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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
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290 決意と涙

 私が言った通り翌週の深夜にエマさんは産気付いた。前もって伝えていた事もあってフランク先生もうちに滞在していたしジョナサンだけじゃなくてお父様やお兄様、エドガーもいる。お母様と叔母様、クラリスは出産の手伝いでいない中でお父様が苦笑してジョナサンが答える。


「――しかしまさかな。こんな風に出産時に立ち会う人間がこれ程いると言うのも珍しい。だがいつもこう言う時に男には出来る事が何もないと言うのが心苦しい物だな……」

「そうですね、叔父上。これも全部ルイーゼのお陰ですよ」


「そうだな。それで……赤ん坊の名前はもう考えてあるのか?」

「ええ。エマと二人で決めました。男ならジョルジュ、女ならレアと名付けるつもりです」


「そうか。しかし代役でこうして立ち会う事になったがアーサー殿に少し申し訳ないな。だが子供が産まれるのは喜ばしい事だ」


 お父様はそう言うと扉を見つめる。何か昔を思い出すみたいに懐かしそうで優しい目だ。それを聞いていたお兄様が私に小さく尋ねた。


「……マール、どうして分かったんだい? 件の英雄魔法かい?」

「ええと……別に自分で使おうと思ったんじゃないの。勝手に発動して見えちゃったんだよ。真夜中に騒ぎになってフランク先生が慌ててやってくる、みたいな感じだったから」


「そうか……でもいつ産まれるか分かるだなんて凄いな。英雄魔法をそんな風に使ったのは多分他にはいないよ。まあ大抵は戦闘向けだから仕方が無い事なんだろうけどね?」


 そう言ってお兄様は苦笑する。皆には秘密だけどお兄様の英雄魔法だって実際は戦闘向けじゃない。『再生の旗手』と叔母様が名付けた力はまるで時間を巻き戻すみたいに肉体の状態を元へ戻す。病原菌も元の状態に戻るから病気に対して絶対的な力を誇る。なのに体内で出来た免疫だけは残ると言う、はっきり言ってチートに近い英雄魔法だ。


 それに他の英雄魔法と違って力の痕跡が発生しない。リオンも同じだけど何かが発動した事が分からないから地味で目立たない。その所為でお兄様の英雄魔法はこれまで単なる魔法絶対禁止だと思われてた。でもお兄様の魔法は何となく私と方向性が似てる気がする。これも兄妹だからなのかも知れない。


 だけどそうやって待っていても赤ちゃんが産まれたって報告が全然来ない。最初の二時間、三時間は黙って待っていたけど時間が掛かり過ぎてどんどん不安になってくる。それに夜で眠気だって出始める。


「……マール、眠っていても良いよ。それにリオンも」


「……でも……赤ちゃんが産まれた時、起きてたいから……」

「……義兄さん、出産ってこんなに時間が掛かる物なんですか?」


「ああ、そうか。二人は出産に立ち会った事がないんだね。初めて出産する時って十時間以上掛かるのはザラなんだよ。マールが産まれた時に僕も待ってたけど六、七時間くらい掛かったからね」

「え⁉︎ そんなに掛かるの⁉︎」


「うん。その時に僕も父上に尋ねたんだよ。そうしたら僕の時は倍位の時間が掛かったって聞いてる。本当に女の人は凄いと思うよ」

「……エマさん、大丈夫なのかな……」


「だから今回、マールがいつ産まれるかを教えてくれて皆かなり助かってるんだよ。普通は時間までは分からないから待つしか無いのに今回はマールがはっきり時間を教えてくれた。叔母上も母上も、フランク先生とクラリスだって充分休息が取れた筈だ。それにエマ自身もね?」


 まさか赤ちゃんを産むのにそんなに時間が掛かる物だなんて全然知らなかった。もっとこう二、三時間位で産まれると思ってた。だけど逆に言えばそれだけの間、エマさんは大変な思いをすると言う事で、その間に休んでいるのは申し訳ない気がする。そんな思いが顔に出ていたのかお兄様は私とリオンを見て苦笑した。


「……多分、産まれるのは今日の昼前後だよ。だからそれまでマールとリオンは寝ていれば良いよ。気になるんならここで座って眠っていても構わないから。もし産まれたらその時にちゃんと起こしてあげるよ」


 そう言われてもすぐに寝付けない。それでも何もせずにただ待っているだけの時間が続く。そうしていつの間にか私は眠りに落ちていた。



 私が目を覚ました時、部屋の中は薄っすらと暗かった。陽は随分高くなっているみたいだけど薄手のカーテンが引かれて室内はまだほんのり薄暗い。


「……起きたのかい、マール」

「……うん……お兄様、赤ちゃんは?」


「まだだね。でももうそろそろだとは思うんだけど……」

「……今っていつぐらい?」


「そろそろ昼前だよ。眠いならまだ寝ていて構わないよ」

「……ううん、大丈夫」


 そう言って身体を起こす。いつの間にかソファーで横になってしまったみたいだ。上からシーツを掛けられている。隣に座っていた筈のリオンも別のソファーで横になっているのが見えた。


 部屋の中を見回すとお父様とジョナサン、エドガーが昨晩と余り変わらない様子で腕を組んで座っている。だけど眠ってはいないらしく時々テーブルに置いたカップを取ってお茶を飲んでいるのが見える。


「……お兄様は大丈夫? 眠くない?」

「僕らは大丈夫だよ。いつも戦場を駆け回っているし夜通し起きている事なんてよくある事だからね。二日三日徹夜が続いても平気だよ」


 だけど流石に何も食べてないのはダメな気がする。それでリオンと相談して何か昼食を準備しようかと言う話になった。それで早速調理場に行こうと部屋の扉を開いた処で目の前にクラリスの姿があった。


「……あれ? クラリス?」

「あ、お姉ちゃん、お兄ちゃん」


「どうしたの? 何かあった?」

「……産まれましたよ。エマお姉さんの赤ちゃん」


 そしてその小さな声が聞こえたのか部屋の中が一斉に反応する。特にジョナサンは立ち上がると扉までやってきてクラリスの肩を掴んだ。


「……クラリス嬢! 今、産まれたと言ったのか⁉︎」

「え、あ、おめでとうございますジョナサン様。元気な男の子です」


「あ、有難う! 本当に有難う!」

「ええと先ず最初はジョナサン様だけです。お部屋の前で叔母様達が準備されてますから、指示に従ってくださいね?」


「分かった! 叔父上、行って来る!」


 そう言うとジョナサンは返事を聞かずに飛び出して行った。残されたお父様達もホッとした顔になって椅子に座る。


「……産まれたか……あの様子ならエマ嬢も子供も大丈夫だな。子供は産まれるまで気を許せないからな。戦場に行くよりも緊張する」

「でもこれで僕も叔父さんかあ……まあ兄貴と義姉さんの子供が無事に産まれて良かったです。次は僕――の前にレオ義兄さんの番かな?」


 さっきまでのピリピリした空気が突然和らぐ。そうしてしばらくすると再びクラリスが戻ってきて今度はお父様とエドガー、それにお兄様が部屋へと向かう。残された私とリオンは最後だ。これは先ず父親、そして親族とその代表で子供の私達は最後と決まっているらしい。


 そして最後に呼ばれていくと部屋の前でフランク先生とお父様達が立ち話をしている。そこで私に気付いたフランク先生が近付いてきた。


「……お嬢様、今回はお手柄でした。お陰でこれ以上ない万全の状態で施術を施せました。長年出産に立ち会いましたがここまで安定した処置は中々出来ませんでしたからな。早速お顔を見てあげてください」


 そう言われて表にいたお母様にフードとシーツの中央に穴を開けた貫頭衣を着せられる。消毒用のお酒の匂いが少しする。きっと赤ちゃんに雑菌がつかない様にする為だ。


「……ルイーゼ、それにリオン君。まだ赤ん坊に触れたりは出来ないからね? 今回は薄い布越しで少しだけね。時間が経てば会えるわ」


「……はい、お母様」

「……分かりました、叔母さん」


 そして部屋に入ると薄いガーゼみたいな物で四方を覆われたベッドの中でぐったりしたエマさんとジョナサンが見える。エマさんのすぐ傍には産まれたばかりの赤ん坊が布で包まれて眠っている。エマさんの目元は隈が酷いし顔色も白い。目を閉じているとまるで死んでしまったみたいに見えて物凄い不安に襲われた。


「……ほら、エマ。ルイーゼとリオンよ」


 ベッドの脇には叔母様が椅子に座っている。きっと英雄魔法を使ってエマさんや赤ちゃんの体力を回復してるんだろう。そんな叔母様が眠るエマさんの肩にそっと触れるとエマさんは小さく目を開いた。


「……ルイちゃん……ありがとう……」

「いいからエマさん、しんどいんでしょ? だから今は寝てて」


 私がそう言うとエマさんは眠る赤ん坊にそっと触れる。だけどそのまま力尽きたのか腕から力が抜けて寝息が聞こえてきた。叔母様がエマさんの手を戻してシーツを掛けるとジョナサンが私に頭を下げる。


「……本当に有難う、ルイーゼ。二人が無事なのはお前のお陰だ」

「……え……えと……まあ、うん……」


「俺は必ずエマと子供――ジョルジュを幸せにする。約束する」


 そう言うとジョナサンはエマさんの元に行ってその手を握った。そんな光景を見ていて私は不意に自分の頬を伝う雫に気が付いた。


 何だろう。どうして涙が出るんだろう。多分感動したからとかそう言う理由じゃないと思う。エマさんも赤ちゃんも無事で良かったとは思うけど家族愛がどうとかそう言うのでも無い気がする。ただ一つだけ分かるのはこの子が私みたいにならなければ良いと言う事だけだ。これからエマさんやジョナサンと一緒に日常を生きて、幸せに生きてくれればそれだけで良い。だってそれは私には叶えられない事かも知れないから。


 ああ、きっと……私は羨ましいんだろうな。普通に産まれて、普通に生きて、家族と一緒にいられる。それ以上の幸せなんて無い。だから私はエマさんや赤ちゃんが幸せに暮らして行ける様に頑張らなきゃ。イースラフトに行って、ベアトリスと会って全部はっきりさせてこれ以上私の周囲が悲しまない様にしなきゃいけない。


「……大丈夫、リゼ。もう行こう?」


 隣のリオンが私の顔を見てそう囁く。泣いて酷い顔の私に少し驚きながらリオンは私の肩を押さえる。そして部屋を出て扉を閉めた処で彼は苦笑して呟いた。


「……まさかリゼがこんなに感動して泣くと思ってなかったよ。だけどエマさんも兄貴も幸せそうだった。命ってこんな風に繋がるんだな」


――違うよリオン。私はそう言う事で感動したんじゃない。エマさんは私に出来ないかも知れない事を見せてくれた。私には無理かも知れないけど、それを先に教えてくれた。だから私は感動したんじゃない。私はそんな夢みたいな物を守らなきゃいけないって決意したんだよ――。


 ……だけど私は、それを言葉にする事は出来なかった。


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