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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/正規生編(15歳〜)
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239 クレリアとマリエ

 クレリアとマリエはハイレット伯爵家の子供達でとても可愛らしい三歳と二歳の姉妹だ。クレリアはご主人に似たのか栗色の髪でマリエは子供達の中では唯一クロエ様と似た黒い髪をしている。二人共健康で何か病気を患ってもいない。元気で活発な普通の女の子の姉妹だ。


 三歳の姉のクレリアは判断が凄く早い。これは歳の近い兄姉がいる子に多い傾向で、例えば幾つか種類のあるお菓子を選ぶ時歳上で判断力のあるアランに先を越される事が多いから自然と即決する癖が付いている。それもあってか少し強気な処があって言いたい事もポンポン口にする。


 二歳のマリエはそんな姉のクレリアにくっついている事が多い。兄弟の中で唯一同じ女の子と言うのもあるんだろう。歳が近い事もあってマリエは本当にクレリアの真似をする事が多い。一番良く見るのがクレリアが先に何か言うとマリエも『自分も』とすぐに反応する。これは真似をすれば損をしないからじゃなくて大好きなクレリアと一緒が良いからみたいだ。


 歳が近いのに二人はとても仲が良い。少し強気なクレリアとちょっぴり弱気なクロエでバランスが取れていて喧嘩もしない。特にクレリアは兄のアランと同じで自分がお姉ちゃんだと言う意識も強い。妹を守ろうとするクレリアと姉を信頼して頼るマリエ。二人はとても良い姉妹だった。


 そんなまだ三歳と二歳の姉妹だけど一緒に過ごすのは大変だ。特に私が傍にいるだけで二人共凄く不満そうだ。だけどこれは私を個人として嫌っている訳じゃない。侍女の人が私と同じ事をしても二人は自分でやろうとして不機嫌になる。だけどアランが同じ事で手助けしようとすると素直に受け入れる。特にリオンが相手だと大喜びでお願いするのだ。


 だけど……ちょっと気持ちは理解出来る気がする。だってリオンってば二人を同時に抱き上げる事が出来るんだもんなあ。他にそんな事が出来るのは父親のテオドール伯爵と執事の二人だけらしい。だけど二人はいない事が多い。流石に母親のクロエ様や侍女でも二人を同時に抱き上げたりは出来ないし当然私にだって無理だ。二、三歳の女の子で痩せてるとは言え一人を持ち上げるので精一杯だ。二人はとっても仲良しだから二人一緒に抱き上げられるお兄ちゃんが相手ならそりゃあ懐いて当然でしょうよ。


 お母様達と午前中にやって来てからもうお昼過ぎ。遅い昼食を伯爵家で戴いている。当然私はクレリアとマリエと一緒だ。だけど二人はもくもくと食べるだけで私の方を見ようともしない。クロエ様はローランの面倒を見ていて同席していない。それもあって何というか凄くやりにくい。


 唯一違うのはアランとリオンだ。アランは食事しながらとても楽しそうにしている。時々妹二人に話し掛けたりもする。流石にそれにはちゃんと答えているのを見ると兄弟の仲は良いと思う。


「――クリー、マリー、ちゃんとお野菜食べなきゃダメだよ? 美味しくなかったらこのルクレットをつけたらちょっと美味しくなるからね?」


「……はぁい」

「……うん……」


 ルクレットは以前、リオンがパンに使っていたマヨネーズ風味のドレッシングだ。元は肉料理用のソースだけどサラダにも使用される。胡椒が高価だから調味料の代用に色んな味付けをされる。元々イースラフトで利用される調味料だけど最近は作り方が普及したらしい。最近アカデメイアの食堂でも出される事が増えて味にハマる生徒が絶賛爆増中だ。そしてそんなアランの一言に食事を出しながら侍女の一人が笑い掛けた。


「――よくご存知ですね、坊っちゃま。ルクレットは元々お隣の国で料理に使われていたそうですよ? 何でも南部地域の孤児院に作り方を伝えた方がいらっしゃったらしくて、王都に一気に広まったらしいです」


 それを聞いて私は思わず咳き込んでしまった。リオンかよ! 流行の発信源、リオンかよ! リオンがレミに作り方を教えてた筈だ。確かデボラって小母様もレミに聞いていた筈だ。あの小母様は食事処で働いていると言ってた筈だからきっとそこから一気に広まったんだろう。それまで薄い味付けしか無かったからね。今では肉や野菜以外にパンに付けて食べたりするし味に飢えていた貴族にも一気に広まったらしい。正に食の革命や!


 咳き込んで口元を押さえながらジト目でリオンを見つめる。するとリオンは少し頬を引き攣らせながら誤魔化すみたいにアランに話し掛けた。


「そ、そう言えば……アランって凄くお兄ちゃんっぽいね。ちゃんと妹の面倒も見てるんだ? それってクロエ――お母さんに言われてるの?」


 だけどそれを聞いてアランは嬉しそうに笑って答える。


「ううん、違うよ! 僕、父様とお約束してるの! 父様はいつもお仕事でおうちにいないから、お兄ちゃんの僕が守るんだよ、って!」

「へえ、そうなんだ? アランは立派なお兄ちゃんだね」


「うん! 僕、お兄ちゃんだから!」


 リオンが褒めるとアランは満面に笑みを浮かべて野菜を食べる。少し苦味があって子供が余り好まない物なのにお皿のルクレットを付けて食べている。本当に凄いな、クロエ様の教育って。こうやって自立心が芽生える事で好き嫌いも克服するらしい。いわゆる大人の味、と言う奴だ。


 だけどそんなお兄ちゃんの言葉にそれまで黙って食べていたクレリアの手が止まる。そしてちょっぴり拗ねた様子で小さい声が聞こえた。


「……果物の他に甘いの、食べたいな……」

「……うん、私も甘いの、食べたい……」


 いつの間にか隣にいたマリエの手も止まっている。それでこの世界では甘い物が実は少ない事を思い出した。


 砂糖は基本的にまだ高価で王族でも口にする事が殆ど無い物だ。医薬品扱いで値段も胡椒処じゃない。普通の平民も貴族も果物を糖分として摂取するのが基本でお菓子も原則保存の利く物で種類も少ない。私はすぐ近くにいる侍女、さっきルクレットの話をしてくれた一人に尋ねた。


「……あの、すいません」

「はい、何でしょうか?」


「今、お屋敷に果物の余剰分って何がありますか?」

「果物ですか……確認しないと分かりませんが傷み易いですから、備蓄は殆ど無いと思われますが……」


「……そうですか……」

「ですがもしご入用でしたらこの後、市場に買い出しに出る筈ですので必要な物をご用命戴けましたら取り揃えて参りますが?」


 そう言われて私はベリー系の果物数種類とレモン、それにリンゴと今が旬の果物をお願いした。何に使うかと言えば当然ジャムだ。果物はそのままでも甘いけど種類によって好き嫌いが大きい。それに今は私とリオンがいるから魔法が使えないだろうけど明日帰ればその後に冷やせる筈だ。


 果物はジャムにしても足が早いから長持ちしない。だから大量に作っても無駄にしかならない。なら短期間で食べ切れる量だけ作る。一種類の果物を使ったジャムはその味が嫌いな人は受け付けないけど複数の果物で作ったミックスジャムなら複雑な甘さが楽しめるし好きな人も多い。


 そんなやり取りにクレリアは無関心だけどマリエは不思議そうにじっと私の顔を見つめている。きっとどうして果物の話をしていたのか分からないんだろう。これは多分なんだけど、クロエ様はジャムを作った事がないと思う。だってバラのジャムを渡した時に作り方を聞いてきたから。もし作った事があれば作り方を聞いたりしない。尋ねるにしても口頭で聞けば済むからその場ですぐ聞いた筈だ。という事はこの子達はジャムを食べた事がない。なら是非食べさせてあげたい。


 蜂蜜は……生まれて一年位は食べちゃ不味い筈だ。二人はもう二歳以上だから問題ないけどローランに舐めさせる可能性もある。だから果物だけを使った蜂蜜抜きが良いだろう。甘さは控えめになるけど複数の果物を使えば甘さの奥行きだって深くなる。それにペースト状のジャムは色んな料理に使える。クッキーやパンに付けられるしお茶を淹れれば甘いフルーツティの出来上がりだ。苺や林檎は水分が多いから煮詰めれば果汁が出て追加で水を入れずに済む。その分濃厚な甘さのジャムが出来上がる筈だ。


 よーし、やったろかい! 女の子に生まれたのに甘いデザートを食べた事がないなんてダメだ。いや、別に男の子でも良いんだけどね? だけど甘くて美味しいお菓子を食べて笑って欲しい。その時の私は二人に懐かれる事なんて全然考えてなくて、ただ純粋に甘くて美味しい物を食べさせてあげたかった。だって幸せな笑顔って周囲も幸せにするじゃない?


「あの、それでキッチンってお借り出来ますか?」

「えっ? キッチンですか? ご要望があればお出し致しますが?」


「あ、いえ。自分で作れますから。自分の手で作りたいんです」

「は、はぁ……」


 それで侍女の人は借りられるかを聞きに行ってくれる。貴族の家、特に伯爵家ともなると専門の料理人がいる事が多い。そういう職に就く人達は仕事場を勝手に使われる事を極端に嫌う。まあ料理人って職人だもんね。


 そうやってしばらくするとキッチンを使う許可が貰えたと行って侍女の人が戻ってくる。それで隣を見ると今も不思議そうにスプーンを咥えたままでマリエがじっと私を見つめている。一体何をするのか聞かれている気がして私はニヤッと笑うとマリエに話し掛けた。


「ふっふっふ……この後、ジャムを作るんだよ?」

「……じゃむ?」


「甘くて美味しい、女の子が大好きな食べ物だよ」

「……じゃむって、甘いの?」


「うん。きっとマリエも……クレリアも大好きになると思うよ?」


 私が満面の笑みで答えるとマリエは向こう側のクレリアと私を見比べてぱちぱちと目を瞬かせる。クレリアは余り興味がないみたいで不貞腐れたままジト目で私を睨んでいる。


 くっくっくっ……そんな風に睨んでいられるのも今の内よ。二人をジャムの魅力に目覚めさせてやる。甘いジャムをとことん味あわせてジャムの虜にしてやる。そしてジャム無しで生きていけない身体にしてやるぜ。


 ……あ、ちょっとなんか今の私、悪役令嬢っぽい? だけどジャムって作り始めると本当に沼だからなあ。砂糖の入手が困難なこの世界では甘味って実は凄く重要だったりする。特に貴族令嬢が作るお菓子は普通に果物を切って入れただけのケーキが主流でクリームもバタークリームばかりしかない。そんな中でジャムは作り方を知っていても余り作りたがらない。


 クレリアは相変わらず不貞腐れたままだけどマリエは私の話を聞いて興味を持ったみたいだ。じっと私の顔を見つめている。そんな彼女達の様子に私はジャムの沼にはめる決心を固めるのだった。


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