306 シルヴァンは王子様
「――どうしてダメなのか、教えて貰えないかな?」
あの後戻ってきたエミリエ姫に婚約を断られてシルヴァンは穏やかに笑顔を浮かべて尋ねた。
だけどエミリエ姫は特にシルヴァンを嫌悪している様に見えない。今にも泣き出しそうな顔は逆に好意を持っている様に見える。
「エミリちん、折角良い話なのに――」
見かねたルーシーが口を挟もうとするけどシルヴァンが片手を挙げてその言葉を遮る。それで何も言えず黙り込んだ。そんな微妙な沈黙の中でエミリエ姫は鼻の頭を赤くしながら涙を浮かべてポツリと答える。
「それは……私だと、貴方の役に……立てないから……です」
「……うん? 役に立てないって……それはどう言う意味?」
「私は……王族とは言ってもきちんと学んだ訳じゃありません。なので貴方が将来国王陛下になる方ならきっと私だと役不足だと思います」
そして再び沈黙。嫌な緊張の漂う中でルーシーとセシリアが私の傍に近寄ってくると口々に言い始めた。
「……マリー、あんたエミリちんと一番仲が良いでしょ? ならちゃんと言って説得しなさいよ!」
「……あー……いやー……」
「まあシルヴァンは気弱な部分もあるからマリーも心配してるんだろうけど、でもエミリちゃんの身を守る為には一番良いと私も思うわ?」
「……うーん……」
まあルーシーとセシリアの言う事も分かる。確かにリオンとシルヴァンの言っていた通りならきっと婚約しちゃうのが一番安全だろう。でも私にはそれを後押し出来ない理由があった。
いやだって、エミリエ姫はまだ八歳だよ? それに対するシルヴァンはもう十八歳な訳で、例えるなら小学三年生の女の子が高校を卒業して大学生になる位の男子と恋愛関係になるのっておかしくない? そんな少女漫画みたいな展開ちょっと擁護出来ない。この世界では普通の事も私の倫理観は日本の知識に偏っている。十歳も歳の差がある恋人になる事をどうしても感覚的に推奨出来ないんだよ。まああくまで知識だけで記憶じゃないから具体的にどんな定番展開かまでは知らないけど。
だから説得に参加出来ない。どうしても色々考えてしまう。特に最近身近でエマさんやアンジェリン姫が妊娠して出産したのを見てるだけに余計に抵抗感がある。そんな男性向け青年誌的展開はして欲しくない。
それで黙って見ているとシルヴァンはエミリエ姫の前に膝をついて優しく微笑み掛けた。全く怒ったりもしていない。
「……そうか。じゃあ僕が嫌いだから嫌って訳じゃないんだね?」
「……はい……シルヴァン様は素敵な方だと思います……」
「じゃあさ、こう考えるのはダメかな?」
「……えっと……?」
「君はまだ八歳なんだってね? すぐ結婚する訳じゃないし結婚出来る十五歳まで七年もある。それまで頑張って勉強すれば良いし単に約束をするだけでその時に嫌なら十五歳になってから断っても構わないよ?」
「……えっ?」
「それに……僕の国では最近は十八歳を過ぎてから結婚する貴族も多いんだよ。アカデメイアって学校が十五歳から四年間あるし、実際にここにいるマリーとリオンも婚約してるけど結婚は卒業後だ。セシリアとルーシーもそれぞれ婚約者がいるんだよ?」
「…………」
「何なら婚約した事を理由にグレートリーフに留学すれば良い。婚約者がいる国に王妃修行の為に行くと言えば誰も文句言えない。それで王族の勉強をして、それでも嫌なら最後に断ってくれても構わないよ?」
シルヴァンからそう言われてエミリエ姫は私やセシリア達の顔をじっと見つめる。彼女はアカデメイアに対して憧れもあるみたいだしそんな言われ方をすれば迷っても当然だ。だってまだ八歳なんだもの。
そして黙って俯く王女にリオンも笑って話し掛ける。
「……エミリエ姫。シルヴァンは君を助けたいんだ。このままだと君は命を狙われる可能性が高い。でも婚約してしまえば少なくともイースラフトとグレートリーフは君を守ってくれる。取り敢えず今だけ婚約した事にして大丈夫になったら断っても構わないって言ってるんだよ?」
でもリオンがそう言った途端今度はシルヴァンが声を上げた。
「……えっ? そうなのか?」
「……シルヴァン、そのつもりじゃないのか?」
「いや、別に僕と結婚して良いって言うならそのまま王妃になってくれても全然構わないんだけど? だってこの子、マリーやセシリア達と違って凄く大人しくて優しいじゃないか。断る理由がないだろ?」
「……シルヴァンお前、それ、本気で言ってるのか……?」
「当然だろ? 王族が婚約を申し込むのに嘘な訳無いだろ? 僕もこの子は可愛いと思うし、将来結婚しても良いと思ってくれるんなら本当に結婚して欲しいと思ってる。じゃないと言わないよ、こんな事」
まあ……そう言い切れる部分がロリコン扱いされる原因なんだけど、そんな他愛ないやり取りを聞いてエミリエ姫は少し驚いた様子で目を見張っている。まあシルヴァンは攻略対象なだけあって美形だし自分を助ける為の方便じゃなくて本気で結婚を前提に婚約して欲しいだなんて言われれば流石にね。それにこんな小さい子を相手に『可愛い』って言葉がナチュラルに出てくる辺り、本当に王子様なんだなって思う。
「……あの、それじゃあ私、頑張っても良いのでしょうか……?」
「頑張らなくても良いよ。ただ僕を好きになってくれるだけで良いし」
どうやらエミリエ姫自身、偽装婚約だと思っていたらしい。リオンの言葉を否定するシルヴァンに頭を垂れると小さな声で呟く。そりゃあそうだろうな。だって基本的にシルヴァンは優しいし本来なら私も歳下で乙女ゲームなら王子様ルートは王道中の王道だ。そんな相手にここまで言って貰えて嬉しくない女の子はいない……とは思う。
「……あの……シルヴァン様、お慕い申し上げております……」
「そっか、有難う。じゃあ婚約を受けてくれる?」
笑顔で尋ねるシルヴァンにエミリエ姫は小さくこくんと頷いた。
まあ……私としてはエミリエ姫が幸せになれるんなら別にどう転んでも構わないとは思う。他人の恋愛事に口を出す権利なんて私には無いし。だけどセシリアとルーシーはそうでも無いみたいで凄く満足そうだ。
「――じゃあそう言う訳でリオン、マリー。二人はこの国の王様に自分達が婚約の証人になった事を伝えてくれるかな? 出来る限り急いで周辺国に宣言して貰えると助かる。通達が早い程エミリエが安全になるから」
シルヴァンから笑顔でそう言われて私とリオンは頷いた。




