表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
289/318

289 未来を選ぶ

 冬季休暇もつつがなく過ぎて後期授業が始まった。イースラフトの国境も雪解けを迎えたそうだけどマックスは帰ってない。どうやらこのまま二人の赤ちゃんが産まれるまでいて一緒に帰るつもりみたいだ。


 それにエマさんのお腹も随分大きくなった。様子を見に行くとジョナサンがエマさんのお腹に耳を当てたりしている。そんな光景を見ていると何だか不思議な感じだ。だって今までは私が一族の中でも一番歳下で一番甘やかされてきた。それがエマさんの赤ちゃんが一番歳下になって今度は私も甘やかす側になる。これって前にリオンが似た様な事を言ってた気がする。だけどそれとはちょっと違う気がする。


「――どうしたの、ルイちゃん?」


 ベッドに座ったエマさんは私を見て尋ねて来る。今はエマさんの部屋になった私の部屋だ。ベッドの傍には叔母様が座っている。きっと英雄魔法を使っているんだろう。そのお陰かエマさんはとても顔色が良い。


「……エマさん――あ、ごめんなさい。エマお義姉様……」

「いいわよ? 今まで通りの呼び方で……それでどうしたの?」


 リオンが言った通りエマさんは呼び方なんて拘っていない。だけど何故かそれでホッとする。近い内にエマさんは母親になる。それでも私が知っているエマさんが別の人に変わってしまう訳じゃない。


 だけど……何だろう、この気持ちって。胸が締め付けられるみたいな感覚なのに別に苦しい訳じゃない。無事に赤ちゃんが産まれてエマさんも無事でいてくれたら良いと思っている。出産は命懸けだ。それは日本でもここでも変わらない。むしろ叔母様が付いている分だけ日本よりも安全な気がする。なのにどうしてこんなに胸が苦しいんだろう。


「……ルイちゃん。お腹に耳を当ててみる?」

「……えっ? でも……いいの?」


「いいわよ? 時々お腹を蹴るから驚かない様にね?」

「……うん。それじゃあ……」


 これまで私は遠慮してエマさんのお腹の赤ちゃんの音を聞くのを断っていた。だってそれをして良いのは家族で父親になるジョナサンだけだと思っていたし私みたいな部外者が割り込んで良い事だと思っていなかったからだ。だけど今はエマさんと叔母様の二人しかいない。クラリスとリオンはお母様を手伝って料理や荷物運びをしている。ジョナサンも仕事で今はアカデメイアにいる筈だ。私はエマさんのお腹に耳を当てながら目を閉じた。


 当然だけど心音なんて聞こえたりしない。お腹の中にいる赤ちゃんの鼓動が聞こえる筈がない。そんなの分かりきってる事だ。だけどそんな時、不意にトンと言う音が聞こえて私は目を見開いた。音だけじゃなくて思っていたより大きな振動が伝わってくる。今、エマさんのお腹の中で別の命がちゃんといると分かる。いつの間にか私の髪を撫でてくれていたエマさんの手の感触を感じながら私は思わず尋ねていた。


「――ねえ、叔母様。私が産まれた時も……こんな感じだったの?」

「……うん? そうねえ。義姉さんもレオボルトを産んだ後で初産じゃなかったから落ち着いた物だったわね。まあ出産の時って女より男の方が慌てたりする物なのよ。そう言えばあの頃はレオボルトが十一歳になった処で弟でも妹でも絶対可愛がるってはしゃいでたわねえ」


「……そっか……」

「だけどアンタは身体も小さかったのに大きな声で泣いてた。産まれた子供が泣くのは元気な証拠っていうけどルイーゼは普通よりも小さくて皆心配してたわ。だけど皆、あんたが産まれて良かったって思ってる」


 それを聞いて私はエマさんのお腹に耳をつけたまま目を閉じた。そうか、どうしてこんなに胸が苦しくなるのかやっと分かった。


 きっと私は親にはなれない。お母様や叔母様、エマさんやアンジェリンお姉ちゃんみたいに母親にはなれない。なれないかも知れない。私にどうして未来を視る英雄魔法が使えるのか分かった気がする。きっと私はそんな普通の未来を掴めない。だから普通以上の力が使えないと普通にはなれない。その為に私の力は現れたんだと思う。


 別にこれは諦めたとかそう言うんじゃない。本能的に、直感的にそう感じただけだ。普通になる為に私には他の人とは違う力が必要だった。


「……まあルイーゼもいつかリオンと結婚して子供が出来るだろうから不安に思ったのかも知れないわね。でも大丈夫よ、安心しなさい?」

「……ううん。私は……大丈夫だから」


 そう言ってエマさんのお腹から耳を離して私は立ち上がる。だけど叔母様もエマさんも不思議そうな顔で私を見て首を傾げる。


「……ルイーゼ。あんた、どうしたの?」

「ううん、本当に大丈夫だから。それより――」


 そう答えるなり突然私の視界が紫に染まる。叔母様とエマさんが驚いた顔で私を見つめる。きっと今、私の目元で紫の炎が揺らめいているんだろう。だけど私は全てを視る前にゆっくりと瞼を閉じる。


「――きっと来週の週明けにエマさんの赤ちゃん産まれるよ。真夜中で日付が変わった頃だと思う。フランク先生にお願いした方がいいよ」


「……ルイーゼ、あんた……」

「……え、ルイちゃん……?」


「大丈夫。男の子か女の子かは視てないから。だけど叔母様、真夜中だとフランク先生も準備が大変だと思うから先に来て貰ってお部屋で待機して貰った方が良いと思う。それにその方がエマさんだって安心出来るでしょ? 大丈夫だよエマさん。きっと元気な赤ちゃんが産まれるよ」


 そう言って笑い掛けると私は踵を返して部屋の扉に向かう。そんな私の背中に叔母様が慌てて声を掛けてきた。


「……ルイーゼ、待ちなさい! 今のは一体、どう言う――」

「叔母様、エマさんの事をお願い。私はリオンとクラリスの手伝いをしてくるよ。ジャムだってもっと作らなきゃだし」


「――分かってるわよ! だけどさっき言ったのは……」

「本当に大丈夫だよ叔母様。だって私は家族を大事にするアレクトー家の娘なんだから。きっと全部上手くいくよ。その為に私も出来る事は全部やって頑張るから」


 叔母様は黙り込む。私は部屋から出ると扉を閉めて歩き出した。よく見知った思い出の詰まる廊下を歩きながら私は覚悟出来た気がする。


 私は今の今までベアトリス――マリーアンジュと会う事に少し躊躇していた。まだ先の話だけどその覚悟がやっと出来た気がする。きっと私は今、自分の未来を考えるより先に考えなきゃいけない事がある。それは家族――仲の良い人達が幸せに笑っていられる事だ。それ自体は昔からずっと考えていた事だし何も変わらない。


 きっと私は親になれないから胸が苦しかったんじゃない。その未来を選んでしまうかも知れない事が苦しかったんだと思う。私の英雄魔法が未来を選ぶ力だと言うなら普通の幸せな未来だって選べる筈だ。だってその為にこの力があるんだから。


 そんな決意をしながら私はリオンとクラリスの元を目指した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ