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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
241/320

241 自分らしさ

 夕食を終えて私はクロエ様の部屋に呼ばれていた。今はローランも侍女の人達に任せていて部屋の中には私とクロエ様の二人しかいない。ソファーに促されて腰掛けながら私は試験の事を考えていた。こうやって呼ばれるのはきっとその事を話す為だ。それで少し前に食堂であった楽しい時間を思い返す。


 何と言うか、私はクレリアとマリエに何故か異様に懐かれる事になった。二人共『リーゼお姉ちゃん』と私を呼んでくっついてくる。特に冷やしたジャムが余程美味しかったらしくて次は二人も自分で作ってみたいと大はしゃぎだった。小さい子に懐かれるのって何と言うか凄く嬉しい。やっぱり可愛いと思うからなのかな? そうやって思い出して微笑んでしまう私にクロエ様は突然尋ねて来る。


「――それでリーゼちゃん、どうやって二人を垂らし込んだの?」

「……へ? た、垂らし込む⁉︎」


「マリエはまあ分からなくもないわ。あの子、少し弱気な処もあるし頼れる相手がいれば割とすぐ懐くもの。だけどクレリアはちょっと難しい処のある子なのよ。物に釣られて人に懐くなんて絶対にしないの」


 なんかクロエ様って物凄く冷静に自分の子供を見てるな。確かにジャムに興味を持って歩み寄ってくれたのはマリエだ。クロエ様の言う通りクレリアは最初キッチンに来ても同じ様にジャムに興味を示さなかった。


 だけど途中からいきなり慕ってくれる様になって夕食の頃にはマリエと同じく物凄く頼ってくれる様になっていた。特にジャムを自分で作ってみたいと言い出したのもクレリアだ。それだけジャムが美味しかったからと考えてはみるものの食べる前にクレリアは態度を軟化させていた。じゃあ一体どうして懐いてくれたのかと悩んでいるとクロエ様が呟いた。


「……あの子がね。あんなに年上の女の子に懐いたのってクラリスちゃん位しか今までにいないのよ。それで大分前に一度だけクラリスちゃんに聞いてみたのよね――どうしてクレリアにそんなに懐かれたの、って」

「その時、クラリスは何て言ってましたか?」


「私は子供を区別しない立派な母親だって。だけど区別しない事が優しいとは限らないから、それに気付いてあげてください……とだけ」


 それは……。クラリスは魔眼の所為で普通なら分からない事を理解出来てしまう。きっとその時亡くなったお母様、エレーヌ様の事を考えていた筈だ。だってクロエ様は子供を大事にする優しい母親だから。本当に気付いて欲しい事だからはっきり言わない。クラリスにはそんな処がある。


 だけど区別しない事は立派なのにそれが優しいとは限らないと言うのがよく分からない。そもそもこの場合の『区別』って何? 私だって貴族で男女の扱いが違う事位は知っている。だけどクロエ様はきっとそう言う事はしない。アランも、クレリアやマリエも本当に大事にしている。


 そこで私はクレリアの態度が変わった時を思い出していた。キッチンでジャムを作っていた時だ。あの時興味が無い様に見えたクレリアが突然饒舌になって私に話し掛けてきた。それからずっと普通に私と接してくれる様になった。あの時私は確かレモン果汁を入れる話をした筈だ。酸っぱい味でマリエが苦手っぽい感じだったけどクレリアは平気だと言っていた筈だ。子供は極端に酸っぱい物を余り好まない。それで私は――。


――あ、あれ?


 もしかしてこれって実は普通の事で特別な話じゃない? あの時クレリアが反応したのは多分あの一言だ。私にもレオボルトお兄様がいるけど歳が離れ過ぎていて比べられる事自体無かった。でもクレリアにとってアランは歳の近い兄弟だ。本来なら男女で立場に違いがあるから扱いも変わるけどクロエ様の事だからきっと平等に扱ってる。でもそれだとその人間は自分の立場が実感出来なくなってしまう。


 例えばアランは自分を『お兄ちゃん』だと言う。お兄ちゃんだから妹を助けるし手伝ったりもする。だけどそれは周囲がアランの事を『お兄ちゃん』だと認めているからだ。クレリアもマリエもアランの事を頼れるお兄ちゃんだと思っている。だから助けてくれようとすれば素直に受け入れるし困った事があれば頼る。人は周囲が認めてくれるからこそ自分の立場を自覚してそれらしく振る舞う事が出来る。子供でも大人として扱われれば自然と大人らしくなっていけるんじゃないかって私は思う。


「……クロエ様って、アランはお兄ちゃんだと思いますか?」

「……ええ、実際あの子は長男だし夫も良く言っているから……」


「じゃあ……クレリアをどう思います?」

「え? クレリアも難しい子だけど可愛い私の娘だと思うわよ?」


「そうじゃなくて……クロエ様はクレリアの事をちゃんと『お姉ちゃん』だと認めてあげてますか?」

「……え……」


 私がそう言うとクロエ様は目を大きく開いた。そのまま何かを考え始めて視線が床の上へと向かう。それで私は自分が思った事を口にした。


「……私にもお兄様がいますけど歳が離れ過ぎてて比べられたりしませんから理解出来てなかったんですよね。だけどクレリアはお姉ちゃんとしてマリエの面倒を見てます。立派にお姉ちゃんとして頑張ってるのにそれを周囲が認めてくれなきゃ凄く辛いと思うんですよね」

「…………」


「多分、クラリスもそれが言いたかったんじゃないでしょうか。あの子のお母様はもう亡くなって兄弟もいません。だけどお爺様のフランク先生はちゃんとクラリスを認めてます。それにお姉ちゃん――アンジェリン姫も弟のシルヴァンは怖がりますけど頼りにもしてます。そんな風にちゃんと周囲が認めてあげないと自分らしくなれないのかな、って思いました」

「……それは……」


「それに夕食の時、クレリアは『お姉ちゃんだから』って言ってマリエが食べちゃった後にジャムを分けてあげてたんですよね。マリエも夕食の時にクレリアを『お姉ちゃん』って呼ぶ様になってましたし。たったそれだけの事ですけどクレリアにとって凄く嬉しかったんじゃないでしょうか」


 私がそう言うとクロエ様は沈んだ顔に変わる。俯いて唇を噛む様子はこれまでに見たクロエ様の態度とも全然違う。試験と言われていたけど多分クロエ様なりにクレリアの事で悩んでいたんじゃないかな。


「……そうだったのね……私は一人っ子だったからそんな事、考えた事も無かったわ……」

「……クロエ様……」


「私が『こうだったら良かったのに』って思った事しかあの子達にしてあげられてなかった。成程ね、確かにクラリスちゃんが言ったのはそう言う事なんでしょうね。私はクレリアをお姉ちゃん扱いした事が無かったわ」

「…………」


「ああ、そっか……ベティがコレットの事を気に掛けていたのはそう言う事だったのかも知れない。ベティはベティなりに姉の自分が何とかしないとダメだって。だからコレットの為に覚悟を決められたのかもね……」


 それを聞いて私はちょっと複雑な気持ちだった。何度も命を狙われて危ない目に遭ったのにその理由が妹の為と言われるとね。正直私はベアトリスの事が嫌いだけどそんな風に言われると嫌いになれなくなってしまう。


 だけどクロエ様は短く息を吐き出すと顔をあげて微笑んだ。


「……有難う、マリールイーゼ。今度からはクレリアにもっとお姉ちゃんとして接する事にするわ。私もすぐローランが産まれたからちゃんと見てあげられてなかった。あの子は妹の面倒をちゃんと見てくれてたのにね」

「はい。そうしてあげてください。きっとクレリアも喜ぶと思います」


「だけど……まさか貴方の試験のつもりが私の試験になるとはね。母親としてちゃんと出来て無かった事を思い知らされちゃったわ。テレーズ先生が仰った通りね。教えるつもりが教えられる事の方が多いって」


 あの後、先生とそんな話をしてたのか。だけど私だってそんなに偉そうな事は言えない。大体ジャムを作ったのも二人が食べた事がないみたいだから食べさせてあげたいと思っただけだし。それにクラリスがクロエ様に言った話を聞いていなかったら絶対に気付けなかったと思う。


 だけどやっぱりクラリスの魔眼は洒落にならないなあ。その所為で魔法が使えなくても充分役立ってる。クレリアがクラリスに懐いたのって多分気持ちを理解してちゃんと褒めてあげたからだろう。本当にちょっとした事だけど、子供もやっぱりそう言う事で影響を受けるんだなあ。


「まあ……リーゼちゃんは充分合格って事ね。まさかこんな事になるとは思って無かったけど。その調子で頑張って頂戴ね?」


 本当に偶然に偶然が重なってクリア出来ただけで素直に喜んで良いのか分からないけど、いきなり課された事に対処出来たしまあいいか。だけどふと疑問が浮かんで私はクロエ様に尋ねる。


「……あの、一つだけ聞いても良いですか?」

「ん? 何かしら?」


「あの、私を『リーゼ』って呼ぶのはどうしてなんですか?」

「え、そんな事が気になってるの?」


「はい。だって私の知り合いは皆マリーって呼びますし。そうじゃない呼び方ってルイとかルイーゼが殆どなんですよね。それでどうしてリーゼって呼び方を選ばれたのかな、って思って」


 これは最初にそう呼ばれた時から疑問だった事だ。元々私の事をリゼと呼ぶのはリオンだけで似た呼び方が出て来た理由が分からない。そう言えば元々どうして『リゼ』なんて呼び方をリオンはしたんだろう?


 だけどクロエ様は苦笑すると楽しそうに答える。


「そりゃあ……ルイーゼって子供が呼び難いからよ?」

「えっ? え、そうなんですか?」


「子供って『ル』の発音が得意じゃないのよ。他にも子供が発音し辛い発音ってあるけど、『リ』はまだマシなの。これからリーゼちゃんはうちに来て子供達とも顔を合わせる事も増えるしね。だからそう呼んでるのよ」


 そ、そうだったのか! と言う事は昔、リオンが私の事をリゼって呼ぶ様になったのって『ルイーゼ』が発音し難かったから? いやまあルイーゼってリゼとかリーゼって呼び方もあるから別に良いんだけど。でもまさかクロエ様がそんな事を考えて私の呼び方を決めてたとは思わなかった。


「……クロエ様ってやっぱり凄いですね……ちっちゃい子が私を呼べる為にそんな呼び方を決めてただなんて、思ってもなかったです……」

「そお? だって呼び難いと子供も名前を呼ばなくなるでしょ? そんな風になるのはちょっとね。名前と言うのはちゃんと呼ばれないと自分の事だと感じなくなる物だから、そう言うのは大事にしなきゃダメなのよ」


 何だか昔、お母様にも似た事を言われた気がする。私が小さい頃お母様は私をルイーゼじゃなくてマリールイーゼとフルネームで呼んでたし社交界で名前を呼ばれても自分の事だと分からなくなるとも言っていた。


 母親って本当に色々考えてるんだなあ……そんな事に感心する私を見てクロエ様は本当に楽しそうに笑った。


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