308 仲良くなった騎士と竜
エミリエ姫とシルヴァンの婚約については驚く程すんなりと話が通って即日ライオネル王が周辺各国に対して通達した。勿論通達したからと言ってすぐに周知される訳じゃない。どうしても多少時間は掛かってしまうし下手に人目についても不味いと言う事で二人は王宮にある特別な部屋で過ごす事となった。前に言っていた暗殺が起きてしまうと洒落にならない。今はイースラフトの管轄下にいるし仕方ない。
それで会う事も出来ないと言う事で私はリオンとクラリス、それにレイモンドとマリエルの五人とお母様、叔母様の合計七人で一緒に叔母様の家に向かう事となった。理由は簡単でお母様と叔母様が直接マリエルの力を検分する為だ。マリエルの力についてはリオンが叔母様に話したから使える事は知ってたけど実際どれ位なのかまでは知らなかった。
途中で何度か休憩してやっと到着、その翌日。流石に国境を越えない分には雪も積もってないし一〇日の道のりと聞いていたけど七日も掛からずに到着してよかった。それでも体調を崩しちゃったんだけど。
「――あのールイちゃんのお母さん。どれ位でやれば良いですか?」
「どれ位って……マリエルさん、それはどう言う意味なのかしら?」
「ええと、その……力加減がちょっと難しくて……」
「そうなの? だけどどうすれば良いのかしら……?」
それでお母様が迷っていると叔母様がマリエルに話し掛ける。
「そうね。この前、リオン達の目の前でやった位って出来るかしら?」
「ああ……あの植木鉢が落ちて来た時、くらいですね……」
そう言うとマリエルは目を閉じる。目の前には例の湖があってうちの近くの修行用の丸太なんかは見当たらない。それで一体どうするのかと思って見ているとレイモンドが小ぶりの枝を手に持って声を掛ける。
「――マリエル。この枝を放り投げるから、こいつを狙ってくれ」
「えっ……うん、分かったよ」
そう答えるとマリエルは深呼吸を繰り返す。どうやらお母様と叔母様を前にして流石のマリエルも緊張してるみたいだ。だけど最後に一度大きく息を吐き出すと彼女は目を開いて左手を前に掲げた。それでレイモンドが高く枝を放り投げる。
「――フレシェット!」
次の瞬間、彼女の全ての指の間に放電現象が発生する。そこから飛び出した光条が幾重にも飛び出してそれぞれが次々に枝を撃ち抜く。そこまでは以前見たのと同じだ。だけどそこでマリエルが左手を横に捻ると光の束が収束して一本の太いレーザーみたいな物が飛び出した。それは一直線に枝に飛んでいくと空中で接触する。そのまま枝は完全に消滅して見えなくなってしまった。
「……凄いねマリエル。こんな事まで出来るんだ……」
だけど私がそう呟いても隣のリオンは何も答えない。それで横を見てみるとリオンだけでなくお母様と叔母様も目が点になっている。もう何も無い空中を口を開いたまま呆然とリオンがマリエルに尋ねた。
「……えと……マリエル、さん?」
「ん? どしたのリオン君、改まって?」
「……あの……前見た時より、とんでも無くなってますけど……?」
「ふふ、あれからも練習してたからね! 私も日々成長してるのよ!」
そんな処に少し離れていたレイモンドが近付いて来る。どうやら二人のやり取りが聞こえたらしく物凄く楽しそうに話し出した。
「いやあ、正直マリエルは凄いっスよ? 教えたらどんどん上達して今ではもう軍隊の主席教導官でも真似出来ない処まで到達してますから」
そんな処に今度は叔母様が目を剥いて問い詰める。
「――ちょ、ちょっと待ちなさい、レイモンド・ブレーズ!」
「え……な、何スか、リオン様のお母上……?」
「あんた、今のもうフレシェットってレベルじゃないでしょ⁉︎」
「いやあ、まあ……そうっスね。最後にやった魔弾の収束なら英雄一族がいても恐らく軍用魔法の『破城槌』並みの威力はあるでしょうね」
「……まさか、そこまでえげつないとは正直思ってなかったわ……」
そう言って叔母様はその場にしゃがむと頭を抱えてしまう。お母様はそんな叔母様に近づくと驚きながらも尋ねる。
「……あの、クローディア? 不勉強で申し訳ないのだけれど、さっき言っていた『べリエ』と言うのは一体どう言う物なの?」
「ああ……義姉さんは知らないのね。私も話だけで見た事はないけれど攻城戦で使う城門破壊の魔法らしいわ。それも普通一〇人近く人が必要な魔法らしいのよ。マリエルが最後に見せたのがそれと同じ威力があるってレイモンドは言ったのよ」
「……そ、それは……ちょっと……」
「それにフレシェットって言うのも確か、本来は一度に三、四本の魔力の矢が飛ぶ程度の筈よ? それが一〇本近く同時、それも目標に全部を当てるだなんて聞いた事もないわ。本来面制圧用の技なのよ……」
「…………」
それを聞いてお母様も黙り込んでしまう。これは私も知らなかった事だけど本来フレシェットって言うのは散弾みたいな物で暴徒の鎮圧に利用される軍用術式らしい。それぞれの魔力矢に殺傷力は無くて対象を生かしたまま無力化する筈が集中する事で殺傷力を持ってしまっている。
叔母様も見た事がなくて話でしか知らないのは普通の人は英雄一族の魔法妨害の中では直接魔力を使う魔力戦技でも満足な効果が得られないらしい。流石マリエル、主人公なだけあってチートが過ぎる。才能がある上に努力までするからどんどん常識を超えるレベルに成長している。
そして黙り込むお母様と叔母様にマリエルは遠慮がちに尋ねた。
「……あの、ルイちゃんのお母さんとリオン君のお母さん。私、もしかしてこの為に連れて来られたんですか?」
「…………」
でも叔母様は黙ったまま何かを考えている。そんな中でお母様だけは私をじっと見つめると静かに口を開いた。
「……ルイーゼ。私が話しても構わないかしら?」
「えっ? お母様、何を……?」
「これはきっとマリエルさんが知っていた方が良い事よ。何も知らないままで下手に行動してしまう方が危険だわ。貴方と彼女の関係についてもね。でないと彼女は知らずに人を殺してしまうかも知れないのよ?」
そう言われて私は俯いて黙り込んでしまう。お母様はそんな私の態度を見て肯定と受け取ったのか、そのままマリエルの正面に立った。
「……マリエルさん。貴方はルイーゼを助けてくれて、本当に仲の良いお友達だと思っているわ。だから敢えて黙っていた事を言うわね?」
「えっ? えっと……黙ってた事、ですか?」
「ええ。貴方はルイーゼから『主人公』と言われた事は無いかしら?」
「……それは……はい、何度かその単語は聞いてます、けど……?」
「……実はね。貴方は文字通り『主人公』なの。本来はルイーゼが貴方と競う好敵手――争う相手になる筈だったのよ」
「……え……ルイちゃんが……私と争う筈、だった……?」
「ええ。例えば……そうね、庶民でも有名な童話に竜と戦う騎士の物語があるでしょう? 貴方がその騎士でルイーゼは悪い竜みたいな役ね」
「…………」
「貴方は竜を倒せる位強い騎士で『主人公』なのよ。でも本当は悪者の筈だった竜と仲良くなってしまった。でも貴方には竜を倒せる強い力がそのままあるの。それがさっき見せてくれた貴方の『能力』なのよ」
「……え、やだなあおばさん……そんな無茶な話、冗談でしょう?」
「これは真実でルイーゼが英雄魔法で知った事なの。この子は元々身体が弱くていつ死んでもおかしくなかった。それでも生きたくて頑張ってきた。本来はマリエルさん、貴方と争って命を落とす筈だったのよ?」
お母様の真剣な様子で流石にマリエルの顔色が変わる。彼女はじっと見つめるけど私は顔をあげられない。それでマリエルは次にリオンの方を見ると小さな声でリオンが答える声が聞こえてきた。
「……事実だよ、マリエル。実はその事を僕も知ってた。だけど君だけじゃない。他にも似た相手が何人もいる――いた、と言うべきかな?」
「……え……」
「本当はリゼはアカデメイアにいる事自体危険だったんだ。シルヴァンやバスティアン、ヒューゴも警戒対象だった。皆が直接リゼを殺す訳じゃなくて結果としてね。その事をリゼは四歳の頃にもう言ってた。君の名前も他に死ぬ原因になる相手もその頃にはもう全部知ってたんだよ」
「……え……嘘、でしょ?」
「……だから僕はリゼと一緒にアカデメイアに入学した。もしその話を聞いていなかったら僕は生徒になってない。君が近付くのを邪魔してたのもそれが原因だ。でもまさかこんなに仲良くなるとは思わなかった」
それでマリエルの声が聞こえなくなってしまう。私は彼女と目を合わせる事も出来ないままでいた。
だってそれは本当に言えなかった事だから。当然マリエルだけじゃなくてシルヴァン達にも言えない。こうして仲良くなってからは余計に話せなくなった。だって友達じゃなくなるかも知れない。本来争う相手を言い包めただけと言われても否定出来ない。
「……ルイちゃんはどうして、私に優しくしてくれたの?」
「……えっ?」
「死ぬ原因になるかも知れないのに、なんで友達になってくれたの?」
すぐ近くでマリエルの声が聞こえる。それで顔を上げるとすぐ目の前にマリエルがいる。今にも泣き出しそうな、辛そうな顔だ。それで私は思わず答えていた。
「……だって……大事な友達、だもん……」
「……えっ?」
「……例え死ぬ原因でも友達なんだもん。私は仲良くなった友達を避けたり出来ない。その友達が辛い目に遭うのも嫌。だって私は家族や皆と一緒に幸せになりたいだけ、だから……」
私がそう言うとマリエルは俯いて何かを考え始める。私もそれ以上は何も言えなくなって再び俯いてしまった。そんな処にお母様が続ける。
「……まあ、マリエルさん? 私がこの話をしたのは別に貴方を責める為ではないのよ? 実際貴方は死に掛けたこの子を救ってくれたし信用だってしてる。だけどね、その貴方が誰かを傷付けてしまったらきっとルイーゼは後悔すると思うの。多分貴方にはきちんと話しておかないとこの子の為に全力を出してしまう。そうならない為に話したのよ」
そう言うとお母様は私とマリエルを抱き寄せる。それでも俯いたまま何も言えない私にマリエルは短く息を吐き出すと笑いながら言った。
「……そっか。ルイちゃんは私を傷付けない為にその事を言わなかったんだね。ごめん、そんなの全然知らなかった……」
「……マリエル……」
「多分、私はルイちゃんの為なら誰かを傷付けるかも知れない。だって私はルイちゃんの友達だから。でも……ルイちゃんがそうして欲しくないって思ってるんなら、私も出来るだけ使わない様にするよ」
それで私は堪らずマリエルに抱きつく。そんな私を抱き返して彼女はリオンの方を見て苦笑した。リオンの隣には同じくある程度事情を知っているクラリスがいて手を繋いでいる。
「でも……そっか。だからリオン君、私に冷たかったんだ?」
「……まあ、そうだね。僕も悪かったと思ってる」
「言ってくれれば良かったのに。私もちょっと意地になってたよ」
「……本当にごめん」
そんなリオンを見上げて微笑むクラリス。ただ、話に全く付いてこれない叔母様とレイモンドだけは神妙な顔で黙ったままだ。そんな叔母様とレイモンドに向かってお母様は少し困った顔で笑い掛けた。
「……まあクローディア、それにレイモンド君も……後でちゃんと説明してあげるわ。だから今は分からなくてもそれで納得して頂戴?」
「……分かったわ、義姉さん。でも……義姉さんはルイーゼからそんな話を聞いていたのね。リオンがマリエルの事を相談してきた理由が何となく分かったわ。まあ……細かい事は後で教えて貰うけど」
「……いや、俺はバカなんで……話に付いていけてないんスけど……」
レイモンドがそう言ってやっと緊張した空気が和らいだのだった。




