268 英雄一族の法則
庭園であの時、上から植木鉢が幾つか私とリオンの上に落ちてきていたらしい。それに気付いたマリエルがあのフレシェットっていう軍用の魔力技で撃ち落として助けてくれたそうだ。だけどその時点での私はリオンが言う『不味い事』をきちんと理解出来てなかった。
だけどその日の内に王宮のお父様から連絡が来た。王宮に出向く必要があるのかと思ったらお父様の方からやってきて、それで今回の事がどれだけ大変な話なのかを思い知る事になった。
「――ルイーゼ。ちょっと聞きたい事があるんだけど?」
「ええと……お父様、一体どうしたの?」
何だか尋ね方が妙に優しげで怖い。それで恐る恐る尋ねるとお父様は物凄く戸惑った様子で私に尋ねた。
「……いや、その……今日、義兄上――陛下から突然言われて私もまだ話を把握しきれていないんだけれど、ええと……イースラフトと我が国のアレクトー家以外の遠い親戚が現れた、といきなり言われたんだが……?」
「……え……そうなの?」
「うむ。正直訳が分からん。アレクトー家はイースラフトと我が家の二家しかいない筈なんだよ。元々先先代までは子供を複数作るのは女の子が生まれた時だけで、最初に男の子が産まれると作らないのが慣習みたいになっていたんだ。だからお父様にも兄弟姉妹はいない。実質私達の世代から子供の制限を失くしたからね」
「え、そんな決まりがあったんだ?」
「そりゃあそうだよ。一族に生まれ付いただけでとんでもない英雄魔法が使えてしまうんだからね? 本来ならイースラフトのアレクトー家が唯一の英雄一族だったんだが分家して二家になった経緯があるんだよ」
あー……そうかあ……それでリオンはあの時、厄介な事になったって言ったんだ。だってあの時マリエルって私とリオンの遠い親戚みたいな事を詰め寄ってきた生徒や騎士達の前で言ったもんね。うちもリオンも兄弟がいるから余り重要だと思ってなかったけど落ち着いて考えてみれば物凄く厄介で面倒な話だ。
英雄一族であるアレクトー家で子供が増えると自然とその末裔達が増える事になる。つまり英雄魔法が使える子孫も増える。当然子供が成長すれば結婚して更にその子供達が産まれる。例えばエマさんがジョナサンと結婚して子供が産まれればその子は英雄一族だけど私と婚約してるリオンの間にもし子供が産まれてもやっぱり英雄一族だ。これは英雄一族とそうでない人が結婚して産まれた子供も英雄一族になる無限連鎖講その物だ。
「……え、お父様? その理屈だとお兄様や私が結婚してもし子供が産まれたりすればそれだけで英雄一族が無限に増えていく事にならない?」
流石に世界中が英雄一族だらけになるとか恐怖でしかない。だけど私がそう尋ねるとお父様は首を横に振って苦笑した。
「いや、そうはならないんだ。と言うのも王族と英雄一族が結ばれないと基本的に英雄一族の子供が産まれないんだよ。勿論産まれる場合もあるが大抵は英雄魔法が使えない。これはご先祖様が決めた法則だそうだ」
「……えー⁉︎ ほ、法則⁉︎ って……うちの初代様って法則にまで干渉出来るの⁉︎ 何それ、そんなのもう神様みたいな物じゃない!」
「あー……そうか、ルイーゼには話してなかったね。私達のご先祖は魔王と呼ばれる存在だったんだよ。それがイースラフトの姫君と結ばれて私達英雄一族になった。勿論魔王と言うのは魔法の深淵に到達したと言う比喩であって実際の魔王ではない言うのが定説なのだけどね?」
……お父様ごめんなさい。それ、とっくに知ってました。と言うかその上実は実際の魔王だったって話も王家には伝わってるみたいです。以前に確かアンジェリン姫がそう言ってたから多分ほぼ確定だと思う。そりゃあそんな法則まで作れる魔王の末裔なら王家だって手放したくないだろう。
だけどそう考えると今度は別の疑問が浮かんでくる。もし英雄一族の末裔同士が結ばれたりしたら一体どうなるの? 例えばもし私とリオンが将来結婚したとして、産まれる子供って英雄一族になるの?
「……どうだろうね。はっきりした事は言えないが……二人共英雄一族の血を受け継いでいるが王家の血も受け継いでいる。だから普通に英雄一族として産まれるんじゃないか、とは思うんだが……まさか、リオンとそう言う事をもうしてるとか言うんじゃないだろうな⁉︎」
「……お父様。一つだけ申し上げると、子供にそう言う事を尋ねる父親は娘に嫌われて当然だと分かってらっしゃる? 当然そう言う事はありませんけど、お父様は私から避けられたいのかしら?」
「うっ……す、すまん……まあ、言葉のあや、と言う奴だよ……」
突然言葉遣いが変わった私にお父様は慌てて口を閉じる。だけどまさかそんな事があるだなんて思ってもなかった。大体私は生き延びられるかどうか自体まだ分からない段階だし。そりゃあ生き延びられたらリオンと結婚する事にはなるだろうけどまだまだ考えられる段階じゃない。
だけど……そう言う意味では話が逸れて良かった。リオンからはマリエルに関しては一切知らない事にする様に言われてるから何を尋ねられても知らないと答えるしかない。だけど私が言った事が余程堪えたのかお父様はそれ以上『遠い親戚』について尋ねなかった。多分私の反応を見て全く知らないと思ったんだろう。その代わりに愚痴をこぼし始める。
「……いやもう、私も全く知らなかったから突然義兄上からそんな事を尋ねられて慌てふためいたよ。そんな話聞いた事もないしね。アカデメイアに常駐する騎士団から話が上がって来たらしい。本当はレオボルトを問い詰めようと思っていたんだがいなくてね。それで仕方なくルイーゼから話を聞ければと思ったんだ……」
お父様、本当にごめんなさい。なんかもうお父様に話せない秘密がどんどん生えてきてるよ。マリエルが主人公って事はお母様にはお話したけどマリエルの特殊能力については一切話してない。それはマリエルの事情で私が勝手に話せる事じゃない。それに叔母様やレオボルトお兄様の件でも秘密にしなきゃいけないし、私を中心に秘密が集まってる気がする。
「さて、それじゃあこの後はクローディアやジョナサン達にも会って話を聞いてみるよ――そう言えばリオンは今、いないのかな?」
「うん。何処にいくかも聞いてないよ」
「そうか……それとルイーゼ、頼むからお父様の事を嫌いにならないでおくれ。娘に嫌われるのだけは絶対に避けたいからね?」
そう言って笑顔でお父様は部屋を出て行った。だけど……何だろう、お父様が変に優し過ぎる気がする。いつもなら割と厳しい言い方をするのに今回は妙に私の機嫌を取っていたみたいな感じだ。
それでしばらくしてクラリスが帰ってくる。それでお父様について相談してみるとクラリスは笑いながら答えた。
「――あー、それって多分、この前の事があったからですね」
「ん? この前の事?」
「ほら、お姉ちゃんは叔母様にちゃんと報告してるのに叔父様は仕事にかまけて全然叔母様からお話を聞いてなかったっていう、アレですよ」
「……あー! お父様、まだ気にしてたんだ?」
「そりゃそうですよ。だってあの時の叔父様、お姉ちゃんを叱る気満々でしたからね。顔を合わせるのも気不味かったんじゃないですか?」
「なるほどねー。そっか、それで嫌わないでくれって言ったのかあ」
それでやっと納得出来た私は、お父様の話を聞いて分かったマリエルの存在に関して気をつけなきゃいけない事をクラリスに話したのだった。