263 結婚とお嫁さんとドレス
クロエ様と話し終えて向かった子供部屋の中は静かな物だった。何より珍しかったのがアランはクラリスと談笑していた事だ。前はリオンと一緒だったけど今日はクラリスと楽しそうに話している。そしてマリエは裁縫をしているコレットの手元を興味津々で見ている。どうやら人形の衣装を作っているらしい。そして一番意外だったのはクレリアだった。
「――えー、お姉ちゃんのお友達じゃないの?」
「そうよ! ルイちゃんは私のお嫁さんなのよ!」
「えー……だってマリエルお姉ちゃん、女の人でしょ?」
「細かい事は置いといて、リオン君と結婚するまでは私の嫁なの!」
付いて来たもう一人――マリエルがクレリアにとんでもない事を教えているのを見て私は思わず声をあげた。
「……マリエルあんた、クレリアに……小さい子に何教えてんのよ!」
「あ、おかえりルイちゃん! クロエさんのお話、終わったん?」
「んなこたァどーでもいいんだよ。と言うか何だよ『私が嫁』って!」
「えー、だってルイちゃん私の嫁でしょ?」
「……ピュアっピュアなヒロインスマイルで当然みたいに言うな」
「いやーだってほら。ルイちゃんお料理出来るし美味しいし。コレットがこの前ダンス教室の時すっごい褒めてたんだよね。人望もあるしダンスも教えるの上手いしリオン君と結婚したら凄いお嫁さんになるって。それでそれなら結婚するまでは私のお嫁さんって事にしとこうって思ったの」
……結婚するまでお嫁さんって何だよ。余りにも滅茶苦茶な話過ぎて絶句しているとクレリアが私にとことこと近付いてくる。
「ねえ、マールお姉ちゃん!」
「うん、なあにクレリア――って私の呼び方変わってない?」
「えっとね、お姉ちゃんのお兄ちゃんの叔父ちゃんがお姉ちゃんをマールって呼んでたから私もお姉ちゃんのお兄ちゃんの叔父ちゃんと同じお名前で呼ぼうと思ったの。なんだか特別なお名前っぽいし。ダメ?」
ああうん、何処までが主語か分からない子供らしい返事に私は一瞬どう答えて良いのか分からなかった。だけど最初に理解出来たのはレオボルトお兄様は叔父さん扱いされてるって事だ。
あー……でもそっか。レオボルトお兄様、私より十一歳年上の二十七歳だもんなあ。そりゃあ三歳のクレリアから見れば叔父さんかあ。お兄様は結構若作りって言うか幼く見えるからパッと見ても実年齢が凄く分かり難いんだけど私がアカデメイアを卒業出来たらお兄様、三十代かあ。
でもお兄様から見てクローディア叔母様って十二歳年上で冷静に考えると私からみたお兄様みたいな感じなんだよね。感覚としては歳のちょっと離れた親戚のお姉さんみたいな感じなんだろうか。だけど考えてみるとうちのアレクトー一族って全員が結構若作りだ。
叔母様だってもう三十九歳なのにそこまで老けて見えない。お父様なんてもう五十一歳だよ? でもとても中年男性には見えないし体力だって物凄くある。確か王様はお父様より二歳年上の五十三歳だけどお父様よりも老けて見える。もしかして英雄一族って全体的に若く見える? と言う事は私が幼く見えるのってひょっとして英雄一族の血の所為もある?
そんな年齢による感覚の違いをぼんやり考えていると私にくっついたクレリアが見上げて一生懸命な顔で言い出した。
「ねえ、マールお姉ちゃん。私、マールお姉ちゃんをお嫁さんにする!」
「……え」
「お姉ちゃんお料理上手いし、私のお嫁さんになるの、ダメ?」
「え……クレリアちょっと待って? 私がお嫁さんなの?」
「うん! マールお姉ちゃんがお嫁さん!」
あっれおっかしーなー。普通小さい女の子が言うのって自分がお嫁さんになるって感じじゃないの? まあ男女の違いって自覚は七歳位まで殆ど無いって言うしどっちでも良いんだけど普通は歳上の私がお婿さんでまだ三歳のクレリアはお嫁さんになる、って言う物じゃないの?
だけどそんな処に今度はクラリスがやってくる。そのすぐ後ろにはアランがいて目をキラキラさせている。
「――あの、ルイーゼお姉ちゃん、助けてください……」
「え? え、どしたのクラリス?」
「それが……アランが英雄になりたいって、聞いてくれません……」
「え、英雄? え、だって……アラン、どうして英雄になりたいの?」
私が尋ねるとアランは目をキラキラ輝かせたまま元気よく答える。
「僕、レオ叔父さんみたいになりたい! 剣とか見せてくれたしレオ叔父さんって騎士で英雄なんでしょ? 母様がそう言ってた!」
「えっとアラン、前はリオンみたいになりたいって言ってなかった?」
「だってリオン兄ちゃん剣持ってなかったもん!」
いやあリオンは剣持ってるんだけどアランと会う時って帯剣してない事が多いし。でも子供って分かり易いなあ。お兄様は護衛役で来てた筈だし実際騎士だから帯剣してた筈だ。それに五歳の男の子が剣に興味を持って見せて欲しいと言ったらお兄様の性格だと優しく見せてあげると思う。
「……僕、英雄になれないの?」
私が答えずにいるとアランが今にも泣きそうに変わる。それで私は取り敢えずにっこり笑ってから答えた。
「ええとねアラン。英雄になる前に先ず騎士にならなきゃね? 英雄ってそんな騎士の中で強くなって凄い人になればなれるよ?」
だけどそう言うとアランは物凄く不満そうに呟く。
「えー……じゃあ僕、英雄一族にはなれないの? だってリオン兄ちゃんも英雄一族なんでしょ? 僕も英雄一族になりたい!」
そう来たかー。多分クロエ様がそう言ったんだろうなあ。いや、一族になる方法もない訳じゃないけど別に一族の人間だから強いって事じゃないんだけどなあ。でも多分アランは『一族』の意味が分かってない。だけどそんな私を見てクラリスが余計な一言を呟いた。
「……あ、そっか。お姉ちゃんがリオンお兄ちゃんと結婚して、女の子が産まれたら、アランがお嫁さんにすれば英雄一族になれますもんね……」
「ちょ! クラリス⁉︎」
「……あっ」
だけどもう遅い。アランはそれを聞いて私の袖を掴んだ。
「お姉ちゃん、すぐにリオン兄ちゃんと結婚して! それで僕のお嫁さんになる女の子を産んで!」
だけど更にそれを聞いてクレリアがもう片方の袖を引っ張り始める。
「ダメ! その前に私のお嫁さんになるの! おーよーめーさーんー!」
えーちょっと待って? 私ちっちゃい子に大人気? だけどなんか人気になる理由がすっごい嫌なんだけど? だけどそうしてアワアワしていると今度はコレットと一緒にいたマリエが私のお腹に飛びついてくる。手に人形を掴んでいて真新しいドレスが着せてある。どうやらコレットに作って貰ったみたいだ。
「んじゃあ私がお姉ちゃんのドレスを作ってあげる!」
「えっ? ま、マリエまで?」
「私、コレットお姉ちゃんに教えてもらうの! おはりこ? なんかそういうの出来るようになるの!」
そう言うと三人は一瞬止まって一層激しく私を揺さぶり始めた。
「あーかーちゃーんー!」
「おーよーめーさーんー!」
「どーれーすー!」
ちっちゃい子に懐かれるのはそれはそれで嬉しい気もするんだけど懐かれる理由がなんかヤダ……。マリエが一番マシな気がするけどお兄ちゃんとお姉ちゃんが私の取り合いみたいになって一緒になって楽しそうに私の腰を揺さぶっている。ある意味天国の様な地獄である。
クラリスもコレットも困った様に笑うだけで全然私を助けてくれようとしない。と言うか私、こんな揺すぶられて平気な程体力がない。それでもうこれはダメかも知れないと覚悟を決めた時――
「――ふははははー! 子供達! ルイちゃんに赤ちゃんを産ませたりお嫁さんにしたりドレスを作りたいのなら先ず私を倒しなさい! 何せ今のルイちゃんは私の嫁! 私を倒さないとその願いは叶わないぞお!」
突然マリエルがそんな事を言い出した。それでちびっこ三人はピタリと動きを止めてマリエルを見つめる。流石に私も責める様に声を上げた。
「あんた、全部これマリエルの所為じゃん! なんでそんな私の結婚とかマリエルを倒す前提になってんのよ!」
「えー、決まってるじゃない。だってルイちゃんは今、私の嫁だし!」
だけどそんなすぐ傍でちびっこ三人が何やら話す声が聞こえてくる。
「……クリー、マリー。ここはハイレット家のみんなで一緒に頑張るしかないみたいだ! 全員でマリエルお姉ちゃんをやっつけるぞ!」
「うん、お兄ちゃん!」
「よくわかんないけどマリー楽しい!」
そう言うと三人は私から離れて今度はマリエルに飛びかかっていく。それでマリエルもなんだか演技っぽく「うわー」とか「まだまだ!」とか言っているのが聞こえてくる。なんか思い切り出汁にされた気もするけど、やっぱりマリエルは子供の相手をするのが凄く上手い。疲れ果てた私が床の絨毯に手をついて座り込んでいると苦笑しながらクラリスが私の身体を支えてくれる。
「……お疲れ様でした、お姉ちゃん」
「……なんか……すっごい疲れた……」
「まあ後はマリエルお姉ちゃんが相手してくれますよ」
そう言って結局マリエルは三人が疲れて眠ってしまうまでずっと相手をし続けたのだった。もしかしたらそうやって遊んであげる為だったのかも知れない。何しろお屋敷の中は今、伝染病から助かったばかりでクロエ様もまだ少し落ち着きがない。そんな中で子供達のストレスを発散させる為だったのだとしたらそれはそれで凄い配慮だと思う。
だけど私は……マリエルが主人公だと言う事をすっかり忘れていた。