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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
280/322

280 真実か嘘か

 世間ではマクシミリアン王子とアンジェリン姫の婚姻が噂になっていて王子も既にリオンの部屋で生活していない。今では王宮に準備された貴賓室へ移り住んでいる。私の身の回りはやっと落ち着きを取り戻して以前と同じ状況にまで戻って今日、私は授業に出ず一人自室で考え込んでいた。


 考えていたのは当然ベアトリスの件だ。こうしてみると私は驚く位彼女の事を知らない。ある程度は以前エマさん達に聞いたしクロエ様からも話して貰ったけどやってる事と周囲の印象が一致しない。妹のコレットから引き離されてこの世界に絶望とか嫌気がさした割に随分攻撃的で自分自身も今はドラグナン王国王妃にまで昇り詰めている。確かに妹が虐待されているのを見て嫌気がさしたって言うのは分からなくはない。貴族社会って下流貴族にとっては厳しい世界で例え貴族家に生まれても子供全員が幸せになれるとは限らない。だから貴族家の子供も誰もがガツガツしている。


 だけど私が標的にされる理由が分からない。確かに英雄一族の力で彼女がやろうとした事を邪魔したかも知れないけど、ここまで執拗に狙われる理由が理解出来ない。それも今ではもう彼女だって王族だ。私より遥かに高い地位と権力を持っている。なのにそれでも続ける理由は一体何?


 もしかしたら何か見落としがあるのかも知れない。そう思って考え込んでいると不意に扉がノックされる。開くとお兄様が立っていた。部屋の中に通してお茶を淹れる。お兄様は一口だけ口を付けると笑った。


「――マール、久しぶり。あれから体調は大丈夫?」

「……あ、そっか。お兄様、もう戻ってたんだっけ? あれから全部上手くいったの?」


「ああ、大丈夫。点在する集落も回ってきたから庶民もかなり死なずに済んだ筈だ。ただ、それでも死人は出てしまっている。それとどうも外部の行商人が訪れたって話もある。もしかしたら今回の伝染病は国外から持ち込まれた可能性があるとフランク先生も仰っていらっしゃったよ」

「え? でも伝染病って意図的にばら撒けないんじゃないの?」


「実はそうでもないらしい。先生が仰るには感染した患者を運搬する事で病気を運ぶ事が出来る。ルジョル病は一度感染した者は二度目は感染しないからね。だけどこの方法は本当に無差別だから狙った相手だけを感染させられないんだ。だから国力の弱体を狙ったのかも知れないね」


 だけどそう言われて私は考え込んでしまう。確かクロエ様が言っていた筈だ。ベアトリスはそう言う事はしない。特に子供を手に掛ける様な真似だけは絶対しないって。あの熱病は特に赤ん坊や幼い子供が大勢死ぬ事で有名だ。だからクロエ様も過剰な位反応していた。大人が罹っても命を落とす事が多い。感染力が異様に強くて一度持ち込まれれば大抵は空気感染で爆発的に蔓延する。今回、それほど騒ぎになっていないのはお兄様の英雄魔法「英雄殺し」改め「再生の旗手」のお陰で、その意味ではお兄様は隠れた救国の英雄だ。


「……どうしたんだい、マール? 顔色が優れない様だけど?」

「あのね……お兄様はベアトリスって人を知ってる?」


 だけど私がそう尋ねた途端お兄様の表情が曇った。俯きがちに目を伏せるとお顔に激しい後悔が浮かぶ。だけど少しするとお兄様は顔を上げる。


「……いや、直接は知らない。だけど名前は知っている。ベアトリス・ボーシャン――ボーシャン元子爵家の子だね?」

「……え、お兄様、ボーシャン家を知ってるの?」


「ああ、だけど――その前に僕はマールから話を聞かなきゃいけない。あの時マールを傷付けてしまってからちゃんと話を聞けなかった。あれから僕も怖くてマールに尋ねられなかった……マール、以前僕の元へ請願書が届いた時に一体何があったんだ? 中にはマールが英雄家と公爵家の立場を利用して生徒に無体な事をしていると書かれていた」


 最初それが何の事を言っているのか私にはすぐ分からなかった。だけどお兄様との関係が悪化した時に起きた問題だと気付いて私は思い出した。


 虚偽請願書事件――私に対する請願を生徒が王宮に出して、それがお兄様の元へ届けられて兄妹関係が壊された事件だ。あのショックで私はしばらく声が出せなくなった。あの時の事は思い出すだけで胸が痛い。だけどあの事についてお兄様とちゃんと話した事がなかった。だってあの事件があった直後、お兄様はイースラフトでアベル伯父様の元で修行という名目で流罪に近い処分を受けたからだ。


 請願書は下流貴族が上流貴族の不正を更に上位貴族へ訴える際にも利用される物だ。これは不正を行った貴族が揉み消せない様に請願者に対して様々な利益がもたらされる。金銭的な問題があれば金銭的に保証されるし待遇が良くなる事もある。密告に対して汚いと言う声は基本的に罰則対象になっているし請願者に関する情報も表に出る事はほぼ確実にない。


 それで私はあの事件の直前にあった事をお兄様に話した。お茶会講習に参加した時に私の英雄一族の魔法妨害で不正が出来なかった生徒がいた事や先輩達から咎められた事。テレーズ先生やアカデメイアからその生徒達に懲罰が科された事。その結果請願書が出されてお兄様がやってきた事。


 それを聞いたお兄様は難しい顔になって額を押さえてしまった。


「……成程、そう言う事か……実はね、僕が件のベアトリスと言う娘を知っていたのは請願書に名前があったからなんだよ」

「……うん、多分そうじゃないかとは思ってたよ」


「それに請願書に名を連ねていた者の家はいずれも褫爵(ちしゃく)処分を受けている。それとその後も追跡調査が行われた。これはマールには話さなくて良いと父上に言われていた事だけど……死亡扱いになっていた者達も生存が確認されている。殆どが既に捕縛された後だよ」

「お父様が……でもまさか、そこまで終わってると思ってなかった……」


「そりゃあそうだよ。僕はイースラフトに行っていたから父上に事情を聞かされただけなんだけどね。王宮も放置する程無能じゃない。特に父上は相当怒っていらっしゃったからね。マールが悪い事をしたのなら兎も角、自分の娘に冤罪を着せた相手を許す程父上は甘くない。まあ、それに乗せられてあんな事をしてしまった僕とは違うという事だよ」


 そう言ってお兄様は苦笑する。だけど以前みたいに自虐じゃないし沈んでいる訳でもない。きっとお兄様はお父様に対して劣等感があったんだと思う。自分の英雄魔法にも納得出来ていなくて、だから英雄一族として頑張ろうとし過ぎてあんな事になったんじゃないかな。劣等感は人を狂わせる事があるから。それは私だって心に持ってる部分だ。


「――さて、それでベアトリス……現ドラグナン王妃マリーアンジュだけど恐らくその偽名はマールとアンジェリン姫から取って付けた名前なんだと思う。どちらも王家に縁があるからハッタリに使ったんだろうね」

「でも……お兄様。それだけで王家に嫁いだり出来る物なの?」


「多分だけどね。アカデメイアで学んだ社交術を使ったんだろう。それにアンジェリン姫もいたから王家の振る舞いもすぐ分かる。それにドラグナンが欲しがる情報と一緒に自分が現王家に追われた一族出身とでも言えばあの国は喜んで乗るだろう。それが例え嘘だと分かっていてもね?」

「えー……でもそんなの、信じる価値があるかどうかなんて……」


「だから先日のアカデメイア襲撃を起こしたんじゃないかな。この学校は王国の中でも実はかなり重要な施設だ。王族やマールみたいな上流貴族の子供達もいるし国内の貴族の後継者が集まっている。卒業生なら知っている程度の事でも外部の、それも敵国が知れば悪用出来る。元は卒業生とは言え二度も侵入を許して事件を起こしている。それを見てドラグナンが使えると考えて当然だろう? 彼らに取ってそれは機密情報だからね」


 やっぱりお兄様は凄い。と言うか実際に貴族社会の中で生きてきて私より十一年も多く色々経験している。私にはまだ気付けない事もお兄様には分かるんだろう。もっと早くに相談していれば良かった。


「まあ、恐らく彼女の目的は英雄一族、アレクトー家だろう。それならドラグナンが乗る理由も分かる。あの国はうちの一族に手痛い思いをさせられ続けたからね。それにこの国もイースラフトも英雄一族に頼り過ぎている処もある。その歪な処を突こうとしていると考えるべきだね」


「……あの、お兄様」

「うん? 何だい?」


「だけど……やっぱり王家に成りすまして王族になるのは無理な気がするんだけど……ベアトリスは本当にそれだけで王妃になったんだと思う?」

「……ある程度はね。マールはまだ知らないみたいだけど、貴族って言うのはメンツや体面を重視する者だよ。だからそれらしい話と、後は態度でそれらしく見せられれば否定する事が出来なくなるんだ」


「それってどう言う事?」

「そうだね、例えば――有名な一族の名を騙れば裏を取り易い。だけど調査自体出来ない排除された王族と言えば調べられない。となれば後は如何にそれらしく振る舞えるかどうかだ。胡散臭くても実際に持っている情報が正しければそれが証明になる。そうやって権威を感じさせるんだよ」


「……えー……それってなんだかもう、血統とか意味が無くない?」


 私が呆れて思わずそうぼやくとお兄様は楽しそうに笑う。


「だからね。貴族と言うのは自分自身を威光で偉そうにするんだ。だから同じく威光を持ち出した相手に偉そうに言えない。恐らくドラグナン王国の第二王子――現国王ディミトリ王も兄弟で争った手前、余り偉そうな事は言えない筈だ。だから古くから確執のあるイースラフトや我が国を落として国民に自分が王で正しかった事にしたい。そうなると一番潰したい相手はアレクトー家……英雄一族を完封する必要があるという事だね」


「……なんか……王族とか貴族って案外胡散臭いのね……」

「勿論そうじゃないちゃんとした王家や貴族もいるけど大半は後付けで証明するしかないんだよ。それと同じでベアトリス嬢は恐らく自分が正しい証明の為にアカデメイアを襲撃して見せた。実際、その事件が起きた後に彼女は王妃として認知された筈だよ?」


「……うーん……」

「魔法阻害の力があるから僕達も英雄一族として扱われる。だけどもし他の方法で同じ事が出来れば世間の人々はきっとその人物も英雄一族だと信じてしまうだろう? 真実か嘘かなんて結果で誤魔化せる事なんだよ」


 それでもまだ納得出来ない顔の私を見て、お兄様は昔みたいに私の頭を撫でると楽しそうに笑った。


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