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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
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267 庭園での事故

 あれからマリエルは随分大人しくなった。私が言った通り口数が減って普段の時よりも余り喋らなくなった。いつもの姿になっても必要以上にお喋りじゃなくなって少し心配したけどリオン曰く『あれが本来のマリエルみたいだ』と言われて私は妙に納得していた。


 考えてみたら元々マリエルは初めて会った時はそこまで口数も多くなかったし、もしかしたら少しはしゃいでるみたいな話し方は何かを隠そうとしているのかも知れない。基本的にマリエルは素直で明るい女の子だけど決して騒がしい子じゃない。グレフォールの街で私が溺れた時だって彼女は物凄い勢いで海に飛び込んで助けてくれたと聞いている。


 一度だけコレットに聞いた事がある。マリエルは私をまるで歳下の妹みたいに扱う事が多いけど私がいない処ではどうなのか知りたかったから。


『――マリー様の前じゃ必要以上に明るいですけどマリエルさんって普段は凄く大人しくてとっても真面目なんですよね。ただ、誰かが傷付く事に凄く敏感でそう言う時だけは感情的になるんです。南西部地方の方言が出る時って大抵感情的な時ですし……だけど本当にとても良い人ですよ?』


 だけど……分かる気がする。理由こそ違うけど私だって自分が死ぬ事を考えてしまうと煮詰まって頭がおかしくなりそうになる。だから普段はなるべく考えない様にしてる。医者に死期を宣告されてる様な物だ。


 私とマリエルは似ている。少し違うけど似ている。お互いに本音を隠して仲の良い友人みたいな付き合いをしている。だって私もそうして欲しいと思うから。バカみたいな話をして笑い合ってる方が気楽だから。


 あれから少しして私はリオンと一緒に庭園を散歩していた。私は隙あらば部屋に閉じこもろうとするからそんな私を表に連れ出そうと画策したらしい。最近はリオンと二人になる事も少なくてクラリスも変に気を利かせたみたいだ。だけどそんな処で事件は起こった。



「――リゼ、ここってベンチとか無いんだね?」

「まあ庭園だし散歩が多いからね。憩いの場とはちょっと違うんだよ」


 この庭園は以前タニア・ルボーが現れた場所だ。閑静な場所で普段は人がいないけど時間によって散歩する人が結構いるらしい。今は丁度その時間らしく私達以外にも散歩している生徒の姿が見える。カップルらしい姿があるけどそれだけじゃない。流石に男子同士はいなくても女子達が数人いる。それに以前タニアが現れた事もあってか駐在騎士の姿も見える。


 そんな中を歩いていると良さげな樹があるのを見つける。木陰は涼しそうだしちょっと休憩に使えそうだ。少し向こうには校舎の建物があって風が横向きに流れている。それで私が指を指すとリオンは首を竦めた。彼は上着を脱ぐとそのまま樹の下に生える草の上に敷く。


「……ほら、お姫様。この上に座ればいいよ」

「ありがと。だけど前も聞いた気がするけど男子って皆、上着を敷いて女の子に座らせたりするの?」


「そりゃまあここの制服は軍用と同じで防水性があるからね。それに女子はスカートだからさ。直接地面に座らせる訳にもいかないだろ?」

「ふぅん……でも普通はハンカチとか使うんじゃないの?」


「あのさ……ハンカチじゃ地面が濡れてたら意味ないだろ? 土や草って意外と湿気が高かったりするからさ。一応そう言う作法って男子の授業で普通にやってるんだよ。女性の腰を冷やさない様に、とかね?」


 そう言えば男女分かれる授業があるけど男子側ってそんな授業をしてるんだ? 入学してからリオンが色々気配り出来る様になったのってもしかしてその授業のお陰? 昔はそう言う事に無頓着だった気がするけど授業を受けてこんな風に出来るのならアカデメイアの授業も役立つ気がする。


 女子制服の上着って男子の物と意匠は似てるけど布の質とかが全然違うのはきっと地面に敷く事がないからだ。男子用と違って女子用は防水効果なんて無いし基本的にドレスの上に羽織る温度調節用だ。男子は上着を脱ぐのをよく見掛けるけど女子は原則上着を人前で脱ぐ事がない。どちらも肋骨の下辺りの短い裾でかなり体型がシャープに見えるデザインだ。


 だけど私がぼんやり庭園にいる人達を眺めている隣でリオンは妙にそわそわして周囲を頻繁に確認している。流石に常駐騎士団もいるし下手な事なんて起きないと思うんだけどリオンはいつもと違って落ち着きがない。


 そしてしばらくすると少し遠くを見てリオンはがっくりと項垂れた。


「……くそ、もう気付かれたのか……早過ぎるだろ……」

「……ん? あー……マリエル?」


「……なんかマリエルってすぐにリゼを見つけるんだよな……」

「あ、あははは……まあ、それはね……」


 リオンは男装したマリエルを余り私に近付けたくないらしい。女子の格好をしている時はそうでもないけど男装していると嫌がる。どうも一緒にいると男子の間で良く思われないのが原因らしい。そう言えば今まで色々あったけど女子には嫌われても男子にはあんまり嫌われてないんだよね。


 庭園の入り口からマリエルは歩きながら手を振っている。それで私も手を振り返していると不意にマリエルの視線が上の方を向いた。その途端こちらに向かって凄い勢いで駆け出す。一体何なのかと思っていると彼女は大きな声を上げる。


「――ルイちゃん! 危ない、避けて――リオン、上!」

「ん? 何、どうし――」


 だけど私にはマリエルが何を言おうとしているのか分からない。それで首を傾げると離れた処でマリエルは左腕を横に払って突き出す。その姿勢は以前何処かで見た気がする。そして彼女はよく響く声で怒鳴った。


「――フレシェット!」


 その瞬間マリエルの左手から幾条もの光が迸る。それはまるで空中で絡まり合う様に幾つもの軌跡を描く。何と言うか追尾レーザーとかマルチレーザーって言うの? そう言う感じの光条が空中を飛び交ってまるで花火を見てるみたいだ。いやまあこの世界には花火なんてないんだけどね?


 でも空を彩る綺麗な光を見ていると隣にいたリオンが突然私の上に覆い被さってくる。そのまま声を上げる暇もないまま彼は私の肩と両膝を抱えて一足飛びに木陰から飛び出した。一体何が起きたのか分からず目を瞑っていると身体が止まった感覚に目を開く。


「マリエ――マリオ!」


 リオンがさっきまでマリエルのいた方を見て怒鳴る。だけどそこにはもうマリエルの姿がない。そこでリオンの視線がさっき私達が座っていた上の方を見るとマリエルは既に空中に身を踊らせている。四階まで一息で飛び上がって校舎のベランダに取り付いていた。


 周囲にいた生徒達や常駐騎士団の面々がザワザワとし始める。そんな中で男装したマリエルはベランダから直接飛び降りるとリオンの上着を拾ってそのまま私達の方に軽く駆け寄ってくる。


「――どうだった、マリエル?」

「うん、どうやら狙った訳じゃないみたい。他にも植木鉢を縁に並べてたから。どうやら陽に当ててやろうとして不注意で落としたみたいだよ」


「それで……相手の学年とクラス、名前は?」

「花の世話をしてたのは二人共女生徒だった。校内で何度か見掛けた事があるから正規の生徒だね。名前もちゃんと聞いてきたから大丈夫」


 と言うか二人が一体何の話をしているのか分からない。だけど二人共、物凄く真剣な顔だ。それでキョトンとしたまま声も出せずにいるとリオンが呆れたみたいにマリエルに尋ねた。


「それで――さっきのは何だよ。確か『フレシェット』って魔力を打ち出す軍用技だよな? なんであんな派手になってるんだよ……」

「あー、あれからもっと練習したんだよ。レイモンド君に色々教えて貰ったの。元々フレシェットって複数の魔力を撃ち出す技だって聞いて――」


 だけどそんな処に突然周囲から拍手喝采が鳴り響く。それで顔を向けるとさっきまで庭園にいた生徒達や常駐の騎士団が少し興奮した様子で駆け寄ってくる。そのまま男装したマリエルを囲むと称賛し始めた。


「――す、凄いよ! マリオ君、今のは何⁉︎ もしかして魔法⁉︎」

「いや、でもアレクトー家の人達がいるし魔法は使えないでしょ!」


「え……あ、そっか! でも、じゃあさっきのは一体……?」

「……マリオ君って、一体何者なの⁉︎」


 生徒達はそう尋ねると全員黙ってマリエルを見つめる。それで顔を少し引き攣らせながら男装した彼女は頭を掻きながら答えた。


「え……ええと、わた――僕はその……二人の遠い親戚、みたいな?」


 だけどそれを聞いて集まった人達からどよめきがあがる。それを見ながら私を抱き抱えたままのリオンが小さく舌打ちする声が聞こえる。


「……くそ、まずい事になった……これはかなり面倒だぞ……」


 そんな言葉の意味が私には分からない。と言うか何が起きたのかも全然把握出来ていなかった。さっきまで座っていた辺りには砕けた茶色い焼き物の破片と土、それに地面に投げ捨てられた植物だけが残っていた。


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