26 違和感の正体
「――そう言えばマリーちゃん、前期が終わったら一度家に帰るの?」
「……え? 前期が終わったら?」
アカデメイアに入学して二ヶ月。いつもの様にお茶に誘われて私とリオンはアンジェリンと一緒に食堂に来ていた。
だけどそう言われてもよく分からない。寄宿舎生活で実家に帰るのは七年後だと思っていたからお姉ちゃんが一体何の事を言っているのか理解出来なかった。
「ああ、説明されていないものね。ええとね、アカデメイアは一年の半分しか授業がないのよ。入学して三ヶ月授業をするとすぐ前期が終わるの。冬は雪が積もるからその前に帰省する子も多いのよ。年明けになれば謝肉祭があるからね」
その話を聞いてやっと私は理解出来た。謝肉祭と言うのは肉料理を皆で食べるお祭りだ。冬を越せば保存していたお肉はどうしても傷んでしまう。だから腐ってしまう前に平民貴族に関わらず各地で一気に消費する。備蓄量にもよるけど長ければ一週間近く続くお祭りで国のあちこちで盛り上がるらしい。
「……でも私の家は領地がないから……」
「まあそれは王家も同じね。だけど領地のある貴族の子は家の仕事で帰省するのよ。同じ理由で収穫祭の時もアカデメイアは休校になるけれど、帰省せずに残る子も多いのよ?」
「え、残って何をするんですか?」
「そりゃあ社交界の準備かしら。ここは王都で舞踏会に参加するのも簡単だし実家は両親に任せてその準備をする子息令嬢もかなり多いわ。だから夏季休暇と冬季休暇でもアカデメイアは講習を行なっているしそちらに参加する方が大事だと考える貴族が大半なの。まあ遠い実家に帰る方がお金や時間が掛かるしそれなら残って社交界に面通しをする方が良いって事ね」
それは休暇だけど実質休暇じゃないって事だった。だけど私は余り社交界に興味がない。お母様からも舞踏会に出る様に言われた事もないし私はまだ十二歳だから行くとしても必ず両親と一緒の筈だ。そもそも準生徒は全員社交界デビュー前だからアカデメイアに残っても講習を受ける位しかない。
だけど……そっか。やっぱり日本とは基本的に学校自体の仕組みが違うんだなあ。謝肉祭と収穫祭はこの世界では二大祭典で年に二回ある。それに合わせているからアカデメイアの日程も自然とそうなってしまうらしい。どちらも平民の催しに見えるけど各地を統治しているのは貴族だから当然祭典を統括するのも貴族だ。そう考えると貴族って各地の代表であって平民との確執なんて余程悪い貴族じゃなければ起きないのかも。
「それで……マリーちゃんはどうするの?」
再びお姉ちゃんに尋ねられて私はリオンと顔を見合わせた。
「……え、どうしよう……?」
「僕は一度帰った方が良いと思うな。叔母さんにアカデメイアがどんな感じか、元気にやれてる事を報告しても良いと思う」
「でもリオンは剣の練習があるんじゃないの?」
「ここで勝てない相手はもういないからね。それなら叔父さんとリゼの兄さんに修行をつけて貰う方が余程面白そうだよ」
え、リオンってそこまで強いの? やっぱり「英雄の魔法」は半端ない。カードゲームで相手の手札が全部見えてる状態で勝負する様な物だもんね。相手は魔法が使えないのにリオンは自動発動な訳で多分私なんかよりも遥かにチート性能だ。
だけどそこで私はふと疑問に思ってお姉ちゃんに尋ねた。
「……そう言えばお姉ちゃんはどうするの?」
「え、私? 私は王族だから成人前でも関係ないわ? 舞踏会もあるし年明けの式典にも出るしね。アカデメイアに残らなくても実際は残る生徒達と同じ様な物なのよ――それでマリーちゃんは実家に帰るの?」
「んじゃあ……一度帰ってお母様にご報告しようかな……私が社交界に出るのはまだまだ先の話だと思うし……」
「そうだね――だけど姉さん、シルヴァンも一緒に参加するんじゃないんですか? 彼も王族だし頼ってやれば良い修行になると思いますよ。男はそう言う経験が特に大事ですからね」
そう言えばリオンはもう顔見せでイースラフト王国の社交界に出た事があるんだっけ。実際に参加してる分、説得力が凄いけどお姉ちゃんもシルヴァンには少し辛辣な気がする。彼も悪い人じゃないし今は素直になったって言ってたし。でもリオンがそう言うとお姉ちゃんは苦笑した。
「そうねえ……でも流石にシルヴァンはまだ未熟過ぎて表には出せないのよ。せめてリオンくらい実力があって落ち着いていれば話は違うんだけどね? 本当に頼りになるし」
そう言ってアンジェリンは嫣然と笑みを浮かべる。だけど何と言うか変に色気が漂ってる気がする。最初にも思ったけどやっぱりこの人はとてもまだ十四歳には見えない。それに……何と言うか違和感みたいな物を感じる。
「……あ、僕……お茶のおかわり、貰ってきます……」
どうやらリオンも何かを感じたみたいだ。急にソワソワすると突然立ち上がってポットを掴む。そのまま慌てた様子で厨房の方へ向かって逃げる様に行ってしまった。
その時の私はただ単純に、リオンは女の人に慣れていないだけで可愛い処があるなあ、だなんて考えていた。だけどそんな処でお姉ちゃん――アンジェリンは笑みを絶やさず口を開く。
「……ねえ、マリーちゃん?」
「あ、はい。何ですか、お姉ちゃん」
「私、マリーちゃんにお願いがあるんだけど」
「え……なあに?」
「あのね? リオンを私に譲ってくれないかしら?」
「……え……」
最初、一体何を言われたのか理解出来なかった。だけどお姉ちゃん――アンジェリンは笑みを崩さない。
「ほら、舞踏会でリオンにエスコートを頼みたいのよ」
「あ……ああ、でもそれはリオンに聞いた方が……」
私は単にリオンが暇なら式典とか社交界で手伝って欲しい、みたいな話だと無理やり納得しようとした。だけど違う。
「ほら、リオンは三男なんでしょう? ならどうせだし一緒に行って貰った方が婚約発表をするのに都合が良いのよね」
「え、婚約? お姉ちゃん……誰かと婚約、するの?」
「だって英雄一族に輿入れとなればこの国はもっと大きくなれるでしょう? この国に二つ目の公爵家が生まれれば他国も強く出られないわ。私が他国に輿入れするよりその方が色々と好都合だと思わない? 賢いマリーちゃんなら分かるわよね?」
呼吸が上手く出来ない。だってもしリオンの事が好きなら私に言うより本人に言うべきだ。なのにこの人はどうして私にそんな事を言うんだろう。大体リオンは私の所有物じゃない。
「……リオンの事が、好き……なんですか……?」
だけど私がそう尋ねるとアンジェリンは微笑んで答えた。
「結婚に相手を好きになる必要なんてあるの? 確かに子を産んで血筋を残さなければいけないけれど、その為に好いている必要なんてないでしょう?」
「……え……」
「大体王族に惚れた腫れただなんて無意味だわ。だって王族の姫は政略結婚で相手を引き込む事が目的だもの。それは公爵家の姫君であるマリーちゃんも同じ筈でしょう? だからマリーちゃんはシルヴァンと結婚して子を産めば良いわ。そうすれば英雄家と王家はもっと強い絆で結ばれるし、私がリオンの子を産めばグレートリーフは盤石になるのよ?」
それを聞いて私は、目の前が真っ暗になった気がした。




