表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
278/336

278 王子と姫君

 エマさんの元から戻るとリオンの部屋にはリオンとマックス、それにシルヴァンとアンジェリン姫の姿があった。シルヴァンはリオンの部屋に来る事が多いからそうでもないけどお姉ちゃんが来るのは随分久しぶりだ。


「――あれ? シルヴァンにお姉ちゃん、一体どうしたの?」

「お帰り、マリー。僕は今回はおまけだよ」


「おまけ? と言う事はお姉ちゃんに何か用事があったの?」


 だけど私が尋ねてもアンジェリン姫は笑顔のまま態度を崩さない。それにまっすぐマックスを見つめている。状況が全く分からない私の元に来るとリオンは難しい顔で耳打ちしてきた。


「……どうもマックスはアンジェリン姫に求婚してたらしい。だけどその時にトラブルがあったみたいで、姉さんはずっとあの調子なんだよ……」

「……え、そうなの? そんなの私、初めて聞いたんだけど……?」


 そしてそんな私達を他所にマックスはアンジェリン姫に尋ねた。


「――アンジェリン姫。この場で応えて頂きたい。願わくば、私との婚姻を受けてくれると」


 だけどそれを聞いたお姉ちゃんは凄く嫌そうな顔に変わる。


「……あのねえ、マクシミリアン王子……貴方、婚姻の申し込みをしておいて先に打ち切ったのもそちらでしょう? それで何でまた、今度は貴方自身が赴いてそれを尋ねるの? もしかして私はバカにされてるのかしら? 喧嘩を売っていらっしゃるのなら買い占めてもよろしくてよ?」


 あちゃー。未だかつてない位にお姉ちゃんはブチギレている。そりゃあ婚姻の申し込みしてきて答える前に断られたら傷付くわ。特にお姉ちゃんの場合好きかどうかより結婚する事に夢をみてる節がある。お姉ちゃんにとって結婚は一族の増強とか発展が目的で、それに自分が貢献出来るかどうかを最重視してる処がある。これは私と会った頃から変わっていない。


 だけどそこで何故かマックスは私とリオンを見つめる。えっ、なんで今こっちを見たの? そしてため息を吐くとマックスは顔を上げた。


「……アンジェリン姫。これから表に出せぬ話をする。それを聞いた上で貴方が私と婚姻を覚悟(・・)してくれれば良いのだが」

「ええ、聞いて差し上げてもよろしくてよ? 私が納得出来るだけの答えがあるのなら受けて差し上げるのもやぶさかではないわ? だけどもし納得出来ない様な理由だったらそれこそ貴方が覚悟なさい」


 アンジェリン姫の挑戦的な微笑み。それを前に王子は切り出した。


「――姫は我が国とこの国の関係をどうお思いか?」

「……それは……同盟国、ですわね?」


「うむ。だがそれはあくまで英雄一族に依存した同盟だ。確かに我ら王家は遠い血縁と言う事になっている。だがいささか血が遠過ぎる。我らの血縁は英雄一族が存在しなければ成立しない。アレクトー家が仲立ちに立っているからこそ辛うじて成立している、そんな薄氷が如く危うい関係なのだ」

「……それが婚姻を促すのとどの様な関係が?」


「実は先日、ドラグナン王家から婚姻の打診があった。政情は第二王子が制したが妹姫を我が国に差し出すと言って来た。無論、資源の相互供与や戦闘の終了、協力も惜しまんと言う盟約付きでな?」

「……それで?」


「我が国は軍事王国だ。だが小競り合いが長く続き過ぎた。例え現英雄のアベル殿がいても精神的に疲弊している。そこで和平の為に陛下はそれを受け入れて私と婚姻させる事を考えた。例え一時的であろうと休息が必要だと。姫との婚姻話が潰されたのはそれが全ての理由であり原因だ」


「だけど……それは良いお話なのではなくて? 長きに渡る戦が一時的にでも止められるのなら飛び付くのも道理でしょう?」


 そんなアンジェリン姫の言葉にマックスは頷く。だけどすぐに顔を上げてにっこり微笑むと言った。


「成程な。通常であればそうだろう。処で姫、少し失礼な物言いをしても構わないだろうか?」

「どうぞ。それで……何かしら?」


「それでは――貴方はバカか? もし私とその妹姫が元々恋仲であれば停戦の訴えも国民に届いただろう。だが実質生贄に捧げられる様な物で何故停戦に同意出来ると思う? あの国の民草はまっすぐで実直な気質の者が多い。ならば当然妹姫を犠牲にした和平なぞ従う筈がない。非合法な武装勢力化して今度は我が国内で暴れ回るだろう。それの何処が良い話だ?」


 それを聞いてアンジェリン姫は黙り込んだ。何処となく顔色も悪い。きっとマックスが言っている事は充分想定出来る話なんだろう。


 と言うか……これ、私が聞いても良い話なの? なんか思い切り不味い気がする。だってこれ、要するに政略結婚の内幕でしょ? そんな事を知ってしまったら嫌でも逃げられなくなる。ただでさえ私はあと二年を生き延びて現状を何とかしないといけないのにそんな政治的な話に噛んでしまうとそれこそそれ処じゃなくなってしまう。


「――とまあそう言う訳だ。私はドラグナンとの婚姻を阻止したい。その為には既に婚姻が決まっていなければならん。だがその為には関係の強い相手である必要がある。現在我が国と最も強い交流があるのがこのグランドリーフ王国だ。ならばその王女と婚姻すれば他国は文句が言えん」


 それだけ言うとマックスは口を閉じた。話を聞いた限りだと凄く筋が通ってる感じはする。と言うかこれ、全部聞いた上だとジョナサンとエマさんの結婚式もリオンの婚約者の私を見たかったって言うのも実は全部ただの出汁に使われただけで最初からアンジェリン姫との婚姻をする為だけにここまで来たとしか聞こえないんだけど?


 そしてアンジェリン姫は真剣な様子で顔を上げた。


「……成程。ではそこまでするドラグナンの目的とは何です?」

「決まっている。あの国は最初からずっと英雄一族を打ち破る事しか考えていない。アレクトー家さえなければ我らの国土を奪い取れると信じているのだろうな。英雄家に依存した関係しかない我がイース・ラフティアとグランリーフェンは英雄家が無いと同盟関係を維持出来ん。アレクトー家は我らにとって最大の強みだが最大の弱点でもある、と言う事だ」


「それは……婚姻を望んだのは貴方で、イースラフト王は戦で疲弊した国を建て直す為に婚姻を白紙にしようとしたと。それで貴方は単身この国に赴いて直接私と婚姻交渉をしようとした――そう言う事ですか?」

「最初からそう言っている。ドラグナンの王となった元第二王子、ディミトリは余程有能な妻を得たらしい。今回の妹姫の婚姻話もその新しい王妃が主導となって計画した物の様だからな」


 だけどマックスの言葉を聞いて私は全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。隣にいるリオンも目を見開いている。クラリスも呆然としている。そんな中でリオンはマックス王子に向かって緊張した声を掛けた。


「――待て、マックス……その計画を立てたのは誰だと言った?」

「うむ? 確か……従姉妹殿と姫に良く似た名だったと思うが?」


「それは……『マリーアンジュ』と言う名前だったんじゃないか?」

「……ああそうだ。確かそんな名だった筈だ。しかし良く知っているな、リオン。まだ国際的には殆ど知られていない情報だったと思うが……」


 感心した顔でリオンに頷くマックス。だけど私は周囲が薄暗くなったみたいに感じていた。この処特に何も仕掛けてこないし事件らしい事件も起きてないけどベアトリスはしっかり行動していた。それも今度は隣国で同盟国のイースラフトを巻き込もうとしている。


 さっきまでは単なるお家騒動とか色恋沙汰程度の話だと思っていたけど今はもう他人事みたいに考えられない。国同士の戦争にまで影響する計略を実行しようとしている。その動機が、目的が何なのか見当もつかない。


「……うむ? どうした、マリールイーゼ嬢。それにリオンも随分と顔色が悪い。ああ、先程私が言った事を気にしているのか?」


 マックスの口調はとても明るい。だけどきっとこれも私達を安心させる為の方便だ。今はマリーアンジュと名乗っているベアトリスにどんな事をされて大変な事件が起きたかをマックスは知らない。クロエ様が言ったマリーアンジュ――ベアトリスの名を表に出さないと言う話をこの国の王様が承諾した事が裏目に出てしまっている。彼女がこの国で褫爵された貴族の娘で現在は平民としてしか扱われていない事を他国は知らないのだ。


「……何も心配せずとも良い。確かにお前達は英雄一族、アレクトー家の者だから気にしてしまうのだろうが、これらは全て我ら王族が担うべき問題だ。気に掛ける事なく平常通り過ごせば良いのだからな?」


 そう言って微笑むマックスを私は見つめる。やっぱりマックスって実は凄い王子様な気がする。そしてそんな時、アンジェリン姫の地に響く様な笑い声が聞こえてきてその場にいる全員の視線が向いた。


「――そう、そう言う事……ふふ、成程ねえ……その為に私と婚姻したいと仰るのね? そう、とても良く分かったわ……この上なく理解したわ」

「え……ちょ、お姉ちゃん?」


 アンジェリン姫は仄暗い笑みを浮かべている。流石にそれを見て不味いと思った。だって好きかどうかじゃなくて目的の為に結婚して下さいなんて言われて怒ったかと思ったし。だけど実際はそうじゃなかった。アンジェリン姫は物凄く機嫌よくマックス王子に向かって微笑んだからだ。


「――分かりました。マクシミリアン様、結婚致しましょう」

「うむ、姫なら分かってくれると思っていたぞ」


「え……ちょ、お姉ちゃん⁉︎ それで本当に良いの⁉︎」


 思わず出た私の声にマックス王子とアンジェリン姫は首を傾げる。


「うん? どうしたのマリー? 逆に何が問題だと言うの?」

「え、だって……普通、好きになってから結婚、じゃないの?」


 だけど私の疑問に王子とお姉ちゃんは本当に分からない顔になった。


「……マリー。普通、結婚するから好きになる物よ?」

「うむ。相手を好ましく思う為にはその相手を良く知らねばならん。数多くいる相手をそれぞれ見極めようとすればその間に他者と婚姻が決まってしまうではないか。ならば婚姻を決めた相手を知るだけで済む方が効率が良い」


「……え……そんな物なの……?」


 理屈は……まあ、分からない訳じゃない。確かに好きになった相手と結ばれるのって理想的だと思うけど、でも結婚するからその相手を好きになるなんて普通出来るの? だけど二人の言う理屈も分かる。確かにこれから巡り会うかも知れない相手を一人一人確認して好きかどうかを調べてから結婚だなんて腐る程時間が必要になる。


「庶民は兎も角、王族の婚姻なんて普通はそうよ? 数多くいる相手を好きかどうか判断してると婚姻出来ないもの。それなら決め打ちして一人を婚姻相手に選んだ後で知って好きになる方が早いわ?」

「うむ、そうだな。それに下手に大勢の異性を知ってから相手を決めようとすれば必ず難渋する。それならば一人だけを知って好意を抱く方が余程建設的だぞ? それ以外の異性をいちいち考える必要も無いからな?」


 ……あ、あれ? 確かに理屈の上では凄く分かるんだけど、でもそれって自由恋愛とかそう言うのとはちょっと違う気がする。だけどリオンもクラリスも凄く不思議そうな目で私を見ている。と言うか……ここでは私の考え方が特殊なのか! そう言えば前にもこんな話があった気がする。


「まあ……あれだよ、リゼ。結婚を考える前に好きになった相手と結ばれるのは理想的だけど王族はそう言う機会自体がないからさ。勿論貴族にはそう言う恋愛から結婚する人もいるよ。だけど大抵は子供の頃に親が結婚相手を決めて会わせてるからね。ヒューゴとセシリアもそうだし。まあ、バスティアンとルーシーの場合はちょっと違うけどね?」

「……あ、そ、そうなのね……ごめん、私が変な事言ったっぽい……?」


 いやまあ分かるんだけどさ。そりゃあ小さい頃から顔を会わせてる相手の方がいきなり会った相手より好意を抱き易いとは思うけど。でもそう考えると親の思惑で好きになる相手を選べるって事だし。だけど本人は好きだと思ってる訳だから……これって何も問題が……無い? うんごめん、正直もう良く分かんないや。本人同士がそれで良いなら何も言えないし。


 そしてそんな風に私が無理やり納得している傍でマックスとお姉ちゃんはいきなり具体的な相談をし始める。


「……でもマックス、それなら先に寝た方が良いのではなくて? 婚約を破棄させる位にお父上はドラグナンとの婚姻話を魅力的だと思っているのでしょう? それならもう関係を持っていれば否定出来ない筈よ?」

「むう、そうなるのか。しかし確かに姫の言う通りだな。既にやる事をやって子が出来ている方が陛下も否定出来ぬだろうしな」


「ジョナサン達の結婚式に参列して、そこで実際に私と会って意気投合した上でちょっと良い雰囲気になってしてしまった、とするのはどう?」

「ふむ、それは妙案かもしれんな。しかし姫は私とそう言う事に至っても構わぬとお思いか? まだ殆どお互いに何も知らぬだろう?」


「構わないわ。さっきの話を聞いて貴方に関心を持ったし。それにドラグナンの新王妃を出し抜いてやれるなんて最高だわ。何より貴方と結ばれる事で同盟が強固になるのだから必須よ? 英雄家が間に入らなくても関係を強化出来るし、私にしか出来ないと言う部分に感動すら覚えているわ」


 あの……なんかこんなに本人達が前のめりな政略結婚って私、今までに聞いた事がないんだけど。普通、政略結婚って嫌でさせられる物であって自分達から進んで相談して決める事じゃないでしょ? と言うか思い切り際どい事を具体的に相談してるのってどうなの? 


「……えと、二人とも……本当にそれでいいの?」


 私が辛うじてそう尋ねるとアンジェリン姫とマックス王子は、


「当然でしょ、マリー? これ以上ない理想的な婚姻話よ?」

「うむ。姫は中々切れる方の様だしな。これは頼もしい限りだ」


「……まあ、マリー。姉上は元々こう言う性格だよ……?」


 機嫌良くそう答えると二人は更に相談を続ける。絶句する私を見てシルヴァンは少し慰めるみたいに呟いて、私はただ項垂れるしかなかった。


 ……世の中、まだまだ私が知らない事で一杯だあ……王族怖い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ