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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
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287 結婚の意味

 王宮での一件から数日が過ぎて冬季休暇に突入した頃、マクシミリアン王子とアンジェリン姫の熱愛っぷりが世間では囁かれる様になった。


 噂の出処は王宮勤めの侍女達らしい。それまでは政略結婚と言う扱いで余り話題になっていなかったけど人間って不思議だ。それが二人の恋愛となった途端に世間全体が好意的になった。


 あの日、王様の元に戻って事情を説明してからが大変だった。何せ二人が実は相思相愛の間柄で政治的な目的じゃなかった訳で、王様も考え方を大きく改める事になった為だ。それまでは単に二人のやった事の尻拭いという感じだったのが逆に前向きに検討する事となった。


 何せ王族同士の恋愛はただ結婚するのとは訳が違う。特にアンジェリン姫みたいな民衆にもそれなりに人気のある王女が隣国の王子と恋に落ちたと言う話題は若い人達を中心に熱気でもって受け入れられた。当然貴族の子息令嬢が集まるアカデメイアでも一番人気の話題だ。だけど今在学する生徒の中にはアカデメイアに在籍していた頃のアンジェリン姫を実際に見た事がある生徒は殆どいない。短い間しかいなかったし準生徒の一年目にいただけで二年分の空白があるから今の三、四年生は知らない。精々一時的に復学した頃の姿を知っている程度だ。


 となると当然、情報の飢餓状態に陥る。世間に出回っている程度の情報しか生徒にないから情報を持っている生徒に注目が集まる。王宮に赴いてある程度情報を得られる駐在騎士団の人は当然王族のプライベートだから殆ど話そうとしない。じゃあ何処に向かうかと言えば簡単だ。そう――実弟で同じ生徒の気安い王子様、シルヴァンに殺到したのだった。


 今日もシルヴァンはリオンの部屋に避難してきている。いつもと同じで泣き言のオンパレードだ。そんな彼にリオンは苦笑している。


「――もう嫌だ……何でこんな時だけ皆僕に話し掛けてくるんだ……」

「まあ……姉さんの話は今一番注目されてるからね。当然弟のシルヴァンに話を聞きたいって生徒は多いだろ?」


「違う。そうじゃない。リオンは全然分かってない」

「うん? 何がだよ?」


「近付いて来るのは殆ど女子生徒なんだよ! あれから姉上は社交界にも顔を殆ど出してない! だから親に聞かれる生徒もいるみたいで、それが全部僕に来るんだ! まさかもう妊娠してるだなんて言えないからな!」


 一応シルヴァンもそう言う処はしっかりしてるらしい。世間に出回っている噂にも既に妊娠している事は含まれていない。これは婚姻手続きでの時期の問題だ。形として既に処理が終わっているから問題無いけど下手に話が出てしまえば私生児問題に発展しかねない。だから後一、二ヶ月位は警戒して情報を出す訳にはいかないのだ。


 ここら辺はジョナサンとエマさんの場合と事情が異なる。二人は婚約をしてからの妊娠だから婚姻手続きをする前でも問題はないけどマックスとアンジェリン姫の場合は婚約期間が存在しない。婚約って言うのは婚姻を前提とした物で盛り上がって子供が出来てしまっても問題にはならないし逆に二人の愛が深いからこそそうなったと考えられる。でも最初から結婚と言う場合は先に妊娠していると不味い。出会って即そう言う行為に及ぶ男女が貞淑かどうかと言うと勿論不貞扱いされる。こればかりはこの世界の貴族社会での認識だからどうしようもない。


 それで私も苦笑しながらシルヴァンに尋ねた。


「……だけどシルヴァンも大変ねー。でもお姉ちゃんがそう言う事になってシルヴァンはあんまりショックとか受けてないの?」

「……ショックって何がだよ?」


「だって……実のお姉ちゃんがその、そう言う事になった訳でしょ?」

「そう言う事って……妊娠の事?」


「うん。私もリオンもエマさんが妊娠したって聞いた時は結構ショックだったし、お姉ちゃんの時は流石に滅茶苦茶動揺したんだよね」


 だけど私の言葉にシルヴァンはキョトンとするとリオンと顔を見合わせて首を傾げる。え、なんでリオンまで首傾げてんのよ?


「……いや、僕は別にそう言うのは無いな。姉上が妊娠しても特におめでとう以外には思わなかったよ? 確かに多少驚いたけどね?」

「……うん。リゼ、僕も姉さんのおめでたには特に動揺してない。そりゃマックスに対しては早過ぎるだろって驚いたけどね?」


「え、えー……」


 二人が案外冷静に受け止めていた事にショックが隠せない。だけどそんな私を見てクラリスが苦笑した。


「ああ、多分ですけど……ルイーゼお姉ちゃんは二人がそうなる事を予想してなかったと言うか、考えられてなかったんじゃないですか?」

「……え、クラリス……どう言う事?」


「要するに仲良しになっても妊娠する様な事までするとは考えてなかっただけなんじゃないかなって。だからその分、ショックを受けちゃったんじゃないですか? 逆にリオンお兄ちゃんとシルヴァンお兄ちゃんの場合は身近な人が出て行った後にどうするかで悩んでましたからね?」

「……うっ……そう言われると……まあ、そうかもだけど……」


 だけど私が渋々そう言うとリオンとシルヴァンの二人はやっと納得出来たみたいな顔になってウンウン頷き始めた。


「……あー。成程な。確かにマリーはそう言う事考えてそうだ。なにしろリオンと婚約してるのに全然恋愛してる様に見えないしな」

「……シルヴァン、その言い方はちょっと傷付く……でもリゼは耳聡い割にウブな処があるし、見た目と同じで子供っぽい部分も多いんだよな」


「な……なんですと⁉︎」


「まあ、僕の場合は姉上が突飛な行動に出るのには慣れてるし、いきなり結婚して子供を作っても驚く程度だよ。ただまあ……あんな姉上でも近い将来傍からいなくなるって言うのはちょっと寂しいんだけどね?」

「ああ、そうか。エマさんもジョナサンとイースラフトに行くだろうから親しかった人は寂しくなるね。リゼってそう言う身内を凄く大事に扱うしそれが一番ショックだったのかも知れないね?」


 そんなリオンの言葉を聞いて私は考え込んでしまった。


 結婚すると普通は男性の元へ嫁ぐ。アンジェリン姫もエマさんも相手はイースラフトの男性だから当然この国を出て行く。稀に入婿として女性の元に入る男性もいるけどそれは他家に養子に入るのと同じ扱いで基本的に女性が男性の元へ嫁ぐのが一般的だ。


 だけど確かにもう会えなくなるかも知れないと考えると胸の奥がキュッと掴まれた様な感覚に襲われる。イースラフトはとても遠いしそう簡単に会えなくなってしまう。身近にいた仲の良い人がいなくなってしまう。


 ここから叔母様の家まで馬車で一〇日位なのは叔母様の家がイースラフトの末端に位置しているからだ。そこから王都近郊まで行くとなると大体二〇日位は掛かる。エマさんは多分、叔母様の家に近い処で暮らす事になるだろうけどアンジェリン姫はその倍近く遠い。バスティアンの特別な馬車でも体調を崩してしまう私にとってもう会えなくなるのに近い。


 そんな事、全然考えてなかった。結婚するってそう言う事だ。実際は考えてなかったんじゃなくて気付かないフリをしていたのかも知れない。


 それで沈んでしまう私を見てシルヴァンは気を取り成す様に笑う。


「いや、案外すぐ会えるだろ? だってリオンもイースラフトの人間だし結婚すればマリーだってイースラフトに行くんだからさ?」

「……え? あれ……そう言う事になるのかな……?」


「普通そうなるだろ? と言うか婚約してるのになんでそう言う事は考えてないんだよ? なんか今の事ばっかりしか考えてないね、マリーは」


 でもそう言われても否定出来ない。だって私は残り二年、生きていられるかどうかも分からない。エマさんもアンジェリン姫もその前に会えなくなってしまう。ああ、私はそれが物凄く寂しいのかも知れない。案外私は二人が子供を授かった事よりその事でショックを受けたのかも知れない。


 それで一層沈んでいると不意に隣に座るクラリスが私の手を掴む。もしかしたら魔眼で私の考えを読み取ったのかも知れない。だけど彼女は私が思っていたみたいな慰める言葉を使わなかった。


「――お姉ちゃん。エマさんとアンジェリン王女様の結婚式に参加する為のドレスを仕立てて貰いましょう!」

「……え? でも……アカデメイアの制服で行くんじゃないの?」


「何言ってるんですか! 上着は羽織るかもですけど、下に着るドレスは別のちゃんとした物を仕立てて貰えるでしょう? それにきっとお二人のお式は夏の暑い時期ですよ? 制服の上着だってずっと着たままじゃないと思いますよ! だからその為にもドレスを仕立てて貰いましょう!」

「……うん。そうだね。折角二人のお式、だもんね」


 そしてリオンは私の後ろに立って肩に手を載せてくる。


「大丈夫だよ、リゼ。きっとこれからも何度も会える。エマさんはうちの近くに住むだろうしね。流石にアンジェリン姉さんは王宮だろうから遠くなっちゃうけど会えなくなる訳じゃないよ。だって僕らは英雄公爵家だし王族に一番近い立場だからね。親戚に会う位、大した事じゃないさ」


 最後にそんな私達三人を見てシルヴァンは深くため息をついた。


「……はあ……でも姉上が結婚したら次は僕なのか……きっと今以上に相手を探せって言われるんだろうな……じゃないと他国から結婚相手を選ばれちゃうし……大人しくて優しい女の子は何処かにいないのかな……?」


 そんなぼやきとも取れるシルヴァンの言葉に私達は笑ってしまった。


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