272 悪役令嬢叔母さん
マリエルから尋ねられて、エマさんの結婚式をいつやるのかを聞く為に私が叔母様の元を訪ねた時の事だ。あれからお兄様とも叔母様とも会ってないし今一体どうなっているのかも聞けるから一石二鳥だ。リオンには叔母様とお兄様の英雄魔法について秘密だから一緒に来ていない。以前と同じでクラリスと二人だ。だけど部屋に入るとそこには叔母様だけじゃなくてジョナサンとエマさんの二人がいた。
二人共物凄く叱られた後みたいにしょげている。特にエマさんの落ち込み様は酷い。一体何事かと思ったけど聞くのも憚られる状況だ。それで黙っていると叔母様は部屋を訪れた私とクラリスを見てため息を吐いた。
「……ルイーゼ、それにクラリスちゃん……ちょっと待ってくれる?」
「え……はい、でも何かあったんですか?」
「少しね。ああ、クラリスちゃんは魔眼を使わない様に」
「……あ、はい。分かりました」
「折角来てくれて申し訳ないんだけど、二人共ちょっとそこのテーブルに腰掛けて少し待っていて頂戴な」
なんか叔母様の機嫌がすこぶる悪い。いや、機嫌が悪いと言うよりもどちらかと言えば頭を抱えているみたいにも見える。それで私とクラリスが黙って座っていると扉が開いてフランク先生が入ってくる。
「え……お爺ちゃん?」
「ああ、クラリスかい? どうしてここに?」
「あ、ええと……エマさんのお式の日取りを聞きに……」
「……そうか」
だけどフランク先生がここにいると言う事はお兄様も戻ってきていると言う事だ。それで私も先生に尋ねた。
「あの、フランク先生? お兄様は?」
「うん? ああ、お嬢様。レオボルト様も先程一緒に戻っておりますから大丈夫です。今は戻った報告をしに騎士団の詰め所に向かわれておりますから、そちらが済めばこちらにいらっしゃる筈ですよ?」
そう言われてちょっと驚いた。と言う事は本当にさっき戻ってきたばかりと言う事だ。何て言うかタイミングが良過ぎる気もするけど。
「それで先生、もう全部終わったんですか?」
「ええ、滞りなく。クローディア様から緊急で連絡が届いたので明日戻る予定だったのを急遽今日戻る事になったのですよ」
そう言ってフランク先生は苦笑してジョナサンとエマさんの二人を見つめる。叔母様はさっきまでと違って物凄く申し訳なさそうだ。それで見ているとフランク先生はエマさんの方を向いた。
「……では早速診察を致しましょうか?」
「……はい……先生、お願いします……」
「大丈夫ですよ。少し抵抗があると思いますがご安心下さい」
「……はい……」
そう言うと先生に手を引かれてエマさんは隣の部屋に行ってしまう。でも顔色も良く無いし何処か辛そうだ。もしかして何か病気になったんだろうかと心配していると叔母様はジョナサンを睨んだ。
「……それでネイサン、事に及んだのは? もしかしてあの時、二、三日一緒にさせた時?」
「ああ母さん、その通りだ。その……つい、盛り上がってしまって……」
「ネイサン。私はそう言う事をするなと言ってる訳じゃない。ただ、時と場所をわきまえなさいと言ってるのよ。結果如何によっては来年まで移動出来ないじゃないの。あんた、陛下に何と言って謝るつもりなの?」
「……う……そ、それは……その……」
「それにアーサーだって待ってるのよ? 父親に挨拶する前にこんな事をして恥ずかしいと思わないの? それにエマのご両親にだって一体何と言い訳するつもり? まあ、喜ばれるかも知れないけどさ?」
「……め、面目無い……」
「あんたの面目なんて知った事じゃないのよ。大体あんたはいつも――」
そして叔母様はジョナサンに文句を続ける。いつもの叔母様らしからぬ態度でちょっと反応出来ない。だけどそうしてしばらくして隣の部屋からフランク先生とエマさんが出て来て、先生の一言が室内に響いた。
「――おめでとうございます。ご懐妊です」
……は? ゴカイニン……って、ご懐妊? 誰が? え、エマさんなんでちょっと恥ずかしそうなの? 一瞬で頭の中が真っ白になる。やり取りを聞いていて何となくその可能性もあるとは知っていたけど身近な知人がそうなったって言うのは思いの外衝撃的過ぎて頭がついてこない。いつの間にか私は立ち上がって椅子に座るジョナサンの胸ぐらを掴んでいた。
「……おう、ジョナサン。あんた、結婚前のエマさんに一体何て事をしてくれちゃってんのよ?」
「な……な、ルイーゼ……?」
だけどそんな処で叔母様がため息を吐いて私に声を掛ける。
「あー……ルイーゼ。エマはもううちの身内なのよ」
「そんなの、まだお式だって挙げてないじゃない!」
「あのねえ。そもそも私とジョナサンはエマのご両親にもうご挨拶が終わってるの。だから私もずっとここにいるんでしょうが」
「……で、でも!」
「それに隣国の英雄家に嫁ぐ訳だからこの国にも移籍申請はとっくの昔に終わってるのよ。実質エマはもう私の義娘だから花嫁修行だって色々してたでしょう? だけどまあ、今回の事は私が二人を引き離してた所為でもあるからちょっと叱りにくくはあるんだけど……」
だけど叔母様がそう言うとジョナサンは立ち上がって私に近付く。そして私の前にしゃがんで頭を下げた。突然そんな事をされて私も理解出来ずにいるとジョナサンは苦笑する。
「……ルイーゼ。お前のお陰で俺はエマを失う恐怖を知った。あの時お前がエマを救ってくれたから強く思う様になった。まあそれで抑えが利かなくなってこうなってしまったが俺は後悔していない……ダメだろうか?」
「……え……その……」
そんな風に言われると何も言えなくなってしまう。エマさんを見ると彼女も少し嬉しそうに私を見つめる。私はエマさんに幸せになって欲しいと思っているだけで二人が結婚する事にも反対してる訳じゃない。そしてそんな私に向かって叔母様は穏やかに笑った。
「……ルイーゼ。もし襲撃事件が無ければ今頃二人はイースラフトで祝言を挙げていた筈よ? そうなっていれば今と同じ状況になっていたんじゃないかしら。まあ……イースラフトに行って陛下にちゃんとご報告する前にこうなって予定が狂ったから困っているだけで私も別に怒ってないわ」
そう言われてどうこう言う権利は私にはない。それに二人は私にとってどちらも身内みたいな存在だ。ジョナサンは親戚のお兄ちゃんでエマさんはアカデメイアの仲良しの先輩。どちらにとっても私は小姑みたいな存在でこれ以上私が文句を言っても二人が悲しくなるだけだ。
それにまあ少し冷静になると……そんな二人がそう言う関係になってるのがショックだっただけで結婚すれば当然の事だ。流石にそれで拒絶反応を示す程私も無知な子供じゃない。ただよく知っている親しい人同士が赤ちゃんが出来る様な事をしてた事に頭が追いついてくれない。
「……あの、ジョナサン、エマさん……おめでとう」
「……ルイちゃん……ありがとう……」
「……ルイーゼ、有難うな」
「でも、私もその、よく知ってる二人がそう言う関係になってた事にまだちょっと頭がついてこないだけだから……飲み込めるまで時間を頂戴」
私が辛うじてそう言うと二人は顔を真っ赤にして俯いてしまう。いやだってよく知ってる二人が赤ちゃん作る様な事をしてたんだよ? そう言われてもすぐに飲み込める筈がないじゃん! 勿論そう言う事になるとは分かっていたけど思っていたより早過ぎて気持ちが追いついてこない。
「――まあ兎も角。どちらにせよ子供が産まれるまでは馬車旅なんて無理ですからね。それに手続き自体はもう終わっているから問題ないけど結婚式をしないまま子供が産まれても世間体が悪いし私生児扱いする貴族もいますから早めに式だけはやっちゃいましょう。ルイーゼ、クラリスちゃんにも手伝って貰いますから二人共お願いね?」
そう言われて私とクラリスは黙って頷いた。
だけどまさかこんな事になるだなんて本当に予想してなかった。それに赤ちゃんが生まれたら私もう叔母さんじゃん。嫌でも時間の流れとか人の歴史みたいなものを感じてしまう。私自身あと二年で卒業だけどそれまで生きていられるか分からない。甥か姪が産まれても大きくなるまで一緒にいられないかも知れない。
だけどそう考えた途端にふとマリエルの家族やエリーゼ叔母様の事が脳裏を過ぎる。もし私が死ねば残された人達に傷跡は残ってしまう。そんな事だけは絶対に避けなきゃいけない。
何だか変な感じだけど、そんな風に私は決意を固めるのだった。