30 見せ物勝負
勝負の前日。私とリオンは舞台の確認の為にアカデメイアの舞踏場に呼ばれて出向いていた。だけど私は勝負を決めた時にアンジェリン王女が言った「舞台は自分が準備する」と言うのを認めてしまった事に激しく後悔する事になった。
先ず一番問題だったのは観客が入ると言う処だ。私はもっと静かに当事者だけで勝負をするつもりだったのにアンジェリン王女が準備したのは完全に何かのショー会場みたいだった。
「……あ、あは、あはは、はは……」
「大丈夫、リゼ?」
「あ、え、う、うん……多分……」
「物凄く顔色が悪いよ。リゼ、今凄く動揺してるよね?」
「……そうよ。動揺してるし後悔もしてる……」
在学中はひっそり隠れて過ごすつもりだったのに是が非でも私を表舞台に立たせたいみたいだ。確かこの舞踏場って実際にパーティをしたりするのにも利用されるから立ち見が出来る様に広く作られている。だけど今は中央の舞台を囲む様に小規模だけどベンチが準備されていて完全に屋内闘技場みたいだ。
そして何よりそのベンチの中に明らかに普通とは違う豪華な装飾が施された一画がある。最初に見た時はアンジェリン王女がそこに陣取るつもりなのかと思ったけど明らかに広過ぎる。
「……本当に大丈夫? リゼは人前に出るのに慣れてないからかなり緊張してるんじゃない?」
「へ、平気よ……多分……」
正直全然平気じゃない。リオンには強がって答えたけど当日じゃないのに心臓がバクバク言ってる。結構図太く思われてるみたいだけど私は本当に弱気でビビりだ。人見知りも激しい方だと自覚してる。だって街に出た事すら無いし身体が弱い事もあって私は本当に甘やかされて育った末っ子なのだ。とてもじゃないけど人前で話が出来る性格じゃない。そんな私が大勢の観客の前で緊張せずにいられる筈がなかった。
だけど私がもし失敗すればリオンが酷い目に遭う。きっと傍にいられなくなる。もう一緒にいられない。それだけは絶対に我慢出来ない。リオンの自業自得ならまだしも、これは全部私の所為だ。私の行動に巻き込んだ結果だ。
そして舞台の辺りに出てみると周囲の席を見回した。やっぱりこれ、完全に観客前提の舞台だ。周囲で忙しく準備しているのはきっと王宮の侍女達だ。
「――リゼ」
不意に傍にいたリオンが私の名を呼ぶ。それで顔を上げるとアンジェリン王女の姿が見える。私達のいる方に向かって近づいてくると彼女は複雑そうに申し訳無さそうな顔で笑った。
「……マリーちゃん。何だかごめんなさいね。本当はここまで派手な舞台にするつもりはなかったんだけど……」
「……どう言う事ですか……」
「実は父上が観覧される事になってしまって。それで仕方無く体裁を整えるしかなかったのよ」
「父上――って国王陛下⁉︎ え、そんな偉い人がどうして⁉︎」
「一応アカデメイアの視察となっているのだけど、それを決めたのもマリーちゃんと私が勝負するって話を知ったからみたいなのよね。まあ学園内なら近衛の数もそれ程必要ないしマリーちゃんがいるから魔法も問題無いでしょうしね?」
私がいるから――ああそうか、私がいるからここでは魔法が使えない。ましてリオンも一緒だからここでは絶対に魔法を使った暗殺が成立しない。アレクトーの周囲は特殊設定が帳消しになるから如何にもファンタジーな襲撃方法が出来ない。
でも王様まで来るとか、そう言うのはどうでもいい。問題なのはここに来る人全員、私を見る為にやってくると言う事だ。
「……マリーちゃん、大丈夫? 顔色が随分悪いけど……」
「……アンジェリン姫、私は大丈夫です。少し場の空気に酔ったみたいなのでこれで失礼します。それでは……」
ダメだ。胃がムカムカする。頭がくらくらするのはきっと目眩を起こし掛けてる。緊張し過ぎて少し気分が悪い。負けちゃダメだと思いながらどうしても負けた時の事が頭から離れてくれない。立っているのも辛くて隣でリオンが支えてくれなければきっと私は王女の前で倒れてしまっていただろう。
「……もう、お姉ちゃんとは呼んでくれないのね……」
アンジェリン王女の寂しそうな声が聞こえる。だけど私はそんな彼女に振り返って答える気力も、余裕も全く無かった。