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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
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291 受け継がれた力

 エマさんとジョナサンの子供、ジョルジュが産まれてから一月と少しが過ぎた。ジョルジュはとても元気で特に生まれついての疾患なんかも無いそうだ。まだ首が座っていないから私は抱くのを辞退している。


 そしてそんな中でエマさんが遠慮がちに話してきた。


「――そう言えばルイちゃん、リオン君はもう聞いた?」

「え、何を?」


「二日前くらいに姫様も赤ちゃんを出産されたんですって。男の子で名前はジャスティンと名付けられたそうよ?」

「えー……そんなの全然聞いてないよ……」


「仕方ないわ。だって姫様はもう隣国の皇太子妃なんだもの。産まれた王子様も所属が隣国だから王宮も合わせたく無いんじゃ無いかしら。公爵様――叔父上と義母様が今日も面会に行ってらっしゃるわよ?」


 そう言われて納得は出来ない物の理解は出来た。本来ならアンジェリン姫がイースラフトに行った後でこうなる筈だったのに王様が勝手にドラグナンとの婚姻話を進めようとした所為で変になってる。結局マックスとお姉ちゃんは先走った結果、この国で出産になった訳だし。隣国の王子となれば王宮だって下手な事は出来ない。例え血縁者でもお父様と叔母様位しか面会出来ないのはそれだけ警戒しているからだ。


 だけど頭では理解出来ても感情はついていかない。それで私が不満な顔をしているとエマさんはジョルジュを抱いて苦笑した。


「ああでも姫様はルイちゃんに会いたがったそうよ? 私の出産時間をルイちゃんが教えてくれて、そのお陰で私の出産が凄く順調だった事を叔父上が仰ったらしくてそれで拗ねちゃったみたい。だけど王子様がジョルジュと友達になれたら良いって思って下さってるみたいね」

「ああ……そっか、英雄公爵家だもんね。エマさんも王族と親戚になった訳だし、お姉ちゃんとも親しく出来るもんね――そう言えばエマさんのお父様とお母様は赤ちゃんが産まれた事をもう知ってるの?」


「ええ、産まれた翌日に叔母上が呼んでくださったわ。だけど物凄く緊張してたけれど……考えてみたら公爵家夫人が二人で出産の手伝いをして下さったって考えると今になってちょっと怖くなってきたわ……」


 そう言ってエマさんは物凄く複雑そうな顔になる。だけど流石お母様だ、そう言う事は本当にしっかりしてる。結婚披露式で見た男爵夫妻の様子を考えるときっとここに来た時も凄く緊張してたんだろうな。その時の光景がはっきりと目に浮かぶ。それで笑っていると不意に黙って聞いていたリオンがエマさんに尋ねた。


「それで――エマさん、お子さんの調子はどうですか? 首が座るまで後どれ位掛かりそうですか?」

「えっ? ジョジョは元気だけど首が座るまで後一、二ヶ月は掛かるんじゃないかしら。クラリスちゃんのお爺様にもこの子を診て戴いているけど……だけどリオン君、どうして?」


「ああ、えっと……エマさんが兄貴とイースラフトに行く時にバスティアン――シェーファー侯爵家が特別な馬車を貸し出してくれる約束をしてるんですよ。ルーシーも口添えしてくれたみたいで。僕達も乗った事がありますけど多分、あれならエマさんと赤ん坊も平気な筈ですよ」


 だけどそれを聞いてエマさんの笑顔が僅かに引き攣る。


「……何だか知らない処で凄く偉い人達が助けてくれる事になっていて物凄く怖いわ。いいのかしら、私……こんなに助けて戴いて……」

「何を言ってるんです。エマさんはもう兄貴の奥さんなんですから公爵夫人でしょ? それに……出産直後なのに長旅をさせるんですから気を使って当たり前です。ですからもっと堂々としていて下さい」


「……でも……」

「……それに、ジョルジュは僕の甥っ子ですし。その、エマ、義姉さんの為でもありますから……気にしないでいて欲しい、です……」


 リオンはそう言うと視線を泳がせた。どうやらエマさんの事を義姉さんと呼べるタイミングを考えていたみたいだ。だけど照れや気恥ずかしさがあるみたいで落ち着きがない。あれだけ私に『エマさんは呼び方なんて気にしない』と言ってた癖に実際は自分の方が遥かに緊張してる。


 そんなリオンを目を丸くして見つめると不意にエマさんは微笑んだ。


「……そっか。私とリオン君は義理の姉弟になるのね。そんな事も考えられなかったってそれだけ私も一杯一杯だったのね……リオン君、これからもよろしくね。ジョルジュとも仲良くしてあげて頂戴」

「……はい。その……よろしくお願いします……」


 そう言って二人が握手した時、突然扉が開いた。そこにはジョナサンとエドガーの姿がある。特にジョナサンは物凄く上機嫌で今まで見た事がない位に顔に締まりがない。


「――エマ、体調はどうだ! ジョジョ、父上が帰って来たぞー!」


 それで私とリオン、クラリスが無言で振り返った。そんな私達の姿を見た途端ジョナサンが慌てた表情に変わる。


「……ネイサン、なんかすっかり砕けた感じになったね……」

「……あっ⁉︎ そ、その、違うんだルイーゼ⁉︎」


「……兄貴、僕らがいない処じゃこんな感じなのか……」

「りりリオン、何だ、別に俺がこんな風でも変じゃないだろ⁉︎」


「……英雄家の男の人って皆さん、親バカっぽい感じなんですね……」

「ち、違うぞクラリス嬢! え、エマも何とか言ってくれ!」


 そう言ってジョナサンはエマさんに助けを求める。だけどエマさんは楽しそうに微笑んでいるだけで何も言わない。私達もそれ以上は何も言わず無言でジョナサンを見つめ続ける。そんな無言の圧力に耐えられなくなったのか、ジョナサンは顔を真っ赤にして床に崩れ落ちた。


「……くっ……お前らも結婚して、子供が産まれれば分かる……エマが大変な思いで産んでくれた息子だ……可愛くない筈が無いだろう!」


 そんなジョナサンの横で膝をついたエドガーかその肩を叩く。物凄く笑顔で絶対に今の状況を楽しんでいる。


「まあ分からなくは無いよ兄さん。でもさ。ネイサンは一度冷静になって考えた方が良いと思うんだよね?」

「……何を、だ?」


「騎士団の独身騎士を相手に結婚の素晴らしさとか子供の可愛さを幾ら訴えても共感出来ないんだよ。それが分かるのは父親になった人だけだろうしね? 皆言わないけど内心ちょっとウザいと思ってる筈だよ?」

「……ぐふぅっ……」


「大体彼女もいない独身に結婚を勧めてどうするんだよ? ネイサンが幸せなのは分かったからもうちょっと控えめにした方が良いね」

「……俺は、そんな感じ……だったか……?」


「かなりね。ぶっちゃけ騎士団の皆も『この人何とかしてくれ』って感じで物凄く困ってて遠回しに相談されてる。ネイサンはエマさんと出会えたから良かったけど、出会ってすらいないのにその先を勧められても皆だって返答に困るだろ? 正直僕がそう言われたら殴り倒すよ?」

「……くふぅっ……気付いて、なかった……」


 エドガーの笑顔での辛辣な言葉にジョナサンは項垂れてしまう。だけどそれを聞いていたエマさんは顔を真っ赤にしている。


「……あの、エド君?」

「ん? どうしたのエマさん?」


「この人……表でそんな事、言って回ってるの?」

「うん、概ね事実だよ。まあ嫌がられてるってのは誇張だけどね。ネイサンは元々面倒見が良いから今の処は苦笑されてる程度だけど」


 そんな事を聞いたエマさんは物凄い笑顔になる。だけど喜んでいると言うより冷たい氷みたいな微笑だ。


「……ネイサン? 今度からそう言う事、止めて下さいね?」

「え? あ、ああ……」


「もしやったらジョジョをもう抱かせてあげませんから」

「なっ⁉︎ わ、分かった! 必ず守って見せる!」


 あー……うん。今のエマさんってなんかお母様と叔母様を足して二で割ったみたいな感じだ。完全にジョナサンの手綱を握った感じ? そう言えばお母様も叔母様もいざと言う時はお父様やアーサー叔父様よりも圧倒的に強くなる。女は弱し、されど母は強しを地で行く感じだ。


 だけどジョナサンは分かるけどどうしてエドガーは一緒にうちに来たんだろう? いつもなら叔母様と一緒にくる事が多いのに。


「……ねえ、エドはどうして今日、来たの? エマさんの様子を見る為に来たの? それとも何か用事?」


 私が尋ねるとエドガーは私を見た後に眠るジョルジュを見つめた。


「ああ、今日はジョルジュを視に(・・)来たんだよ。母さんから頼まれててさ? まあ大事な事だし早めに分かった方が良いからね」

「……ん? ジョルジュを見に(・・)?」


 そう言われても私には最初よく分からなかった。ジョルジュはジョナサンとエマさんに似ている髪色だ。だけどジョナサンはプラチナブロンドと言われる白っぽい金髪でエマさんはブリュネット。濃い茶色の髪色はアカデメイアでもかなり多い。ジョルジュはその二人の間なのかブロンドと言われる明るい茶色だけど成長すれば色が変わる事もあるそうだ。勿論まだ産まれて一ヶ月程度だから産毛みたいな短くて細い髪だ。


 エドガーはベッドに近付くと眠るジョルジュを見つめる。そんな時、何を見に来たんだろうと首を傾げる私の隣でリオンが小さく呟いた。


「――ああ、そうか。リゼ、エドガーはジョルジュが英雄一族の子供かどうかを見に来たんだよ」

「えっ? でもジョナサンと結婚したんだし英雄一族の子でしょ?」


「そうじゃなくて……まあ、見ていれば分かるよ」


 それでその場にいる全員の視線がエドガーに集まる。リオンの言葉が聞こえたのかエマさんは少し緊張している。そんな中、エドガーはエマさんの顔をじっと見つめると不意ににっこり笑った。


「――うん、エマさんは凄いね」

「……え? 一体何が?」


「エマさんの実家のルースロット家ってもしかして遠い昔、王族の血が入った事があるのかな? かなり伝統のある家だったみたいだけど」

「え、いえ……そう言う話は聞いた事がないけど……」


 そしてエドガーは私達を振り返って断言した。


「――この子、ジョルジュ・エル=ジョナサン・オー・アレクトーは英雄一族の血を受け継いでる。この子は英雄魔法が使える。今も魔法禁止が発動している。つまり――この子の将来は僕達と同じ『英雄』だ」


 そうだ……エドガーの英雄魔法は『視る』事だった。相手の特徴や得意な事を読み取る、言わば『能力鑑定』が出来る。だけど確かお父様が言ってた筈だ。英雄一族の力は基本的に王族と結びついた時だけにしか受け継がれない。それ以外でも発現する事はあるけど相当稀な筈だ。


 エドガーの言葉を聞いて立ち上がったジョナサンはよろよろとベッドに近寄るとエマさんを抱き寄せた。籠の中で眠る赤ん坊の頬にもそっと触れてまるで搾り出す様に言葉を呟く。


「……エマ……すまない……本当なら喜ぶべきかも知れんが、俺はこの子には普通の人生を送らせてやりたかったのに……」

「……え? ネイサン、私は逆よ? これでジョジョはアレクトー家の跡継ぎとして認められるんでしょう?」


「……確かにそうだが……その代わり、この子は戦う人生を送らねばならん……今なら分かる……俺は、そうなって欲しくなかった……」


 ジョナサンはジョルジュが英雄一族の血を受け継いでいる事を本気で後悔しているらしい。確かにアレクトー家の英雄と言えばほぼ確実に戦う人生が決まってしまう。逆にエマさんはそんなジョナサンの血を絶やしてしまう事を気にしていたのかも知れない。気落ちするジョナサンと少しホッとした顔のエマさんの反応はそれぞれ対称的だ。


 だけどそんな複雑な空気の中でリオンは少し考えると顔をあげた。


「……大丈夫だ、ネイサン」

「……リオン……」


「この子が大人になる前に僕らが戦を終わらせば良い。そうすれば英雄が力を振るう必要もなくなる。まあいざと言う時の為に剣の修行はしておいた方が良いとは思うけどね? でも命の取り合いはせずに済む」


 そう言って笑うリオンを見るとジョナサンは苦しそうに笑って再びエマさんと我が子を抱きしめる。少ししてから『そうだな』と決意の浮かぶ声で呟くのが聞こえてきた。


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