281 親族会議
十一月も半ば、もう少しすれば冬季休暇だ。そんな時マクシミリアン王子から私とリオンに要請があった。要請というか何と言うか私の家に行くから一緒に来て欲しいという連絡だ。私もエマさんの具合が気になっていたし特に他の人間を連れていってはいけないとも言われていない。それで私はクラリスとコレットも連れて行く事にした。クラリスはもう私の妹みたいな物だし魔眼で隠し事が出来ない。それにコレットは一応お父様が卒業後の雇用を約束している。今は見習いと言う扱いだけどアレクトー家と関係がある。そしてそんな中にマリエルがいた。
コレットに声を掛けた時に丁度一緒にいて、エマさんに会えると言った途端にマリエルが食いついてきた為だ。
「――え、エマさんに会えるの? それじゃあ私も行く!」
「あれ? マリエルってエマさんと仲良かったっけ?」
「うん。ほら、私って男爵家の事あんまり知らないでしょ? それで同じ男爵家だったエマさんが色々教えてくれてたんだよね」
「え……そうなんだ?」
「ルウちゃんが紹介してくれたんだよ。でもこの前の結婚式はエマさんの体調悪そうだったからルウちゃんが代表で並んだの。流石に全員の相手をさせる訳にはいかないでしょ?」
マリエルがそう言うとコレットも笑顔で頷いた。
「実はその時、それを提案したのがマリエルさんだったんですよ?」
「え、そうだったの?」
「はい。最初にお嬢様がエマさんの処に連れて行かれた後でどうやらエマさんの体調が優れないみたいだって」
「へぇ……もしかして二人共、エマさんと仲良し?」
「エマさんはテレーズ先生のお手伝いをされてましたしね。私の場合はもう卒業されましたけどカーラ様とソレイユ様がよくしてくださいました」
なんだか私の知らない処で交友関係が深まってる。元々マリエルは人見知りの私とは違って自分から動く性格だ。それにそんなマリエルに引っ張られて大人しいコレットも頑張って交流しているみたいだし。
「それじゃあ……今度エマさんに会いに行くの、マリエルも来る?」
私がそう尋ねるとマリエルは全力で頷いたのだった。
*
家に到着すると皆もう集まっていた。うちからはお父様、お母様、それにお兄様。リオンの家からはこの国に来ている叔母様、エマさんと旦那様になったジョナサン、それにアカデメイアで剣術講師をしているエドガー。それに私とリオンを含めるとアレクトー家の人間だけで九人も揃っている。そこにクラリス、コレット、そしてマリエルの合計十二人。
だけどジョナサンはずっとエマさんにくっついている。どうも普段から頻繁にエマさんの元に帰って来ているらしい。元々ジョナサンは見た目が怖い割に細かい事に気付くまめな性格だ。それにエマさんの事が本当に好きなんだろう。大きくなってもいないエマさんのお腹に耳を付けてお母様と叔母様に『まだ早い』と笑われている。
そしてエドガーはお父様とお兄様とお茶を飲みながら何やら話しているのが見える。だけど皆笑顔で険しい顔はしていない。そんな光景が少し意外で私は隣にいるリオンに思わず呟いていた。
「……うちってこんなに皆、仲良しだったんだ……」
「うん? まあそうだね。この処はいつもリゼのトラブルで集まっていたから深刻な空気が多かったけど、基本的にかなり仲が良いと思うよ?」
「……そっか。そう言えば皆が揃って笑ってるのって私、初めて見るかも……」
だけど私がそう言うとリオンは苦笑する。
「……まあ、普通の貴族は……リゼが知ってる相手だとレイモンドの境遇が割と普通だよ。勿論バスティアンやヒューゴだってそれなりに貴族社会の洗礼を受けてる。ルーシーも相当厳しい家みたいだしね。だけどそんな中で友達でいられるのは一番上流貴族の筈のリゼが気軽に付き合える関係を築いてきたからじゃないかな?」
「……もしかしてリオン、慰めてくれてる?」
「半分はね? だけどもう半分は本音だよ。リゼは僕がイースラフトの社交界を嫌ってるって知ってるだろ? あっちは本当にレイモンドみたいな境遇の子供が殆どなんだ。だから本当の友人なんていない。誰もが相手を利用する事を考えてる。誰もが親の真似ばかりをしてね?」
そしてそんな時不意に誰かが私の腕に抱きついてくる。それはクラリスで私の顔を見ながら小さく笑った。
「……私はお姉ちゃんに文句を言いますけど、でもそれは今のお姉ちゃんだからですよ? もしお姉ちゃんが普通の貴族みたいな人だったら多分私もこんな風にお話しません。きっと黙って何もお話しないと思います」
「……そっか。クラリスも有難うね」
そう答えながら私は嬉しそうに笑うクラリスを見て、実は私って物凄く幸運って言うか恵まれているのかも知れない、なんて考えていた。
貴族社会って思ったより窮屈で息苦しい世界だ。何をするにも先ず自分の地位が絡んでくる。そんな中で日本の知識を持っていて自由気ままに振る舞って許されるのは私が英雄公爵家の娘だからだ。きっと王族でも公爵家以外の貴族でも絶対に許されない。この家だからこそ許されている。
もし私が元の私みたいに自分の家の地位に胡座をかいていたらきっと今の友人達だって本音で語ってはくれなかっただろう。それ処か近寄ってすらくれなかったかも知れない。こう言うのって実は日本の知識があったからこそなのかも。そうじゃなければ私だって今みたいになれなかった。
だけどそんな中で突然扉が開け放たれる。そこに立っていたのはマクシミリアン王子とアンジェリン姫の二人だ。彼は部屋に入ると口を開く。
「……アレクトー家の皆よ、歓談中の中失礼する。実は折り入って相談したい事があるのだ」
だけどそこで叔母様がマックスを睨んで尋ねる。だけどそれでそこまで威厳のあった態度が一瞬で崩れた。同時に上がる引き攣った様な悲鳴。
「……それで? マックス、何を話したいというのかしら?」
「……ひっ」
……今、本気で怯えてなかった? あれ、もしかして叔母様の事が怖いっていうのは嘘じゃなかった? 本気で苦手だったりする? そんな疑問が顔に出ていたのかリオンが苦笑して耳元で囁く。
「……だからあいつ、母さんの事が昔から本当に苦手なんだよ」
「……え? じゃあやっぱり、そこだけは本当だったんだ?」
「……そうだよ。だからどんなに偉そうにしても通用しないんだよね」
「……なんか今、私の中で威厳って文字が崩れた気がするわ……」
シンと静まり返った中、アンジェリン姫は怪訝な顔でマックスを見つめている。だけど王子は咳払いを一度だけして再び口を開いた。だけど皆に向かってじゃなくて王子は私をまっすぐ見つめる。
「……すまない、変な声が出てしまった。さて、今回の話だが――マリールイーゼ嬢、私もアンジェと同じくマリーと呼んで構わないだろうか?」
「……え、私? 別に構いませんけど……?」
「感謝する。さて、私もアンジェからこちらであった事を聞いた。それを二人で相談した処、ドラグナン王国は英雄家を標的に動いていると言う結論に至った。特に……マリー、君はその中でも一番若い上に女性だから最も与し易いとされた可能性が高い。恐らく英雄家の中で特に標的とされているのだろうな」
だけど王子がそう言った途端お父様やお兄様、ジョナサンとエドガーの纏っていた空気が一変する。穏やかで和んでいた気配が霧散した。そんな緊張した空気の中でお父様が静かに口を開く。
「……それで? マクシミリアン王子、何が言いたいのかね?」
「む……だ、だから……それを何とかする方策を……」
「そんな事は分かっている。これまでにルイーゼは何度も厄介な手で攻められてきた。だが話と言うからには具体的な策があるのだろうな?」
「……そ、それは……」
……あ、ダメだこれ。多分マックスは王族らしく気分を煽ろうとしたんだろうけど家族愛に溢れるうちの一族を前にそれは失策だ。特に以前アベル伯父様が言った通り、うちの家族は身内を守る為なら平気で一国を落としに掛かる――あれは多分嘘でも冗談でもない。
そこで私は両手を広げて打ち合わせた。ぱん、と言う音にその場の張り詰めた空気が和らぐ。皆の視線が向かう中、私は呆れた声をあげた。
「……あのねえ。お父様もお兄様も、ネイサンもエドももうちょっと落ち着いてよね? マックスは相談したいって言ってたでしょ? なんでそれで殺気立ってるのよ。うちには今、妊婦さんがいるんだからそう言う風になるのはダメでしょ? もうちょっと空気を読んでよね?」
「……む……すまん、ルイーゼ」
「……エマ、本当にすまなかった……」
お父様が頭を下げてジョナサンも慌ててエマさんに謝罪する。それで私は次にマクシミリアン王子の方を見た。
「それと! マックス、今のはあんたも悪いよ? お父様達は私がどんな目に遭ったか知ってるもの。それを煽るみたいに前置きだけ言って対策も話さないんだから不機嫌になって当然でしょ?」
「……す、すまなかった、マリー……」
「……ルイちゃん、すげえ……全員言いくるめてまとめた……」
なんか背後でマリエルの声が聞こえた気がするけど気にしなーい。だけどそんな私を見つめてアンジェリン姫は苦笑する。
「……ごめんなさいね、叔父上。この人もったいぶった言い方をする処があるから。注意する様言ってたんですけど――だから言った通りでしょ?」
「……いや、しかし……ここまでお怒りになると思っていなかった……」
「あのねマックス。この国は平和だけど生温くはないの。特に英雄一族は平和ボケしてる様な人達じゃないのよ。それにマリーだって本当に大変な目に遭ってきたんだから。イースラフトで一般の兵士達を煽る様なやり方をすれば酷い目に遭うってあれだけしつこく教えてあげたでしょう?」
「……うっ……本当にすまない……」
「私に謝ってどうするのよ。謝るなら叔父上達に謝りなさい」
「……セドリック殿、それに皆様も……本当に申し訳なかった。どうか許して戴きたい……」
そう言ってマックスはお父様達に頭を下げる。だけどそれを黙って見ていたお兄様が不意にアンジェリン姫に向かって尋ねた。
「――処でアンジェリン。何か対策を考えたみたいだけど一体何をしようと考えてるんだい? それにマックス――遠縁だしそう呼ばせて貰うけどマックスも何か作戦を考えたんだろう? だけど対策と言うには受け身じゃないんだろう? だから尋ねられて答えられなかったんじゃないのか?」
「……流石レオ義兄様ね。よく分かってくださっていらっしゃるわ」
「それで? 君達は一体どんな罠を仕掛けようと言うんだい?」
だけどアンジェリン姫はお兄様が口にした『罠』という言葉を聞いて心底嬉しそうに笑うと無邪気な顔で口を開いた。
「――簡単よ? 襲ってくるのなら襲い易い状況を作ってやれば良いって事でしょう? ならあのマリーアンジュとか言うふざけた偽名を名乗ったボーシャン家の娘が一番手を出したくなる様な状況をこっちで準備してやれば良いのよ」