246 意外な変化
それから私達はリオンの部屋に移動する事になった。と言うのも私の部屋よりリオンの部屋の方が荷物が少ない分広い。それに曲がりなりにも女の子の部屋に男女大勢が集合してるのもちょっとアレだ。それでリオンの部屋に全員が移動すると今回バレた経緯について知る事となった。
セシリアが私の心肺停止を知ったのはアカデメイアに出向している騎士達との剣の訓練で聞いたかららしい。
私の友人だと聞いて『それは大変でしたね、公女様はその後もご無事でお過ごしですか』と尋ねられたそうだ。当然セシリアにとってそれは寝耳に水でその騎士を問い詰めると心臓が停止して危険な状態になった事を知ったらしい。セシリアはその足でクラリスを問い詰めて、そこから私を知る友人達全員に色々聞いて回った。それが昨日の午後の話だ。
そしてクラリスを問い詰めて今日、私が戻ってくる事を知ったセシリアは全員に召集を掛けてテレーズ先生の処に押し寄せた。だけど私とリオンが丁度離れた後で、以前教えて貰った抜け道を通って部屋に戻った為に彼女らと顔を合わせる事が無かった。そのままセシリア達は私の部屋を訪れて、こうして私が盛大に叱られる事になったのだった。
私の隠していた事情を話した騎士の名前はセルジュ・ディラン。あの時私が庇って助けた騎士でお父様やお母様、王様やアンジェリンお姉ちゃんに報告をした、襲撃の実行犯とかつて同じ学生だった先輩の騎士だ。
考えてみたらあの騎士に口止めなんてしてなかった。だって接点が無いし口止めするにも普段何処にいるのか知らない。それ処か名前を聞いても一瞬誰の事か分からなかった位だ。
私が心肺停止してフランク先生から蘇生処置を受けた事もあの騎士は全部知っている。だってすぐ傍でそれを見ていたんだもの。そりゃあセシリアが私の友人だと知ればその後の様子も聞いて当然だし気に掛けてくれた訳だから責める事も出来ない。要するにバレるべくしてバレたのだった。
「――皆、隠していて、本当にごめんなさい。私が悪かった、です」
私はマリエルやルーシー、それにマティスとコレットに問い詰められた後で友人達に頭を下げて謝罪した。セシリアが言った『友人なのに心配もさせてくれないのか』って一言が刺さり過ぎた。もし逆の立場だったら私も絶対に同じ事を考える。心配は相手に負担を掛けるだけじゃない。その事を私は考えていなかった。それはもう完璧に私の落ち度だった。
だけどそうなるとシルヴァンの頬が腫れている理由が分からない。彼はどうして頬をぶたれたんだろう?
「……それで、シルヴァン? どうして頬を押さえてるの?」
「……セシリアに問い詰められて、知ってるってバレて叩かれた……」
「……なんかごめん……」
「ううっ……襲撃事件の顛末なんて知ってて当然じゃないか……だって僕はこれでも王子なんだから……逆にマリーがどうなってたか、知らない方が問題だろ……女の子怖い……こっちの話全然聞いてくれないし……」
……シルヴァン、疑ってごめん。私が隠そうとした所為だった。完全に貰い事故だよね、これ。その上なんか一層女の子が怖くなってるし。叩いた側のセシリアも今は我に返って居心地悪そうだ。ヒューゴもバスティアンも苦笑するだけでシルヴァンをフォローしようとしない。なんかもう、完全にシルヴァンってそう言うキャラ扱いになってる感じがする。
そんな処にリオンとクラリスがお茶を淹れて戻ってくる。全員分を準備していて結構な量がある。私は責められる立場だったから手伝う事が出来なかった。そこでリオンはカップを手渡しながらシルヴァンに尋ねた。
「はい、これ――シルヴァンは本当に女の子が苦手だよね?」
「有難う――って何言ってるんだよ、リオンだって苦手だろ?」
「いやあ、僕にはリゼがいるし。婚約者がいるのに苦手はないよ?」
「ず、ずるいぞリオン! なんかずるい!」
「え、ずるいって……」
突然そんな事を言われてリオンは困った顔に変わる。だけどシルヴァンは疲れ果てた顔になってボソリと呟く。
「……最近さ……姉上や父上から『マリーですら婚約してるんだしお前もそろそろ結婚相手を見つけろ』とか言われるんだよ……」
「……は、はあ……」
「でもさ? ぶっちゃけ僕が知ってる女の子って大抵怖いしさ? そんな中で婚約しろって言われても見つけられる筈がないだろ?」
そんな処に治療道具を取りに行っていたクラリスが戻ってくるとシルヴァンの頬を治療し始める。クラリスはお医者さんを目指してるだけあってこう言う時に応急処置が出来る様に治療箱を常備している。そしてそんな処で言わなきゃ良いのにリオンが余計な事を言ってしまう。
「だけど……シルヴァンだって怖くない女の子位はいるだろ? そう言う子の中で良いなと思った子はいないの? 今ここにいる女子は半数が婚約してるけど、例えばその中でも関心が持てる子っていないの?」
「え……うーん、そうだなあ……」
シルヴァンの視線は真っ先に頬の治療をするクラリスへ向かう。じっとその横顔を見つめると突然とんでもない事を言い出してクラリスは驚いて身体をびくりと震わせる。
「……クラリスは良いかもなあ」
「え……な、何ですか、シルヴァンお兄さん⁉︎」
「いやーだってクラリスってはっきり言う子だけどこうして治療してくれたりするだろ? クラリスはきついんじゃなくてはっきり言うだけだからかな? 優しいし、こんな妹がいればって思う事はあるよ?」
それを聞いてクラリスは慌ててシルヴァンから離れると私の後ろに隠れるみたいに逃げてくる。口では言わないけど明らかな拒絶反応だ。だけどシルヴァンはそれにも気付かない。そして部屋の中にいる皆を見回す。
私としてはそう言う話は好きじゃないんだけど、今回は私の所為で色々ややこしい事になった直後で余り強く言えない。それにセシリアとルーシーも少し楽しそうに見える。それでクラリスを励ましながら黙っていた。
「他は……そうだなあ、コレットも可愛いと思うよ? モンテール子爵家らしく礼儀正しいし真面目だし。コレットってお嫁さんにしたい女の子としてはかなり人気なんじゃないかな? 何より怖くないし」
「む、無理です! そんな私、王族の方とだなんて、絶対無理ですっ!」
だけどそれを聞いたコレットの顔が真っ青に変わる。気の所為かそんなコレットの前にレイモンドが立ち塞がる。そんな彼の袖を摘んで怯えたみたいな顔だ。うん、本当にこう言う処もクラリスと凄く似てる。そしてコレットとレイモンドの隣にいたマリエルにシルヴァンの視線が向いた。
「……そう言えばマリエルも怖くないなあ。どっちかと言うと格好良い気がする。それにいつも可愛くて元気だしね。それにマリエルってあんまり他人を威圧したり責めたりしないんだよ。そう言う処が魅力的かな?」
「……え、えへへ?」
だけどシルヴァンのコメントを聞いてマリエルは妙に嬉しそうに頭を掻き始める。と言うかいいのマリエル、本当にそれで……でもそれまで黙って笑顔だったセシリアとルーシーが笑顔のままシルヴァンに尋ねた。
「……シルヴァン? それで私達は?」
「そうよそうよ。私達を無視してない?」
「えっ? いやいや、流石に婚約してる女の子をこう言う話で取り上げるのはダメだろ? それくらいの常識は僕だって持ってるよ?」
「まあほら、あくまで例え話だし。シルヴァンが私とルーシーをどんな風に見てるのか、凄く知りたいわ?」
「だよねセシリア。なんか意図的に私らを避けてる感じもするし」
なんか二人の笑顔が凄く怖い。笑顔だと思ったらもしかして顔が引き攣ってるだけ? 張り付いた笑みが恫喝してるみたいに見える。だけど少し考えるとシルヴァンは物凄く冷静な顔になって言った。
「……先ず、セシリアは無いな。二人共かなり怖いし」
「な、なんですって⁉︎ 私の何処が怖いって言うのよ⁉︎」
「だって……僕を張り倒したの、セシリアだろ?」
「……うっ……」
「幾らマリーが心配だったとは言え、暴力を振るうのはちょっとね?」
「……う、ううう……ごめんね、ヒューゴ……」
なんかシルヴァンの説得力が凄い。あのセシリアが全く何も言い返す事が出来ずにいる。それで泣き付くセシリアにヒューゴはキョトンとした顔で首を傾げる。
「……ん? いや、別に俺からみてセシリアは怖くないしな? 可愛い女だと思うぞ? それに他の男に色目を使うより今のままが良い」
「あーんもう、ヒューゴ、有難ぉーっ!」
……なんかもうバカらしくなってきた。セシリアってヒューゴが関わると途端にバカップル化するんだよね。だけど以前から思ってた事だけど、シルヴァンって真面目なのか冗談なのか分からない事が多い。普段は割と道化っぽい振る舞いなのに不意にシビアに変わる。最初準生徒で入学した時と比べるとそう言う部分が一番変わった気がする。そして次にルーシーが笑顔でシルヴァンに尋ねた。
「セシリアはそうだよねー! んで私は?」
「……ルーシーもダメかな。ルーシーの場合は自分が好きな相手には凄く優しくなって甘えるけどそうじゃない相手には容赦無いし。まあ世間的にはその方が良いとは思うけどね? 逆に言えば一途って事だから」
だけどそれを聞いてルーシーはよく分からない顔になる。多分褒められてるのかどうか分からないんだろう。だけどそれをフォローするみたいに今度はバスティアンが笑顔でルーシーに話し掛ける。
「流石シルヴァン様、ルーシーを良く理解して下さってますね。ルーシーは今のままで良いんですよ。だって僕と言う婚約者がいるんですから他の男に愛嬌を振り撒く様な女性ではいけませんからね!」
「え、えへへ、バスティアン大好き!」
うん、ルーシーも平常運転だ。でもセシリアもルーシーも婚約してから上手く行き過ぎてる気もするけど。そしてシルヴァンはマティスを見ると少し優しい笑顔を見せた。
「……マティス嬢も怖くない――と言うより自分の事で精一杯で他人に目を向ける余裕がない感じかな? セシルを守ろうとし過ぎて他人に厳しく当たる処はあるけど自分に満足出来てない。まあ君自身はちゃんと魅力的だから、その調子で自分を磨いていけば良い相手と巡り会えるよ」
「……え……あ、その……殿下、有難うございます……」
と言うかなんかもう女子が怖いとかそう言うのじゃなくてシルヴァンが感じたその人の印象みたいな話になってる気がする。何気ない話のずらし方だけどこう言う部分がシルヴァンの怖い処な気がする。以前はそうでもなかったのに何だか誤魔化し方が妙に王様に似て来てる感じだ。そして全員を見渡した後で最後にシルヴァンは私をじっと見つめる。
「え……な、何よ?」
「……うーん。マリーは何と言うか難しいんだよな」
「む、難しいって何が?」
「最初は可愛くて大人しい子だと思ってたんだよな。でも実際はかなり腹黒い処もあるし、かと言って世間知らずで純粋な処もある。何て言うか、ずっと見ててもマリーだけ良く分からないんだよ」
「も、もういいよ! 私の分析はしなくていいから!」
「そう言う訳にはいかないだろ? そうだ、じゃあ例えば――もしリオンがボロ泣きして立ち直れそうにない位打ちひしがれてたらマリーなら一体どうする?」
「……リオンが?」
そう言われて考える。リオンがそう言う風になった事なんて見た事がないしちょっと想像出来ないけどきっと私ならこうする。それにこれなら多分変に弄られる事もない筈だ。
「そりゃあ……頭を抱いて慰める……んじゃないかなあ?」
だけど私がそう言うとシルヴァンは深いため息を吐く。
「……うん、やっぱりマリーは男前過ぎるんだな」
「えっ⁉︎ ちょ、それってどう言う意味なのよ⁉︎」
「簡単だよ。例えば――コレット嬢なら愛する人が打ちひしがれてたらどうやって慰める?」
「え、私ですか? ええと……その、首を抱いてあげると思います……」
いきなり言われてコレットは恥ずかしがる間もなく答える。それを聞いたシルヴァンはうんうんと頷きながら私に言った。
「これが可愛くて怖くない普通の女の子の答えだよ。マリーは男前と言うか妙に達観してる処があるんだよね。その分変に他人を頼ろうとしないし自分だけで全部背負おうとする。もうちょっと他人に頼って甘える事を覚えないと。リオンだって見た目が歳下だから手を出せないだけだろ?」
「ちょ、いきなり僕に話題を振るなよ⁉︎」
それで皆が納得した顔に変わってウンウン頷き始める。いつもならそれで私は顔を赤くして怒るかも知れない。だけどシルヴァンが優しい顔で皆を見つめている。もしかしたらシルヴァンは周囲の空気を何とかしようとしてくれたのかも知れない。皆が柔らかい空気になって雑談を始める中、私はシルヴァンに近付いた。
「……シルヴァン。何だか色々、気を使ってくれて有難うね?」
「うん? 何の事かな? 別に僕は気なんて使ってないよ?」
そう言いながら微笑むシルヴァン。何と言うか彼は私が知っていた様な恋愛にうつつを抜かすだけの王子様じゃなくて本当の意味で王様になる王族になりつつあるのかも知れない。長い間お姉ちゃんに弄られ続けて皮肉と道化じみた態度を使いながら周囲の空気を変えていく。それは多分、本来のゲームでの彼とは全く違う成長だ。
周囲を見て穏やかに微笑むシルヴァンに、私は『王族って本当に侮れないな』と感じていた。