249 乗り越える試練
あの突然のダンス教室があった後日、私はテレーズ先生に緊急で呼び出しを受けていた。一体何事かと思って慌てていくと先生は特に怒っている様子もなくてホッと胸を撫で下ろす。だけどそれ処の話じゃなかった。
「――さて、ルイーゼ。先日、ダンスホールで大勢の女生徒達にダンスの手解きをしたそうですね?」
「……え、あ、はい……何かそれで問題でも、ありましたか……?」
「いえ、そうではありません――ありませんが問題と言えば問題が起きたと言えるかも知れませんね?」
「……え……な、何があったんですか?」
「それが……貴方が教えた事が噂になって、生徒達の中から是非講習会に参加したいと言う問い合わせが殺到しているのですよ」
「……え……⁉︎」
「教導官達もそんな講習会は開いていないのに一体何の話か分からず、それで噂の出処を調査しました。それで判明した生徒数名に事の顛末を尋ねた処、『公女殿下が教えてくれた』と言う訳です。現在、この国で公女と呼ばれるのは貴方しかいませんからね。それで来て貰った訳です」
……おぅふ……目立ちたくないのになんでこんな事で呼ばれる状態になってんの、私……。あの時だってマリエルに相談されて取り敢えず教える事になっただけで、別に目立つ事は――はっ⁉︎ まさかこれもマリエルの主人公の特性なのでわ⁉︎ マリエルが絡むと主人公だからか兎に角周囲で騒ぎにまで発展する。何せ主人公だけにその影響範囲が半端ない。以前もマリエルの言い放った方言がアカデメイアの中で爆発的に流行したし洒落で済まないレベルだ。マリエル……なんて恐ろしい子……ッ!
だけど流石に私には荷が勝ち過ぎる。だって二十人位を前にしただけで声が出なくなる人見知りだ。それにやっと準生徒一年の頃にアンジェリンお姉ちゃんと勝負した事を知っている先輩達が全員卒業してホッとしたのにまた講習会なんてやれば嫌でも目立ってしまう。そんな事をして第二のベアトリスがもし現れてしまったらそれこそ洒落にならない。
「……あの、テレーズ先生。出来れば辞退したいんですけど……」
「あら、何を言ってるんですかルイーゼ。これは既に決定事項ですよ?」
「……へ?」
「先程のお話は経緯を説明しただけですよ? 生徒達から分かり易いと非常に好評だった為、貴方には特別講師として講習会をして貰います」
「ちょ⁉︎ え、な、なんでそんな、強制なんですか⁉︎」
「決まっているでしょう? 貴方は指導生なんですから」
「……へ? え、指導生って……ルーシーの時の? あれってルーシーが問題ないって分かった時点で終わったんじゃないんですか……?」
「そんな訳がないでしょう? そもそも指導生は教導官と同等の指導権限を持つ生徒です。そんな権限を都合で付与したり剥奪したりなんて出来ては統制が取れないでしょう? これは卒業するまで与えられる権限です」
き、聞いてないよそんなの! と言うか思い返してみると指導生になる事を望んだのは私自身だ。あの時はルーシーが放校になる可能性があったから考える余裕もなかったし指導生の事もろくに聞いてなかった。
だけどどうしよう、本気で上手く出来る自信がない。それで顔を青くしているとテレーズ先生は懐かしそうに目を細める。
「ですが……貴方のお兄様のレオボルトも指導生だったのですよ?」
「え……お兄様が?」
「ええ。あの子はとても面倒見が良くて他の生徒達からもとても慕われていました。歳上からも歳下からもね? レオボルトはいつも生徒達の中心にいて色々な事をしていたのですよ」
「……それってもう、生徒会長とかそう言うのと同じなんじゃ……?」
「……生徒会長? ルイーゼ、『生徒会』とは何なのです?」
「ええと、生徒自身が中心になって学校運営をする組織です。大人は見守るだけで子供の自立を促すとか、そう言う目的が――」
だけどそこまで答えてから私はハッとした。そう言えばシルヴァンやリオンがアカデメイアには生徒会なんて存在しないって言ってた筈だ。下流貴族で構成されると同じ階級の生徒達が言う事を聞かなくなって結局上流貴族だけで構成されるから意味がない、とか何とかかんとか……。だけどテレーズ先生は少し考えると何を思ったのか私をじっと見つめた。
「……そう言えばルイーゼは公爵家令嬢と言う立場の割に非常に幅広くの階級から好意的に見られていますね?」
「え? そうでしょうか?」
そう言われて私は考えた。そう言えば……平民階級は孤児院で暮らすレミと仲が良いしシュバリエ家のマティスとセシルも平民扱いだ。騎士爵と言うのは基本的に騎士本人が貴族と言うだけで爵位がない。二人のお父様は貴族だけど継承されないから二人は貴族の子であって将来貴族として数えられない。この場合セシルが貴族になればその身内であるマティスも一応貴族として扱われる。だからセシルは強くなろうと必死だ。
じゃあ爵位がある知人と言えば……マリエルは養子だけど男爵家の娘でエマさんも男爵家だ。その子爵と言えばコレットがそうだしエマさんの友人で卒業したカーラさんとソレイユさんも子爵家。伯爵家と言えばクロエ様が該当するしルーシーもそうだ。セシリアとヒューゴは辺境伯家出身でその上のバスティアンは侯爵家。そして私より上の王族はシルヴァンとアンジェリンお姉ちゃんがいる。
……あれ? もしかして私、人間関係フルコンプしてる? 国内の交友関係が全階級にいて結構全員と友好的な関係? そんなのテレーズ先生に言われるまで考えた事もなかった。そんな風に今更気付いて首を傾げる私にテレーズ先生は苦笑すると改めて話し掛ける。
「……ルイーゼ、貴方は不思議な子ね? 公爵家で公女と呼ばれる立場にありながら全ての階級に友人がいるなんて私が知る限り、貴方位しか見た事がありません。大抵自分とその上下関係でしか友人関係になれないのに貴方の場合は本来接点のない階級とも仲良くなれています」
「……はあ……」
「従属関係ではなく友人としていられるのは素晴らしい事とも言えますし異端だとも言えます。もし貴方の身に何かあれば恐らく全ての階級で人々が喜び悲しむ事になるでしょう。余り目立っていませんが貴方の影響力は既に王家を超越しています。それは稀有処ではないと知っておきなさい」
そう言うとテレーズ先生は苦笑するみたいに微笑む。だけど私はとても褒められてる気がしない。逆に忠告された気分だ。影響が大き過ぎるから自重しなさいとも聞こえるし、何かを成せと言われてる気もする。だけど少ししてから先生は私を慰めるみたいに言った。
「そうですね――取り敢えず講師をすれば本来は給金が発生しますが貴方の場合は生徒ですから発給されません。その代わりに学票を発行する事にしましょう。協力してくれる生徒にも発行しますから貴方の広い交友関係を駆使して今回の講習会を成功させてご覧なさい」
「え……で、でも……」
「何も貴方一人で成し遂げろとは言っていません。むしろ貴方が持つ友人を全力で頼ってご覧なさい? そして今回の試練を乗り越えた時に新しい道が拓けるかも知れませんよ? 下手に気負わずに頑張ってご覧なさい」
そう言われて私は物凄く迷った。だけどテレーズ先生がこんな言い方をするなんてちょっと珍しい事だ。それに友人達を頼れだなんてまるで私が今まできちんと頼れていなかった事を教える為みたいにも聞こえる。
「……分かりました。乗り気じゃないですけど頑張ってみます……」
「……そう。なら良かったわ」
そう言うと先生は満足そうに微笑む。だけど私は最後までテレーズ先生が言った『試練』と言う単語の意味に気付けなかった。