244 責任重過ぎ問題
「――ははぁ、成程ね。そんな事があったんだ……」
「うん。だからもう私、あの時すっごい緊張してたんだよね!」
私の家に向かう馬車の中で私はリオンに全部話していた。本当はアカデメイアに直接戻った方が良いのかも知れないけど一旦家に戻ってお母様に何があったのかを説明する為だ。いつもならわざわざ報告に戻ったりしないけどもう私の事情については全部言ってるし、ちゃんと話しておいた方が良いと思ったからだ。だけど私が少し興奮気味に話すとリオンは物思いに耽るみたいにポツリと呟いた。
「……でも、クレリアの気持ち、確かに分からなくはないなあ……」
「え? リオンもそう言う事、考えた事ってあるの?」
「そりゃあ当然あるよ。男だけの三人兄弟だからね。末っ子には末っ子の悩みがあるんだよ」
「へぇ……それってちょっと意外……」
「例えば……兄貴達は父さんと一緒に出掛けるのに僕だけ家で留守番って小さい頃から多かったしさ。英雄魔法が使えたから流石に『自分は拾われ子なんじゃないか』とは思わないけど、ちょっと考えた事はあるよ?」
「えー……考えた事はあるんだ?」
「そりゃあね? だって自分だけ認められてないって辛いよ。まあ子供の考える事だから浅はかなんだけどさ。それでも自分は要らない子だったんじゃないか、産まれてこなかった方が良かったんじゃないかって考えちゃうんだよ。リゼの兄さんと違って歳も割と近いから余計にね?」
それは本当に意外な話だった。だけど思い返してみると初めて会った頃リオンは少しやさぐれた感じはあった。自分の事に無関心で拗ねたみたいな態度だったし、実際叔母様に甘えられなかったのは英雄魔法もあるけどどっちかと言うと自分は必要とされてないと感じてたからなのかも。
「……ふうん……リオンもそう言う事、あったんだ……?」
「うん。だからクレリアの気持ちは何となく分かるよ。特にあの子の場合は上にアランがいて下にマリエがいるし、その上クロエ様はローランが生まれて余り相手が出来なかっただろうからね。僕が産まれた時にエドは三歳で余り相手して貰えなくて悔しかったってぼやいてた事があるよ?」
あー……そう言うのってやっぱりあるんだ? そういえばエドガーってちょっぴり皮肉屋な処もあるし軽口を叩く印象が強い。あれって子供の頃に寂しい思いをした経験が影響してるんだ? だけどエドガーって今は素直でかなり真面目だ。きっと叔父様と叔母様が努力したんだろうなあ。
「……だけどさー。クラリスって意外な処で他人の人生に関わってる事が多い気がする。今回だってクロエ様がクラリスが言ってた事を話してくれたから良かったけどさ、それが無ければ私も気付けなかったと思うよ?」
「まあそれは魔眼の宿命だね。相手の心や感情が分かっちゃうと小さい内に知らなくて良い事まで知っちゃうからさ。それについては僕も相当苦労したし。それで子供らしくないって今度は気味悪がられるんだよ」
「なんか……大変だね。私なんか察するの苦手だからそう言う事が出来ると便利だなーって思うんだけど……」
「それはリゼがそう言う性格だからだよ。実際僕は未だに女の子がちょっと苦手だし。昔、社交界に連れていかれた事があったけど歳上の女の子が凄い勢いでダンスしに来るんだ。五歳の子供相手に十歳の女の子とか寄ってくるんだよ? 頭には結婚しかなくて凄く怖かったな……」
「……あ、そう……」
なんだか踏んじゃいけない部分を踏んじゃったらしい。だけどクロエ様から貴族令嬢は汚いって聞いた後で否定もし辛い。まあうちの場合はそう言う教えられ方もしてないし、特に私の場合は身体が弱すぎて婚約や結婚なんて考える以前の問題だったしね。でも私の知らない正史なら私自身も婚約や結婚に拘ってたかも知れないと思うとゾッとする。そこからは本気で沈むリオンに声も掛けず黙って馬車が到着するのを待つ事になった。
そうしてしばらくすると実家に到着する。伯爵家の出してくれた馬車の御者さんにお礼を言うとすぐにリオンと一緒にお母様に会いに行った。
「――あら、お帰りなさい二人共。伯爵家でのお泊まりはどうだった?」
「うん、ちっちゃい子が多くて楽しかったよ。私、普段あんな風にちっちゃい子と一緒に過ごした事がなくて凄く新鮮だった」
「僕もそう言う経験がなかったのでとても有意義でした。それにこれからリゼが行く時は僕も同行する事になりました。護衛もありますからね」
どうやらあれからお母様は落ち着いてるみたいだ。そんなやり取りの後で私はすぐに報告の話に移った。今回お母様に報告するのは大まかに二つだ。一つは私がマリーアンジュ――ベアトリスと争っちゃいけないと言う事。もう一つは私の身体に関する事だ。それで先ずベアトリスを避ける事について報告する事にした。
だけど具体的にどうすれば良いか分からない。クロエ様は私が英雄一族で魔法無効化領域を展開する事を知っている。例え英雄魔法が使えなかったとしてもアレクトー家の血を受け継ぐ人間は自分の周囲に結界みたいな物を常時発動している。だけど私自身が英雄魔法を使える事までは流石に知らないみたいだ。それに私が一度心肺停止して死にかけた事も全く世間に伝わっていないみたいだし、これは周囲の人達に感謝すべきだろう。
私がクロエ様に言われた事を話すとお母様は少し考えると口を開く。
「……それは一見具体的ではないけれど、彼女はベアトリス嬢の親友で性格を良く知っているのよね?」
「え、うん。多分クロエ様は物凄くベアトリスに詳しいと思う」
「なら、関わるなと言うのは貴方はベアトリスに結び付けて考えない方が良いと言う事じゃないかしら。どうもやり口を見ていると破滅願望と言うか、自分の悪事が露呈する事を望んでいる様に見えるのよ。特に今回のアカデメイア襲撃は王国の威信に関わる事件よ? 当然お兄様――陛下や王宮も動いているし、嫌でも国際問題に発展する筈だわ。それにわざわざアカデメイアに縁のある元生徒を送り込んでくれば素性から必ず自分の事が知られるでしょう? もしかしたら目的はルイーゼじゃなくて、貴方を関わらせる事で何か達成したい別の目的があるんじゃないかしら?」
「……え……別の目的、って?」
「さあ。私は件のベアトリス嬢をよく知らないから何とも言えないけれどクロエ夫人は夫人なりに親友の行動を理解していらっしゃるのかもね?」
これはお母様に相談して良かったかも知れない。私はそこまで客観的に物事を見られない。別の目的の為にベアトリスが私に執着しているんだとすれば可能性は私の立場かも知れない。だって公爵家の娘が殺されたりすれば流石に王宮も絶対に動く。余り考えた事はないけど私は公女と呼ばれる立場で普通の国なら狙われただけで戦争の切っ掛けにもなる。私が襲われてもそこまで話が大きく動かないのは私が英雄一族の娘だからだ。
「ああ、だけど……貴方が英雄一族の人間だから、と言うのも大きな理由かも知れないわね。何せアレクトーの家は国の要でもあるから。ただでさえ一番安全な筈の貴方が狙われてどうにかなれば必ず戦争になるわ」
「え……わ、私ってそんな重大な立場だったの⁉︎」
「決まってるでしょう? 公爵家の、それも英雄一族の人間に手を掛ければそれは我が国として看過出来ない問題よ? セディ――お父様だってきっとこれまでの専守防衛から攻勢に変わるんじゃないかしら」
そんなお母様の言葉にリオンも頷く。
「……多分、リゼが殺されでもしたらイースラフトも動くよ。アベル伯父さんは絶対にドラグナンを本気で潰しに掛かるだろうね。あの人、身内の事に関しては本当に容赦しないから。例え世論がうちとこの国に悪く動くと分かってても絶対に潰す。そう言う人だってリゼも知ってるよね?」
「そうね。アベル様ならやりかねない――と言うか絶対にやるわね。あの方は言った事を必ずやる人だから。幾ら親友だとは言えイースラフト王はよくあの方を御せるものだと感心するわ。あの方が本気になれば多分一日も掛からずに国一つを大陸から消してしまえる筈だもの」
ひ、ひぃ……アベル伯父様って色々ヤバいとは思ってたけど、まさかお母様がそこまで言う位に強烈な人だと思ってなかった。というか一日で国を一つ滅ぼすって何? それもう軍隊とか意味ないじゃん。そんなのもう英雄と言うより魔王とか超人ってレベルだ。流石に怯えから顔を引き攣らせているとリオンは苦笑する。
「……あのさ、リゼ。あの人、戦争でも殆ど相手を殺さないんだよ」
「……え、だから……何なの?」
「戦いで相手を殺さないって言うのは凄く難しいんだ。生かしたまま倒すのは相手の倍以上力量がないと出来ないんだよ。それに詳しくは知らないけど伯父さんの英雄魔法は範囲殲滅型らしい。一撃で広範囲の敵を殺せる位の威力があるらしいから、多分本気でやれば戦争にすらならないよ」
「な、なんなのよそれ⁉︎ え、一撃で……大量殺傷出来るって事⁉︎」
「うん、そう言う事。どうして殺さないのかって言うと僕ら身内が安全で平和に生きていける為って昔父さんと母さんが言ってた事があるよ。その為にうちの王様も色々考えてくれてる。あの人って怖く見えるけど実際は凄く優しい人なんだよ。まあ、それでもかなり怖い人なんだけどね?」
ま、マジか……広域殲滅なんて、それもう人間兵器じゃん。もし私に何かあったらブチギレた伯父様がドラグナンを殲滅するって事? 範囲攻撃って事は絶対民間人とか関係なく完全無差別じゃん……そんなのもう味方で良かったとか言う以前に絶対的な世界の敵、魔王そのものでしょ……。
「まあ、だからルイーゼもクロエ夫人にきちんと教えて戴きなさい。それでなんとかなるのなら学んでおいて損はない筈ですからね?」
「わ、私、今日、お母様に相談しに来て正解だったよ!」
自分にまさかそんな重大な責任が掛かってるとは思わなかった。お母様に相談しに来なかったらそんなの知らないままだったよ。あぶねぇ……本当にあぶねぇ……ベアトリスの目的が何なのか知らないけど、それでもし私が死ねばほぼ確実にドラグナンの人達は問答無用で殺される。文字通り一つの国が大陸から消滅する。それを聞いて責任を感じない訳がない。
「……取り敢えず、クロエ様に色々方法を相談するよ……」
「ええ、頑張ってね。世界の為にもね?」
……それは本当に洒落になってないよお母様。そして私は心の底から未だかつてなかった位に深いため息を吐くのだった。