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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
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258 受け継がれる物

 クローディア叔母様は決めたらすぐ動く人だ。私とクラリスが相談に行ってからすぐに準備をして翌日にはもうフランク先生の予定まで把握して日程を組み終わっていた。まあクラリスが連絡しなくてもアカデメイアでテレーズ先生に聞けばすぐ問い合わせ出来るだろうけど思い立ったら即実行というのだけは本当に凄いと思う。


 翌日、朝起きてクラリスがフランク先生に手紙を出そうと書き始めた時にいきなり教導寮の寮管の先生から呼び出された。そこで叔母様が今すぐ昨日の部屋に来る様にと言伝を聞いて慌てて向かうともうそこにはフランク先生もいて私もクラリスも開いた口が塞がらなかった。


「……え……あの、叔母様? 早過ぎない?」

「そう? 昨日あれから義姉さんの様子を見に行ったらフランク先生がいらっしゃったのよ。それで今日の打ち合わせをして来て戴いたの。どうも義兄さんがフランク先生をお呼びしたみたいでね? 流石クラリスちゃんは出来る子だわ。あの脅しで義兄さんも相当慌てたみたいだから」


 お、脅しって……出来たらもうちょっとソフトな言い方をしてあげて欲しい。クラリスはお爺ちゃんっ子でフランク先生には良い子だと思っていて欲しい女の子だ。実際それで先生を前に萎縮してしまっている。だけどフランク先生はそんなクラリスの元に来ると優しく頭を撫でた。


「……クラリス。話はクローディア様からお聞きしたよ。よく気付く事が出来たね?」

「え……お爺ちゃん?」


「それにちゃんと大人に相談する事も考えてくれた。それと公爵様と奥様もとても褒めて下さっていたよ。本当によく頑張った。偉かったね?」


 ……フランク先生、あの、耳が痛いです……というか私が出来てなくてクラリスはちゃんと出来て褒められてるのを見ると色々辛いです。なんか私のダメな部分がより強調されるみたいな? 何も口出し出来なくて黙り込む私を見て叔母様も何だかニヤニヤしてるし。


 クラリスはそんなフランク先生に抱きつくと顔を上げて尋ねた。


「あの……お爺ちゃん、それで叔母様はどうでしたか?」

「うん。確かにお風邪を召していらっしゃった様だね。喉が随分と痛かったそうだけどその痕跡も無かった。普通なら二、三日は跡が残る物だけどそれも無くて私が診ても本当に風邪だったのかすら分からなかったよ」


「そうですか、やっぱり……最初に診た時は赤く腫れていたので喉がスッとする様にお薬を差し上げたんです。でも夜には治ってたのです」


 そんなクラリスの訴えを聞いてフランク先生は顔を上げると叔母様の方を見て小さく頷いた。


「……クローディア様。この子はこれまでずっと私と一緒に多くの患者を診て来ました。薬の処方は出来ませんが出来合いの物なら症状に合う物をお出ししている筈です。ですから可能性としては充分かと……」

「……そうですか。それでは可能性有りという事で考えて参りましょう」


 そうして私達と叔母様、フランク先生の相談は始まった。現時点ではお兄様の英雄魔法がいわゆる回復系なのかどうか判断出来ない。結局実際にどんな結果が残ったのかを見るしかない。少し話した処で叔母様が呟く。


「――だけどこれは厄介ね。病気を治したと言う事は純粋に生命力の強化が近い筈だけどそれだと病気も活性化する筈なのよねぇ……」

「え、あの……叔母様、それってどう言う事ですか?」


 話がよく分からなくて私が尋ねるとフランク先生が代わりに答える。


「お嬢様、病気と言うのは寄生虫と同じなのですよ。体内にそう言う物が入って起きるのが病気です。という事は生命力を強化すれば当然その虫も元気になるのです。そうなれば症状の規模が大きくなって悪化します」

「……あ、そう言われてみると確かにそうかもですね……」


 そう言われて私は以前叔母様が口にした事を思い出した。確か病気の人には叔母様の力は全く効果がない。そもそも身体が弱っている人の生命力をどんなに強化しても強化度合い自体が低い筈だ。


「まあ、ある程度なら力を調節するのだけどね? 要するに私の力は結果が出るのを早めているだけなのよ。熱いお湯に一瞬だけ手を入れても熱さを感じないのと同じで体力がある内に症状を加速させて無理やり治させるのが近いわ。怪我人の回復力が出血量に追い付かない時に出血よりも早く回復させられるだけなの。だから影響範囲がとても狭くなるのよね」


 影響範囲――魔法阻害の範囲だ。叔母様の自動発動する魔法阻害はその範囲が極端に狭いと聞いている。つまり阻害出来る範囲が回復領域の広さと同じ事を意味する。そう考えると英雄一族の魔法阻害は自分に使える魔法の範囲で領域内を支配してしまうのかも知れない。


「ですが……そうなるとレオボルト様の魔法がどう言った性質なのか一層分からなくなりますな。時折回復魔法と持て囃される魔法が登場しますが大抵『純粋な回復魔法』ではありませんからな」


 だけどフランク先生がそう言うとそれまで抱きついていたクラリスが顔を上げる。クラリスが純粋に甘えられるのはきっとお爺様のフランク先生とお父様のピエール様だけなんだろう。そんなお爺様を見上げながらクラリスは不思議そうに首を傾げる。


「えっ? あの、お爺ちゃん?」

「うん? 何だね、クラリス?」


「レオボルト様の魔法って……元に戻す力じゃないのです?」

「……うん? それはどう言う事かね?」


「何と言うか、レオボルト様の魔法って治療すると言うよりも元の状態に戻すんじゃないかって思ったのです。叔母様がお風邪を召された時も特にお元気になって治った感じじゃありませんでした。それって叔母様自身の免疫力が病気に勝ったと言うより争い自体が起きる前に戻したんじゃないかって。私はそう思ったんですけど……」

「ふむ? クラリスは何故そうだと思ったんだい?」


「だって治り方が普通じゃありません。お爺ちゃんもさっき言ったじゃ無いですか。風邪に罹った事自体が分からなかったって。病気が治った後はその分身体も疲れていますよね? 戦った後に土地が綺麗に戻るのに時間が掛かるのと同じだって、昔お爺ちゃんが教えてくれたじゃないですか」

「それは……確かにそう言った事もあったが……」


 口籠って考え込むフランク先生。そこにクローディア叔母様が少し驚いた様子でお爺様に抱きついているクラリスに尋ねる。


「……ちょっと待って? それは分かったけれどクラリスちゃん、じゃあ元に戻ったのはどうしてだと思っているの?」


 それを聞いてクラリスは目を瞬かせると私を見て叔母様に答えた。


「だって……レオボルト様はお姉ちゃんのお兄様ですから。それならお姉ちゃんの魔法に似た性質でも当然じゃないですか?」

「……えっ? ルイーゼと……同じ?」


「はい。レオボルト様が私に仰いました。私の魔眼は亡くなったお母さんと同じ種類の魔眼だって。レオボルト様はお母さんが生きていた時の事を知っていて魔眼を使う処を見た事があるそうです。だったらお姉ちゃんのお兄様であるレオボルト様が似た魔法でもおかしくないですよね?」


 それを聞いて叔母様とフランク先生が黙り込む。私はクラリスの物の見方に驚きつつも自分がそれに気付いていなかった事に愕然としていた。


 遺伝――両親の遺伝子を受け継いで生まれた子供には必ずその両親と同じ特性が現れる。お父様は範囲感知能力らしいけどお母様は英雄一族出身じゃなくて元王族のお姫様だ。そんな両親の間に産まれた私が持っている英雄魔法と似た傾向の力をお兄様が持っていても不思議じゃない。


 私は自分にある日本の知識が当然の物過ぎてそんな事にも全く気付いてなかった。だけど遺伝子とかそう言う科学知識がなくても昔から子供は親に似る物だと言われてきた。そこからこんな結論を思いつくだなんて実はクラリスって本当に天才じゃないの? なんか末恐ろしい気もするけど。


 だけど……魔法の性質なんて物も本当に遺伝するんだろうか? その理屈で言うとマリエルだって両親に似た力があったって事だ。だけどそんな話は聞いた事がない。そして今度はその事で悩んでいるとお爺様に抱きついたままクラリスが私を見て首を傾げる。


「……起源(いでん)、ですか? それはよく分かりませんけど、お姉ちゃんだって一緒に聞いたじゃないですか」

「……え……クラリス、何を?」


 って、言葉にもしてない単語を口にするクラリス。やっぱりこの子の魔眼って完全に本物だ。それでちょっと動揺しながら尋ねるとクラリスは然程驚いた様子もなく淡々と答える。


「リオンお兄ちゃんのイースラフトの英雄一族とこのグランドリーフ王国の英雄一族で使える魔法の種類が違うって。イースラフトは個人用魔法が得意で、お姉ちゃんの家は範囲魔法が得意だってあの時、レオボルト様がお話して下さって、お姉ちゃんも一緒に聞いていたじゃないですか」

「そ、そう言えば! お兄様確かそんな事言ってたわ! クラリスって実は凄い天才なんじゃないの⁉︎」


「……それはお姉ちゃんがちゃんと聞いてないだけです。私はちゃんとお話を聞いて覚えてるだけですよ?」

「いやいや! 覚えてるから凄いんじゃなくて、結び付けられるから凄いって言ってんのよ! やっぱクラリス賢いわ! 流石十六歳の私より信用される十二歳なだけはあるね!」


「……なんか素直に喜べません……お姉ちゃん、卑屈になり過ぎです」


 そんな風に私達が歳相応な会話をしていると叔母様とフランク先生は物凄く真剣な顔になって話し始めた。


「――つまりルイーゼの魔法から逆算したのね。確かにそれなら回復魔法でなくても治せるわ。だけどどうして英雄魔法も阻害出来るのかしら?」

「クローディア様、レオオルト様のお力が『復元』と考えると英雄魔法もその対象になるからではありませんか? そもそも魔法自体自然の物ではありません。変化させられた力を元に戻すと考えると合点がいきます」


「……確かに。それに魔力は肉体の中にある時点では『元の状態』だから影響を受けないのかも知れませんわね。そうなると体内で構築された魔法は阻害出来ない事になります。英雄一族の魔法阻害の概念自体を変えてしまう事例になるかも知れません」


 そんなやり取りに私も何か言わなきゃいけない気にさせられる。そう言えばお兄様がこうも言ってた筈だ。


「あの、叔母様。お兄様が『阻害範囲は水を満たしたみたいな物だから、他の魔力を出しても水中で水を出すみたいな物で成立しない』って仰っていたと思います」

「そう……あの子もあの子なりに考えていたのね。範囲魔法を使えるから余計にそう言う事が感覚的に分かるのかも知れないわね」


 そして叔母様はフランク先生と相談を始める。もう私とクラリスの出る幕自体がない。クラリスもお爺様から離れて私の隣に来ると大人が二人で相談する様子を眺めている。まあ私も一言言えたし……まあ満足。


「……お姉ちゃんはもうちょっと、色々考えた方が良いと思います」

「考えてるつもりなんだけど……そうですね、すいませんクラリスさん」


「なんでさん付けなんですか……なんかお姉ちゃん、気持ち悪いです」

「……ぎゃふん」


 そんないつもみたいなバカなやり取りをして私とクラリスは思わず笑い合う。だけどこれでお兄様は何とかなるかも知れない。お兄様の英雄魔法が『英雄殺し』みたいに物騒な物じゃなければもう無力感に囚われて自分を貶めたり人を避けたりしない。お兄様は元々優しい人だから元に戻って欲しい。


 昔みたいに優しくて明るいお兄様に戻れたら良いな――そんな事を私は相談する大人二人を眺めて考えていた。


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