25 私、どう思われてるの?
私は仕掛け絵本の最後のページを開いて花畑の中で起き上がる紙製の魔王とお姫様を指先でつついていた。向かいの席にはシルヴァンが座っている。持っていた本を開いて私の方を見ようとしないけど視線がブレまくりで明らかに私にどう接すれば良いか分からない感じだ。何故それが分かるのかと言うと私も彼とどう接すれば良いのか分からないから。
何故向かいにシルヴァンが座っているのかと言うと私に気付いて逃げようとした処を呼び止めたからだ。私自身、彼と関わるつもりなんて無かったのに不思議だ。もしかしたらアンジェリンお姉ちゃんの話を聞いたからなのかも知れない。
それでも流石に沈黙が耐えられなかったのか、先に口を開いたのはシルヴァンの方からだった。
「……あの……その、最近はどう?」
「え? えっと……普通、かな?」
え、何この『仕事一筋で子供とどう触れ合えば良いか分からないお父さんと聞かれた子供の返事』みたいな会話。まあそれだけお互いに気不味い感じになっちゃってるんだけど。
「……そう言えば魔法の授業だったんじゃないの?」
「それは……ちゃんと許可を貰ってる」
「……そっか……」
「……うん……」
だけどやっぱり話が続かない。まあ聞いた内容がどれも単発で尋ねても答えたらそこで終わる話だから仕方ないんだけど。それでも私だって色々聞きたい事はある。それで勇気を振り絞って銀髪の彼に小さい声で尋ねてみた。
「……シルヴァンってさ……お姉ちゃんの事が嫌いなの?」
「え……あ、お姉ちゃんって姉上の事か……」
だけどシルヴァンは少しだけ考えると肩を竦めて笑う。
「……君って本当に聴き難い事を平気で聞くね。ええと……僕も親戚だしマリーって呼んでも良いかな、マリールイーゼ?」
「うん、いいよ――それでどうなの?」
「――昔はそうでも無かった。だけどあの人、凄く子供扱いするし、そう言う時だけ酷く甘やかす態度になるだろ?」
「うん、確かにそう言う処あるね。私にもそんな感じだし」
「マリーは女の子だからまだ良いよ。だけど男にはそれが凄く苦痛なんだ。なのにそうじゃない時は突き放した言い方をするからね。お前は頼りにならないって言われる気分になるんだ」
「……あー……それは……確かにそうかもね……」
うーん。多分アンジェリンお姉ちゃんはシルヴァンの将来を色々考えてそうしてるんじゃないかなあ。だけどやり方が下手過ぎて全然相手に伝わってない感じ。私みたいに自分の弱さを自覚していると見えてくる事もあるけど頑張ってる子には天敵だと思う。甘えられる子には良いお姉ちゃんだけど甘えない子にはかなり相性が悪いんじゃないかなあ。
「……まあ、それでもね。先日の一件以降、姉上の態度が少し変わった気がする。今までは真面目な話でも茶化してばかりだったのにあの後謝りに行ったら全然茶化されなかったから」
「そっか。もしかしたらリオンのお陰かもね?」
「うん、僕もそうじゃないかって思ってる。今まで姉上や僕の周囲には彼みたいな人はいなかったから。それに彼には本当に感謝してる。自分のやった事とは言え、他の皆を利用した形になっていた事に全く気付いてなかった。僕の周囲にはあんな風に言ってくれる人は他にはいなかったから――」
シルヴァンが独り言ちるのを聞いて私は意外に感じていた。だってリオンは結構挑発的な言い方をしていた筈なのに彼は反感を抱いていなくて逆に感謝までしている。
「――って、僕は何を話してるんだ? マリーは本当に不思議な子だな。従兄妹だった上に恥ずかしい処を見られてしまった所為かも知れないけど……言うつもりは無かったんだけどな」
そしてシルヴァンは頬を赤くする。その様子にそれまで私の中にあった彼の印象が少し変わった気がした。確かに彼は攻略対象で私を責める筈の一人だ。だけど思っていたよりも素直で思慮深い。十三歳でリオンの挑発を助言と受け止められる時点で普通じゃない。王族だし特別な教育でも受けてるのかな? そんな事もあって私は自然と尋ねていた。
「……言ったついでに教えて欲しいんだけど……」
「うん、何だろう?」
「あの時、どうして私に近付こうとしたの?」
「……うっ……」
だけど私が尋ねた途端、シルヴァンは頬を赤くして黙り込んでしまう。視線も合わせようとせずウロウロ彷徨っている。
「……そ、そりゃあ……君が凄く可愛いからだよ……」
「ん? 別にそうでも無いでしょ? それなら一緒にいたあの二人だって可愛らしいと思うんだけど……?」
「二人――ああ、セシリア・フーディンとルーシー・キュイスの事か。確かに彼女達も可愛らしいけど、マリーはその、何と言うか……」
「うん、何と言うか?」
「……その、多分君に好意を抱かない人はいない。はっきり言ってマリーは怖い位可憐に見える美少女だよ。普通そう言う子は自分の魅力を理解してるから話し方に表れるけど君は無自覚でまるで素直で幼い女の子みたいだ。庇護欲を刺激されるって言うのかな、自分が守ってあげなきゃいけないと思わされてしまう感じ……かな?」
だけどそんな時だった。シルヴァンの後ろに人影が立って静かな口調でボソリと呟いた。
「――シルヴァン……君、ひょっとしてリゼを口説いてる?」
「う、うわあああっ⁉︎ あっ、り、リオン⁉︎ ち、違う、そうじゃないんだ! 僕は別に彼女を口説いたりしてない! 本当に違うんだ、信じてくれ!」
途端にシルヴァンは可哀想な位に取り乱す。顔も赤くなって大声をあげた所為で司書の先生が飛んで来て無言で扉を指差してくる。それで結局彼はテーブルに置いていた本を必死で集めて躓いたり柱にぶつかったりしながら尚も声を上げる。
「マリー! 僕は口説いてたんじゃないから! マリーに聞かれたから答えただけで、どうこうなりたい気はないから!」
そして最後にそう言って彼は図書館を後にした。その場に取り残された私とリオンは二人同時に首を傾げる。
「……どうしたんだろ? あ、リオン、おかえり」
「うん、ただいま。それで……シルヴァンはどうしたの?」
「さあ? リオンこそシルヴァンに何かした?」
「人聞きの悪い。僕は何もしてないよ」
そう言いながらリオンの右手が腰に吊るした剣の柄に乗せられている。どうやら帯剣申請は問題なく通ったみたい。その剣はリオンが昔から持っていた物で刃を潰してある。先端も丸くしてあるけど重さに馴染ませる為に本物と全く同じ造りだ。
それでさっきまでシルヴァンが座っていた席に彼が座るのを眺める。そんな私の視線に気が付いて彼は首を傾げた。
「……うん? 何、どうしたのリゼ?」
「んー……あのねリオン。シルヴァンがね、私って男の子達が放っておけない位可愛い外見をしてるって言ってたの」
「それは聞いてたけど……まあ何を今更って感じ。僕は何度もそう言ったよね? リゼは全然信じてくれなかったけどさ?」
「……そんな事言われても……だって私、あんまり他の人の顔とか見てないから覚えてないし、比べた事もないんだもん」
「それは分かってる。リゼの事だから極力他人と関わらない様にしてるんだろうけどさ。だけど……シルヴァンがそう言った理由も少し分かる気はするよ?」
「え……それってなんで?」
「リゼはさ、何もしなくても凄く目立つんだよ。リゼが周囲を見なくても周りは見てる。アンジェリン姉さんが一緒になってから一層周囲の人達は注目してる。さっき教導官の先生からも言われた。帯剣許可が通ったのは半分はリゼがいるからだ」
「え、なんでよ? 私は関係ないでしょ?」
「教導官にも通達が出てるらしい。公爵家のマリールイーゼは身体が弱いから特に注意をする様にって。叔父さんが手続きをしてくれて入学出来たけどここの人達は僕の事をリゼの守護者と受け取ってる。大体さ、リゼと僕が例え親戚だとは言っても特別寮で隣の部屋で暮らすのも変な話でしょ?」
「え、でも男子寮も女子寮も一杯だって言ってたし……」
「……あのね。もし本当にそうだとしても男女生徒の部屋が隣同士って明らかに変だろ? それに内側で繋がってるし特別寮って教導官の寮だから当然専従侍医もいる。公爵家令嬢がもし学内で倒れたり怪我をして命を落とせば大問題だ。アカデメイア存続の危機くらいには気を使われてるんだと思うよ?」
それを聞いて私は思わずテーブルに突っ伏した。
「……え、ちょっと待って……お父様がそこまでしろって言ったって事? それって私、周囲からどう思われてるの?」
「まあ教導官はともかく、生徒からは病弱で他人と話せない位内気で可憐な美少女って処だろうね。公爵家の娘だってアンジェリン姉さんのお陰で周知されたから、きっと全生徒から見て庇ってあげたい妹みたいな女の子って感じ?」
「……ぐふぅっ……な、なんでそんな事に……」
「だってリゼ、他の人の前だと徹底して話さないし僕の後ろに隠れてるでしょ? だから気にはなるけど遠慮して声を掛けてこないんだよ。もう滅茶苦茶注目されてるよね、それって」
それは私にとって相当衝撃的な話だった。だって私はそうならない様に必死に頑張っているのに結局記憶にあるマリールイーゼと同じ状況に陥ってるって事だからだ。まあチヤホヤされる方向性はかなり違う気もするけど余り救いにはならない。
「……後、リゼって実際に話してみるとそうでもないんだけどいつも怯えてる様に見えるんだよ。同い年と比べて幼く見えるし繊細そうな、偉ぶらない公爵家の美少女だからさ。多分皆、守ってあげたいと思ってるんじゃないかな?」
そんなリオンの言葉も頭に入って来ない。一体私は何処で間違えたんだろう……いや、間違うも何も私はただ必死に生きてきただけなんだけど。まさか他人を避けてるつもりが余計に注目を集めてただなんて思ってもいなかった。
結局、半ば涙目の私に司書の先生が声を掛けてきたけれど、叱られたりせずにむしろ体調の心配をされた。侍医を呼ばれそうになって私とリオンは慌てて図書館を後にしたのだった。