!」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってエミリエ?」
「私、シルヴァン様を本当にお慕い申し上げておりますから!」
「あの、エミリエ? これ以上は本当に話がややこしくなるから!」
当然そんなやり取りをすれば聞いていたルーシーは絶対に面白がって口を挟む。案の定ルーシーとマリエルに弄られてシルヴァンは半ば涙目になる事となった。
「……リゼ、今『恋愛って怖い』とか考えてるだろ?」
「ん? んー……恋愛と言うか恋心って怖い、とは思うかなあ?」
「……恋心?」
「うん。誰かを好きになると相手が困っても自分の気持ちを優先しちゃうって事でしょ? エミリエもそうだしルーシーもそうだったから」
私がそう答えるとリオンは少し考え込む。そうしてしばらくすると苦笑しながら『そうだね』と呟いて騒ぐ皆を一緒に眺めるのだった。




