252 反省会にて
ダンスの講習会が終わってから私達はテレーズ先生が同伴の元、反省会をしていた。これは教導官以外の人間が講師をした場合には必ず実施される事で教育方法に関しての情報収集も兼ねている。そこで真っ先に感想を言わなきゃいけなくて私は皆に頭を下げた。
「その……皆、本当に助かりました。私一人だけなら絶対上手く出来なかったと思います。色々手伝ってくれて本当に有難う」
最初にそう言うと皆は小さく笑ったりして何と言うか少しくすぐったい感じの反応だ。そして拍手が聞こえてきて私は顔をあげた。
「それと……何だかこう言うのって凄く久しぶりな気がしてます。この処ずっと大変な事が続いてたから。こう言う感じって忘れちゃいけないんだって思い出させてくれました。だから皆……本当に有難うね?」
これは私の本音だ。ベアトリス関連で事件が立て続けに起きて死ぬ様な思いもして気持ち的に余裕が全然無かった。日常って何もなくて平和で無駄な時間だけが過ぎて行く様に思えるけど実際は違った。精神的に追い詰められていくと視界がどんどん狭くなっていく。周囲の――お母様がおかしくなった事も結局私が自分の事で手一杯だった所為だ。
余裕がなくなると平和な何もかもが煩わしく感じる様になって自分から穏やかな日常を切り捨ててしまう。急ぎの案件や対策を重視し過ぎてそれ以外の日常を瑣末な物として扱ってしまう。一番戻りたい場所に戻ろうとして、そこから離れる行動になってしまっていた。もしかしたらクロエ様が言ったのはこう言う事かも知れない。ベアトリスによる事件が沢山起き過ぎて私は彼女を何とかする事ばかりを考えてしまっていた。
そしてそこからが反省会の本当の始まりだ。それぞれが担当した役割について改善案を提案していく。例えばずっと先頭で踊っていたマリエルやマティスは先導役をもっと増やすべきだとか。セシリアとルーシー、それにコレットは受講者数をもっと抑えるべきだとか。シルヴァンとセシルも同じで女子が多過ぎてかなり大変だったらしい。女子を誘導する男子側の意見としてヒューゴとバスティアン、それにレイモンドは男子のダンスをもっと洗練させて手伝わせるべきだと言う。
だけど私は内心どうしようかと頭を抱えていた。いやだって、もうこう言うのはあんまりしたくないし? 今回はテレーズ先生に言われて半ば強制でやらされたけどやっぱり目立ちたくない。面倒臭いとか人見知りだからって言うのもちょっぴりあるけど以前ベアトリスに仕掛けられた観察者の件が結構後を引いている。知らない相手からずっと観察され続けているのは怖い事だ。セシリアやルーシーも相当参ってたし有名になるとそんな危険ばかりが増えていく。
そうして一通り全員の意見が出終わってテレーズ先生を見つめる。先生は全員を見渡すと小さく笑った。
「……ルイーゼはもうやりたくないみたいですが、実は生徒達からはまたやって欲しいと言う声が集まっています。今回参加しなかった男子生徒達からも次回があれば参加したいと言う声があがっていますね」
「……え、ええええ……」
「まあ、その理由の大半は男女で触れ合う機会となったのが主な理由の様ですが。特に違う学年と触れ合う機会になったのが大きかった様です」
「……ま、マジですか……?」
「ええ。考えてみると学年が異なる生徒同士の交流はこれまで殆ど行われていません。そう言った需要があったとは気付いていませんでしたね」
つまり、ただのダンスの練習が社交界に出られない生徒達達にとっては代替手段になっていると言う事だ。それに社交界に実際に参加するよりも気軽で『練習』と言う名目で会う事が出来る。特に男子もいる為に女子も慎ましく振る舞っていてカップル成立し易いと言う事みたいだった。
「あ、あの、でもそう言う事なら、別にもう私が先生役をする必要なんてないんじゃ? アカデメイアでこれからそうしていく、みたいな……?」
「……ルイーゼ。今回は同じ生徒の貴方達が主催だったからこの結果へと繋がったのですよ? やはり大人の監視があると生徒達も自由に動けないと言う事なのでしょうね。そして今回貴方の出した結果を踏まえた上で、貴方が考えていた構想が現実化しそうだと伝えておきましょう」
「……え? 構想って……何ですか?」
「貴方が言ったのでしょう? 貴方が言った『生徒会』とやらを設立して生徒自身による運営執行を行う事が検討されています。特定の生徒組織に対して指導生枠を拡張する形で権限を付与し、教導官がその指導に当たる事で生徒自身による積極的な活動を支援する目的ですね」
ぐっはぁ……ちょ、私提案してませんやん? それ、ちょっと口を滑らせただけで、そんなのやりたいとか言ってませんやん? なのにどうして私がやりたいって言い出した事になってんの?
流石に衝撃が大き過ぎて私は絨毯の上に崩れ落ちる。両手をついて必死にどうにかしようと考える。そんな頭の上でシルヴァンの声が聞こえる。
「生徒会……ってああ、以前マリーが言ってた事かな? でもテレーズ先生、貴族の爵位がそのまま持ち込まれては上手くいかないのでは?」
おお……そうそう! 言ってやって頂戴!
「ですからあくまで試験運用ですね。教導官が指導管理を行う事で爵位に依る学内への権威持ち込みを抑える案が出ています。特に今回、貴方達がやった事が評価されたのですよ」
「それはどう言う事ですか?」
「貴方達はそれなりの権威を持っていますが、それと関係なく生徒を指導したでしょう? 特にマティス、セシルのシュバリエ家は現段階では爵位すら持っていません。ですが混乱もなく生徒達は素直に指導を受けていました。確かにルイーゼが公女である事も大きいですが、それを教導官側が指導管理する事で同等の効果が得られると考えているのですよ」
え、やだ何これ、もしかして私ってば自分の手で乙女ゲームの舞台を作っちゃう事になるの? そんなの下手したら自殺行為じゃん! と言うかテレーズ先生、絶対それを私にやらせるつもりだよね? はっ、講習会の時に先生達が色々チェックしてたのってもしかしてその為だったの?
流石に打ちひしがれて声も出ない。そんな処で先生は話題を変えた。
「まあ、そちらはまだ構想の段階で実現の為には色々と課題が山積みですからすぐにと言う訳ではありません。但し非常に評判が良かったので今回の様な講習会は何度かして貰う事になるかと思います」
「……はぁ……」
「ですが……一つ分からないのがあの楽隊です。アカデメイア側ではあの様な楽隊を呼んでいないのですが、貴方達が呼んだのですか?」
「……え? あれって……アカデメイアが準備したんじゃ……?」
「ルイーゼ、学生の講習会で楽隊を呼ぶ事はありませんよ? 音楽が必要な場合は教導官なり生徒なりが簡単に演奏する程度です。それに案内した教導官も彼らが王国発行の学園入場許可を得ているのを確認しています」
それを聞いて部屋にいた全員が黙り込む。嫌な静けさが漂う中で不意に声が響いて私はその出処に顔を向けた。
「――あー、あの楽隊、皆びっくりした?」
「……え……シルヴァン……?」
「実はさー、マリーに頼まれた事を父上に話しに行った時にマリーが最近どうしてるかお尋ねになってさ? それでダンス講師をする事をお伝えしたんだよ。そしたら楽隊を派遣するって言い出してさ。どうせだし秘密で進めてたんだよね。どう、びっくりした? 物凄く驚いた?」
そう言って自慢げに笑うシルヴァン。それで私は思わず叫んでいた。
「あんたか! またあんたなのか! 驚いたよ! もう死にそうになる位本気で驚いたよ!」
そしてそれに続いてリオンや他の皆も口々に突っ込む。
「シルヴァン、お前か! あれ見てリゼ、本当に倒れかけたんだぞ⁉︎」
「流石にあれは……ちょっと酷いです、シルヴァンお兄ちゃん……」
「シルヴァン、あんた……またそう言う事を……」
「ねー、でもセシリア、私はそうじゃないかと薄々思ってたよー?」
「……殿下……あれは無い」
「……流石に僕でも、アレはちょっと擁護出来ませんね……」
「……マリーお嬢様、お可哀想……」
「いやー……この国、一体どうなってるんだ?」
「……この国、本当に大丈夫なの……?」
「……マティス、まあ、それは……」
「と言うか皆、何をそんなに驚いてるの?」
最後にマリエルが不思議そうに首を傾げる。だけど私はとても彼女みたいに冷静じゃ居られなかった。
「――って、王様が派遣ってそれ、宮廷楽団じゃん! え、あの講習会で本気の演奏してくれてたの⁉︎ ダンスの練習の為だけに宮廷楽団に演奏させてたの⁉︎ え、バカじゃないの⁉︎」
「えーいやーまーほら、父上も楽しそうだったしさ。それにちゃんと演奏があって良かっただろ?」
「そりゃ良かったけど! それ聞いたら生徒の皆も萎縮しまくって講習処じゃなかったよ! 意思疎通なり連絡なりしっかりやりなさいよ!」
「え、それって……何の為に?」
「最初にやっていいかちゃんと確認しろって言ってんのよ!」
「えーだってそれだと皆、驚かなかったでしょ? 折角内緒で進めて皆を驚かせようとした訳だしさあ? ちょっとした悪戯心だよ、ははは」
……ダメだこいつ。それになんか分かっちゃった。そう言われてみたらアンジェリンお姉ちゃんもそんな感じだった気がする。そうか、王族って否定されないから基本的に報告や連絡をする習慣が無いのね。それってつまり現場が一番大混乱起こす奴だ。あーもう、何て言えばこいつでも理解出来るんだろう? 悪意がない分余計に厄介極まりない。まあこの世界に報連相なんて言葉はないんだけどさ。
何とも言えない微妙な空気が室内を支配する。そんな中でテレーズ先生だけは落ち着いた様子で僅かに首を傾げた。
「――シルヴァン?」
「え、はい。何ですか、テレーズ先生?」
「学友達を驚かせたかったのは分かりました」
「ですよねー! ほら、やっぱり僕、間違ってないでしょ?」
「ですが――それを私に前もって報告しなかったのは何故ですか? アカデメイア側が不審者対応をすればどうするつもりだったのです? 貴方も先日、アカデメイアが襲撃を受けた事を知っていますね? それで何故私やアカデメイアにその旨を伝えなかったのです? 下手をすれば騎士団が宮廷楽団を取り押さえていたかも知れないと考えなかったのですか?」
「……え……で、でも、宮廷楽団ですし……」
「宮廷楽団だから、ではありません。これは貴方だけを叱っても仕方がありませんね。アレックスにも一度きつく説教しなければなりませんね」
その途端シルヴァンの顔に怯えが浮かぶ。テレーズ先生の口にしたアレックスと言うのはシルヴァンのお父様、現国王の名前だ。テレーズ先生は元々うちのお母様の家庭教師でもある。勿論そのお兄様のアレックス王の家庭教師でもあった。そう、つまり――テレーズ先生は激怒していた。
「シルヴァン。これから王宮に赴きます。貴方も一緒にいらっしゃい」
「……え、えっと……ええっ⁉︎ い、今からですか⁉︎」
「当然でしょう? そこでアレックスと一緒にお説教です――ああ、皆さんはお疲れ様でした。今日はゆっくり身体を休めてください。学票に関しても成果に応じて増額されますからね?」
「え、ちょ、テレーズ先生⁉︎ 僕もゆっくりお休みしたいんですけど⁉︎」
「貴方に直接の責任はありませんが、アレックスの悪癖の片棒を担いだ事は明白です。それと貴方の分の学票に関しては一旦保留とします」
「そ、そ、そんなあっ! マリー、リオン、助けてく――」
だけど最後まで言う前にシルヴァンはテレーズ先生に首根っこを掴まれたまま部屋を退出していく。扉が閉まった後で部屋の中は物凄く微妙な空気が流れ始める。
「……んじゃ、皆……今日は一旦、お開きにしよっか?」
私がそう言うと全員、それ以上語りたくないみたいに無言で頷いた。