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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
254/315

254 存在しない概念

 王宮からはアカデメイアに帰らず、私は一度実家に戻る事にした。以前お母様に話した時はリオンがいたから話せていない事がある。それに今回帰り際にクロエ様に言われた事が少し気になっていた。


「――ルイーゼ。もし必要なら今日は戻らなくて構いません」

「え、テレーズ先生、良いんですか?」


 馬車が家に到着して降りようとした時、テレーズ先生が不意に声を掛けてきて私は足を止めて振り返った。先生は笑顔になって答える。


「貴方は講習をきちんとこなしましたからね。学票を報酬として支払うと言ったでしょう? それに貴方には色々な事件に巻き込まれる才能がある様ですからね。穏やかな時間を過ごせる内は好きにして構いません」

「え……ち、因みにどれ位貰えるんですか?」


「現金な子ですね。まだ決定していませんが通常の講習では集まった生徒の人数を講師数で分配します。勿論規模も考慮しますから純粋に受け持つ生徒の数だけとはいきませんけれど……今回の場合は八〇人近く生徒が参加していましたし主講師ですから……それに今回余計な手間を掛けさせた事も考慮すると一〇枚以上、十二枚程でしょうか?」

「えっ? そんなに戴けるんですか?」


 それで私は少し驚いた。まさかそんなに貰えると思っていなかった。


 通常、授業参加して小試験に合格して一枚貰えるかどうかだ。講習内容によっては数日に渡る授業を終えて二、三枚貰える物もある。大抵の授業は午前二枠、午後二枠だ。日本で言えば二時限が一枠で授業の最中に休憩時間が設けられる。全て小試験でも最大一日四枚、それも合格しなければ学票自体が貰えない。大抵は一日一枚あるかどうかで多くても二枚だから十二枚もあるのは相当破格な報酬だ。


「そりゃあそうでしょう? 講習を主催すれば準備に手間が掛かりますし他の授業に参加する余裕もありません。ですからこう言った場合は補填になる様にしています。ですから安心なさい?」


「そうですか……それで先生、お母様に会って行かれないんですか?」

「……ルイーゼ。普通はそれを先に尋ねる物ですよ?」


「あっ、ごめんなさい……」

「まあ構いません。クレアに話したい事があるのでしょう? そこに私がいるとあの子は意地を張りますからね。まあ私に会いたければいつだって会えますし、母娘水入らずの邪魔をする必要は無いでしょう?」


 それだけ言うと先生は馬車で行ってしまった。家の玄関に残された私は先生に感謝しながら家に入る。すると家のホールにお母様がいる。馬車が訪れた音で気付いたんだろう、それで私はお母様に抱きついた。


「――お母様、帰ってきたよ!」

「お帰り、ルイーゼ。それで今日はどうしたの?」


「ええとね、あれから色々あったからご報告に来たの。それとちょっとお母様に相談したい事もあって」

「あら、じゃあお茶を淹れるから飲みながらお話しましょうか」


 そう言われて私はお母様と一緒に食堂に赴いた。そこでお茶を戴きながらダンス講師をした事を話すとお母様はとても驚いていた。お兄様も昔、講習で講師をした事があったそうだ。但しお兄様の場合は剣術講師で相手は殆ど男子で英雄一族に剣術を教えて貰えると言う事で相当数の男子生徒が集まったらしい。その時はやっぱりお兄様も仲の良い生徒に手伝って貰いながら授業を進めたそうだ。授業を休んでまで見学を希望する貴族令嬢も相当数集まって講習自体がお祭り騒ぎだったらしいけど、女子に見られながら剣術を習う訳で男子生徒もかなり気合が入ったそうだ。


「――それでね、今日は王宮にお呼ばれしたの。講習に宮廷楽団が派遣されてきて私、倒れそうになっちゃったから。その謝罪をされたんだよ」

「……お兄様……一度きつく言い含める必要があるわね……」


 途端にお母様の目が物騒に変わる。アンジェリンお姉ちゃんもそうだったし王族やうちって実は女が相当強い? マリア王妃様も凄く優しい感じだったけど怒ると怖いのかな? だけど私はその話よりも王宮でクロエ様と話を聞いて、帰り際に聞かされた事をお母様に話した。


「それでお母様。私宛に何か手紙は来てたりする?」

「えっ? いいえ、手紙は特に来ていないわね?」


「……そっか。なら良いんだけど……」

「手紙がどうしたの? 一体誰から?」


「ええとね、前に話したベアトリスって今、ドラグナンで王妃になってるのよ。それでクロエ様の処にベアトリスから手紙が届いてたんだって」


 そう言うと私は今日帰り際にクロエ様から聞いた事を思い出していた。


 手紙はベティと言う差出人名で届いたそうだ。伯爵家の夫人宛だから特に問題は起きない。例え国外からの手紙でも社交界は国を跨いで行われる物だからだ。それがもし敵国であっても検閲される事はない。


 内容はシンプルで伯爵家ごとドラグナンに来ないかと言う誘いだ。もし来てくれたら同等かそれ以上のポストを約束すると言う内容で正直聞いた時にはどうしてクロエ様がその話に乗らないのか分からなかった。だけどクロエ様は楽しそうに笑いながら私に教えてくれた。


『――あのねリーゼちゃん、以前も話したでしょ? 貴族令嬢って言うのは汚い事を平気でする物なのよ。それに例え王妃になっても彼女にそんな力があるとは思えないわ。ドラグナンからここに手紙が届くまで早くても二〇日以上掛かる――つまりこれは王妃になる以前に書かれた物よ。その段階でそんな事を言ってくる時点でこの条件はブラフだわ?』


 実際問題、もし条件が確実ならクロエ様は伯爵家ごとドラグナン王国に行ってしまうのかと思ったけどそうでも無かった。クロエ様自身はこの国に愛着もあるし知り合った人達も大勢いる。その人達と袂を分つ事なんて考えていない。彼女は自分が守りたい物の為にしか動かない。それは一番大事で絶対に信用出来る事だった。


「――でも、クロエ様がいきなり私が『悪役令嬢にされる』って言った時はちょっとびっくりしたよ。だってあの方には私が悪役令嬢の運命を背負ってる事なんて話した事がないんだもん」


 だけど私がそう言うとお母様は難しい顔になって言った。


「その事だけど……ルイーゼ、ここでは『悪役』や『令嬢』と言う言葉はあっても『悪役令嬢』なんて言葉はないのよ。二つを組み合わせてそう言う事は出来るけど『仇役の貴族令嬢』みたいになってしまうの。だけど基本的に貴族令嬢を悪者にした舞台やお話はないのよ。だって貴族令嬢って綺麗で魅力ある少女って言うのが常識よ? 貴族が自分達の娘を悪く言う可能性のある言葉を許す筈が無いでしょう?」

「……え……」


「だからその言葉――と言うよりその概念自体がないのよ。もしその概念があれば貴族令嬢同士で相手を貶める為に言い合うわ。言うだけで相手を貶められるのだから当然自分にも跳ね返って来る。だからもしその言葉が普及したとしても貴族令嬢達は品位に欠けるとして使わないでしょうね」


 そう言われて私は以前、リオンとクラリスに話した時の事を思い返していた。確かに二人共、『悪役令嬢』と言う言葉の意味が良く分からなかったみたいに見えた。演劇とか舞台での役回りと言う事で納得はしたみたいだけどピンとこない感じだ。もしかしたらお母様が言う通り言葉としては表現は出来るけど社会に合っていない単語なのかも知れない。


 じゃあ……どうしてあの時クロエ様は『悪役令嬢』と言う言葉を使ったんだろう? あの時私も思った筈だ。『悪女』『毒婦』と言う言葉が普通にあるのにそれを使わなかった。どちらも規範として存在する慎ましさや優しさ、貞淑さがない事を指す名称で汚い言い方をすれば『あばずれ女』と言う意味合いを持っている。お母様に言われるまで気が付かなかった。


 それで思わず考え込んでしまう。そんな私を見てお母様は話題と空気を変えるみたいに少し首を傾げながら微笑んで尋ねてきた。


「まあ、それは良いとして……それでルイーゼ、前に相談出来なかった事って一体何なのかしら? それにどうして話せなかったの?」

「あ……えっと……あの時、リオンもいたから……」


「なあに? リオン君の前では話せない事なの?」

「ええと……その……えっとね、お母様。私の身体って全然成長してないと思わない? もう十六歳なのに胸もないし、クロエ様からも私が十三歳くらいに見えるって言われたんだけど……」


 だけど私が躊躇いながらそう言うとお母様は慰めるみたいに答える。


「……ルイーゼ。人っていうのはそれぞれ違う物よ? 発育が良くなくても時間で解決する事もあるわ? だからそんな気にしなくても……」

「だからそうじゃなくて! あのねお母様、私の身体が成長しないのってもしかしたら私の英雄魔法とか、悪役令嬢って言う運命が関係してるかも知れないってクロエ様とお話して思ったのよ。身体の時間だけが止まってるのかも知れない、みたいな?」


 私の言葉を聞いた瞬間お母様の表情が真顔に変わる。だけどその表情がどんどん曇って深刻な顔へと変わった。少し青褪めた顔になってお母様はテーブルに置いた私の腕を掴む。


「……どう言う事? 貴方の身体の時間が止まっている? でもちゃんとこうして生きているわ? 時間が止まっていれば……こうやってお話すら出来ない筈よ?」

「うん、だから正確には時間が止まってるんじゃないのかも。ただ私自身も凄く気にしてたんだよ。周囲の友達は皆胸も大きくなってきてるのに私だけが全然変わらないから。皆もそれを気にしててくれて、私にその手の話を聞かせない様にしてるっぽいんだよね」


 そう言って私は自分の胸元に手を当てた。この身体は随分前から全然変わっていない。胸だけじゃなくて身長も伸びていない。痩せっぽっちで肉付きも変わらない。今ではリオンも歳上みたいだ。中学生が高校生を見上げるみたいなそんな状態がずっと続いている。リオンだけじゃない、他の友人達もそうだしクラリスも少ししたら私を追い越すかも知れない。


 小さい頃はリオンと一緒にちゃんと成長していた。四歳の頃に比べれば随分身長も伸びたし身体もそれなりに成長しているのに準生徒の途中辺りからそれがどんどん緩やかになった。まるで死ぬべき時にその姿である必要があるみたいに。ずっと頭の中にはあったけど元々私は食も細い方だしそれが原因かも知れないと思っていた。


 だけどこれははっきり言って異常だ。私の英雄魔法は単に時間を超えて見る事が出来るクラリスの魔眼みたいな物だと思っていた。だけどこの前エマさんを助けようとした時に心臓が止まった。あれはもしかしたら私の英雄魔法は肉体にまで影響する力なのかも知れない。エマさんの状態を元に戻そうとしたから私は時間の外にいたのかも知れない。だから心臓が動かせなくて、呼吸も出来なくなったのかも知れない。これは全部クロエ様とお話している時に『まるで身体の時間が止まっているみたい』と言われた時に思いついた事だ。


「……どうなのかしら……でも英雄魔法については私も何とも言えないし良い案が思いつかないわ……あ、でも……」

「……でも? 何、お母様?」


「……ルイーゼの英雄魔法を止められれば何か分かるかも。レオボルトの英雄魔法は英雄魔法ですら止めてしまう物だから、一度ルイーゼの魔法を止めて貰えば原因が判明するかも知れないわね……」


――そうか! そんなのすっかり忘れてた!


 レオボルトお兄様の英雄魔法は『英雄殺し』。その効果は英雄魔法ですら完全に無効化してしまう。正しく『英雄殺し』と呼ぶに相応しい物だ。


「確かレオは今、アカデメイアで護衛をしているのよね?」

「うん、その筈だけど……最近は全然会ってないよ」


「それはほら、あの子もルイーゼを傷付けた事をとても気にしているから仕方ないわ。あの子は真面目だからリオン君に全部任せていざと言う時に助けに動けば良いと考えているんじゃないかしら?」

「……そっか。そう言えばお兄様、最近は何処か影があって一層魅力的になったって女子が言ってるみたいだし……」


「まああの子は若い頃のセディ――お父様と似てるから。以前は明るかったけれど、今は何か行動しようとした時に考えてしまうんでしょうね」

「……うん……」


「取り敢えず私から連絡しておくわね。ルイーゼがお願いすれば変に注目を集めてしまいそうだし。それに貴方と会おうとしないのなら何か理由をつけて来ないかも知れないし。それなら顔を出しに家に来なさいと言った方がレオも何も悩まずに来るでしょうからね」


 正直、そんな風にまだ避けられてるのはちょっと辛い。だけど私を嫌っているから避けられてるんじゃなくて、きっとお兄様は私を傷付けない様に気を使ってくれているだけだ。それに身体の事で悩んでいるとリオンに知られるのは正直羞恥心が強過ぎて無理だけど、お兄様なら私が小さい頃からいつも面倒を見てくれたしちょっぴり気分的にもマシだ。


「……うん。お願い、お母様。それ、私もちょっと試してみたい」

「分かったわ。それじゃあレオが来る事になったら連絡するわね?」


 お母様が頷いて、そこで相談と報告は一旦終える事となった。


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