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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
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257 回復魔法の危険性

 あれからアカデメイアに戻った私は早速騎士団の詰め所に赴いてジョナサンに叔母様と会いたいと伝えて手紙を渡して貰う事にした。だけどそれだけだと叔母様は変に気を利かせてエマさんまで連れて来かねない。そこでジョナサンもエマさんと最近顔を合わせていないだろうから二人が一緒にいられる時間を作ってあげて欲しいと手紙に書いた。


 そして私の身体に関する問題があって、どうやらそれと英雄魔法が関係している事。心臓が止まった事も仄めかす様に書いた。


 我ながら完全に悪役令嬢ムーブをしてる気がするけど、そうしないと叔母様は気を利かせて誰かを連れてきそうだ。当然お母様にはもう話した事も書いてある。これは嘘じゃないけどお兄様に関する事は完全に秘密だ。


 だけど流石叔母様、全く思った通りに事は運ばなかった。と言うのも約束の時間、夕刻を過ぎた頃にやってきた叔母様はなんとお父様を連れてやって来たからだ。どうやら私の心臓が止まった件についてちゃんとお父様に報告していないと思ったらしい。いやまあ、それについてはある程度はご存じだと思うけどきっと『英雄魔法』が原因と書いてしまった所為だ。


 そして叔母様に呼ばれて私とクラリスは教導寮の近くにある賓客用の建物に赴く事になった。ここは普段生徒が立ち入れない場所で上流貴族が数日続けて視察する時に使っているらしい。まあ私の寮室だとリオンがいつ入って来るかも分からないしそれはそれでとても都合が良かった。


 だけど案内された部屋に入ると私とクラリスは愕然として扉口の前で固まってしまった。いやまあ、何と言うか……どうして叔母様、こう言う時に限ってきっちり配慮してくれちゃうんだろう。確かに手紙にはちゃんとクラリスに言われた通り『叔母様とだけ相談したい』って書いたのに。


「――それでルイーゼ。あの時の現象が貴方の英雄魔法と関係があるって書かれていたけれどどう言う事なの? どうせまたセドリック義兄さんに報告していないと思ったから声を掛けておいたわよ?」

「どう言う事だ、ルイーゼ? あの事件が英雄魔法の影響に依る物だと何故分かった? もしやまた危ない事をしたんじゃないだろうね? 全く、クローディアが報告してくれなかったらまた私は知らないままで話が進んでいる処だった。こう言う事はちゃんと報告しなさいと言った筈だよ?」


 部屋に入るなりいきなりお父様に問い詰められる。まさかこんな事になるとは思わず私は慌ててクラリスに耳打ちした。


(……ど、どうしよう、クラリス……?)

(……これもお姉ちゃんの日頃の行いの賜物ですね……)


(……え、ええっ? でもこれ、もうお父様避けられないよ……)


 いやまあ耳が痛いんだけど実際そうだから文句も言えない。それで私が動揺を隠せないでいるとクラリスは諦めた様にため息を吐いた。


(……私が何とかしてみますからお姉ちゃんは合わせてくださいね?)


 そしてクラリスはいきなり普通にお父様に向かって声を掛ける。


「……叔父様は最近、お家に帰られてないんじゃないですか?」

「えっ? ああ、最近は陛下と仕事の相談をする事が多いからね。だけどクラリス、それが何だと言うんだい? それに何故君が一緒なんだ?」


「ええとですね。お姉ちゃんを放っておくと大変な事になる事が多いのでリオンお兄ちゃんか私が必ず一緒にいるのですよ」

「そうか……それはすまないね。そうしてくれて本当に安心だよ」


 ……くっ……十六歳の私より十二歳のクラリスの方が信用されてて私は泣きそうだよ……だけどこうなったのも私がちゃんと報告してなかった事が原因だし文句言えない……。


「それでですね。最近お姉ちゃんはよくお家に戻ってるんです。先日も一緒に伺って叔母様に色々ご報告されてました。叔父様がいらっしゃらないからご報告出来なかったんですよ。それってお姉ちゃんと私が伺った後も叔父様はお家に帰られていらっしゃらないって事ですよね?」

「……むぅ……そ、それは……まあ、そうなんだが……」


「それは旦那様としてどうなんですか? 叔母様が体調を崩されていた事もご存じ無かったんですよね? 英雄のお仕事が大変な事はわかってますけど、奥様の不調にも気付けないのはダメだと思います。国の英雄である前に先ずは家族にとっての英雄であるべきだと私は思うのですよ」

「……はい……クラリスの言う通り、だね……」


「それでお姉ちゃんが相談しようとしてたのは、お姉ちゃんの身体が成長しないのは時間に影響する英雄魔法の所為じゃないかって。お姉ちゃんが自分でそう考えたのです。だけど叔母様にもちゃんとご報告されてますし何も問題ない筈です。これって本当にお姉ちゃんが悪いんですか?」

「……くっ……そ、それは確かに……私が間違っていた……それでクレアの様子はどうなんだい? クラリスから見てどうだった?」


「お薬を差し上げましたから大丈夫な筈です。でもそれより体調を崩された叔母様を放ったらかしにするより一度直接お尋ねになった方がよろしいと思います。お姉ちゃんも分からないから相談しに来たんですから」


 そう言ってクラリスはこれ以上無い位ににっこり微笑んだ。あのこれ、なんかもう私より遥かに悪役令嬢っぽくない? あのお父様を掌の上でくるっくる転がしまくってる気がするんですけど? クロエ様に言われたけど貴族令嬢は汚いってこう言う事? なんか今まで聞いた話の中でも一番しっくりする実例な気がする。クラリスしゅごい。流石十六歳より信用される十二歳。なんかもう別の意味で私は立ち直れなくなりそうだよ。


 そんなやり取りを黙って聞いていたクローディア叔母様が深いため息を吐いて少し狼狽えるお父様を睨んだ。


「……義兄さん、義姉さんを放ったらかしにしてるの? 何してるのよ、そりゃあルイーゼがどんなにちゃんと報告しようとしても義兄さんがいないんだから聞けなくて当然じゃないの」

「うっ……く、クローディア、違うんだ、これは……」


「違わないでしょ? それに義姉さんも体調を崩してるんだから旦那様の義兄さんがちゃんと傍にいなきゃダメじゃない。仕事ばかり優先する夫はいつか見限られるわよ? 英雄の癖にどうしてそんなにだらしないの?」

「い、いや、けどな? ちゃんと話を聞かないと……」


「そう言うのはちゃんと義姉さんが聞いてるんだから義姉さんにちゃんと教えて貰いなさいと言ってるの。ほら、さっさと帰る!」

「む、わ、分かった! では……クラリス、感謝するよ!」


 うん、本当に凄いよね。正論に次ぐ正論で叔母様まで味方に付けて結局クラリスはお父様を撃退してしまった。なんか父娘揃っていい様にあしらわれてる気もするけど……お父様、結局何しに来たの?


「さあ――それで? ルイーゼ、具体的な話を聞きましょうか」


 叔母様はそう言うと私とクラリスを椅子へ促す。だけど私は早く聞きたくて叔母様に尋ねようとした。


「……叔母様! 実はそんな事より、お兄様の事でご相談が!」


 だけど叔母様は真面目な顔で首を横に振った。


「ダメよ。ルイーゼ、先ず自分の事から話しなさい」

「でも! 私の事なんかより、お兄様の方が!」


「今回、会う時間を設けたのはルイーゼの相談の為よ。レオボルトの件は後で聞くから先ず主題をしっかり話しなさい。それに『自分の事なんか』と言う言い方は余り好ましくないわ。義兄さんや義姉さんにとって貴方もレオボルトも大事な子供よ? それに重要性を判断するのは私よ?」

「……はい……」


 叔母様はまるで先生みたいだ。それで私は項垂れるとお母様に話した事と全く同じ内容を伝えた。私の身体が準生徒の頃から殆ど成長していない事、昔戴いた服がまだ普通に着られる事、そして心臓が止まったのが時間を無理やり巻き戻してエマさんを助けようとした所為かも知れない事。私の力は可能性を選ぶ力だと仮定して無理やり起きた事をやり直した所為で時間の流れから外れた為に心臓が止まって呼吸も出来なくなったのかも知れない事。


 話す内に叔母様の顔色が変わった。表情も強張っている。それで全部を話し終わった時、叔母様は憂鬱そうにこめかみを押さえながら呟いた。


「……そう。そう言う事だったのね。リオンが珍しく感情的に怒鳴っていたから何かあるとは思ったけど、まさかそんな可能性があると考えていただなんてね。ルイーゼは自分を軽視する処があるから充分有り得るわ」

「……え……私が自分を軽視してる……?」


「そうよ。自覚してないの? さっきも自分なんかより兄の事を優先しろと自分で言ったばかりでしょ? ルイーゼは昔から自分より他人を優先する優しい子だったからね。皆がルイーゼを気に掛けるのはそんな危うさを感じるからよ。この子は自分を犠牲にして誰かを助けようとするかも知れない。自分はいつ死んでもおかしくないからと割り切ってるでしょう?」

「……私が? それは……」


 だけど私はそれを否定出来ない。確かにそう考える時もある。運命に抗えず命を落とすとしても誰かの為になれば少しはマシだから。だけどそれはそこまで具体的に考えてた訳じゃない。もっとふわっとした感じで曖昧に考えていただけだ。だけど口ごもる私に叔母様は続ける。


「まあ確かにそれは英雄的行為と言えるけどね? だけどそれで貴方が犠牲になった時、それで傷付いて絶望する人がいる事も覚えておきなさい」

「……はい……」


「まあでも、だからと言って対策がある訳じゃないのよね。ルイーゼの身体が止まっていてもそれに対処する方法がないわ。レオボルトの『英雄殺し』は身体の外だけで内側にまでは影響しないしね。だから多分ルイーゼの身体が自分の英雄魔法の影響を受けていても改善出来ないでしょうね」

「……うん……」


「だから今後も様子を見るしかないわ。今の処、普段の生活に支障は無いみたいだし少しずつ考えていきましょう――そう言えばレオボルトの事で何か相談があると言ってたわね? それって何だったの?」

「……えと、それは――」


 そして私は次にお兄様の英雄魔法について話した。これはクラリスが言った事も含めて全部だ。だけどそれを聞いて叔母様の顔色がさっきよりも激しく変化する。最後には血相を変えて立ち上がるとクラリスに迫った。


「それは本当なの、クラリスちゃん⁉︎」

「え……は、はい、多分そうじゃないかと思います。でも私もお姉ちゃんも魔法の知識が全然なくて。それに『回復魔法』なんてそれこそ夢みたいなお話ですし。だけどきっと、叔母様の病気がいきなり治ったのはお姉ちゃんのお兄様、レオボルト様の英雄魔法が原因だと私は思ってるのです」


「ええとね。回復魔法と言うのは結果的に回復した状態に出来るから回復魔法と言うのよ。別に傷を癒すとかそう言う能力じゃないの。それで義姉さんの病気って一体何だったの?」

「多分、お風邪だと思います」


「そう……そんなのすぐに治すなんて私でも無理だわ。私に出来るのは生命力を強化するだけだもの。普通より治りは早く出来ても昼から夜までに完治させるだなんて、私より不味い力かも知れないわね……」


 そう言うと叔母様は考え込んでしまった。叔母様が使える英雄魔法による回復はこの世界では貴重過ぎて命を狙われてもおかしくない物だ。例えばその回復効果を欲しがる人もいるし邪魔に考える人もいる。と言うのも回復魔法自体が荒唐無稽過ぎて御伽噺としか認識されていない所為だ。


 回復魔法を使えばすぐに怪我や病気が治る――普通の人はそう考えるけど実際は違う。回復する範囲が何処から何処までかはっきりしないと病気なら病原菌まで回復してしまうし怪我をした場合に別の症状が発生してもその悪化原因まで回復する事になるからだ。


 例えば風邪で咳が出るのは体内の細菌を排出する為だし、熱が出るのも体内で熱に弱い細菌を殺す為だ。怪我をして膿が出るのも身体がばい菌を排除しようとして戦った結果、その死骸が膿になる所為だ。一見悪い状態に見えてもそれは身体自身が回復する為に働いた結果でしかない。そこで熱があるから熱を下げてしまうと体内の細菌を排除出来ない。回復魔法が夢物語なのはそんな複雑に絡み合った状態だと具体的に治せないからだ。


 普通の痛み止め程度なら感覚を誤魔化せば何とか出来る。だけど痛覚を誤魔化すだけでそれ以上の効果はない。妊娠時に魔法で痛みを抑えるのは痛みで先に母体が参ってしまうのを防ぐだけでしかない。でないと痛みの原因である赤ん坊自身を殺してしまう事にまでなりかねない。


 だから叔母様の英雄魔法もあくまで身体自身が治ろうとする力を強化するだけで具体的に怪我を治すとか病気を癒す物じゃない。病気の人に滋養に効く物を与えるのと同じで手助けをするだけだ。でも世間の人は回復が出来ると考えてしまう。特に英雄一族が使う魔法は夢を抱かせてしまう。


「……とりあえずこの事は他言禁止します。それとクラリスちゃん、フランク先生をお呼び出来るかしら? 出来れば純粋なお医者様のご意見も戴きたいわ。流石に医学の知識までは私もありませんからね」


「……叔母様、分かったよ……」

「……はい、分かりました。お爺ちゃんにも連絡してみますね」


「お願いね。だけど……私もリオンの魔法を勘違いしてたのよね。それであの子も凄く悩んで傷付いて……もうあんな思いは絶対させたくないわ」


 そう言うと叔母様は私とクラリスの頭を撫でて辛そうに微笑んだ。


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