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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
253/320

253 世界の悪役

 ダンス講習会が終わって数日が過ぎた頃、私は王宮にある王様の私室に再び呼び出されていた。だけど今回はテレーズ先生も一緒で馬車は王宮からじゃなくてアカデメイアで準備されたものだ。それにリオンとクラリスは来ていない。私一人だけで来て欲しいと王様から指定された為だ。


 一体何の為に呼び出されたのかさっぱり分からなかったけどテレーズ先生も一緒だから多分怒られたりする為じゃない。だけど王様と会うと言う事はきっとお父様も一緒だ。今度は一体何を言われるんだろう――そんな緊張をどうしてもしてしまう。


 そして王様の部屋に入ると物凄く渋い顔をしたお父様がいた。その隣には王様とシルヴァンがいて神妙な顔をしている。


「……ああ、マリー。久しぶりだね。取り敢えず座ってくれるかい?」


 王様に促されて椅子に座ると私の左右にテレーズ先生とお父様がやってきて無言で立った。何だか今にも叱られそうな気配だ。お父様も妙に殺気立っていて物凄く不機嫌に見える。それでビクビクしていると不意にお父様が私の肩に手を載せる。飛び上がりそうになりながら何か悪い事をしたのかと必死に思い出そうとしていると、突然王様とシルヴァンが椅子から立ち上がって私の前で跪くと床に額を擦りつける勢いで頭を下げた。


「――マリー、本ッ当ぉーにすまん! 別に嫌がらせをするつもりでは無かったんだ! ただお前に喜んで貰えると思ってだな!」

「……は、はあ?」


 主語が無いから何の事を言ってるのか分からない。それで戸惑っていると左に立ったお父様が超不機嫌で低い声でボソリと呟く。


「……アレックス。お前、うちの子が心臓止まって死に掛けた事を知ってるよな? それが分かっていて何故こんな事をやった?」

「ち、違うんだセディ! 俺は本当に嬉しいびっくりをプレゼントしたいと思っただけで、別に悪意とかそう言うのがあった訳じゃ……!」


 そしてそれを聞いたテレーズ先生が右側から冷たく言い放った。


「……貴方はバカですか。実際に宮廷楽団なんて送り込んできてルイーゼはあの時、卒倒しそうでしたよ?」

「……は、はい、テレーズ先生……それはもう、反省して……」


 あー……ダンス講習で宮廷楽団を送って来た事かあ。喉元過ぎれば熱さ忘れる感じで全然考えてなかったよ。だけどお父様は相当怒っているみたいで自分が仕える主君相手なのに全然容赦がない。


「……喜ばせる何処に驚きが必要なんだ? お前、もしこの次に俺の娘に何かしでかしたらぶちのめすからな?」

「せ、セディ……俺、一応お前の主君で王様なんだけど……?」


「例え王だろうとぶちのめす。それが嫌ならわきまえろ」


 だけどそんな時不意に扉が静かに開かれる。隙間から顔を覗かせたのはアンジェリン姫だ。


「……父上、クロエ夫人をいつまでお待たせするので――」

「本当にすまん! マリー、どうか許してくれ! いやだって、俺の娘はなんか怖いんだもん! それに比べてマリーは可愛い姪っ子だし、何かしてやって『おじさま大好き』とか言って欲しくても仕方ないだろ⁉︎」


 その瞬間私はお姉ちゃんと目が合った。お姉ちゃんは部屋の状況を見てすぐに察したらしい。未だかつて無い位に冷たい目線でアンジェリン姫は自分の父親と弟を見下ろすと聞いた事がない位低い声で呟いた。


「――父上、怖い娘で申し訳ございませんでしたわね? 確かにマリーはとても可愛いですから私も大好きですけどね。そうですか、それでその可愛い姪っ子相手に土下座をしている父上は本当に王なのですか?」


「……げっ、アンジェ⁉︎」

「……あ、姉上……⁉︎」


 わー凄い。お姉ちゃんがマジ怒りしてるの初めてみた。まるで虫を見下ろすみたいな目で王様とシルヴァンを見ている。まあ私もちょっと王様のこの態度はどうかと思うし。普通はもっとちゃんと大人らしく謝罪を述べる程度で良い筈なのによっぽどお父様とテレーズ先生が怖いのか土下座までしてるし。と言うかこの世界にも土下座ってあったんだ?


「それでどう致しましょう? この際ですからクロエ夫人にも来て頂いて自分達が仕える主君の無様な姿を知って頂きます?」

「ち、違うんだアンジェ! これはその、そう! 俺は間違った事をすればちゃんと謝れる王なんだよ! 別にセディが怖いんじゃなくて!」


 いやもう全部言ってますがな。と言うかやっぱりシルヴァンってこの王様に凄く似てる気がする。でもこの王様ってお母様のお兄様でもあるんだよなあ……私、お母様似って言われるし似なくて本当に良かった。


 だけど流石に収集がつかない状態になっている事でお父様も多少溜飲が下がったらしい。深くため息を吐くと王様に向かって告げる。


「……取り敢えずアレックス、もう普通に王らしくしろ。今回ルイーゼを呼んだのは無様な姿を晒す為ではないだろう。そろそろ本題に入れ」

「セディ、じゃあもう許してくれるのか⁉︎」


「いや、許さん。取り敢えず保留にするだけだ。これ以上クロエ夫人を待たせるのも偲びないしな。とっととシャンとして話を進めろ」

「……セディお前、怒るとマジで怖いんだよ……」


「知った事か。義弟の娘に変なちょっかいを出して本気で怒らん父親なぞいるものか。例えお前がクレアの兄だとしても俺は容赦せんからな?」


 そう言いながらお父様は私の頭を撫でる。ああ、別に私、怒られる為に呼ばれた訳じゃなかったんだとホッと胸を撫で下ろす。リオンやクラリスが一緒に来ちゃダメだったのって王様が謝罪する姿を見せられなかったからなのね。まあそりゃあこんな姿見せられたら百年の恋も醒めるわ。


「……それじゃあアンジェリン。クロエ夫人を連れてきてくれるか?」

「ええ、分かりましたわ叔父上。そこの虫を何とかしてくださいね?」


「む、虫⁉︎ 娘に虫と言われた⁉︎ アンジェ、俺は泣きそうだ!」

「……姉上、怖い……やっぱり女の人、怒ると怖い……」


「知った事ですか。母上にも報告しますから」

「ま、マリアには言わないでくれ!」


 だけどお姉ちゃんは舌打ちをして何も言わず出ていく。それから少ししてクロエ夫人が子供達を引き連れて王様の私室にやってきた。私の姿を見つけた途端にクレリアとマリエの二人が駆け寄ってくる。椅子に座る私の膝にしがみつくと凄く嬉しそうに笑う。


「リーゼお姉ちゃん! 会いたかった!」

「マリエもー!」


 ああ……あんな光景を見た後だと心安らぐわ。と言うか相変わらずクレリアはベッタリ過ぎる位に凄く懐いてくれる。マリエもそんな姉に感化されて同じ様に真似をする。それで二人の頭を撫でていると同じくクロエ様が椅子に腰掛けて王様は真面目な顔で話し始めた。


「――さて、クロエ殿が進言してくれた件についてだ。ドラグナン王国の新王妃マリーアンジュ――ベアトリス・ボーシャンに関して名を出さぬ方が良いとの事だが、その事について理由を聞きたいと思って来て貰った」

「……陛下、私の浅薄な言葉を聞き入れて下さった事に本心から感謝致しますわ」


「うむ。それで……その理由について話してくれるだろうか?」

「それは……彼女が関わっていると名を告げれば必ずそれを利用してくるからですわ。リーゼ嬢は公女殿下ですから王族を相手にする程の効果はありません。ですが事件と関係している事を公にするのもよろしくありません」


「ふむ……それは何故かな?」

「ドラグナンの新王妃が我が国の公女と因縁浅からぬ関係だと知られれば必ずあの国の民は勢い付くでしょう。国同士が緊張関係にありますし他国の民に真実を伝えようとしても必ず策略だと思われます。ならばとことん無視して名すら出さぬ方が鎮火も早くなりますでしょう?」


 今更過ぎて王様の態度が白々しく見える。だけどクロエ様が口にした内容に私はちょっと驚いていた。まさかそんな事まで考えていらっしゃったとは思って無かった。と言うか私自身、自分が公女と呼ばれる立場だって殆ど自覚してない。公女と言うのは一般に公爵家令嬢を指す呼称で王女に対する公女としてよく用いられる。国によっては皇女や王女と完全に同格で全てプリンセスと呼ばれる。これに対して『小公女』は身分の高い貴族の娘に使われる呼称で特に公爵家に限らず使われる名称だ。


 新しく王妃になったベアトリス――マリーアンジュ王妃と私に浅からぬ因縁がある。因縁、つまり悪い意味での縁だ。もしその事が公に知られると必ず私が注目される。片や王妃、片や公女。どちらの言葉が重視されるかと言えば圧倒的に王妃になったベアトリスの方だろう。


「――もしリーゼ嬢を表舞台に引っ張り出せれば後は簡単です。私ならば完全に悪役に陥れる為に利用します。それこそ苦言を呈する体裁で。そうすれば自分は慈愛に満ちた立場でリーゼ嬢を稀代の悪役令嬢として世間に名を轟かせる事が出来るでしょうから」


 悪役令嬢――その単語がクロエ様の口から出て私はびくりとした。彼女には私が悪役令嬢の宿命を持っている事を話していない。なのに自然とその名前が出た事に驚きを隠せない。お父様は黙ってそのやりとりを聞いていると不意に王様に向かって話し始めた。


「……陛下。他国には英雄を擁する我が国とイースラフトに対して悪感情を抱く国も多くあります。もし我が娘を表舞台に出せば、恐らく立場の差を利用して激しく貶めるでしょう。武力ではなく世論を利用して周辺国家全体を巻き込んだ情報戦を目論んでいる可能性があります」


 その言葉に幼い二人を撫でていた手が止まる。それで不思議そうに顔を上げるとクレリアとマリエが首を傾げる。


「……お姉ちゃん? どうしたの?」

「……どしたの?」


「……ううん、何でもないよ?」


 そう言って私は再び二人の頭を撫でる。だけど内心は複雑だった。


 私は自分が悪い事さえしなければ悪役令嬢になる事は無いと思っていたけど現実はそうじゃない。私が考えた以上に大きなスケールにして世間を席巻する『悪役令嬢』に仕立て上げられる事が可能だなんて全く思ってなかった。これはもう悪役令嬢と言うよりも悪女や毒婦と言う方が近い。


 クロエ様がまさかそんな事まで考えて『正面からやりあうな』と仰っていたとは思ってもいなかった。もしそう言われてなければ正面から戦う事を考えてしまっていたかも知れない。そうなればきっと私の運命の天秤は完全に『悪役令嬢』に傾く。私を良く知ってくれている友人達の、個人の言葉なんて世論に比べれば誰もまともに聞いてはくれない。


 テレーズ先生が無言で私の肩に手を置く。それで顔を上げるとまるで安心させる様に優しい目だ。こんな風に大人が私を守ろうとしてくれている事に少し驚く。お父様や友人だけじゃなくて皆が助けようとしてくれる。


「――成程、良く分かった。ではその様に取り計らう事としよう」

「感謝致しますわ、陛下」


 王様の隣に立つシルヴァンが何かを言いたげな顔で私をじっと見つめる。だけど私は何も言わずに笑顔を見せるとクロエ様の背中を眺める。この人は本当にベアトリスの親友だけどベアトリスの味方をする訳じゃない。自分が大事に思う物を純粋に守ろうとしている。


 クロエ様は王様にお辞儀をした後で軽く私を振り返るとまるでその守りたい物に私も含まれているみたいに小さく微笑んで見せた。

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