247 日常の大切さ
セシリアに叱られた後その日は皆泊まっていく事になった。久しぶりに集まったし女子会をしようと言う事だ。それに今回はセシリアとルーシー以外にマリエル、マティス、それにコレットがいる。そこに私とクラリスを入れると七人だ。流石にベッドが足りないから寮管の先生にお願いして床敷きと簡易の寝具を準備して貰った。前みたいに予備のベッドを運び込む余裕もないし私がいると魔法も使えない。
こうしてみるとこの国は突然魔法が使えなくなっても慌てる人が案外少ない。これはイースラフトも同じらしい。英雄が在籍している国は英雄がいると魔法が使えない。そう言えばクロエ様のハイレット伯爵家でも侍女の人達は慌てもしなかった。平民である使用人の人達は日常的に魔法を使わないけど侍女は皆貴族家の出身だ。以前補佐官のアンナ先生が教えてくれた『魔法は効率化を突き詰める手段』と言うのが徹底してる気がする。
リオン達男子も今日は男子会をするつもりらしい。以前は準生徒組のメンバーだけで四人だけだったけど今はセシルとレイモンドもいるから合計六人だ。男子は今、全員で剣技場に行っていて隣の部屋は静かだ。そこで私はまだ話していない事を思い出してコレットに話し掛けた。
「――そう言えばコレット、テレーズ先生からまだ聞いてないよね?」
「はい? 何をですか?」
「実は私、ハイレット伯爵夫人に色々ご教授して貰う事になったの。それでコレットも参加する様に、って。学外講習だから学票も貰えるよ?」
「え、私も……ですか?」
「うん。コレットはうちに来る事が決まってるからじゃないかな?」
「ああ……はい、分かりました、マリーお嬢様」
だけどそんなやり取りを聞いていたセシリアとルーシーが反応する。
「え! ハイレット伯爵夫人って、あのクロエ夫人⁉︎」
「えー、いーなー。私も色々習いたいなー」
「え? 二人共、クロエ様を知ってるの?」
私が尋ねると二人は羨ましそうに話してくれた。
「マリーは知らないかもだけどクロエ夫人って出世街道をトントン拍子で駆け上がってる物凄い有名人なのよ。結婚してからハイレット伯爵の評判まで跳ね上がっててね? 貴婦人で知らない人はいない位なのよ」
「そうそう、それで色々勉強したくて侍女を希望する人も多いんだけど殆どなれなくてさー。そりゃまあ男爵家令嬢から伯爵家に嫁いで今や社交界のトップクラス、現役バリバリの超注目株だからねー」
そ、そうなのか。色々凄そうな人だとは思ってたけど、まさかそこまで有名な人だとは思わなかった。それに侍女の人達も物凄く落ち着いてたし抜け目がないと言うか、色々先回りして動いてた感じがする。
そしてそんなやり取りをしていると今度はマリエルとマティスまで興味があるみたいで近寄ってくる。
「社交界の、現役バリバリ……ダンスとかも凄いのかなあ……」
「……え、男爵家から伯爵家に嫁いだの⁉︎ 何その化け物……」
「あれ? 二人もクロエ様に興味あるの?」
「あー……えーと、まあ……うん」
「そりゃあ下流貴族から上流貴族に転身なんて聞くとね」
マティスのシュバリエ家は近い内に男爵位を受けると聞いた気がするしそこから伯爵家に嫁いで一気に上流貴族になったクロエ様の話が気になるんだろう。だけどマリエルは微妙に言葉を濁してよく分からない。
だけど……社交界か。そう言えばクロエ様がアカデメイアだと一年生の時点で社交界デビューすると言ってた筈だ。それを友達にも聞いてみれば良いって。それで私はセシリアとルーシーに聞いてみる事にした。
「処で……セシリアもルーシーももう社交界デビューしてるの?」
「……えっ⁉︎ え、いきなりどうしたの、マリー⁉︎」
「いやほら、クロエ様はアカデメイアの先輩で正規生一年になれば社交界デビューで学票が貰える筈だって仰ってたから……」
「…………」
「それにクロエ様がね。私、外見が幼く見えるから、誹謗中傷をされない為にお母様がデビューを控えさせてるんじゃないかって仰ってたから」
私が言うと黙り込んでいた二人は顔を見合わせてため息を吐く。観念した顔に変わると申し訳なさそうに呟いた。
「……うん、ごめん。実は……結構前、正規生になった時にね。社交界にデビューしちゃってるの。黙ってるつもりはなかったんだけど……」
「私もバスティアンと一緒に……家の事が絡むから断れなかったんだよ」
「そっか。それは仕方ないよ。別に怒ってないから安心して?」
そう答えながら私はクロエ様が教えてくれた事に感謝した。もしいきなり二人からそんな話を聞いたらきっとショックを受けたと思う。あの時に初めてこの話を聞いた時だって取り残された感覚に囚われたんだもの。
「だけど……そっか。道理で皆と余り会えなくなった訳だよ。社交界ってかなり開催が多いんでしょ? 二人はヒューゴやバスティアンと一緒に参加してたりするの?」
「うん。婚約してると基本的に一緒に参加だからね。一人だけ参加すると不仲とか色々勘繰られるから。うちとヒューゴはどっちも辺境伯家だからそうでもないけどルーシーの場合は伯爵家と侯爵家だから余計にね?」
「結構面倒なんだよねー。でも一緒に頻繁に出ないと爵位目当てで近付いたとか言われるし。あ、でも学票が貰えるのって最初のデビューの時だけで後は貰えないから授業もちゃんと出なきゃだから注意だよ?」
余り深く考えてなかったけど社交界ってそう言うのもあるんだ? 特に家が絡む分気楽に参加する訳にも行かない。社交界に出ると言う事は家の看板を背負って表舞台に立つと言う事だから嫌でも他の貴族と接する必要が出てくる。いわば貴族社会に於ける情報戦の舞台だもの。
「……二人共、本当に大変だね……」
私が少し同情的に言うと二人は少し安心したらしく苦笑する。
「まあ、婚約程度じゃ噂を流されるしね。結婚して子供が産まれたら結構落ち着くらしいわ。それまでは油断出来ないし仕事をしてる感覚かも?」
「けど貴族って面倒よねー。婚約してそんなのあり得ないのに、間違った事してるみたいな噂が出るんだもん。まあ、そう言うのはバスティアンが庇ってくれるから全然平気なんだけどね? マリーも気をつけてね?」
うーん、二人共思ったより苦労してるんだなあ。まあでも確かに同じ階級同士なら余り下手な事も言われないだろう。でもセシリアは良いとしてルーシーは結構大変だ。伯爵家から侯爵家に嫁ぐって度合いはかなりマシだけどきっとクロエ様と似た状況だと思う。もしかしたらだから経験者のクロエ様に色々教えて欲しいって気持ちがあるのかも知れない。
そして――まあ、クラリスはまだとして。マティスとマリエル、それに隣のコレットを見た。もしかしたら三人ももう社交界にデビューしているのかも知れない。だけど真っ先にマティスが苦笑して首を横に振る。
「あー、私はまだよ? だって父様はまだ叙爵されてないもの。騎士爵は準貴族で貴族扱いされないからね。無理に社交界なんて参加すればそれこそ場違いだって言われて叩かれるだけだもの」
そして隣にいるコレットも少し困った様子で笑う。
「あ、私もまだですね。私の場合は男の子が苦手ですし、お酒だってまだ飲めませんから。社交界ってお酒が出されるって聞いてますので……」
だけどそれを聞いてセシリアとルーシーがコレットに話し掛ける。
「あー大丈夫よ? お酒以外にジュースもあるから。仕事で飲酒出来ない貴族だっているし。それに男の人は大抵シードルとか紅茶を飲んで雑談をして情報収集をしてるもの。酔っ払うとバカにされるからね?」
「え、そうなんですか?」
「うん。お酒飲んでるのって偉い老人夫婦だけかな? 大体ダンス踊る人は皆若いし運動するのにお酒なんて飲まないよー? そんな事したら倒れて大変だしねー。まあでもコレットの場合は恋人とか相手が出来てからの方が面倒も少ないから良いかも? シルヴァンも言ってたけどコレットはすっごい男子受けが良さそうだしね?」
「……あ、あは、あはは……そうします……」
悪戯っぽくルーシーが言うとコレットは顔を赤くする。そう言えば今はレイモンドと仲良くなってるんだっけ。それにコレットの場合モンテール家の娘と言う事もあって近付きたがる人も多い。ルーシーもそれを分かった上でわざと茶化すみたいな言い方をしてるんだろう。
そして最後のマリエルはキョトンとした顔で私を見た。
「……ん? 私、社交界に出るつもり、あんまりないよ?」
「え……マリエル、それで大丈夫なの?」
「うん。だって私、ルイちゃんと一緒じゃないなら社交界なんて全然興味もないし。だからもし行くのならルイちゃんと一緒だよ」
そう言ってニッコリ微笑むマリエル。一見感動的な友情を語ったみたいに聞こえるけど残念ながら私はレディクラフトを学んで相手を見る修行をしている。一瞬マリエルが目を逸らすのを私は見逃さなかった。
「……それで本当の理由は?」
そう言って尋ねるとマリエルのか顔が驚愕に染まる。まるでその場に崩れ落ちるかの様に膝をつくとそのままがっくり項垂れて床のラグに手を着いた。
「……私、教養関係がさっぱりで……礼儀作法とダンスが物凄く成績悪いのよう! だからルイちゃんに色々教えて貰わないと無理なのよう!」
礼儀作法とダンス――あー、どっちも座学と実技の両方が要求されるちょっと難易度の高い授業だ。知識と所作が要求されるから片方だけどんなに上手く出来てももう片方がダメなら評価が下がる。特にダンスは相手によってリズムやペースが違う。自分以外の他人との協力が必須になるから苦手な人は本当に苦手だしリズム感がないと更に大変になる。
「……もう、仕方ないなあ。マリエル、今度特訓する?」
「え……いいの? あ、でも私、ルイちゃんと一緒じゃないと社交界には行かないって言うのは本当だからね?」
「もう、分かったよ。取り敢えず普通くらいに出来るのを目指そう?」
「うう、有難うルイちゃん! もうこの際だしうちにお嫁に来て!」
そんな他愛ないやり取りをしながら。私はこう言う日常的な会話がどれだけ大事なのかを実感していたのだった。